わが街・わが村・わが医院

隠岐編/島根県西郷町

あせらず、気どらず、あなどらず、
自然体でいるのが
隠岐の気風に合うのでしょうか。



酒井歯科医院 酒井 榮一先生

●1957年(昭和32年)島根県隠岐郡西郷町生れ
●岐阜歯科大学(現・朝日大学)卒業
●1984年(昭和59年)開業

 生まれも育ちも、島後の西郷町です。大学を卒業してから4年間、大阪で勤務していました。昭和59年の開業ですから、早いもので13年になります。 島後は好きですね。生まれ故郷ですから(笑)。離島だけど「島国根性」がないからでしょうか…おおらかだし、オープンマインドだし、それに人の気持ちを気づかって、とくに人間関係を大切にする気風があります。県外や九州から引っ越して来る方も多いですね。
「まず受け容れる」それが隠岐の心意気ではないでしょうか。島国とか田舎とか、とやかく言われたくない、そんなプライドがありますね、島後には。 こんな風な土地柄ですから、診療もごく自然体です。町の人はおたがい何でも分かっているでしょ、家族の事情とか、どこの大学を出たとか、どこへ嫁いだとか…(笑)ですから、患者さんも安心して来院されるし、私も何とかお役に立ちたいと思うわけです。当然といえば当然ですが、目の高さで患者さんを見る、患者さんの気持ちに身を置いてみる、そして最後の最後まで責任をもって診る、この姿勢だけは貫きたいと考えています。
 患者さんの歯のIQは高いと思います。インフォームド・コンセントをきちっとすれば、納得されて治療を受けられる方が多いですね。島後という運命共同体がもつ信頼感に強く支えられている気がします。とくに高齢の患者さんに対しては、スタッフ全員が患者さんの状態に合わせた、きめ細かな心づかいをしてくれますので、とても助かっています。
 島は魚貝類の宝庫です。釣りが好きでよく行きます。リフレッシュのために「本土」にも渡ります。島根県松江市や大阪に行くことも多いです。
 これからも「全身の健康は歯の健康から」ということを、診療を通して、患者さんに地道に伝えていきたいと思います。それが、島後で生まれ育った私のライフワークになる気がしています。


島根半島の北方約70Kmの海上に浮かぶ4つの島(島前=どうぜん/西ノ島・中ノ島・知夫里島、島後=どうご)と180余りの小島が寄り添うように島影を落とす隠岐諸島。その隠岐諸島で最大の島が島後です。島後は西郷町、五箇村、都万村、布施村からなり、およそ1万8000人の島民が暮らす、ほぼ円形の火山島。大満寺山(607.7m)を最高峰とする、緑なす山々は杉林が美しく群生し、海岸全域は大山隠岐国立公園に指定されています。海岸部は島前の男性的な断崖景観に比べて、白島岬、海苔田ノ鼻、浄土が浦、西郷岬など、入江や岬の多い女性的な景観美を見せ、対馬海流とリマン海流の影響で、オキシャクナゲ、オキフラウンなどの隠岐固有の植生が見られます。 島後の中心地・西郷町には、白い岩肌、松の緑、海の青が美しい白島海岸(白島岬、沖ノ島、白島、松島、小白島)をはじめ、海苔田ノ鼻の先端にある巨岩、よろい岩・かぶと岩などの景勝地、隠岐の総社で高さ29m・樹齢2000年と伝わる天然記念物の八百杉のある玉若酢命神社(たまわかすのみことじんじゃ)、聖武天皇の詔によって建立された隠岐国分寺、隠岐最古の木造住宅・佐々木家のほか、島流しにあった後鳥羽上皇を慰めるために始まったとされる、約770年の伝統を誇る牛突きの行事も続けられています。

撮影●永野一晃