増原 今日はお忙しいところを出席いただきまして、ありがとうございます。田上 ライナーボンドIIは、いわゆるセルフエッチングプライマーというものを初めて導入することで、象牙質の接着性が非常に向上したのですが、その後、さらにもっと性能を向上させるとともに、使い勝手をよくしようというとても欲張りな材料を作ろうということで、色々と改良しまして、クリアフィルライナーボンドIIΣができたわけです。ですから、ライナーボンドIIで培った技術の「総和」ということでΣという名前がつけられたようです。
増原 Σというのは従来のライナーボンドIIの機能にプラス、ポーセレン接着用、あるいはメタル接着用というような機能を付け加えて使いやすくしたということではないかと思うんですね。そういう点で、まず初めにライナーボンドIIがなぜよく接着するようになったか、そのメカニズムについてお聞かせ下さい。
田上 ライナーボンドIIの接着性の良さは、既に色々と実証されています。特に象牙質との接着性が改良されているのですが、酸性溶液、あるいは前処理材で脱灰した後の脱灰象牙質、つまり、コラーゲン線維の層にはボンディングレジンは浸透し難いのです。ところがライナーボンドIIのセルフエッチングプライマーは、接着性レジンモノマー自体が象牙質を脱灰しながら、その脱灰された象牙質のところまで既に到達しているということで、接着性が短期的にも長期的にも非常に改良されたということです。
増原 そのプライマーに含有されているモノマーはライナーボンドIIでは接着性モノマーのフェニルPとサリチル酸誘導体モノマーの5-NMSA、親水性モノマーのHEMAでしたが、Σでは接着性モノマーにMDP(リン酸エステル)を採用しています。これにはリン酸基がついていますから、直接それがエナメル質や象牙質のカルシウムと親和性を持ち得るということですね。
田上 はい。今回ΣにMDPを導入できたことも接着性の向上に寄与していると 思います。
増原 そうですね。そこで次は実際に臨床で使う時の話に入りたいと思いますが、まず初めに歯面処理材としてプライマーを使うわけですね。
田上 通常ですと前処理としてリン酸でエナメル質、象牙質をエッチングした後、プライマーを塗布し、ボンディングレジンを使うというのが一般的なステップなんですが、この前処理とプライマー塗布という二つのステップを一つにまとめたのが大きな特徴なんです。さらに、このセルフエッチングプライマーでは処理後の水洗が必要ありません。この水洗不要という点は、実際の臨床で使うにはすごく便利だと思います。
増原 なぜ水洗する必要がなくなったんですか。
田上 プライマーをそのままにするわけではなくて、乾燥はしますので、乾燥すればほとんどのプライマーは接着に必要な一層だけが残って、あとはなくなってしまいます。多少酸性の部分が残ったとしても、非常に短時間に中和されて象牙質表層に浸透しますので、後々に酸が悪さをするというようなことはまず考えなくていいだろうということです。
増原 生のリン酸でエッチングすれば、どうしても危険性があって、水洗する必要があったのですが、このプライマーを使う時は、逆に水洗しないほうがいいわけですね。
田上 そうですね。水洗すると接着力が落ちてしまいますから。
増原 それと、プライマーの中には、後で使うボンディング材との結合ができるように触媒も混ぜてあるので、そのままがよいのです。そこで次にボンディング材の説明をしていただきたいのですが、ボンドにはA液とB液がありますね。
増原 具体的には、どういった場合に活用できるのですか。
田上 非常に深い窩洞の場合、光重合型レジンでは積層充が必要な症例、特にコアのような大きなものを築造する時に、化学重合タイプのコンポジットを1回で詰めてしまうことがあります。あるいは間接法の時に光の届かないようなところは、パナビア21とEDプライマーを使うというふうに材料の使い分けが必要だったんですが、今回このΣになったことで、かなりの広範囲の臨床例に対して、この材料だけで対応できることになったわけです。
増原 そこで、ライナーボンドIIは以前から、歯髄に対する影響が非常に少ないと言われていたんですが、その点についてΣはいかがですか。
田上 接着性レジンそのものの接着性能が良ければ歯髄に対する影響は非常に小さくなります。材料自体の刺激というようなことも昔は言われましたが、教室の動物実験によると、ほとんど無視できるところまで来ていますし、接着性、封鎖性ということが歯髄保護のためには一番大事だという結論に近づいてきています。
増原 臨床上では封鎖性が極めて大事なことですからね。それから、このΣのもう一つの重要な進歩は、例えばポーセレンとの接着、あるいは新素材として登場したクラレのエステニアとの接着も可能になったことですね。
田上 ポーセレンはもちろん、最近開発されたハイブリッドセラミックス「エステニア」に対しても、リン酸処理の後、プライマーにアクティベーターを加えたもので処理ができるという利点があります。
増原 エステニアの場合は、ガラスフィラーが多いですから、ガラスにつきやすいシランカップリング剤を混ぜるということですね。
田上 はい。ポーセレンボンドアクティベーターという名前ですが、これをΣのプライマーに混ぜるだけで使えるということで、非常に使いやすくなりました。
増原 そうですね。特に今言われたようにエステニアとの関係というのは、これから非常に重要になりますからね。そういう意味でΣが出たということはエステニアの応用面を広げる意味でも大事ですね。先生のところでは、インレーとかアンレーにエステニアを使っておられますか。
田上 最近、よく使います。審美的にも大変優れていますから、患者さんの満足度も高いですね。
増原 ポーセレンとの接着、さらに口腔内でポーセレンボンドが壊れた時の修理についてはいかがですか。
田上 ポーセレンの接着もエステニアと同じステップで処理できます。我々のところは特に成人の修復が中心になっているのですが、ポーセレンについては、半分以上が再修復と破折で口腔内リペアを必要とするものです。例えばクラウンブリッジの歯頸部のマージンが齲蝕になった時に、それを全部はずしてやり直すというのは、ドクターにも、患者さんにも大変な負担になります。それをマージン付近の齲蝕部分だけを取り除いて、接着して修復するという症例が非常に増えているわけです。そうしますと、ポーセレン、金属、歯質と被着体が3種類あり、これらを同じような処理でよく接着させないといけません。そんなことを考えた時、Σのように一つの材料、同じステップで幾つもの素材によく接着するという材料というのは臨床的に非常に価値のあるものだと思います。
増原 今、メタルとの接着の話が出ましたが、金合金やパラジウム合金に接着するアロイプライマーができたということですね。例えば、メタルボンドで陶材が破折し、メタルが表面に出ているというような時はどういう使い方をすればいいんですか。
増原 これまでは、それぞれの被着体に応じて材料を全部使い分けなければいけないという煩雑な手間がかかりましたが、これが省けることは、臨床家にとって、非常に有利な進歩ですね。ところで、今までは操作の簡便性について、色々お話いただきましたが、ボンディング材としてのΣの性能についてはいかがですか。
田上 象牙質との接着力でみた場合、従来のライナーボンドIIでも、ことごとく歯が壊れてしまうような接着力を示し、もうこれ以上のものはないだろうということでしたが、最近また接着試験方法にも色々新しい方法が出てきまして、昔は差の出せなかった材料間でも、差が出せるようになってきているんです。
田上
新しい接着試験法で、様々な被着体や状況に対応ができ応用範囲の広いものですが、通常の接着試験ですと、被着面の円形の径が4mmとか5mmでした。そうしますと、よく接着する材料では、引っ張ったときにレジンが壊れるか、象牙質が壊れるか、エナメル質が壊れるかという全部被着体の凝集破壊ということで接着界面での強度が測れないということがありました。それで十分ではないかという声もありましたが、教室で実験を進めていくうち、被着面を少しずつ小さくしていくと、結果的に界面で破壊する割合も増えてくることがわかりました。
そういうことから、どんどん被着面を小さくしていって、接着界面に応力が集中するような形ということで、被着面積を1mmぐらいに小さくして引っ張れば接着界面での強度が測れるようになりました。ちなみに、その試験法で40とか、50MPaという数字が出ているものは、従来の径4mmの被着面での接着試験では、大体15〜20MPaという値に相当します。
増原 各社とも、この製品は接着強さが幾つだという競争が進んでいますが、やはり試験方法をきちっと統一するということが必要ですね。それで、その試験方法は先生の教室のオリジナルなものですか。
田上 最初にその方法を接着試験に応用したのは教室の佐野先生(現・北海道大学教授)でして、それが今世界的に使われるようになりました。
増原 その試験法では、Σの数値はどれくらいなんですか。
田上 歯の強度ということを考えた時、例えばエナメル質というのはエナメル質だけだと非常に脆くて割れやすいんですが、それでも口の中で咬合力に耐えて割れないのはどうしてかというと、エナメル−象牙境で象牙質とくっついているからなんですよね。つまり、その接着によってエナメルが補強されていて割れないということで、じゃ、修復する時にどれぐらいの接着強度があれば、破折を考えずにできるかということで、エナメル−象牙境の強度を測ったんです。そうしますと、大体50MPaぐらいという数字なんです。同じ試験法で測ってみると、ライナーボンドIIのときには大体40〜50ぐらいの数字が出ました。今回のライナーボンドIIΣの場合は60近く出るということで、生体で得られている結合強度を十分に補えるようになってきているということです。例えば根管治療したような非常に割れやすい歯で周りに薄い歯質が残っているというような時にも、レジンを接着させて歯を補強してやれば、これまでのように根管治療した歯を何でも外側性のフルクラウンにしてしまうという必要もなくなってくると考えています。
増原 それは非常に重要なことですね。今のお話を基にして考えると、歯冠修復の方法として、例えばエステニアでフルクラウンとか、あるいは大型アンレーにする場合、Σを使って接着すればメタルなしで大丈夫だということが言えるようになるのでしょうか。
増原 特に今は割れにくいポーセレンもできてきましたから、それでフルクラウンもつくれるようになるでしょうが、その場合も、やはり一番重要な問題になるのは接着ですね。
田上 そうですね。ポーセレン修復にしても、レジンの間接法にしても、基本的には接着修復として捉えなきゃいけないと思うんです。従来から言われているように、割れやすいから修復物の厚みを大きく取るように支台歯形成、あるいは窩洞形成するというのは主客転倒だと思います。材料自体の厚みがなくても、それを十分接着が補強していくということが重要だと思います。
増原 最後に、ライナーボンドIIΣの使い方について、何か注意する点がありませんでしょうか。
田上 やはり使い方をきちんとマスターし、正しく使うということが大事だと思います。特に、セルフエッチングプライマーは、リン酸と違って効果が非常にマイルドだというのは長所でもあるんですが、臨床で使うときに少量しか塗らなかったりしますと、効果が十分出ない場合もあります。薄く塗るとすぐ乾いてしまって、30秒間実際に処理をしてくれていない時があるわけです。プライマーをたっぷりと歯面に塗るとかいうことは取扱説明書にちゃんと書いてあるのですが、そういう使い方のちょっとした間違いで、その材料本来の性能が発揮できないということもありますので、そういったことを注意していただきたいと思います。
増原 そういう意味で言うと、ライナーボンドIIΣはステップが少ないですから、そういう失敗の入り込む余地というのはかなり減るでしょうね。今後、Σが上手に確実に使用されれば、これからの歯冠修復は大きく技術革新されると思われます。今日は、いろいろ有益なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。