開発のコンセプト

 フェイスボウ・トランスファは生体上の下顎運動の基準座標系を咬合器上に移し換える基本作業である。具体的に云うと、セントリックにおける患者の下顎開閉運動の軸(トランスバース ホリゾンタルアキシス)を咬合器の開閉軸と一致させ、すべての下顎運動の出発点を再現する作業ということができる。そして、補綴物の製作時にはフェイスボウ・トランスファにより移し替えた咬合器の正中面が、とりあえず患者の顔貌の正中面として扱われる。トランスファされた咬合器の正中面と患者の正中面が一致している場合には既存のフェイスボウで何ら問題は起きないが、両者が一致しない場合は咬合器上で製作した補綴物は、正中が微妙にずれたり、咬合平面が傾いたりして審美性が損なわれ、トラブルを起こす原因となる。
 顔貌の正中面は、解剖的に定まる骨学的な基準面である。頭蓋骨の矢状縫合と平行で頭蓋を対称的に左半分と右半分に分ける仮想平面を正中面と呼び、米国補綴学会用語集では身体を前後に縦割りして左半分と右半分に分割する仮想平面と定義されている。これが顔貌の正中面である。
 フェイスボウ・トランスファでは、左右の後方基準点を結ぶ軸がトランスバース ホリゾンタルアキシスで、その軸の中点で軸と直交する平面が咬合器の正中面となる。ちなみに正中面に平行な平面が矢状面、これに直交し左右の後方基準点と前方基準点を含む平面が水平基準面である。そして水平基準面と矢状面に直交する平面が前頭面となる。
 フェイスボウ・トランスファにより再現された咬合器の正中面は、顔の発育が左右非対称であったり、左右の外聴道の高さが異なる場合には患者の顔貌の正中面と一致しなくなる。フェイスボウ・トランスファした正中面と患者の顔貌の正中面との傾きを測定したところ、両者が平行な症例と両者間に傾きがある症例の発現率はそれぞれ31%と69%で、傾きの大きさは平均1.5°、最大5.0°であった(図1)
また傾きのある症例のうちでは、時計回りの向きに傾くものが65%、 反時計回りに傾くものが35%を占めた。  『THE MASK』はこのように、“フェイスボウ・トランスファにより再現した咬合器の正中面と患者の顔貌の正中面が一致しない”という矛盾により生じるギャップを埋めるために開発されたツールである。『THE MASK』の臨床術式では、フェイスボウ・トランスファにより再現された開閉運動軸を機能的なリファレンスとしてそのまま用い、それとは別に『THE MASK』により独立に再現された患者の顔貌の正中面の情報を参照にすることにより、咬合器にマウントした歯列模型上で機能と審美の両立した補綴物を製作することをコンセプトとしている。
 ちなみに、フェイスボウ・トランスファの際にフェイスボウを傾けて調整し、フェイスボウの弓状部分を患者の顔貌の両瞳孔線と平行させることにより、咬合器の正中面を患者の顔貌の正中面と一致させる試みが行われている。またそのためのフェイスボウもいくつか開発されている。しかしそのようにすると、上述のデータにより患者の顔貌の正中面に一致させた咬合器の開閉運動軸が前頭面内で生体の下顎開閉運動軸に対し69%の症例で1.5°〜5.0°傾くことになる。
 咬合器の開閉運動軸が傾いても上下顎の歯列模型は咬頭嵌合位でマウントされるため早期接触にはほとんど影響しない。しかし側方位には影響が現われ、試算によると、非作業側顆頭が3mm移動したときの側方位で最大0.2mmの非作業側咬頭干渉(クロスアーチ・バランス)が発現する。上顎歯列模型の水平基準面が過半数の症例で反時計回りに取り付けられるから、この干渉は傾向として右側歯列に発現しやすい。このように咬合において為害性のある干渉を発現する可能性は排除しなければならない。以上の理由から、機能的観点に立ったフェイスボウ・トランスファの必要性と、審美を重視して顔貌の正中面を患者の歯列に反映させる必要性とに、それぞれ独立に対応すべきであり、一方のみを優先させ他方をなおざりにすることは好ましくないというのが『THE MASK』開発の根拠となった。


『THE MASK』のリップ
設計の基礎データ


 以上に加え、『THE MASK』では、スマイルラインおよびスマイル時の歯と歯肉の露出度で構成されるリップ(口唇)関連の情報も合わせて提供できるようになっている。船木,樺山(1997)の分類統計によると、スマイルラインは4種類に分類され、それぞれの好感度と発現率は、図2に示す通りである。『THE MASK』ではこれらのうち、好感度と発現率を総合判定して分類Bの形状を採用している。またスマイル時の歯と歯肉の露出度は3種類に分類され、それぞれの好感度と発現率は図3に示す通りである。『THE MASK』では3種類すべての露出状況が再現できる。これらは、『THE MASK』における機能と審美の融合というコンセプトをさらに補完するものである(図2) (図3)


『THE MASK』の特徴

 開発した『THE MASK』の特徴を列挙すると次の通りである。
1)メジャリング・フレームを患者の正中及び両瞳孔線に合わせるだけで確実に顔貌の傾きを咬合器へトランスファできる。
2)ワンロック・ジョイントにより、簡便にフェイスボウ・トランスファが行なえる。
3)リップを用いれば、患者の歯肉と歯の見えかたをラボヘ伝達できる。
4)スタディモデルをトランスファすれば患者への術前説明にも非常に有効である。
5)基本セットではツインホビー及び、デンタルホビーFFに対応する。
6)ホビーL用トランスファーテーブル(別売品)を用いればパナホビーL、デンタルホビーLにも対応する。


『THE MASK』の構成

『THE MASK』の構成パーツを写真で示す。

・チェアーサイドセット

  1. フェイスボウ フレーム×1
  2. トランスファーポスト ×1
  3. バイトフォーク    ×1
  4. メジャリングフレーム ×1
写真A

・ラボサイドセット

  1. トランスファーテーブル ×1
  2. マスク         ×1
  3. マスク固定ピン     ×5
  4. 固定ピン用スリーブ   ×1
  5. バーチカル・ストッパー ×1
  6. リップ         ×1
  7. アーティキュレータベース×1
写真B

・その他

  1. ホビーL用トランスファーテーブル
  2. マスク固定ピン(5本入)
  3. トランスファーポスト
  4. バイトフォーク
写真C


『THE MASK』の臨床術式

■チェアーサイド

写真1 前方基準点の印記:

フェイスボウ・トラスファに先立ち、上顎右側中切歯切縁から上方43mmの位置に前方基準点を印記する。

写真2 フェイスボウの取り付け:

バイトフォークにモデリングコンパウンドを巻き付け、50℃前後の湯に浸けて軟化した後、口腔内で軽く噛ませて上顎歯列の圧痕を印記する。その後にバイトフォークを口腔外に取り出しモデリングコンパウンドを水冷し硬化させる。フェイスボウ弓部にUPが上になるようにトラスファーポストを連結し、イヤピースを患者の外聴道に挿入し固定する。

写真3ワンロック・ジョイントの連結:

バイトフォークの柄の切り込みにワンロット・ジョイントのバイトフォーク固定ネジを連結する。

写真4ワンロック・ジョイントの固定:

リファレンス・ポインタの先端を前方基準点に合わせた状態でワンロック・ジョイントのスクィーザを締め込む。

写真5メジャリング・フレームの調節−(1):

メジャリング・フレームの上下調節ネジ(シルバー)を緩め、患者の正面から見た時に水平線が患者の両瞳孔とほぼ同じ高さになるように固定する。

写真6メジャリング・フレームの調節−(2):

メジャリング・フレームの左右傾斜調節ネジ(ゴールド)を緩め、患者の正面より患者の両瞳孔及び顔貌の正中に重なるように水平線及び垂直線を調節しロックする。この時、患者の正面から操作し、顔貌と同じ高さに術者の目の高さがくるように留意する。左右瞳孔を水平線に合わせると正中が傾く場合は、正中を優先させる方が審美的な補綴物が得られ易い。

写真7フェイスボウの撤去:

全てのネジがロックされたら、顆頭間距離調節用のネジ(上部−白色)を緩めてアームを左右に広げフェイスボウを撤去する。

写真8 ラボへの伝達−(1):

固定ネジ(シルバー)を緩め、トランスファーポストからフェイスボウの弓部を分離する。

写真9 ラボへの伝達−(2):

トランスファーポストの上部ネジ(シルバー)を緩めメジャリング・フレームを取り外す。この時、ゴールドのネジ部は触らないように注意する。

写真10 ラボへの伝達−(3):

このトランスファーポストにトランスバース ホリゾンタル アキシス、水平基準面、正中の傾き、咬合平面など全ての情報がインプットされている。技工室へ情報を伝達するには、この部分だけを送付すればよい。

■ラボサイド

写真11 患者情報のインプット−(1):

咬合器からインサイザル・ポール、インサイザル・テーブルを撤去し、トランスファーテーブルに差し替える。

写真12 患者情報のインプット−(2):

下顎フレームのマウンティング・リング用の後方のボスの上にバーチカル・ストッパーをセットする。

写真13 患者情報のインプット−(3):

咬合器の上顎フレームを開けた状態に保ったまま、トランスファーテーブルの最下部のネジにトランスファーポストを連結する。

写真14 患者情報のインプット−(4):

バイトフォークの下にキャストサポートを介在させて上顎模型をバイトフォークの圧痕に噛み込ませる。

写真15 患者情報のインプット−(5):

正中の傾きを咬合器に入力するためにマスク固定ピンをスリーブに連結し、根元まで納まった位置でネジ留めする。

写真16 患者情報のインプット−(6):

トランスファーポストのメジャリング・フレームが連結してあった最上部に、スリーブの根元をピッタリと適合させネジ留めする。この時、上顎模型の基底部に固定ピン維持部が接触する場合は模型をトリミングする。

写真17 患者情報のインプット−(7):

これで上顎模型のマウントの準備が完了した。マスク固定ピンの維持部がどこにも接触していないことを確認する。

写真18 患者情報のインプット−(8):

石膏を練和し上顎模型とマスク固定ピンを同時に固着する。

写真19 患者情報のインプット−(9):

上顎フレームをバーチカル・ストッパーに接触するまで閉じこみ、石膏の硬化を待つ。

写真20 患者情報のインプット−(10):

石膏が硬化したら、トランスファーポストのスリーブ固定用ネジを緩めてバイトフォーク、及びトランスファーテーブルを撤去する。スリーブも緩めて抜きとる。外しておいたインサイザル・ポールとインサイザル・テーブルをもとに戻す。

写真21 通法に従って下顎模型をマウントする。

写真22 補綴物の咬合面を形成する時は咬合器に機能運動を行なわせ、それに良く調和するように配慮する

写真23 審美的な部分(正中及び咬合平面等)を付与する際はインサイザル・ポールを一時撤去する。なお、ツインホビー及びデンタルホビーFF咬合器にはストッパーがついているので、この状態でもバーチカルは復位できるから心配はいらない。

写真24 アーティキュレータ・ベース(咬合器置台)を用いると作業机に座った状態で審美性の確認が出来る。

写真25 マスクのセット(1):

マスクの内側にはマスク固定ピンに適合するスリーブが埋め込まれている。

写真26 マスクのセット(2):

上顎模型の前上方に埋め込まれているマスク固定ピンに、マスク内側のスリーブを適合させる。

写真27 マスクの効用:

わずか1〜2°の正中の傾きでも、長いスパンで表現されるので確実な修正が可能となる。

写真28 リップの効用:

付属のリップを用いスマイル時の歯牙、歯肉の露出状態を再現する。これにより患者の顔貌に近似した状態がラボサイドで確認できる。


まとめ

 以上の説明から明らかなように、『THE MASK』を導入することにより、咬合関係の機能の再現は従来通りに行う一方で、患者の正中および咬合平面など審美的に重要な患者の顔貌データを参考にしつつ、正中面と調和するように補綴物を製作することが可能となった。  これにより補綴物製作を担当する技工士とこれを患者の口腔内に装着する歯科医との間に起こり得るトラブルの発生を未然に防止することができる。
 トランスバース ホリゾンタルアキシスの伝達に関しては、通法のフェイスボウ・トランスファ術式を遵守しているので機能面でのエラーは発生しない。これにより審美と機能の両立をはかることができる。さらに作業中各パーツの着脱がワンロック・ジョイントなどによりきわめて容易に行えることもこのシステムの比類ない特徴であろう。コンサルテーションを行なう時に、スタディモデルないしファイナル シミュレーションモデルを咬合器に装着し、マスクおよびリップをセットした状態でデモンストレーションすれば、患者の理解が深まることは云うまでもない。
 審美と機能の両立は患者、歯科医、技工士にとって切なる希求であり、時代の潮流といえる。『THE MASK』はまさに21世紀に向けて開発された審美と機能の両立を図るためのフェイスボウ・システムといえよう。


●先頭へもどる
●93号インデックスへもどる