デンタルマガジン93号鼎談(1998年6月21日発行)


新時代に対応する歯科修復治療
−接着性材料の進歩と修復治療の未来像−


増原 英一 総合歯科医療研究所所長
総山 孝雄 東京医科歯科大学名誉教授
細田 裕康 東京医科歯科大学名誉教授



近年、わが国では高齢化が一段と進み、それに伴って、歯の健康を長期間にわたって維持し続けることが重要な課題となっている。厚生省が推し進める「8020運動」を現実のものとするためにも、若年期からできるだけ歯質を保存する歯科治療は必要不可欠なものであろう。最近では、臼歯部の咬合圧にも耐え得る審美修復材料・ハイブリッドセラミックス「エステニア」や高い接着性と多目的修復を可能にしたコンポジットレジン用接着材・「クリアフィルライナーボンドIIΣ」などの優れた特徴を有する材料が相次いで上市され、エナメル質の削除の少ない治療の実現を可能にしている。今回は長年にわたって日本の歯科修復治療の発展に貢献され、ADAのゴールドメタルを受賞された総山孝雄先生と、前日本接着歯学会長の細田裕康先生をお迎えし、わが国における接着性材料の発達経過と新時代に対応する歯科修復治療の未来像について、貴重なご意見をお伺いした。

増原 今日はお忙しいところをご出席いただきまして、ありがとうございます。  実は昨年秋、総山先生がADAのゴールド・メタルをお受けになりました。これは、日本の歯科医療の水準を、アメリカの歯科医が認知したことではないかと思います。  このことで、今後の日本の新しい歯科技術が国際的に評価されていくようになるのではないかと思いますので、今日はこれからの日本の歯科医療のあり方ということも含めて、先生方の忌憚のないご意見を伺いたいと思っています。  そこで、この総山先生の業績に対して、アメリカが認知したいきさつからお話しいただきたいと思います。

総山 私は1982年に定年退官したんですが、その少し前に新しいシステムをほぼ完成したんです。  それを英文の本にして、出版したのですが、一部では大きな評価を受け、特にパフェンバーガー先生が大変力を入れて、その英文を校閲してくれるとともに、アメリカ中を私のアイデアで講演して回ってくださいました。  しかし、予想外の反発もありました。第一に、我々世界中の歯科医が神のように尊敬しているブラック先生のシステムに挑戦するような論文は許さないと言って、レビューアーが雑誌に載せてくれませんでした。  ただ、アメリカというのは広大な国でして、UCLAのウォルコットさんが早速学生教育に使ったり、カリフォルニア州のステートボード試験にも使うというように、受け入れてくれたところもありました。  それからもう一つ反発があったのは、私が化学的な接着だと言って論文を送ったら、レビューアーがアメリカにもできていないものが日本でできるはずがない、ということで論文から「化学接着」という言葉を削れと要求し、説得に2年ぐらいかかりました。  それから最後の反発はトータルエッチングなんです。当時、象牙質のエッチングはアメリカの歯科医師会で禁止していたんです。それで、「アメリカで禁止しているものの論文は載せられない」と言うから、「そんなことを言ったら、学問は進歩しないではないか」と言って随分論争しました。このエッチング問題の克服には十数年かかりました。  今では、アメリカ、ドイツ、フィンランド、あるいは南米でも、むこうの人が私のシステムを担いで、どんどん上手な英語で講演して回ってくれています。



ブラック・システムを覆す
齲蝕検知液の開発



増原 今のお話に出ませんでしたが、総山先生が齲蝕検知液を開発なさったことは、私は非常に大きな功績だと思っているのですが。

総山 あれは、私がブラック・システムを覆すということの中に含まれているんです。ブラック・システムは齲蝕の深さにかかわらず、まずメカニカルにbox-form窩洞を形成し、それでも感染象牙質が残っていたら、また削って取ろうというわけで、大量に歯を削ったんです。  着色した軟化象牙質を完全に除け、というのが齲蝕治療のガイドになっていたのですが、どこまでが軟化しているか、どこからは硬いのかという事を臨床的に見分ける目安はありません。それと着色にしても、だんだん色が変わっていて、着色しているところと、そうでないところの境がわからないんです。  それで実験で確かめたら、従来の二つのクライテリアは象牙質の感染の深さとは直接関係がないということがわかりました。  これには驚いて、病理学を一からやり直しました結果、かなり硬いのに感染していて再石灰化し得ない層があれば、軟化はしているけれども、まだ感染していなくて再石灰化し得る層もあることがわかりました。そういう2層を臨床的に見分けるために、いろいろな色素を使って抜去歯牙の断面で試験し、遂に明瞭に2層を染め分ける齲蝕検知液ができたんです。  それからさらに10年以上かかって、生化学的に、細菌学的に、電子顕微鏡学的に、あるいはカルシウム濃度の分析とか、あらゆる新技術を使い、最後に臨床実験までやって、完全に確かめたところで発表しました。それが1965年頃だったと思います。  それで、再石灰化しない、感染したところだけを的確に除くという方法が確立できたのです。

増原 齲蝕検知液は確かに有効なメルクマールになると思います。

細田 「この層を取りなさい」と言うよりは、「窩洞の無菌化を徹底せよ。それには齲蝕検知液を使いなさい」と言うほうが非常にわかりやすいですね。   齲蝕検知液をガイドにして軟化象牙質を処置する。この「軟化象牙質を処置する」という言葉では不適切であって、「感染象牙質のみを除去する」と言わなくてはいけない。

増原 軟化象牙質だって感染していない部分はありますからね。

細田 そうなんです。そういう意味で、「感染象牙質を除去する」ということを強調しなくてはいけないのではないかと思います。



修復治療を変革した
接着性レジンの登場



増原 感染象牙質を除去した窩洞が理想的な窩洞で、それ以上削らないで詰めるためにも接着性材料が必要になったわけですね。

総山 接着材料については、ちょうどその頃、アメリカではエナメルエッチングのために凹凸に侵入しやすいウェッタブルプライマーができ、他方では、アメリカのコーク社でポリアクリル酸を使ったり、あるいはイギリスのアマルコ社でグリセロールホスフェイトを使ったプライマーを作って化学的に接着しようという流れもできました。しかし、いずれも臨床的試験をすると不完全でした。  その頃、アメリカのシンポジウムの講師として招かれたのですが、アトランタのイームス氏に招待されて、ジョージア・インスティテュート・オブ・テクノロジーという工科大学へ参りました。そこのケミカルエンジニアリングの講座で接着科学をやっていたホフマン教授に会いますと、「すべての物体はオングストローム・レベルの薄い水の被膜に覆われているから、接着材なんかつけたって長もちしない。時間がたてば界面を伝って水が入っていってダメになる」と言われました。「それじゃ、その被膜を破る方法はないか」と言ったら、「破るのはケミカル・リアクションしかない」と言いました。それで私は、よし、それじゃケミカルに接着する材料を作ってやろうと決心して日本へ帰ってきたのです。  たまたまクラレが、アメリカでGK-101という虫歯を削る機械のパテントを取得し、その試験を依頼されたのが縁でクラレ社と連絡ができました。クラレならケミカルにくっつく材料を作れるだろうと思って頼みました。クラレでは、日本でケミカルボンドを最も真剣に研究しているのは東京医科歯科大学医用器材研究所の増原教授だというわけで、クラレの若い研究員・山内淳一さんを増原先生のところへ派遣しました。

増原 そうですね。接着性レジンについては、1960年代から70年代にかけて各国で研究が始められていたのですが、日本では私がドイツから帰ってMMA-TBBレジンを研究し、矯正の三浦不二夫先生と一緒にダイレクトボンディングシステムというものを世界で初めて実現したんです。それで、その時の研究でリン酸エッチングが最も有効であるということになって、次第にリン酸エッチングが広く普及してきたわけなんです。  今、先生がおっしゃったように、日本ではクラレが接着材の研究を始め、そのときに山内さんがリン酸エステル系の接着材というものを開発しましたので、日本では2本立てになり、MMA-TBB系4-METAレジンのスーパーボンドとリン酸エステル系のクリアフィルが出て、急速に広まってきたという経過です。  ところで、これからの歯冠修復治療の方向性について、特に私が気になっていることは、歯質の保存という問題なんです。  先程の総山先生のお話にもありましたが、ブラックの窩洞から、最近はそれにこだわらない、いわゆるミニ窩洞が言われ始めています。小さい窩洞に充填する。それが可能になったのは、やはりライナーボンドなどのボンディング材によって、コンポジットレジンの歯質に対する接着がかなり確実になってきたからだと思うのです。  細田先生は、接着歯学会の前会長さんですが、どのようにお考えですか。

細田 従来の窩洞形成に関する概念をもう根本的に変えなくてはいけない。要するにそこにある齲蝕というか、とにかく病理学的に変化しているところだけを取ればいいという考えに徹するべきだと思うのです。例えば裂溝だったら冒された裂溝だけを追求する。そして、隣接面だったら隣接面の冒された部分だけを処置する。あと余計なことはやらない。  要するに歯質を余分に削らないという方向にどんどん進んでいっているのが現状だと思っています。



コンポジットレジンは
メタルを駆逐できるか



増原 そうですね。ただ、そこで問題になるのは、例えば依然としてメタルインレーをセメントで合着したほうがいいという臨床家がかなり多いんですね。  それに対して、コンポジットレジンはどう立ち向かっていくかということがあります。

総山 日本では保険という特殊事情がありまして、臼歯のU級窩洞などにはゴールドインレーをやったほうが保険点数が高いということがあります。それで臨床家の中にはまだそれをやっている人が多いのです。  しかし、レジン充填に慣れた人は、臼歯でもほとんどのケースをレジン充填でやっています。  コンポジットレジンについては以前、東京医科歯科大学が下水検査をされて、水銀が下水に出ているから、このまま水銀を出すなら病院の営業停止をすると東京都の検査官に言われましたので、私は急いで臼歯部に耐えるコンポジットレジンをつくろうとしたのです。  そこで、ヨルゲンセンの咬耗理論を参考にして、私が大きいフィラーの間を小さいフィラーで埋めることを考えたです。これだと、従来のように強力でありながら摩耗抵抗の大きいものができるはずですから、これをクラレに作ってもらいました。それがハイブリッドフィラーの世界最初のレジンです。  それを細田先生が早速取り上げて、長期咬耗実験をやってくださった。それが岩久教授の代にも引き継がれて、10年間の試験後、非常にいい成績が出ました。

細田 私の研究のそもそもの端緒は、カネボウから出ていたアマルガム色のレジンと、クラレのレジンなどと、性能比較を行うことだったんですが、両方とも10年たってもそれほど違和感がなくて、現実に今も問題なく機能しているようです。  だから、内側性の窩洞とか、多少外側性でも、咬合圧を考慮しながら詰めれば、かなり長期的にもつというふうに思っています。

増原 最近のコンポジットレジンは20年近くは大丈夫でしょう。昔、私たちがドイツのクルツァー社と作ったパラカーフという最初の接着性レジンはPMMA系でしたが、窩洞を掘らないで、歯頸部に接着しただけで15年もったのがあるんですから、今のコンポジットレジンの性能を考えると、やはり20年はもつんじゃないかと思うんです。  むしろ、問題はメタルインレーを接着性レジンやセメントで接着した場合などの二次齲蝕ですね。

総山 メタルインレーでは、メタルと歯の間に隙間があって、そこを軟らかいレジンで埋めているんですから、そこが摩耗すれば汚物がたまって二次齲蝕ができるのは当然です。しかし、今のコンポジットレジンで詰めますと、歯医者さんの仕事がなくなるほど長もちします。

増原 最近は歯を削らないことが、歯を大切にする基本姿勢になってきましたから、メタルで修復するという今までの考え方は改めたいですね。  コンポジットレジンの修復物が摩耗したり、壊れたりしても、口腔内で簡単に、歯質を傷つけないで再修復できますから、患者さんにとっては有難いことですよ。

総山 アメリカでは臼歯にメタルインレーをやっているなどというのはあまりないんです。やるのならアマルガムですが、そのアマルガムが今、アメリカの医学界から中毒問題とか、公害問題で攻撃されていますから、いずれアマルガムは消えると思います。

増原 コンポジットレジンが長もちするというお話がありましたが、最近出たクラレの「エステニア」という複合コンポジットレジンは非常に物性がいいんです。それの膨張係数がエナメル質に近いということで、私は高く評価しているんですが、そこで最近の接着システムを使えば、それこそ本当に20年以上もつものが期待できるようになると思うのですが。

細田 ただ、バージン・カリエスで、そこに初めて形成される窩洞にインレーという考え方はいかがかと思います。インレーというのは、そもそも窩洞を大きくするという意味を含んでいるわけで、やたらに歯を削ってしまう。接着の技術を取り入れるとインレーという言葉はあまり出てきません。

増原 確かに、インレーというイメージはちょっと大きいものですよね。だけども、最近はミニ窩洞という言葉が通用しているんですから、本当にフィッシャーだけに小さい溝を掘って詰めるとか、そういう方向に向かいつつありますね。  そういう意味で、「エステニア」のように膨張係数の小さいコンポジットレジンを詰めておけば、かなりいいのではないかという気がしているんですけどね。

細田 ダイレクト・フィリング用のものはできないんでしょうか。

増原 そうですね。エステニアは性能を上げるために加熱しなければいけないから、そこが問題ですね。常温硬化であの程度の性能が出ればいいんですが。

総山 コンポジットレジンと言っても世界中いろいろありますが、少なくともクラレでつくっているようなものですと、接着が非常にいいし、しかも、フィラーが相当たくさん入っています。そうすると、膨張収縮で隙間があいて剥がれて欠けるなどということはあり得ないんです。だから、二次齲蝕というものは、よほど何か特別な変なことをしない限り起こらないと思っています。



接着性レジンのシールが
良ければ理想的な覆髄



増原 ところで、最近、生活歯髄の保護ということが言われるようになりましたが、これは大変いいことだと思うのですが。

細田 私の在職中のときに、皆さんがレジンに毒性があるとか、歯髄に有害だとか、いろいろおっしゃる方がいましたので、本当に為害性があるのかを確かめるために露髄させて、直接覆髄の実験をしてみたことがあります。  そうすると、意外にその部分が修復して、きちっとしたデンティンブリッジができるということが確かめられたわけです。  なぜそうなったかというと、処置する部分を無菌的にしておいて、接着性レジンを上に載せて、シールがきちっとできたからだと思うのです。ですから、直接覆髄する材料としても今の接着性材料は非常に有効ではないかと思っています。

総山 私は暫間覆髄して様子を見るという考えはいらなくなったと思うのです。接着性のいいレジンで直ちに詰めるのが理想的な覆髄だと思っています。これは柏田さんなども盛んにやっていますし、今やそれが世界の常識になってきています。

増原 そうですか。確かに新しい材料がどんどん出て、性能も上がっていますが、まだ昔ながらのことを信じている人は多いようですね。  先日、雑誌にも出ていたんですが、メタルクラウンの歯頸部はほとんどセメントが溶けてしまって、それが歯周病につながって歯の寿命を短くしていると。これから歯冠修復がミニ窩洞的に小さくなっていけば、メタルクラウンになるケースは減るのではないかと思うし、また、そういう方向に向かえばいいと思うのですが。

総山 部分的な欠損に対してはレジンでいいけれども、特にブリッジの支台にする場合はメタルクラウンでなくてはと思っています。つまり、メタルのレストレーションが全然なくなるということは考えていないけれども、パーシャルレストレーションだったら全部レジンでいいと思っています。

増原 ところが、最近の調査によると、がっちりしたゴールドブリッジというのは歯のほうが先にまいるために、かえってみんな一緒に抜去されてしまうケースがあると。むしろ合成樹脂のブリッジをつくっておいて、5年とか、10年後にはそれをまた壊して新しくつくり直したほうが歯を歯周病から守るためにはいいのではないか、ということを言っている人もいますが。

総山 メタルのブリッジでも、負担過重にならないように、また歯頸部のマージンをきちんと合わせて、歯頸部豊隆をわずかにつけて、歯肉炎を保護するような形にしてあれば、問題ないと思いますよ。

細田 昔、歯肉縁下、歯肉縁下とあまりにも言いすぎたきらいもあるのではないかという感じはします。余分に削ってしまっていたんです。やはりエナメルをうまく残しながら、マージンを調整してやるということのほうが大切なんですね。  とにかく歯肉から血がじゃんじゃん出るぐらいまで削っているようでは、今どき時代おくれということになるのではないでしょうか。

増原 今、長寿社会になって、みんな80歳、90歳まで生きるようになって、そういう人たちの歯頸部カリエスとか、それから今のメタルクラウンでもいずれは歯頸部から冒されていくというケースがどんどん増えてゆくわけです。  それに対しては、私は合成樹脂の修復ということをもっと本格的に考えるべきではないかと思うんです。しかし、接着性レジンがうまく使えないという歯科医もかなり多いということを聞くんですが。

細田 それは大学教育の問題から始まるんです。補綴の先生は大部分がまだリン酸亜鉛セメントを支持しているようです。

増原 私はこれからは保存だ、補綴だと分けないで、一緒になって診療すべきだと思うんですけどね。

細田 クラウン・ブリッジなども保存領域でやってもいいのではないかと思います。以前はセパレートされてしまって、色々問題がありましたが、今は比較的そういうことはなくなってきつつあります。こういうことが臨床教育の中でも体系づけられればいいんですが。

総山 日本は講座は全部同じ大きさで画一的に並べる。これは非常に悪い制度ですね。仕事の量によって講座のサイズを変える。そういう点はイギリスやアメリカではよくやっていますね。日本は講座が一つ認可されると教授は絶対に同じ数の助手、助教授、講師を要求しますからね。

増原 これまでの、いわゆる官僚制度の弊害が出ているわけですから、この際、大いに改革していかなければいけないですね。それに歯科医療そのものが、今、大きな変革期を迎えていますから、これに対応する教育や保険制度の大改革が早急に必要ですね。  今日は大変有益なお話をいただきまして、ありがとうございました。