増原 今日は、お忙しいところをご出席いただきまして、ありがとうございます。
実は、先生は先般「歯界展望」で「歯科医学教育の改革への提言」を発表されたわけですが、その考え方を広く、一般臨床家にも伝えたいと思いまして、今日の対談にご足労いただいたわけです。
21世紀を目指して、これから日本の歯科医療もどんどん変革していかなければいけないという時期に来ているわけですが、その方向づけをきちんと示すということが必要だろうと思います。
そういうことから、今日は、人々の成長期の歯科医療、成人期の歯科医療、高齢期の歯科医療と、三つの段階に分けて、歯科医療はどうあるべきかについて、お話を聞かせていただきたいと思っています。
最初に成長期の歯科医療についてですが、ドイツではこれを非常に重視しており、6歳から20歳までは公的医療費で100%負担します。そのために歯科予防助手を養成して、幼児期、あるいは成長期の子供の口腔衛生上の教育指導をしています。その効果により、若年層の齲蝕は平均43%に減少したといいます。
山下 ドイツの保険医療給付は1970年頃までは100%であったのが、その後の医療改革で成人では40%になりました。いわゆる治療志向から、予防志向にシフトしたのがDMFが減少する非常に大きな原因です。1970年代のDMFは6.2だったのが、改革の後の最近ではWHOの求める3以下に改善されています。 そういった立場から見ますと、やはり医療行政の改革がないと、いつまでたってもこの現状は改善されないと思います。
増原 そうですね。結局、歯周病にしても齲蝕にしても、子供の頃から教育をきちっと受けておれば、生活習慣病的な今の現状を打破することができると思うんです。 そういう意味で、日本でも、予防や早期治療を専門にするような歯科医院があってもいいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
山下 最近、日本でも予防を中心にした研究会もできておりますし、皆さん非常に関心があるし、本当にこれが21世紀の歯科医療の方向だと思いますが、いかんせん、予防をやっていたのでは収入が伴わない医療行政であるため、予防より修復に走ることになるのが根本問題なんですね。
増原 それは日本の健康保険制度の中で改善すべき、最も重要なポイントの一つではないでしょうか。
山下 そうですね。先程からドイツのお話が出ていますが、イギリスでも、不必要な充填、健全歯の削除、頻繁な再治療のあることが調査の結果わかったのに対し、2年後はそれを改善しました。改善策は、@住民が『かかりつけの歯科医』を持ち、A疑わしい場合は処置を見合わせ、B長期観察や指導ができる体制を作る、というものです。 歯科医師1人に大体3000人ぐらいが『かかりつけ医院』の受け持ち患者数で、収入もそんなに減っていません。その結果、予防の効果は顕著に現われています。やはり行政も含めた思い切った改革が、今後は必要だろうと思います。
山下 基本的な問題として、医療概念そのものが今大きく変換しています。その理解が非常に必要だと思います。その中の一つが「ゼロの概念」であると、私どもは理解しています。
新しい医療概念とは、1968年にアメリカのウィードという内科医が、これまでの医療は『医師・疾患が中心の医療』、いわゆるDOS(ドクター・ディジィーズ・オリエンテッド・システム)という概念であった。教育も医者が中心であったり、疾患が中心であるがために、医療は退廃し、医療教育効果も上がらず、非効率である。これを改善するためには『患者の持つ問題を中心』に即ち、患者本位の医療POS(ペイシェント・プロブレム・オリエンテッド・システム)でなければならないと、今から30年前に提唱したわけです。
この医療概念は日本には5年ほど遅れて、日野原重明先生によって導入されたんですが、医療の世界というのは非常に封建的な部分があり、なかなか普及しませんでした。
「ゼロの概念」は、患者中心の医療概念を早くから看破されたドクター・ビーチが提唱されたもので、いわゆる人的介入をできるだけ少なくして、より健康科学の向上を目指そうというものです。全く人的介入のない健康そのものがゼロということで、「ゼロの概念」というふうに言われています。それは別名、SI-indexとも表示されます。
歯科医療はこの「ゼロの概念」に基づいて、できるだけ生体侵襲を最少限にとどめて、医療効果を上げなくてはならないという概念です。
増原 今までの治療志向から、なるべく生体に負荷しないという考え方ですね。そういう点について、先生のお考えをお聞かせください。
山下 やはり予防をきちっとやる。それも我々が習った20年前の予防学ではなく、カリオロジーをベースにした予防です。しかし、100%カリエスフリーになるわけではなく、不幸にしてカリエスが発生したものについては、やはり「ゼロの概念」に基づいて、人的介入ができるだけ少ない、最少限の歯牙削除で機能、咬合を回復し、リスクマネージメント(原因検査に基づく継続管理)をすることが、これから取り組むべき課題ではないでしょうか。
増原 そうですね。そういう思考のできる歯科医、あるいは衛生士を育てていくことが、これからの日本の歯科医療の重要な方向でしょうね。 また、統計によりますと、歯科医療費の72.5%が14〜64歳までの患者に使用されています。この中には再治療等で消費しているものも多いと思われます。 再治療を減らすということが非常に重要な問題になってくるのではないかと思います。 そういう点で、これまでは齲蝕には形成修復が治療だと思っていたのですが、これは治療ではなく、『本当の齲蝕治療とは、リスクマネージメントである』と思います。
山下 最近、ようやく疫学調査の重要性が叫ばれていますが、再治療、抜歯が必要とされたものの原因を調べた疫学調査によりますと、それらの再治療、または抜歯と診断されたものの平均寿命は、なんと6.9年という非常に短い期間しか機能を営んでいないという報告があります。 これは、齲蝕がバクテリアに起因しているにもかかわらず、修復系の教育は、どんな窩洞形態がいいとか、どういう材料がいいとかにばかりに気を取られ、バクテリアには全く目を向けずの教育をされてきた結果が、このような非常に短い機能期間につながっていると思います。 完全な修復をするためには、修復物にバクテリアが入りこまないようにいかにシールするか、またバクテリアを逆に攻撃するかということが必要になってくると考えます。即ち、細菌と戦う姿勢が必要なのです。
山下 ブラックの窩洞は35年前に私も習ったわけですが、彼は細菌学者なんです。1885年、彼は「口の痛みは細菌である」という有名な言葉を残しているんです。 その当時は、虫歯や歯槽膿漏になると、すべて抜歯という時代だったのです。それをブラックが見かねて、虫歯になっても何か詰めてあげればもう少し歯が残りますよ、ということで考案したのがブラックの窩洞なのです。100年前の状況と考え方から生まれたものを金科玉条に引きずっているところに大きな問題があるわけです。ブラックが悪いのではなくて、100年前の医療の考え方が現存していることに、我々は反省を求めないといけないということですね。
増原 これからの歯科大学の臨床教育では、古い考え方にとらわれないで、もっと新しい概念の歯科医療を積極的に取り入れてほしいですね。
山下 今後、歯科大学は基本的な人間本位の医療概念に変えていくということが非常に大切だと思います。つまり、「患者のためになる医療」ということを第一に考えれば、現在、ブラックの窩洞は患者のためになっていないということがはっきりしているわけですから、即座に変えられると思うんです。そういった理解する努力が今の大学には求められていると思います。
増原 「患者のための医療」を考えると、やらねばならないことと、やってはいけないことが自ずと明確になるわけですね。
山下 はい。例えば抜髄処置なども今だに日常茶飯事に行われていますが、先程の医療概念を抜髄に当てはめてみますと、抜髄は本当に患者のためにはなっていないわけです。データでは、総歯数の3分の2が抜髄されている。そして、その内の半分が根管充填がされていない。そしてその歯は歯根の破折につながってしまうというものです。 しかし、それを逆に公的医療行政の立場から見ると、神経を取れば何点かの算定、さらに根管治療をすれば何点かの算定というような、全く逆行の算定であるというところに大きな問題があると思うのです。 抜髄によって脆弱になった歯は機械的な応力の集中によって割れてしまう率が非常に高い。そういう点で、神経を取らないということが、何よりも患者中心の歯科医療のスタートであろうと私は思います。 次に、モータードライブからエアタービンになったこと。これは大変な進歩だと、我々は見てきたわけですが、ミニマムプレパレーションの立場から言いますと、やはり過剰切削につながるということですね。 最近私は、ヨーロッパで普及し始めているウルトラソニックのプレパレーションというものに注目しているんです。これはカリエス窩洞だけを小さく振動で開けていくというもので、一度にたくさん削れませんから、歯を削り過ぎないという点で非常にいいということです。そして、最少限の健全なエナメル歯質を出して、そこを接着材でシールする。
増原 窩洞をできるだけ小さくして、強力な接着材で確実に封鎖することによって二次齲オを抑制するということですね。 そこで、最近クラレ社から出た「パナビア フルオロセメント」ですが、これは強力な接着力で確実にシールしつつ、フッ素徐放によって歯質強化を図るという、二次齲オを防止する意味で画期的な新材料だと思いますが、いかがですか。
山下 「パナビア フルオロセメント」は、いま私のところでやっている研究でも非常に高い接着力と封鎖性があるという結果が出ています。周辺の歯質にフッ素が入り込んで歯質が強化されていきますから、漏洩が起きないだけではなく、二次カリエスができにくいということで、素晴らしい材料だと思います。長期予後観察のデータがでるのが楽しみです。
増原 今までの歯科医療というのはどうしても二次齲オから抜髄、根管充ということで、次第次第に歯を劣化させていったわけですが、最近の新しい接着性材料をうまく利用すれば、抜髄などということはなしにやっていけるような時代になってきたと思うんです。そういう意味で、患者が早期治療とリスクマネージメントを心掛ける教育が必要ですね。そして、もっと接着性材料が活用されるようにしたいと思っているわけです。 そこで次に、例えば歯を1歯失った場合に、それをどういうふうに修復、補綴していくかということなんですが、これは山下先生が以前からおやりになっている接着ブリッジをもっと普及すべきではないかと思うんです。または単独インプラントですね。
山下 全くその通りで、最近の医療概念の中で、特に患者のQOL(生活の質)を高めるということは、やはり第一に物がかめるということです。義歯よりは自分の歯で食べるということが、いかにQOLを高めるかということに尽きると私は思うんです。 総義歯の場合はともかくとして、いわゆるパーシャルデンチャーは常時入れている人が非常に少ないと言われています。これはファレルという先生が、今から50〜60年前に言った言葉なんですが、「局部床義歯は何のためにあるかというと、食べるためではない。外観を改善するということは多少ある。しかし、大きな目的は対合歯が伸びてきたり、隣の歯が傾いてきたりするのを防ぐためだ」ということで、かむためのものではないんだということですね。 そういう点では、最近のインプラントロジーというのは非常に進んでいますし、「ゼロの概念」の立場から言っても、やはりフリースタンディングのインプラントがいいと思います。 私が使っているIMZインプラントも、今はほとんどフリースタンディングになりつつありますし、インプラントをした人たちのご意見を聞きますと、全く自分の歯と変わらないように食べて、かむことを楽しんでいるという評価です。
増原 そうありたいですね。私自身も実はいま有床義歯を使っているんですが、全く人生おしまいだなぁという感じで、情けない状態なんです。一生涯、少なくともブリッジで終わりたいというのが、患者としての私の願いなんですね。 そこで、高齢期の口腔機能をどういう形で回復していくかということも、これは特に日本のような高齢社会では問題になるんですが、有床義歯を否定しますと、結局、頼るものは連結インプラントになっていくと思います。少なくとも60歳台でインプラント・ブリッジを決心した方がよいのではないかと思いますが。
山下 やはり有床義歯よりはインプラントのほうがいいと思います。ただ、 高齢者の場合には、他の疾患を持っている人が非常に多いですから、その面での制約は多分にあると思います。さらに経済的な問題、そういったものを解決していかないといけません。 これからはカリオロジーをベースにした予防で、大体20歳までノンカリエスであれば、大体50歳ぐらいまでは継続管理で歯を残すことができます。問題は、50歳以降のいわゆる高齢になった場合に、加齢的な要素をいかにうまくコントロールできるかということが、これからの問題だろうと思うんです。 高齢社会に対して、大学を含めて学会は、そういうものに対応した新しい医療と高齢者の修復学というものを確立しないといけないと私は思います。 そのうちの一つが根面齲蝕です。高齢になりますと、いかに根面齲蝕を克服するかということが非常に重要になってきます。 高齢になって唾液が少なくなることによって根面齲蝕が非常に増えます。唾液がもっと出るような薬剤のコントロールなどのいわゆる包括的な医療で対応する必要が生まれてくると思います。
山下 口腔の細菌層はインプラントと普通の歯の場合とほとんど変わらないことが研究の結果わかっています。 このことから、天然歯と同じようにリスク診断に基づく継続管理がとても重要になってくるわけです。これまでのように患者さんが自宅で歯ブラシを使い、きちっと歯の清掃をするというパーソナルケアに加えて、歯科医院で行うプロフェッショナルケアというのが、今後、非常に重要なポイントになってくると思います。 私どもが手がけたインプラントのうち、トラブルがあったのはわずか2〜3%です。それも明らかにネジが緩んでいたとか、最初の打ち込みの折に少し緩かったとかいうもので、きちんとしたものは10年以上うまくいっています。うまくいっている理由の一つに、私どもはサリバテスト即ち、その患者個々のリスク診断に基づいて、PMTC(プロフェッショナル・メカニカル・トゥース・クリーニング)の管理をやっているからと考えています。 ここで言えることは、21世紀の医療というのは、まず個体医療で対応するという姿勢がないといけないということです。 患者さん個々に、どんなバクテリアがいて、どんな口腔環境であるか、どんな生活習慣なのか等を診査しないで、一律にやれ磨け、砂糖を減らせ、フロッシングをしなさいと言っても、効果はあまり上がりません。 3カ月に一度の継続管理、いわゆるかかりつけ医という形式が、今後、日本には求められていくと思います。 そして、公的保険医療は、それにも相応の給付を考えていただきたい。
増原 今おっしゃったように、日本では徹底的に新しい歯科医療体系をつくる必要があると思いますね。これは21世紀を目指して、どうしてもやっていかなければいけない問題です。 日本でモデル的な歯科医療体系ができれば、これは海外にも普及していくだろうと思うんです。それだけの価値のあるものをつくっていかなければいけないと思います。そういう将来的な明るい夢を持って、しっかりやっていきたいですね。
山下 あらゆる業界がいま改革・改変を求められている時期ですから、非常にいいチャンスだと思うんです。 若い先生方にとって問題が多いということは、私はそれだけ希望に満ちているというふうに考えます。 私は、歯科に初めて入ってきた学生の歯学概論の講義で、もう全く包み隠さず、こんなにも成果が上がっていない、効果が上がっていない理由をはっきり言います。 その後の学生のレポートは、自分たちの歯科医療というものの考え方が全く違っていたということに驚いたということと、あまりにも問題が多く、我々がやることが多いということを知って、非常に前途有望な科学である、と書いてくれている学生がかなりいて、逆に非常に勇気づけられました。 若い人達にPOSの歯科医療がどんどんと普及していく、また、DOSで教育を受けた人達は、それがうまく育つように見守ってあげるという方向に進んでいくことを期待したいですね。
増原 そうですね。そういう新しい歯科医療のシステムを持って海外に出ていく、拡散していくということがこれから必要だと思うのです。 そして、日本の歯科医療技術をアジア諸国の歯科医療に役立てることができれば、また新しい展開が出てくるのではないかということを思っています。 私は、そういった歯科医療のグローバル化ということにも夢を託したいと思っているわけです。 今日は、お忙しいところを貴重なご意見をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。 21世紀を目指して、元気を出して皆で大いに頑張りましょう。