わが街・わが村・わが医院

阿波編/徳島県東祖谷山村

穏やかな山並みを見つめながら
剣山の奥深い山村に5年。
患者さんの笑顔に出会えることが
生きがいです。




東祖谷山村歯科診療所 沼田 浩先生

●1960年(昭和35年)神戸市生れ
●1989年(平成元年)九州大学歯学部卒業
●1993年(平成5年)徳島県東祖谷山村歯科診療所勤務


  大学卒業後、勤務医をして福岡で1年、姫路で3年、過ごしました。私は神戸生まれなので、開業は神戸でと考えていました。しかし、無歯科医地区に興味があったため、私も僻地診療に役立てないかという気持ちが強くなってきたのです。いくつかの町や村からお話がありましたが、東祖谷山村の助役さんの熱心さに動かされました。
東祖谷山村は日本でも数少ない秘境といわれる山村です。村は高齢化と過疎化がどんどん進み、ずっと無歯科医村だったため、村民の口腔衛生の状態が芳しくないと分かりました。
開院して早いもので5年。若い人達が村を去り、村民の27%が65歳以上の高齢者です。高齢化を加速する村の将来を考え合わすと、私がするべき仕事もおのずから見える気がしています。
 歯は一生の財産、患者さんの大切な持ち物ですから。治療は患者さんの承諾と判断で決まります。私も来院しやすい、恐怖感をできるだけ和らげるような医院をと努めてきました。農作業で忙しいとか、雪が深いので行けないとか、なにかと理由をつけるのが患者さんですから(笑)。患者さんは1日20数名ですので、患者さんの意志や要望に沿った治療を続けられます。村内の小・中学校5校の校医もしていますが、歯磨きの習慣が定着していなかったことが驚きでした。今後は子供たちの齲 の予防・治療が課題のひとつです。
 確かに僻地医療の限界や口腔衛生を飛躍的に向上させる困難さはありますが、予防歯科の観点に立ち、適正な治療を積み重ねることが大切と痛感します。「よく噛めるようになってうれしい!」。そんな患者さんの笑顔に会えた時の喜びはひとしおです。より快適な診療環境で、しかも速く正確な治療をすることが信頼づくりに欠かせません。幸いスタッフがきれい好きなのは、ありがたいですね。
 子供達にピアノを教える女房の方が、私よりも村の人達とのつながりは深いかもしれませんが、私も患者さん宅で食事をしたり、アメゴやじゃがいもをいただくこともあり嬉しいですね(笑)。
趣味はドライブ。学生時代は九州を単車でひと回りしたこともあり、今は家族で剣山へ出かけたりします。ひなびた山村の風景。しわしわ(ゆっくり)などの方言の面白さ。そばをお椀で少しずつ食べる風習。どれも私にはもめずらしく新鮮です。もちろん祖谷のそばは大好物です。穏やかな山並みを見ながら治療できる心地よさは、それは格別ですよ。




西日本最高峰の剣山山系の山懐に
抱かれた美しい秘境・東祖谷山村。
平家の落武者たちの落人伝説が
静かな山間に眠っています。


東祖谷山村は、徳島県の西南端にあり、四国第二の霊峰・剣山(1,955m)を主峰とする剣山国定公園の山懐に位置する人口約2,700人の山村。清流・祖谷川は村の中央を西に流れ、吉野川に合流、その渓谷美は昔ながらの自然景観です。かつては交通の難所といわれ、隔絶された山里には独自の文化・風習が培われ、平家落人伝説や遺跡がそのまま残ります。
近年は、瀬戸大橋、中国縦貫自動車道路や明石海峡大橋が開通、交通アクセスがよくなり。秘境を求める人々のやすらぎの里となっています。
東祖谷山村は、壇ノ浦の合戦で敗走した平国盛と安徳天皇の縁の地。平家の子孫である阿佐家、平家の赤旗や名刀、国盛手植の鉾杉(樹齢800年)などの平家伝説や、武家屋敷・喜多家住宅、国指定重要文化財の木村家と小采家が昔日へのノスタルジーをかき立てます。清流と原生林に囲まれた奥祖谷二重かずら橋(男橋・女橋)や、コテージ村のある龍宮崖公園も見所。全国に知られる祖谷そば、そば米、そば茶のほか、石豆腐、田舎こんにゃく、あめご、山菜など、祖谷ならではの厳しい自然環境が育んだ、素朴な自然の特産品が魅力です。あめご料理の「ひらら焼き」はおすすめの一品。平家落人の道をたどる平家ウォーク、旧暦8月15日の色鮮やかな祭礼・栗枝渡八幡神社のおねりも有名な行事です。

地図をクリックしてください。

●東祖谷山村の情報は、インターネット、http://www1.sphere.ne.jp/east-iya/index.htmlでも入手できます。
●写真提供:撮影 永野一晃



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