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奥祖谷二重かずら橋(男橋・女橋)
およそ800年前、平家の落人たちが剣山・平家の馬場への訓練に通うために架設したのが始まり。その後、木挽・杣・猟師に利用されたり、剣山参拝や交易の参道、生活道として重要な役割を果たしてきました。自生するシラクチカズラを利用したかずら橋は、かつては祖谷地方に13橋ありましたが、現在は男橋・女橋の2橋のみが現存。奥祖谷二重かずら橋の名で知られています。人力で渓谷を渡れるロープウェイ、野猿(やえん)もスリルいっぱい。近くには、川遊びや魚釣り、野外料理が楽しめるキャンプ場もあります。
ひっそりとした平家落人の山里
飛騨の白川、日向の椎葉と並び日本三大秘境のひとつに数えられる山深い山村、東祖谷山村。霊峰・剣山の秀景、祖谷川の清流が森閑とした四季折々の風情を残します。壇ノ浦の合戦、屋島の戦いに敗れた平国盛が、わずか7歳の安徳天皇を奉じて落ち延びたと伝わる、平家落人の里。その平家一族がたどった道、約180kmを体験するイベント「平家ウォーク」が毎年行われ、多くの参加者で賑わいます。
栗枝渡八幡神社のおねり
平家屋敷・阿佐家から祖谷川を下ったところにある栗枝渡八幡神社は、この地で静かな生活を送っていた安徳天皇が、文治2年(1186年)、17歳の若さで悪病のため夭逝したため火葬し、その遺骨をご神体とした神社と伝わります。栗枝渡(くりしどう)の名は、安徳天皇ら一行が栗の木を渡して川を渡ったことから。社殿の傍らにあるご火葬場は聖域とされ、旧暦の2月15日、8月15日、11月23日に色鮮やかで古式ゆかしい祭礼がとり行われます。
平家屋敷・阿佐家
寿永4年(1185年)、壇ノ浦の合戦で敗走し、この地に隠れ住んだ平国盛の直系と伝わる旧家の山岳武家屋敷。国盛がもっていたと言われる平家の赤旗(本陣用の大旗と戦場用の小旗)や系図、宝刀が伝わり、いにしえの平家の栄華が偲ばれます。