東京都開業 山本 寛
東京医科歯科大学歯学部
歯科保存学第三講座教授
須田英明



図1 MSコート(サンメディカル社)。
象牙質知覚過敏症は日常の臨床において頻繁に遭遇する疾患のひとつである。

臨床的には単に「しみる」と表現されることが多いが、その対応には広い知識を必要とされ、可逆性/不可逆性歯髄炎との鑑別診断を必要とする場合もある。歯質の実質欠損を伴わない場合や多数歯にわたることも多く、治療法の選択に迷うことも少なくない。

さらに、原因の判定や歯髄炎との鑑別診断が難しい場合には、歯冠部の充填物の除去を必要とする場合もある。そのような不可逆的な処置を行う前に、スクリーニングテストとして簡単で効果の高い象牙質知覚過敏抑制処置を行い、簡単に治癒する症例なのか、あるいは難治性の症例であるのかを選別すると効率的に対処できる。

物理的侵襲を伴う治療法の場合には、処置後に症状が悪化することもあり、また、効果が高くても歯質の変色を生じる治療法は第一選択として採用しにくい。

第一選択(スクリーニングテスト)として使用可能な象牙質知覚過敏抑制材として本稿ではMSコート(図1)を紹介する。

MSコートは米国、ヨーロッパ、アジア地域では既に'96年より知覚過敏抑制材として販売されているが、本邦では'98年10月より歯面コーティング材として発売されてきた。今回、知覚過敏抑制材としても認可されたのを機会にリニューアルされた('99年10月)。




図2 象牙質知覚過敏症の治療の流れ。
象牙質知覚過敏症は「温度、乾燥、擦過、浸透圧、化学物質などの刺激によって生じる短く鋭い痛みを特徴とし、歯質の欠損など他の病変では説明できないもの」と定義されており、自発痛や持続的な誘発痛を有する歯髄炎を併発している症例と区別しなければならない(図2)


図3 象牙細管内の刺激伝達(文献5)を改変)。
いくつかの発症機構が提唱されているが、露出した象牙質に加えられた刺激によって象牙細管内容液が動き、歯髄/象牙境付近に分布する知覚神経(A線維)の末梢受容器である自由神経終末が興奮し、鋭い、刺すような一過性の痛みが生じるという『動水力学説』が最も広く受け入れられている(図3)

痛みを誘発する刺激としては、冷水やブラッシングの他にも、甘味、塩味、熱いお茶、果物など、日常的に口にするもののほとんどが痛みの誘因となりうるのでやっかいである。




図4 象牙細管の変化の刺激感受性への影響
知覚過敏症状を訴える部位では開口した象牙細管の割合が高いことが確かめられている。

象牙細管が口腔内に開口すると著しく象牙質の刺激感受性が高くなるが、長期間口腔内に放置されると、象牙細管内容液、血液、唾液由来の物質の沈着、あるいは口腔内細菌や吸引された歯髄細胞成分、ブラッシングにより形成されるスメアー層などにより象牙細管は狭窄あるいは閉塞される(図4)

さらに、修復象牙質や管周象牙質の形成も加わり、象牙質の感受性低下が生じ、多くの症例では自然治癒する。しかし、何らかの原因によりこれらの機構が有効に働かないと象牙質の刺激感受性亢進が持続してしまうのである。

一方、象牙細管から侵入した細菌や細菌性毒素、あるいは刺激物の侵入や知覚神経線維の興奮により、歯髄に炎症が生じる。

炎症によりさまざまな化学物質の遊離や酵素の活性化が起こり、発痛物質の生成や歯髄内圧の上昇により、歯髄神経はさらに興奮しやすくなると考えられている。

歯髄に炎症が生じると、神経線維が興奮しやすくなるだけでなく、個々の歯髄神経線維の象牙質受容野が極度に拡大することが動物実験で確認されている(図5)

図5 歯髄神経の象牙質上の受容野の変化。


これは、炎症によって歯髄神経が発芽・増生(sprouting)し、受容器の数が増加したためと考えられる。それぞれの受容野が重複すれば、限局された部位への刺激に対して通常よりはるかに多くの神経線維が同時に興奮し、中枢へインパルスを送ると考えられる。

このように、象牙質知覚過敏症の発症には、象牙質の感受性亢進と歯髄神経の感受性亢進のふたつが主として関与している(中枢神経系での痛覚増強と知覚過敏症との関係については、詳細は解明されていない)。したがって、治療法の根幹は、『象牙質の露出に対するケア』と『歯髄保護』である。


図6 象牙質の感受性亢進と歯髄神経の過敏化の関係(文献5)より引用)。
「象牙細管内容液の移動阻止」を確実に行い、歯髄への刺激物の侵入を阻止し、歯髄神経を興奮させないことによって「過敏化した歯髄神経の鎮静化」を計るのが最も現実的な対処法である(図6)

そのためには、象牙質表面を被覆して細管開口部を塞ぐ、あるいは象牙細管内に沈着物を生成し、細管を狭窄あるいは閉塞することが必要となる。