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◇秋の陣まつりで演奏中の中原先生毎年11月第2土曜・日曜日に行われる「大隅の國やっちく松山藩・秋の陣まつり」には、2万人もの人出で賑わいます。 |
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◇道の駅「やっちくふるさと村」やっちくふるさと館内のレストランでは、 野菜や和牛など松山町の食材をふんだんに使ったメニューが豊富です。 特産品の販売コーナーもあり、夏はビヤガーデンもオープン。 その他、ゴーカート場やふれあい広場、宿泊できる「旅籠屋」も利用できます。 |
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◇町花・山茶花晩秋から冬にかけて、鮮やかな色彩で町内のあちこちで咲き競い、目を楽しませてくれます。 |
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◇だご祭3月1日に地早鈴神社、3月10日に霧島神社でにぎやかに行われる祭。 だごはダンゴの意味。 赤、黄、緑、ピンクなどの色とりどりのだごが風に揺れ、松山町の春を告げます。 |
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◇旧国鉄志布志線・大隅松山駅旧国鉄志布志線は大隅半島を縦断する大動脈でしたが、 1987年(昭和62年)に廃線。 最近は探訪ブームに乗って、大隅松山駅の廃線跡を訪れる人も多く見られます。 |
◇六地蔵先祖の供養や集落の安全のほか、悪疫の防除、 子孫の繁栄などを祈願して建立されたもの。 六体の地蔵が一組になった形がふつうですが、 この六地蔵は板碑型の一石二段六地蔵と呼ばれ、珍しいものです。 |
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◇松山城址太平洋戦争の末期、松山城二の丸に陣地が造られ本土決戦に備えました。 その後、終戦を迎えて「神州不滅」の碑が建てられました。 城址に立てば、霧島連峰や桜島も一望のもと。町内随一の桜の名所でもあります。 |
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◇庚申塔庚申(こうしん、かのえさる)の夜に、 三尸(さんし)という虫が人間の体内から抜け出し、 天帝に人間の罪を報告して、人間の寿命を縮めるという俗信がありました。 この災難を逃れるために造られたのが庚申塔です。 庚申塔の青面金剛像碑は、明治初年に行われた廃仏毀釈のために破損しています。 |
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◇大谷温泉大谷山自然公園の山懐にある大谷温泉は、知る人ぞ知る町内唯一の温泉。 人里はなれた静かな場所なので、ゆったりできるのもこの町ならではの楽しみです。 |
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| 交通アクセス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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