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スペースライン 開発者インタビュー PART.1 スペースライン設計開発のノウハウはどのようにして受け継がれてきたのか

スペースライン発売から60年。ブランドを守り育てる難しさと
「理想のチェアユニットとは何か?」を追求する飽くなきクラフトマンシップ

2024年、スペースラインは発売から60年を迎えました。製造を⼿がける株式会社モリタ製作所では、当時設計開発に携わったスタッフがいない中、スペースラインの特⻑である“⼈が中⼼”の考え⽅や、使い⼼地の良さはいかにして受け継がれ、進化してきたのか。また、設計開発するうえでの難しさややりがいはどんなところで感じられるのか。設計開発に携わる6名のエンジニアにお話を伺いました。

スペースラインの開発を担う
6名のエンジニアたち

  • 由利 正樹
    由利 正樹
    技術開発部 部⻑
  • 大槻 拓也
    大槻 拓也
    技術開発部
    主席開発員
  • 奥村 大
    奥村 大
    技術開発部 課⻑
  • 阪口 修弘
    阪口 修弘
    技術開発部
    設計1グループ 主査
  • 沼田 訓正
    沼田 訓正
    技術開発部
    設計2グループ 係⻑
  • 馬野 峻哉
    馬野 峻哉
    技術開発部
    設計2グループ

Part.1
スペースライン設計開発のノウハウはどのようにして受け継がれてきたのか

馬野さんは入社1年目からスペースラインの開発に携わったと伺いました

馬野:

馬野 峻哉
馬野 峻哉
はい。私は幼い時から医療機器メーカーで働くことが夢でした。2015年に入社し、1年目からスペースラインの機械設計に携わり、『スペースラインEX』のフリーアクショントレーのハンガーインスツルメントの設計を担当しました。
馬野 峻哉
馬野 峻哉

入社1年目からスペースラインの設計に携わることもあるのですね

奥村 大
奥村 大
大槻 拓也
大槻 拓也
由利 正樹
由利 正樹
奥村:

馬野さんの入社と新型スペースラインの開発時期が重なったことが大きいですね。彼の生来の素直な人柄も手伝って、先輩たちに教えを乞いながら、うまく溶け込んで必要なスキルをマスターしてくれたと思います。スペースラインは60年という長い歴史を持つチェアユニットではありますが、体系化されたマニュアルがあるわけではありません。一子相伝と言うと大げさですが、製品を前に先輩が後輩に話しながら伝えていく。その中にお使いになる先生にも入っていただきながら、新しいものを創造していくというスタイルで長年やってきました。

奥村 大
奥村 大

大槻:

新しく入社したスタッフは、自分に何を求められているかが分かりません。試作品に対して「あそこが違う、ここが使いにくい」「寝心地が悪い」など、そうした問題点を一つひとつ積み上げることで、「スペースラインとはこういうものなんだな」「先生方はこういうことを求めておられるのだな」ということを、まず自分の頭の中で理解することから始まります。

大槻 拓也
大槻 拓也

由利:

これまでスペースラインは、使い勝⼿を重視して開発を行ってきました。ただ、私たちは実際にスペースラインで診療することがありませんから、その本質を理解することは簡単なことではありません。そこで、『スペースラインEX』の開発にあたっては、「スペースラインとは何なのか」というところをあらためて再認識したいと考え、『スペースライン開発設計指針書』という資料を作成しました。指針書には、これまでスペースラインに携わってきた先輩方やユーザーの先生方からいただいたご指摘、アドバイス、さらに過去に発生したトラブルとその解決法などを詳細に記録し、設計開発スタッフ全員で共有するようにしました。この指針書があれば、初めて設計開発に携わるスタッフでも、「こういうところに設計開発のポイントがある」ということが理解できる、いわば虎の巻のようなものです。その指針書をブラッシュアップしながら現在も活用しています。

由利 正樹
由利 正樹

開発設計指針書ができる以前はどのようにしてノウハウなどを受け継いでこられたのでしょうか

馬野:

技術資料として残っているものを確認することもありますし、自作した試作品の評価を先輩方に実機を通し行っていただきながら「この部分がこうなった方がもっと使いやすいのでは?」などといったアドバイスのもと、試作を重ねて品質を高めていくこともあります。

由利:

チェアユニットを設計開発する場合、初期構想の段階からどんな拡張性を持たせるべきかをある程度想定しておく必要があります。仕様を決める際に、常に一歩先を見据え、アンテナを張っておくことが大切です。そのためにも社内の他部門の計画や世の中の動向を見極めて、最初にどこまで拡張可能かを決めておきます。その匙加減が、発売から5年あるいは10年先の製品完成度として評価されるので、そのプレッシャーは相当なものです。

阪口 修弘
阪口 修弘
沼田 訓正
沼田 訓正
阪口:

新たな周辺機器を組み込んでいく際に、どの程度の電力が必要な機器が搭載されるかの情報を事前に入手しておく必要があります。電源やトランスに余裕があり過ぎると大きくて高価なものになってしまいますし、あまりにギリギリを攻めると、あとで汎用性がなくなってしまいます。いかに早めに情報をキャッチするかが重要だと感じています。

阪口 修弘
阪口 修弘

沼田:

スペースラインを開発する際には、「人間工学」と「デザイン」の視点を持つことが必須です。「人間工学」については、先生がストレスなく自然に操作できること、また患者さんもリラックスして最適な治療を受けられること。そこで、インスツルメントのピックアップ、リターンの操作、フットコントローラーやハンドインスツルメントの操作など、試作品を作製し、実際に器械に触れ使ってみることを通じて開発を進めていきます。さらに、実際にシートの上に座り、チェアを動かして座り心地なども確認します。「デザイン」については、コンパクトで洗練されたデザインを作り上げるために、チェアユニット内部に収める機構や部品は、小型化、最適化が不可欠となります。多くの電気部品や機構部品が内蔵されていますが、それを実現するために各部品の設計担当者がそれぞれ意見を出し合い、メンバー全員で議論することで、より良いものを作り上げる風土があると思います。

沼田 訓正
沼田 訓正

『スペースラインEX』の設計開発に関して難しかった部分はどんなところでしょう

大槻:

多くの機能を持たせながら、先生の動きや治療の妨げにならないように、従来よりもコンパクトにまとめていく必要がありましたから、それまでの品質を維持しながら小さい中に詰め込むことに、メンバー全員で頭を悩ませました。

由利:

機能とデザインをうまく融合させ、いかにバランスよくまとめていくかが、何より難しいと感じました。しかしその結果、iFデザイン賞金賞やグッドデザイン賞を受賞できたことは大きな喜びです。人間工学に基づいて緻密に計算されたフォルムやユーザーインターフェースは、患者さんだけでなく先生方にとっても理想的で洗練されたデザインであると評価されたことをとても嬉しく思っています。

奥村:

この60年の間に、マイナーチェンジを合わせると50種類近くのスペースラインが発売されました。そのなかで感じるのは、機能を新しく追加するのは比較的簡単ですが、今まで搭載されていた機能を無くしてしまうのが非常に難しいということです。ユーザーアンケートも何度も行ったうえで、あるスイッチを無くしてしまうと「どうしてそのスイッチを無くしてしまったんだ」というお声をいただくことがあります。従って、基本的には機能は増える方向になるのですが、そのなかで小さくコンパクトにまとめるという相反する問題が発生するわけです。その折り合いをどうつけるかは難しいところです。お使いになる先生によって意見も分かれますから、最終的には私たちが決めなければなりませんが、その判断には悩むことが多いですね。

スペースラインEX
『スペースラインEX』

スペースラインというブランドを守り育てる難しさ

発売から60年が経過し、スペースラインというブランドを守っていく上で難しい部分はどんなところでしょう

由利:

チューブの重みを約1/4まで抑える「AIキャッチ(Air Instrument Catch)」
チューブの重みを約1/4まで抑える
「AIキャッチ(Air Instrument Catch)」
スペースラインには、“変わることなく進化する”という命題が常に与えられています。そこで、術者の手首にかかる負担を軽減する「AIキャッチ」など、ちょっとした使い勝⼿を進化させることが重要だと感じています。
チューブの重みを約1/4まで抑える「AIキャッチ(Air Instrument Catch)」
チューブの重みを約1/4まで抑える
「AIキャッチ(Air Instrument Catch)」

阪口:

シンプルさを維持しながら、拡張性をいかに追求していくかが難しいと思いますね。しかし、同時にそこに大きなやりがいも感じます。

大槻:

どの部分を守りながら進化させていくかを常に考える必要があると思います。
“一日中精密作業を行う道具”ということが前提ですから、身体に対してストレスを感じさせないという特長は変えるべきではないでしょう。その特長を踏まえつつ、より使いやすく、ストレスなく使えるように進化させていくことが大切です。初代のスペースラインの開発から60年以上が経過し、以前は正しいと思われていたことが、環境の変化によって正しくなくなっていることもあると思います。常に時代のニーズを捉えて変化していかなければならないと感じています。

奥村:

スペースラインは“人が中心”というコンセプトがベースにありますから、ある意味では先生方の理解を得やすいブランドと言えると思います。この評価を守り抜く責務を私たちはひしひしと感じています。もともとはDr.Beachのアイデアが出発点ではありますが、その後60年が経過し歯科医療も大きく進歩しています。その進歩をスペースラインにも積極的に取り入れ、さらなる進化が求められていると感じています。

スペースラインに関して、ご自身が関わったと誇りを持って言える特長があればお聞かせください

阪口:

スペースラインの設計を始めた当初、チェアユニットを動かすためのマイコンは搭載されていましたが、付属するインスツルメントやバキュームなどの制御全般を行うマイコンは私が担当するようになって初めて搭載するようになりました。私がスペースラインの設計開発に携わるようになる以前、社内では「K3プロジェクト」というプロジェクトが展開されていました。「K3」というのは、「カチャカチャカンタン」の頭文字から名付けられたもので、製造から設置まで、すべての工程や機能をシンプルに組み立てやすくすることが狙いでした。その後、「Do K3プロジェクト」といって「K3」を実践(Do)するという新たなプロジェクトが始まっていて、私はちょうどその頃からスペースラインとの関わりが濃くなっていたと記憶しています。例えば、操作パネルの位置合わせなどは、直角ではなく曲線になっている部分に設置するため、ベテランの作業者でもその取り付けに20、30分は必要でした。また、ボタンを押すストロークが少し変わるだけでも、先生方は違和感を覚えられます。そこでパネル部分に新たにメンブレンを採用しました。シール型にしてその内部にスイッチが格納されているため、取り付け時間も短縮され、デザイン性も向上しました。平面ではなく立定的な丸みがある部分なので技術的には難しかったのですが、うまく対応することができたと思っています。

大槻:

私の場合は、『イムシア タイプⅢ』の時に関わった「PdWトレー」です。それまでスペースラインのハンドピースはすべて背板の肩口部分に収納されていましたが、先生方の使い勝手を考えていく中で、当時世の中に広く使用されていたトレー収納タイプを手がけることになりました。それでもスペースラインならではのこだわりや独自性を打ち出していくために、ハンドピースの配置や間隔、スムーズなピックアップを実現するための試行錯誤を繰り返して、ようやく「PdWトレー」として『イムシア』に搭載されました。長年スペースラインに携わってきて、これまでヘッドレストやトレーなど、人が接する部分に関わることが多かったと感じています。スペースラインの進化にどの程度貢献できたかは正直分かりませんが、使い勝手や心地良さは、「以前の機種に比べるとかなり良くなってなっている」という声をお聞きすると、喜びもひとしおです。特に『スペースラインEX』は、どの部分を見てもきれいな仕上がりになっています。「ここまでこだわる必要があるのか」と思いながらも、こうした細かな部分まで妥協しないことが、スペースラインたる所以とも感じています。

スペースラインイムシア タイプⅢUP-PdW
『スペースラインイムシア タイプⅢUP-PdW』
沼田:

私は『スペースライン スピリットV』に初めて搭載された「給水管路クリーンシステム」のシーケンスに携わりました。洗浄液を管路内に滞留させ、給水管路をよりクリーンに保つシステムです。苦労した点として、バキュームタンクを洗浄するシーケンスの場合、バキュームモーター側の吸引圧などにも依存してしまいます。仮に他社のバキュームモーターを使っておられると、こちらの都合だけで仕様を決めることができず、そのあたりをうまく調整して合わせ込むのが難しかったですね。さらに、以前は1つのマイコンで制御する方式だったものが、途中からモジュールごとに設計していく方式に変わりました。チェアを動かす部位、ベースンを動かす部位、給水管路の部位、と部位別にマイコンを持たせて制御するのです。そのことで、いろんな機種に展開できるような汎用性を目指しました。その考え方は現在まで踏襲され、『スペースラインEX』以降も共通の基板で、互換性を持たせたインターフェースを作り込むことができました。結果として、信頼性向上と保守を⾏うサービスマンのメンテナンス性向上にも⼤きく寄与できたと感じています。

給水管路クリーンシステム 専用洗浄液を管路内に循環させ、夜間、休日の給水管路をよりクリーンに保つ。(写真は『スペースライン ST』のもの)
給水管路クリーンシステム
専用洗浄液を管路内に循環させ、夜間、休日の給水管路をよりクリーンに保つ。
(写真は『スペースライン ST』のもの)
馬野:

私は『スペースラインEX』以降のチェアユニットのハウジングの設計を担当しました。入社9年目にして、ハウジングについては社内でいちばん詳しいのではないかと密かに自負しています。現在はさらにブラッシュアップを重ね、『スペースラインST BM』からはワンタッチで昇降できるような“ぶら下げ式”を採用しています。今後は、さらに機能を追加して据え付けのしやすいハウジングを設計していきたいと考えています。