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連 載:超高齢社会における歯科医療が果たす役割 Part 19 難症例化する無歯顎患者と下顎総義歯を吸着させる3つのエッセンス
目 次
- ≫ 根強く残る無歯顎患者のニーズ
- ≫ 難症例化する無歯顎患者
- ≫ 求めるべき3つのエッセンス
- ≫ 吸着を獲得するための印象採得
- ≫ 枠なしトレー印象法によるスナップ印象
- ≫ ゴシックアーチ描記法などを活用した咬合採得
- ≫ 片側性と両側性のバランス獲得がカギとなる人工歯排列
- ≫ インプラント補綴などにも応用
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宮城県仙台市
くにみ野さいとう歯科医院
院長 齋藤 善広
「くにみ野さいとう歯科医院」院長のの齋藤善広先生は、難症例を含む無歯顎患者の治療に長年取り組まれています。また、吸着総義歯に関するセミナー講師を務めるなど、安定して噛める総義歯テクニックの普及にも長年尽力されてきました。そんな齋藤先生に、下顎総義歯を吸着させるポイント、そして、総義歯について学ぶ意義を伺います。
根強く残る無歯顎患者のニーズ
30数年前に開業したばかりのころ、矯正治療について学ぶ中で理想的な咬合や歯列とは何かを考えるようになりました。その一環として興味を持ったのが総義歯です。
当時は今以上に無歯顎患者が多く、教科書に載っているような典型症例とはかけ離れた難症例に遭遇することも珍しくありませんでした。どのように製作すれば、咬合採得や咬合高径のエラーを減らし、理想的な咬合や歯列を再現できるのか、そんなことを模索する毎日でした。あらためて振り返ると、私にとって総義歯へのアプローチは、咬合の全体像をつかむうえで欠かせない学びの多いものだったと思います。
現在、8020運動の達成率は51.6%です。昔に比べると格段に高齢者の残存歯数は増えています。歯周治療の発展や国民的な予防意識の高まりから、高齢者に限らず、若い世代ほどDMF指数が低い傾向にあります。そうしたことを背景に、近年、都心部では無歯顎患者をほとんど見かけなくなりました。このことは大学教育における臨床実習の減少にも影響し、若い先生にとっては総義歯治療の経験を積む機会は減っています。
しかし、高齢者の口腔内はそれほど健康なのでしょうか。80歳までに20歯以上残っているとされる方々の口腔内を観察すると、残っている歯が機能していないケースが多く見られます。加えて、厚生労働省の「歯科疾患実態調査」によれば、80~84歳の総義歯患者の割合は約3割で、85歳以上になると約4割にものぼります。8020運動の達成の陰で、都心部を離れるほど、総義歯治療に対するニーズは根強く残っているのが現状です。
難症例化する無歯顎患者
近年の無歯顎患者の特徴として、う蝕ではなく、歯周病が歯牙喪失の原因となっている割合が増えていることが挙げられます。現在の歯科医療は歯をできるだけ保存することが優先され、多くの歯科医院では抜歯をしないための努力をします。ところが、歯周病は歯槽骨が破壊される病気です。アタッチメントロスが進行してから抜歯を行うと、顎堤となる骨組織の喪失程度も高くなり、そのような経過をたどった無歯顎患者は顎堤吸収が進行してしまう傾向があります。
また、寿命の延伸から無歯顎患者の高齢化も顕著です。骨密度が低下し、骨粗鬆症的に口腔内が痩せ、顎堤吸収が進んでいるケース、認知症やパーキンソン病の発症、免疫力の低下、唾液の減少による口腔乾燥など、加齢とともに総義歯製作を困難にさせる要件は増えていきます。そのほか、適合の悪い義歯を長期にわたり使用してきたことで、機械的刺激による高度顎堤吸収が生じているケースも見受けられます。
総じて、近年の無歯顎患者は難症例化していると言えるでしょう。
求めるべき3つのエッセンス
ところで、総義歯に対する患者満足度はどのようにして決まるのでしょうか。下顎義歯の維持および安定が良好なほど、満足度が高いという研究報告があります。この維持および安定が総義歯製作を成功に導く鍵となる一方で、これこそが総義歯治療の難しさであるとも言えます。
なぜなら、顎堤や口腔の形態、咀嚼時の義歯の動きは患者ごとに異なるうえ、口腔粘膜や舌は常に変化し、義歯は不安定な環境にさらされています。特に下顎は上顎と比較すると義歯床の面積が小さく、顎堤の吸収量も大きくなる傾向があります。そのため、把持効果が得づらく、周囲軟組織の動きにともなって義歯が変位するようになります。
こうした不安定要素に対する方策として、「印象採得」「咬合採得」「人工歯排列」の3つのエッセンスを追い求めることがもっとも重要であると考えています。そして、正確な技工操作によって一組の総義歯として完成させることで、難症例であっても、審美性を備え、噛んで食べることができる安定性のある、ひいては患者満足度の高い総義歯が提供できるようになります。
総義歯3つのエッセンス
印象採得のねらいどころ。吸着印象法で義歯を製作した場合、開口時に義歯が浮き上がることはない。(吸着して機能的な総義歯臨床のポイント ー総論編 無歯顎の特徴と義歯の動きー 歯界展望 vol20, No2, 2018. 8月 P234)
吸着義歯のための印象ステップ
吸着を獲得するための印象採得
総義歯に何らかのトラブルを抱えた患者さんの多くは、噛んで食べられるようになることを望んでいます。そして、こうした患者さんは義歯に長い間不満を抱いていることが多いため、信頼を築く意味でも、まずは即席義歯で来院2日目には食べられるような義歯を装着します。即席義歯で問題なく過ごせることを確認したのち、本格的な新義歯製作へと移行します。
総義歯が安定するメカニズムは、義歯床辺縁を全周にわたって粘膜で封鎖し、吸着を獲得することにあります。その最初のステップが印象採得です。
全周封鎖のためには義歯の辺縁をある程度、長くする必要がありますが、長すぎると開口時に浮き上がったり、咀嚼時の舌の動きや粘膜の変化に動揺したりします。逆に、辺縁が短すぎると義歯床と粘膜の間に隙間ができ、吸着が得られません。短すぎず、長すぎず、粘膜の折り返しに軽く圧接された状態が義歯の辺縁の理想です。
枠なしトレー印象法によるスナップ印象
吸着する義歯の辺縁は「Frame Cut Backトレー」(以下:「FCBT」 株式会社YDM)を用いた枠なしトレー印象法を行うことで、誰にでも到達することが可能です。「FCBT」はレトロモラーパッドなど、封鎖にとって重要な部分のフレームを取り除いたスナップ印象用トレーで、患者固有の口腔形態が採得できます。特に安静位の口唇と頰粘膜の折り返し位置、口腔底の高さ、パッドの形態をありのままに採得できることが特徴です。
印象材には歯科用アルギン酸塩印象材「アルフレックスダストフリー」と「アルフレックスデンチャー」(ともに株式会社ニッシン)を使用します。流れの良い「アルフレックスダストフリー」を両側のレトロモラーパッド、頰唇側前庭、舌下ヒダ部、舌根部にシリンジを用いて注入します。その後、コシのある「アルフレックスデンチャー」を「FCBT」に盛りつけて、試適した位置に挿入し、安静位まで閉口してもらいます。
「FCBT」によるスナップ印象で得られた各個トレーは、印象体の外形よりもやや小さく製作されます。このままでは粘膜の折り返しや口腔底には到達していないため、咬合した状態から、「ウ」「イ」「ア」など6つの機能運動を行い、擬似的に機能時の口腔粘膜の動きを各個トレーの辺縁に反映させます。
こうした一連のステップによって、熟練度に左右されることなく、吸着する義歯の辺縁を獲得することが可能になります。注意したいのは、あらかじめ決められたルールに従うという点です。吸着の考え方だけを取り入れるなど自己流を求めると、かえって吸着が得られません。素直に実行することがいちばんの近道です。
「Frame Cut Back トレー」(株式会社YDM)
「FCBT 」によるスナップ印象のステップ
「アルフレックス ダストフリー」(株式会社ニッシン)の注入手順
枠なしトレー印象法。「アルフレックスデンチャー」(株式会社ニッシン)を「FCBT」に盛りつけて、試適した位置に挿入し、安静位まで閉口してもらう。
「FCBT」によるスナップ印象
舌下ヒダから後顎舌骨筋窩部における義歯床縁の厚みや長さの変化は下顎総義歯の吸着にとって重要である。
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