
チェアユニットにおけるデザイン性の高さが示すもの
「Signoシリーズ」が40年にわたって愛され続ける理由とは
モリタ東京製作所が製造するチェアユニット「Signoシリーズ」が発売から40周年を迎えました。
競争が激しいチェアユニット市場で、デザイン性に活路を見出し、さまざまな創意工夫に取り組んできた設計開発スタッフたち。そのエンジニアたちの取り組みについてのインタビューを三部構成でご紹介します。
ポルシェデザインとの
初めてのコラボで実現したチェアユニット 「Signo TREFFERT(トレファート)」が与えた衝撃-
金子 孝士
株式会社モリタ 東京製作所
技術開発部 部長 -
釜口 昌平
株式会社モリタ 東京製作所
技術開発部 次長
インタビュー後半
ポルシェデザイン側と交渉して、実際にデザインが変更された部分はありますか
例えば、ポルシェデザインが最初に提案したトレーテーブルは、奥に向かってかなり長いものでした。たしかにたくさん物が置けますし、デザイン的にもシャープな印象に見せたかったのかもしれませんが、私たち日本人の手の長さではテーブルの端まで手が届かないんです。彼らはヨーロッパで実際の歯科医院を見学して、「これくらいの大きさが必要だろう」というリサーチはしたようですが、日本人には長すぎることを伝えるために、発泡スチロールでトレーテーブルの模型をつくって、まずこの長さでは届かないことを理解してもらいました。そして実際にどの長さなら届くのかをその模型を削っていきながら、この長さまでなら届くということを目の前で見せて、ようやく納得してもらいました。絵や図面を見ながら口頭で説明するだけでは、彼らはなかなか納得してくれません。どうやって彼らを理解させるかについては、私たちの方から歩み寄って、彼らに理解させて、それをデザインに落とし込んでもらうといったプロセスを、このトレーテーブルに限らず、いろんなパーツで行ってきました。このトレーテーブルの模型も、たしか1, 2日で作ったと思います。彼らが来日している間に見せて納得させ、どうにかデザイン変更を受け入れてもらわないといけないということで、設計メンバーだけではなく試作スタッフの協力を得ながら、夜中までかかって準備しました。


それだけ大変な思いで設計開発に取り組んでおられたのですね。「トレファート」の設計開発に取り組んで来てよかったと思える瞬間はありましたか
それまでは本当に苦労しかなかったです。デザイン画を実際の製品にしていくにあたって、弊社スタッフにも並々ならぬ苦労をかけましたし、外注先や加工先にも、いくつもの無理難題をお願いしました。他のチェアユニットと違いを出すことが、これほど不安に感じるとは、この「トレファート」を手がけるまで気づきませんでした。しかし、そうした数々の苦労のおかげで、多くの先生方に受け入れていただくことができ、「トレファート」はロングヒット製品になりました。当時斬新だった太いライトポールもその後よく見るようになりましたし、シルバーメタリックのボディカラーも珍しくなくなりました。やはりポルシェデザインは当時の歯科のトレンドの1歩、2歩も先を見据えたデザインを提案されたのだなと後になってようやく気づきました。

ポルシェデザインと初めてタッグを組んだ感想はいかがでしたか
「トレファート」では、モデルテェンジに伴うカラーの追加や、コミュニケーションモデルの追加など、基本デザインは踏襲しながら進化を続けてきました。その後、フルモデルチェンジを企画して、何度かポルシェデザインに提案してもらったこともありましたが、なかなか実現には至らずボツになった企画もいくつかあります。そうした経緯を経て、現在の「Signo Tシリーズ」の開発へとつながっていきました。「トレファート」以来、ポルシェデザイン側もモリタというブランド価値を少なからず認めてくれていることは折に触れて感じました。また、「Signo Tシリーズ」のデザインリーダーは「トレファート」の時にアシスタントデザイナーを務めた人物です。その当時から20年以上一緒にタッグを組んでお互いの気心が知れる間柄です。今後もそうした関係は大事にしていきたいと考えています。
私は近年、社外の皆さんに弊社の技術について紹介する機会があるのですが、「トレファート」については、現代にも通用する斬新で先進的なデザインとして高い評価をいただくことが多いですね。また、臨床家の先生と共同開発を行うことがありますが、先生が「ここはどうしてもこうだ」とこだわる部分は、一見実現が難しいと思っても、なんとかして形にすることで、今までにない殻を破れるところがあると思います。ものづくりは、クライアントに従うことが必ずしも正義ではなくて、お互いのこだわりの部分がうまく出せるような関係性がいいと思います。私が携わっている共同開発製品でいうと、「このサイズ内に収めたいです」と私たちがお願いしても、「この機能を入れるためにはこれが必要だから」と先生が譲ってくださらないケースは往々にしてあります。ただ、それこそまさに、新しい取り組みへの第一歩なんだな、と今までの金子の話を聞いていて感じました。私が携わったオペレーティングライトにもデザイン的なこだわりはたくさんあって、そこでいろんな試行錯誤の苦労がある分、最終的にそれに見合った良い製品に仕上がったのだと思います。
「Signoシリーズ」が40年続いてきた理由
お二人は「Signoシリーズ」というブランドが40年にわたって続いてきたのはなぜだとお考えですか
先日、リクルート活動で大学の学生さんたちと話す中で、その学生さんたちにある質問を出しました。その内容は、「ある先生の歯科医院で器械に不具合が出ました。問題がある部品は特定できているのですが、その部品はかなり高額です。その時の対処法として、A:部品が高額なので部品は取り替えずに応急処置でとりあえず使っていただく。B:高額ではあっても部品を交換する。あなたならA, Bどちらの対応を選びますか」という質問です。学生さんの回答は半分に割れて、どちらかというと「企業として利益を優先すべき」という観点からAと答える人の方が多くいました。どちらも間違いではないのですが、私の回答を聞かれた時に、私は「弊社なら間違いなくBを選ぶでしょう」と答えました。なぜなら、先生は弊社製品の品質を信頼して、決して安くはない製品を購入していただいています。それは私たちが積み重ねてきた「お客様第一」「先生第一」「患者さんの健康を守る」という意識の表れとも言えるでしょう。製品そのものが受け入れられているというより、モリタとしてこれまでそうした取り組みを続けてきた結果に対して評価をいただいているのではないかと感じています。
初代「Signo」は、これまでパンタグラフ式だった昇降方式が初めて垂直昇降に変わるなど、当時としてとても斬新だったと聞いています。その後、品質的な問題もさまざまあったようですが、使い勝手も含めて、私が入社した当時から「モリタ東京製作所といえば『Signoシリーズ』だよね」と、すでに言われていました。モリタ製作所には「スペースライン」という60年続くブランドがありますが、それに続くブランドとして長く先生方の診療を支えてきたという矜持は常に持っています。
先に述べた垂直昇降式のほか、フロアマウントタイプも当社が最初に取り組んだ技術です。それがなぜ好評を博したかというと、当時の日本の歯科医院環境にマッチしていたことが大きいと思います。パンタグラフ式は設置スペースが大きく、それに対して垂直昇降式は比較的コンパクトに収めることができました。当時は保険診療が全盛ですので、チェアユニットの設置台数も増やせるということで、環境と使い勝手がうまくマッチしたのだろうと思います。
これまでの「Signoシリーズ」の機能面での良さを受け継ぎつつも、シグノの歴史を大きく変え、飛躍させてくれたのが他ならぬ「トレファート」だと思っています。一方で、諸先輩方が苦労を重ねて変革してきたものに対して、私たちも積極的に変革を加えていくべきではないかとも感じます。そのように「Signoシリーズ」の変革を迎えるような製品を、私たちの代でお届けできればと思っています。ぜひ先生方には、それを見て、感じて触って使っていただければ、設計者冥利に尽きると思います。
私たちが生み出す製品は、先生方が診療される上での道具だと思っています。時代に合わせて歯科診療の環境が目まぐるしく変わっていく中で、「Signoシリーズ」を含めて私たちが作り出す製品も、それに合わせて進化していくことで、少しでも先生方の診療のサポートができればと思いながら、日々新たな製品開発に向けて努力を続けていきたいと考えています。