
チェアユニットにおけるデザイン性の高さが示すもの
「Signoシリーズ」が40年にわたって愛され続ける理由とは
モリタ東京製作所が製造するチェアユニット「Signoシリーズ」が発売から40周年を迎えました。
競争が激しいチェアユニット市場で、デザイン性に活路を見出し、さまざまな創意工夫に取り組んできた設計開発スタッフたち。そのエンジニアたちの取り組みについてのインタビューを三部構成でご紹介します。
「Signo Tシリーズ」誕生の裏側と「T500」新オプションへのこだわり
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日比野 徹
株式会社モリタ 東京製作所
技術開発部 第1技術開発課 課長 -
青羽 俊
株式会社モリタ 東京製作所
技術開発部 次長 -
佐藤 弘多
株式会社モリタ 東京製作所
技術開発部 第1技術開発課 設計2係 係長
インタビュー後半
「Signo T500」に新たなオプションが追加①
「Premium Seat」
この度「Signo T500」に新たなオプションが追加されたと伺いました
「Signo T500」では、「Premium Seat」、「4種の新色シートカラー」、「Pearl White Edition」「サポートハンドル」という4つのオプションが新たに追加されました。
もともと「Tシリーズ」には「ラグジュアリーシート」というオプションシートが設定されていました。ポルシェデザインとしては「シートはできるだけ薄くて、かつ座り心地の良さを追求するのがデザインだ」という思いがあって、「ラグジュアリーシート」はそれほど厚みをもたせた仕様ではありませんでした。ただ、先生方からは「もっとふかふかした厚みのあるシートが欲しい」というご要望もあって、一度チャレンジしたことがありました。実際に国内の高級自動車のシート縫製をしているメーカーに「Signo T500」の実機を持ち込んで、メーカーの開発者とも共に試作検証を繰り返し、晴れて「Premium Seat」を世に出すことができました。
「Premium Seat」では、ステッチが一つのポイントになるため、ポルシェデザイン側もステッチの糸の色や位置にはかなりこだわっています。「Signo Tシリーズ」の場合、背中のバックレスト部分と座面のシート部分は、よく似た形状をしていて、「Premium Seat」ではその部分にそれぞれ「H」状のステッチが入っています。この位置についても、最初はもう少し下の方にあったり、ラインが少し円弧を描いていたりしていたのですが、「ラインは真っ直ぐで、位置もバランスの取れたこの位置で」といった細かな指示がポルシェデザインからありました。何度もやり直しては、「ここのラインが違う」「もう少し上に」などのやり取りを、このステッチ位置だけで何度も繰り返しました。ただ、私たちとしては、ステッチ位置はこの位置でないと、作り勝手が良くないとか、形状が再現できないなど、いろんな問題はありましたが、それを何とか乗り越えて現在の位置に落ち着きました。
ステッチ位置は座り心地にダイレクトに影響してしまうので、患者さんがいちばん快適だと思うところを私たちは提案するんですけど、ポルシェデザインからすると「デザインとして美しくない」という一点張りで、現状に落ち着くまでかなり難航しましたね。
実はこのステッチは今までお願いしていた業社では思ったようにできませんでした。湾曲の部分にシワが寄ってしまわないように、カーブの形状に沿って縫わないといけないのでノウハウが必要でした。もちろんその業社も今までいろんなシートの縫製をお願いしてきたので、信頼しているのですが、今回は少し難しかったみたいで…。あと、デザイナーが希望する糸の色や太さで縫製できる設備も持っていませんでした。「これは弊社で専用のミシンを買うしかないか」と私たちで話していて、実は業務用のミシンメーカーに見に行ったこともありました。最終的には、こうした縫製のノウハウも持っていたメーカーにシートの製造をお願いすることができ、何とか事なきを得ました。職人さんのノウハウと使用している機械との兼ね合いもあります。やはり自動車メーカーにシートを提供している業社は新しい機械やノウハウを持っているので、本当に助かりました。
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「Signo T500」の新オプション:
「Premium Seat」 -
「Premium Seat」のシートとステッチのカラーバリエーション -
「Premium Seat」のステッチ部分。
湾曲部分のシワを抑えるために新たなノウハウが必要になった。
ポルシェデザイン側は実際に「Premium Seat」に座って試されたのでしょうか
もちろん座りましたよ。それで「見栄えとして、ステッチ位置はこの位置ではなくてここにして欲しい」と細いテープを取り出して、希望の位置にペタペタ貼っていくんです。後でできあがりを見て、さすがだなと思うのですが、その時は形状維持などの理由があって今の位置になっているということしか頭にないですから、お互いにどこをどう譲歩しあうかというところで、ようやく現在の仕様に落ち着きました。さらに、体圧分布のデータを取るために、何人かに座ってもらって、分散の具合を評価し、その中でもっとも体圧がバランスよく分散した数値のものを製品化することができました。

「Signo T500」に新たなオプションが追加②
4色の新色カラー
次に新オプション「新色カラー」について教えてください
今回「Signo T500」に新たなシートカラーを4色追加したのですが、最初にポルシェデザインとは、ポップな色にしようということで話が進んでいました。しかし、ポルシェデザインとしては「Signo T500」の標準ボディカラーであるシルバーメタリックに搭載するシート色でもあり、後ほど登場する別の新オプション「Pearl White Edition」の両方にマッチする色ということで、「Bordeaux(ボルドー)」と「Cognac(コニャック)」の2色という、どちらかというと渋めの2 色を強く提案してきたんですね。そこで私たちは「もっとポップな色を」と依頼して、何度も話し合いながら提案された数色の中から鮮やかで女性にも受け入れられるような色を営業スタッフも交えて選んで、最終的に今回の4色に落ち着きました。
ポルシェデザイン側は最後の最後に、「やっぱりあの色はこちらに変更して欲しい」という依頼があったりしましたね。
そうでしたね。できあがった製品の色見本を見て、1色だけ「どうしてもこの色は違う」となりました。
Cognac(コニャック)色です。最初はもう少し明るい色だったんですが、ポルシェデザインから「チープに見える。コニャックはもう少し濃い色だ」という指摘がありました。コニャックはヨーロッパでいうブランデーの1種ですが、「コニャック」という色名は本革製品でよく使われていて、それをイメージさせるような色をということで、最後まで調整が必要でした。ただ、調色して実際の色を作っていくのに3か月以上かかるんです。新色発表までちょうど残り3か月くらいしかなくて、現場からは「本当に最後のチャンスですよ」と言われながら超特急で作ってもらったことを思い出します。本当に土壇場の状態でしたね。現場にも苦労をかけてしまいました。
ポルシェデザインは、一度OKを出したものに再変更を依頼することもあるのでしょうか
そうですね。最初、ポルシェデザインのデザイナーが来日したときに、「この色でいきましょう」ということでお互いにコンセンサスが取れていたんです。そこで実際の製品サンプルができ上がったので、オーストリアに送ったところ「少し違う」と言ってきました。「最初に合意した色ですよ」と私たちも食い下がったのですが、「いや、違う。少しチープに見える」と言って、こうなると彼らはまったく譲りません。そこは本当に苦労しました。
デザインの再変更もたまにありました。3Dデザイン画像上では合意していたのですが、実際に作った試作機を確認すると、「やっぱりここは違うから、直そう」と。やはりモニター上と実際にできたものを目で見るのとでは違うんですね。
「Signo T500」に新たなオプションが追加③
「Pearl White Edition」
新オプション「Pearl White Edition」の特長をお聞かせください
「Pearl White Edition」は現在増えつつある女性の先生方を意識しています。「Signo T500」のボディ色には、高級感や重厚感のあるメタリックシルバーを採用しているのですが、女性にとっては好みが分かれる色だったんですね。そうしたイメージを払拭できるような色を、ポルシェデザインに依頼しました。最初、ポルシェデザインは当時流行色だったピスタチオのような淡いグリーン色を提案してきました。その色は色見本の小さなプレートで見るときれいな色だったのですが、いざボディ全体に塗装してみると、意外にイメージが合わなくて、「これはちょっと…」ということで再検討することになりました。「Signo T500」は弊社が製造するチェアユニットのうち最上位機種ですから、果たして、どんな色が受け入れられるかは弊社内でも大いに疑問になりました。そこで、ポルシェデザインに「上位機種として上品な色を」と依頼したところ、パール色の提案がありました。女性向けの美顔器や家電製品などをみると、白にパールが混ざったような色の製品があるので、弊社内でも「これはありかも」ということで話が進行しました。
実は私たち開発側としては、環境負荷などのことを考えると、できるだけ一般的な塗装で再現できる色が良かったので、パールを入れたくないという事情がありました。
そこでパールではではない、他の少しでも柔らかいイメージの色をいろいろ試作してみましたが、結局どれもしっくりこなかったですね。
もう少し柔らかいイメージと清潔感を感じるとなると、やはり白なんです。さらに、その白に寄せたパール系ということでパールホワイトに決まりました。
女性を意識するという点において、何か特別な対策をとられたのでしょうか
弊社内の女性社員を集めて、先にお話しした淡いグリーン系の色も見てもらいました。予想通りプレートでは好評でしたが、実機の試作品を見たらやはり不評でした。ただ、パールホワイトについては試作品もかなり好評価で、合格点がもらうことができ、実現に向けて弾みがつきましたね。
パールホワイトに決まったのはいいのですが、今度はそのツヤ感をどうするかという問題がありました。ポルシェデザインからは実際にポルシェの自動車に使われている色の提案がありました。私も日本のポルシェディーラーに行って実際の車両の色味を確認しました。ただ、私の第一印象としては、グレーに近かったんですよ。そこで少し色を明るくしてホワイトに近づけ、且つパール感を得られるように調色していったところ、想定以上にツヤが必要になるんです。これについては、塗料メーカーにも相談に乗ってもらって何度か検討しましたが、なかなか解消に至りませんでした。案の定、ポルシェデザインからは「ツヤがありすぎる」という指摘が入りました。ちょうどその時、ポルシェデザインのデザイナーが来日していたんです。そこで、ツヤ感に変化をつけた実機を2種類準備してディスカッションを重ね、5分ツヤということでやっと合意に至りました。
このツヤ感の出し方には本当に苦労しました。パール塗装を1回だけ塗るのと、2回、3回と重ねて塗るのでは、ツヤ感が全然変わってきてしまうんです。例えば、バックレストの部分は少し複雑な形状をしているのに対して、ヘッドレストやトレー部分はかなり平坦です。平坦な部分は塗りやすくて、少ない回数できれいに塗れるんですが、複雑な部分になると何度も塗らないときれいに塗れないんですね。そうすると今度はツヤ感が変わってきてしまいます。ですので、何度も塗る必要がある形状に合わせて、2回塗りでいい部分まで4回塗るなどの調整を行って、同じツヤ感になるように工夫しています。
こういう調整は製造担当者との折衝が必要になってきます。「色ムラがないようにしてください」とこちらが依頼すると、彼らは職人ですから、「そのためにはこうする必要がある。工程数が増えるがそれはどうしてくれるんだ」といったやりとりは頻繁に発生します。要求の「5分ツヤ」と比較するとツヤツヤにする方がかなり作業としては楽ということなのですが、「5分ツヤ」などの微妙なツヤ感になってくると「5分ツヤってどういうことなんだ?」と製造現場は思いますよね(苦笑)
とにかくパールとツヤ感の微妙な調整が難しかったですね。もっとパール感を出したいと思うとツヤ感も一緒に上がってきてしまうので、ツヤ感を抑えつつパール感を表現するちょうどいいところを苦労して探しました。最初プレートで10種類くらいテストして、だんだん絞っていって、最終的にはバックレストに塗装してチェックしました。ただ、製造現場は実際の製品ラインの仕事がありますから、その合間に試作品を繰り返し依頼するのは申し訳なくて、その頃は常に頭を下げている状態だったと思います。
パール塗装は通常の塗装よりかなり時間がかかるんですね。「Signo T500」に標準で塗られているシルバーメタリック塗装に比べて数倍の工程数が必要になります。その工程にかかる時間を確保するのは製造現場にとっても大変ですから、最初ネガティブな反応はかなりあったと思います。
塗装については耐光性の問題もありました。白い製品の場合、経年変化によって白い塗装部分が黄色く変色してしまうことがありますよね。弊社にとって、それをいかに白いままで長くもたせるかは重要なポイントでした。「Pearl White Edition」の塗装については、以前から使用している塗料メーカーの塗料を採用するつもりでしたが、想定以上に早く黄変してしまうことが分かりました。そこで「Pearl White Edition」の場合、塗装が何層にもなっているので、どの層の塗装が影響しているのかを評価して分析したところ、一部の層で黄変が起きていることが分かりました。問題のある塗料をいろいろ変えながら検証を重ねていたのですが、なかなか満足できる塗装にならなかったんです。どうしたものかと思いながら別の塗料メーカーに当たってみると、思いのほか黄変に関して高い評価が出たので、そこでパールのベースから作り直してもらうことになりました。この塗装もかなりタイムリミットに近かったのですが、「もうトライしてもらうしかない」ということで作ってもらったんですよ。それが何とかうまくいきました。
いずれもギリギリのタイミングで新しい業社を探したりと、かなり苦労されているのが
よく理解できましたそうですね。パール塗装については、お願いしているパートナーがいくつか塗料メーカーを持っていて、最初は普段いちばんやり取りしている業社に当たってくれていたようですが、その業社ではパール塗料はなかなか難しかったみたいで、違う業社にも当たってくれて何とかクリアできたというところです。
「Signo T500」に新たなオプションが追加④
「サポートハンドル」
続いて最後の新オプション「サポートハンドル」の特長についてお聞かせください
単純にライトポールに組み込んでいるだけのように見えますが、繰り返し耐久試験を行い強度もクリアしていますし、デザインと組立性を考慮した固定方法となっています。ハンドル構成の一部は圧入にしていて、実はかなり技術が必要で、ハンドルの上下が平行になっていないと最終的にライトポールへうまく組み込むことができません。そこで製造部と協力して、平行になるように専用の治具を作ってもらうことで実現しました。
この「サポートハンドル」にもポルシェデザインは関わっているのでしょうか
ええ。もちろんです。実は握り部分のエッジをもっとシャープにして欲しいという要望がありましたが、やはり握ると痛くなるので、そこは説得して諦めてもらいました(笑)。

なぜ「Signoシリーズ」が40年も続いてきたのか
皆さんはなぜ「Signoシリーズ」が40年にわたって続いてきたとお考えですか
市場のいろんなご意見を真摯に受け止めてきた結果ではないかと思っています。特にお褒めの言葉だけではなく、改善点など私たちにとって耳の痛いご意見に対して、次の機種に反映させ、市場のニーズに応えるということを、ただただ実直に繰り返してきた賜物ではないかと感じています。
私は社内で設計開発に従事するだけでなく、訪院する機会や歯科用ユニットの展示ブースにおいて先生方にお話を伺うのですが、「『Signo』のこういうところがいいよね」と言っていただけることも増えてきました。そういう部分を大切にしながら今後の製品開発に活かしていくことに加えて、時代に合わせたデザインや利便性を取り入れていくことも重要です。例えば、衛生面は近年のトピックスでもあり、清拭しやすい素材やメンテナンス性なども意識していく必要があります。おかげさまで「Signo Tシリーズ」では「ずいぶんシートやユニット周りのメンテナンス性が上がったね」というお声をいただけるようになりました。デザイン性はもちろん重要ですが、プラスアルファとして、そうしたニーズにフレキシブルに対応する製品開発を意識してきた結果とも感じています。
「Signo」は諸先輩方が今まで培ってきたように、デザインと機能の融合を評価されて、市場に育てていただいたと感じています。先生方も、その時代に合わせた診療空間を常に患者さんに提供されていることと思います。私たちはそうした先生方のお考えにいかに寄り添っていけるかを考えていく必要があると感じています。あくまでも治療のための道具ですから、毎日使っていただくチェアユニットとしてご愛用いただけるような、先生方が理想とする診療空間にちょっと花を添えられるくらいのデザイン性があるといいなと思います。今まで弊社の先輩方もそういう意識で製品開発に臨んできたのではないでしょうか。また、営業スタッフのきめ細やかなアフターサービスも、「Signoシリーズ」がこれまで続いてきた大きな力になっていると感じています。
