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Clinical Report
ジルコニア審美修復における接着性レジンセメントの最適解とは?~光の届きにくい高湿度環境下での接着を再考する~
キーワード:ジルコニア審美修復における接着性レジンセメントの最適解/日常臨床におけるセメント選択基準
目 次
1. はじめに
接着歯学の臨床応用は、現代の審美歯科治療では欠かせない。いかに良好な結果を出し、それらがコンスタントに行えるか。その本質を学ぶことこそが、臨床家に求められる大きな課題である。
近年、審美修復の主流は、ジルコニアと二ケイ酸リチウムに移行している。高い光透過性を持つ二ケイ酸リチウムは透明感があり、非常に美しい補綴装置の製作が可能である。また適切な前処理を行うことで高い接着力を発揮することから、筆者はラミネートベニアなどに用いるときの第一選択としている。しかしながらその透明感から支台歯の色調の影響を受けやすいため、変色歯やあるいは一歯だけを修復する場合(シングルセントラル)など、隣在歯との色調の調和を高く要求される場合はコントロールが難しいと感じている。
一方、ジルコニアは審美性と機能性のバランスが取れた補綴材料である。高強度で耐久性に優れ、特に臼歯部やブリッジのような大きな負荷がかかる補綴装置に適しているのが大きな特徴といえる。
また、支台歯の変色がある症例ではマスキング効果が求められる。この点で、二ケイ酸リチウムは支台歯の色の透過性が高く、マスキング効果が限定的なため、支台歯の色が仕上がりの色調に影響を与える可能性がある。
これに対し、ジルコニアは適切な色調(明度)選択をすることで遮蔽効果が高くなり、支台歯の色の影響を受けにくい。この特性は、変色した支台歯や金属コアを含むケースで審美性を高めるために大きな利点となる(図1, 2)。
対照的にその高いマスキング効果から、透光性においてジルコニアは二ケイ酸リチウムに劣る(図3)。
二ケイ酸リチウムは天然歯のような高い透光性を示すため、光の透過が容易で補綴物による光の減衰が少なく、これにより接着の際には接着性レジンセメントの光重合が効果的に機能し、十分な接着強さが得られやすい。
一方、ジルコニアは高強度化を実現するために、結晶構造が緻密化しており、これが光の透過を妨げる要因となっている。そのため筆者は、ジルコニアに厚みがある場合は光重合を十分に促進できない恐れがあると考えている1)。
さらに歯頸部、歯間部付近や歯肉縁下においては、距離的な制約や歯肉による阻害なども相まって、より光が到達しにくくなる。
これらが本稿の主題であるジルコニア審美修復における接着性レジンセメントの最適解を考えなければならない大きな理由である。
あらためて本稿では光が届かない、届きにくい部位での接着の最適解を探り、デュアルキュア型レジンセメント(以下、デュアルキュア型)の限界と、完全化学重合型セメントである「スーパーボンド」(図4)の有用性を解説する。
図1 メタルポストの入った変色支台歯症例
図2 PSZ(ジルコニアセラミックス)を用いて、色調のコントロールを行った。
図3 二ケイ酸リチウム(左)に比べ、ジルコニア(右)の光透過性は大きく劣る。
図4 完全化学重合型のレジンセメントである「スーパーボンド®EX」
2. デュアルキュア型と化学重合型の使い分け
○光が届かない部位ではデュアルキュア型はリスクがある
デュアルキュア型は、光重合と化学重合を兼ね備えたハイブリッドタイプで、通常は光重合の補助的な位置づけで化学重合が進行する。つまり光重合が優先的に進行し、光が届かない部位では化学重合がサポート的に働く仕組みである。しかし、ジルコニアクラウンやブリッジの症例では、補綴物内部への光の到達が不十分な場面が多い。特に支台歯の歯頸部、歯間部や歯肉縁下の部位では、より光の透過が制限されやすいため、デュアルキュア型の光重合が不十分になるリスクが生まれる。このような場合、化学反応のみに頼らざるを得ないが、デュアルキュア型は光が十分に到達した場合と比べて化学反応の強度が劣るため、不完全な硬化が生じる可能性がある。
○重合率のデータからみるリスク
多くの臨床家が使用するデュアルキュア型は、「万能型」だと認識されがちだが、実際には光が届かない領域では不完全な硬化が生じることが報告されている1~3)。
光が到達しない場合の重合率は到達した場合と比較して劣ることが示唆されており、光が十分到達した場合に比べて大きな差がある1, 2)。この不完全な硬化は、補綴物の長期安定性に影響を及ぼす可能性があり、特に支台歯の歯頸部、歯間部や歯肉縁下での接着が不安定になる要因になる。このような部位では、デュアルキュア型の限界が露呈することになる。
○「スーパーボンド®」の強みは光への依存を排除できること
「スーパーボンド」は完全化学重合型のレジンセメントであり、光の到達を気にする必要がないのが最大の強みだ。デュアルキュア型が光重合と化学重合を併用しているのに対し、「スーパーボンド」は「TBB」(トリ-n-ブチルボラン)を重合開始剤としている。これにより、光が届かない部位でも化学重合だけで安定した硬化が得られるため、特にジルコニアのような透光性が低い素材を使った補綴装置の支台歯に最適だと考える。
3. 湿潤環境下での接着の信頼性
○湿潤環境の影響
口腔内は高湿度の環境であり、さらに唾液、歯肉溝浸出液、出血が混在する。これらの要素は接着阻害要因となって接着強さを低下させることが報告されており4, 5)、特にラバーダムが使用できないケースや歯肉縁下の症例で発生しやすい(図5, 6)。細心の注意を払っても歯肉溝からの浸出液や微量の出血は避けられず、接着操作前に被着面が汚染されると、どんなレジンセメントであっても接着が阻害される6)。
○「スーパーボンド®」の耐湿性
Washinoらは、口腔内模擬環境におけるレジンセメントの象牙質接着性能を評価するため、LAB(室温)、SUP(歯肉縁上湿潤環境)、SUB(歯肉縁下湿潤環境)の3条件下で接着試験を行い、「スーパーボンド」を含む複数のセメントを評価した7)。LAB環境だけでなく、SUPおよびSUB環境でも「スーパーボンド」は高い接着強さと安定性を示した。一方、他群はSUPおよびSUB環境で接着強さが大幅に低下し、Pre-Test Failureが多発した群もあった。これらの結果から口腔内環境においても「スーパーボンド」が安定した接着強さを発揮することが示唆されている。
さらに筆者らも2024年にWashinoらの研究と同様の口腔内模擬環境下で実験を行い、日本接着歯学会にてポスター発表を行った8)。具体的には口腔内模擬環境(温度31±2℃、湿度95%)を再現し、象牙質および築造用レジンに対する接着強さを評価した。特に口腔内模擬環境におけるサーマルサイクル前後の接着強さの変化や破壊形態の観察に焦点を当てた。
筆者らの実験においても、あらためて「スーパーボンド」があらゆる環境下で安定した高い接着強さを示すことが確認され、この結果はWashinoらの報告と一致する内容を含むものであった。特に、湿潤環境下(Moist)での破壊形態に変化が見られなかったことは、口腔内模擬環境において長期的に安定した接着性を示唆していると考える(図7, 8)。
上記の考察から、以下が示された。
1. ジルコニア審美修復補綴の支台歯への接着において
・ 光が届かない部位の接着では、化学重合型の「スーパーボンド」が有効である。
・ サーマルサイクル後の接着強度も安定しており、長期的な安定性が期待できる。
2. 象牙質やレジン築造への接着において
・ 高湿潤環境下でも接着強度の低下が見られなかったため、口腔内の湿潤環境での操作が求められる症例では「スーパーボンド」が有効である。
3. 歯肉縁下マージンなどラバーダムが使用できないケースにおいて
・ 歯肉縁下マージンなどラバーダムを使用できないケースでは高湿度環境は避けられないが、「TBB」による重合で不安定な接着界面の解消を期待できる「スーパーボンド」は有効である。
以上が筆者の日常臨床におけるセメント選択基準となっている。
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