102号 SUMMER 目次を見る
目 次
- ≫ はじめに
- ≫ 実体顕微鏡とは
- ≫ Microendodonticsの世界
- ≫ まとめ
はじめに
21世紀に入り、実体顕微鏡を用いた歯内療法(Microendodotics)が我が国でも徐々に普及し始めた感がある。しかし、実体顕微鏡そのものが高価格なため、一般開業医の間では「それだけの設備投資はできない」という意見が聞かれるのも事実である。
今回、マニー(株)より新たに実体顕微鏡が比較的低価格で発売される運びとなった(図1)。本稿では実体顕微鏡の特性とMicroendodonticsの一端を紹介する。
図1 新しく発売された実体顕微鏡。
実体顕微鏡とは
医科領域では眼科や耳鼻咽喉科を初めとして、多くの診療科で実体顕微鏡が使用されている。歯科の領域において歯内療法で実体顕微鏡が使われ始めた1)のにも理由がある。根管内という「狭くて」「暗い」空間を扱う歯内療法では、「拡大した」「明るい」視野が必要となる。
例えば、図2は実体顕微鏡下で発見したガッタパーチャポイントであるが、このガッタパーチャを低倍率で確認できるであろうか?(図3)また、ユニットの照明だけを使用した状態でガッタパーチャは確認できるであろうか?(図4)答えはNOである。従来の歯内療法はこの暗い根管を手探りで処置していたので難しかったが、実体顕微鏡下では観察視軸と照明軸がほぼ一致するために、暗い根管内にまで十分な照明が届き、今まで見えなかった根管内が見えるようになるのである(図5)2-4)。
難治性と考えられていた症例の中には、根管の見落とし5)や根管内の汚染物質の取り残しなどがある場合が多く、Microendodonticsの世界ではこの原因を明らかにすることが可能となる。したがって、歯内療法の成功率も自ずと上昇するのである。では、実際のMicroendodonticsの世界をご案内しよう。
図2 近心舌側根管の根尖部付近に取り残されたガッタパーチャ(矢印)が存在する。-
図3 図2の低倍率像。よく見ないとガッタパーチャの存在(矢印)には気づかない。 -
図4 実体顕微鏡の光源をoffにし、ユニットの照明だけで見た図3と同じ視野。通常我々が診療時に見ているのはこのような視野である。根管内にユニットの照明は届かず、根管内は真っ暗である。 -
図5 観察視軸と照明軸との関係。実体顕微鏡下では、見たい根管内に十分な照明が届いている(右)。(文献2-4より引用)
Microendodonticsの世界
図6は下顎大臼歯樋状根管の症例である。近心頬側に存在する一根管が見落とされている。見落とされた根管にファイルを挿入し(図7)、根管拡大を終了した(図8)。このような見落とされた根管が痛みや病変の再発に関与しているのは想像に難くない。
次の症例は、「根管治療を繰り返しているが、症状が改善しない」という依頼であった。根管内を実体顕微鏡下で見ると、ガッタパーチャが根管壁に残っているのが確認できた(図9)。そのガッタパーチャを除去し、根管内を再び精査したところ、歯根の縦破折が確認された。これが症状の改善しなかった主な理由と考えられた。患者には録画した映像(図10)を見せながら、歯根縦破折を説明し、紹介元に報告した。
もう一つ歯根破折の症例を紹介する。補綴物がポストごと脱落し、頬側には近遠心に二カ所の腫脹が認められた(図11)。この時点で経験のある歯科医師であれば歯根破折を疑うであろうが、エックス線写真で破折線が写ることはほとんどなく、患者に状況を正確に説明するのは難しい。本症例も歯根が近遠心に破折していた(図12、13)が、この映像を患者に見せれば説明も容易である。従来エックス線写真で説明していた根管内の状態を、映像として患者に見せることはインフォームドコンセントの面でも有効である6)。
次の症例も「症状が改善しないので、歯根が破折しているのか調べて欲しい」という依頼であった。幸い根管内に歯根破折は認められなかったが、頬側歯頸部に充填してあるレジンのマージン部に齲蝕が生じており(図14)、根管壁象牙質にまで到達していた(図15)。レジン充填をやり直さない限り、根管内はいつまでたっても無菌状態にならないので、症状が改善しなかったのも納得がいく。このようなことも根管を実体顕微鏡で見れば一目瞭然である。
実体顕微鏡は通常の歯内療法だけでなく、外科的歯内療法でも威力を発揮する7-9)。従来の方法で見落とされていた歯根破折や副根管などが明らかになり(図16)、根尖切除術の成功率は96%にまで達したという報告もある10)。
図17は開業医の先生から右上中切歯の根尖切除を依頼された症例である。歯冠歯根比が悪く、将来抜歯となる可能性もあるが、その場合には左上中切歯根尖部の状態も問題となる可能性がある旨を患者に告げ、外科処置を同時に行うことにした。
右上中切歯の根尖切除術は通法に従って行ったが、やはり頬側の骨はほとんどなく、慎重な術後の経過観察が必要と思われた(図18)。左上中切歯に関しては、歯根面に側枝の開口が三カ所認められ、これらを全て逆根管充填した(図19~21)。術後の経過は順調で現在両歯とも口腔内で問題なく機能している(図22、23)。
外科的歯内療法においても実体顕微鏡の威力は絶大であり、もし実体顕微鏡がなければこの症例で側枝全てを見逃さずに処置できたか疑問である。
図6 近心頬側根管の見落とし(矢印)。-
図7 見落とされた根管に#15Kファイルを挿入(矢印)。 -
図8 拡大終了後の根管口(矢印) -
図9 根管中央部にガッタパーチャの取り残し(矢印)が認められる。 -
図10 根管内に縦破折(矢印)が認められる。 -
図11 ポストごと脱落した上顎右側側切歯。近遠心に腫脹が認められる。 -
図12 実体顕微鏡下で破折線(矢頭)を確認。 -
図13 唇側の破折片を動かすと、破折は根中央部にまで至っていた(矢印)。 -
図14 歯頸部にレジン充填が施されている。マージン部分に僅かな着色が認められる(矢印)が、探針で探っても明らかな実質欠損は認められなかった。 -
図15 実体顕微鏡下で根管内を精査すると、レジン充填下に齲蝕が認められた(矢印)。 -
図16 Microsurgeryの一場面。根尖切断面に見られる微小亀裂(矢印)をマイクロミラー(幅3mm)に映したところ。実倍率約20倍。 -
図17 術前のエックス線写真。 -
図18 右上中切歯根尖切断面像。マイクロミラー(幅4mm)に根尖切断面が映っている(矢印)。逆根管充填材はProROOT (Dentsply,米国)。 -
図19 左上中切歯歯根側面観。側枝の開口が認められる(矢頭)。 -
図20 超音波レトロチップにて側枝開口部に逆根管充填用窩洞を形成。 -
図21 SuperEBAセメントにて側枝を封鎖(矢頭)。 -
図22 術後3ヶ月後のエックス線写真。 -
図23 術後3ヶ月後の口腔内写真。
まとめ
実体顕微鏡が歯内療法にもたらす影響は大きい。我々が実体顕微鏡を使い始めて既に7年が経過しているが、まだまだその可能性は広がっていくと思われる。
今後は歯内療法だけでなく、歯周外科や補綴処置にも実体顕微鏡を用いた治療が普及していくであろう。
21世紀の歯科に要求されているのは、実体顕微鏡などを用いた確実な治療なのではないかと最近感じている。
このような時期に新しい実体顕微鏡が発売され、より多くの歯科医師が使用できるようになることは歓迎すべきことであろう。
- 1) 井澤常泰, Syngcuk Kim, 須田英明: 歯内治療におけるマイクロサージェリーの現状, the Quintessence, 13: 2056-2067, 1994.
- 2) 澤田則宏,井澤常泰,須田英明: マイクロエンドとは何か, the Quintessence 別冊「現代の根管治療の診断科学」: 71-76, 1999.
- 3) 澤田則宏: 拡大鏡と外科用実体顕微鏡, The Journal of Dental Engineering, 133: 5-10, 2000.
- 4) 澤田則宏,吉川剛正,須田英明: マイクロエンドドンティクス-21世紀の新しい歯内療法-, 歯界展望, 97(2): 331-339, 2001.
- 5) 澤田則宏,Syngcuk Kim: 歯内治療における外科用実体顕微鏡の使用法 1.根管治療, 日本歯科評論, 678: 171-178, 1999.
- 6) 井澤常泰: 根管治療におけるインフォームド・コンセント, Dental Diamond, 25(3):32-37, 2000.
- 7) Syngcuk Kim: Principles of endodontic microsurgery. Dental Clinics of North America, 41: 481-497, 1997.
- 8) 澤田則宏,Syngcuk Kim: 歯内治療における外科用実体顕微鏡の使用法 2.外科的歯内治療, 日本歯科評論, 679: 149-157, 1999.
- 9) 澤田則宏,須田英明: 第23章外科的歯内療法, エンドドンティック21: 永末書店, 2000.
- 10) Richard A. Rubinstein, Syngcuk Kim:Short-term observation of the results of endodontic surgery with the use of a surgical operation microscope and Super-EBA as root-endo filling material, Journal of Endodontics, 25(1): 43-48, 1999.
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