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TRENDS

クリアフィルトライエスボンドの特徴

田上 順次

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■目 次

■はじめに

クラレメディカル社の接着材の開発の歴史は、概ね世界の接着性レジンの開発の歴史といっても過言ではない。クラレメディカル社の世界に先駆けとなる接着技術は数多いが、特に挙げれば、接着性レジンモノマーの開発、トータルエッチングの導入、低粘性レジンの導入、セルフエッチングプライマーの開発である(図1-①)。
クラレメディカル社の接着性レジンの歴史のなかで、リン酸エッチングの際のウェットボンディング法を採用した製品はない。これは、ウェットボンディング法が非実用的であるだけでなく、この方法が推奨された当時すでに、セルフエッチングの時代が到来していたためである。
世界的な傾向としても、リン酸エッチングによる接着材にかわり、2ステップ、1ステップを含めたセルエッチングタイプの時代である。今や新製品のほとんどが、ボンディング材にセルフエッチング機能を持たせた、いわゆるワンステップ型の接着材である。
クラレメディカル社より待望のワンステップ型の接着材、「クリアフィルトライエスボンド」(図23)が商品化された。ワンステップ型の接着材に関しては、クラレメディカル社の製品は後発製品ということになるが、これは現状のオールインワンタイプの接着材のもつ問題点が解決されなかったからである。トライエスボンドにおいてはこれらの問題点が確実に改善されてきている。

  • クラレ社製接着剤の開発の歴史①
    図1-① トータルエッチングは、世界に先駆けて導入された技術であり、MDPも当時から使用されている非常に優れた接着性レジンモノマーである。
  • クラレ社製接着剤の開発の歴史②
    図1-② セルフエッチングプライマーもクラレメディカル社が世界に先駆けて開発、実用化した技術である。
  • クリアフィルトライエスボンド
    図2 クリアフィルトライエスボンド。
  • トライエスボンドの使用手順
    図3 トライエスの使用手順はきわめてシンプルである。

■ワンステップ型接着材の問題点

これまでのワンステップ型の接着材の問題点は、①接着性能が劣ること、②成分中の親水性の成分と疎水性の成分とが分離(相分離)すること、③重合前に水、アセトンなどの溶媒を除去することが困難であること、である。
「クリアフィルメガボンド」に代表される2ステップ型のほうが信頼性が高い接着材であることは周知のことで、わが国においても臨床家の間ではワンステップの接着材の普及はそれほど高くないのも理解できる。

■接着性能

接着材の性能で最も大切なのは接着性能である。近年さまざまな接着材が開発されるなか、この本質的なことを論じないで、操作時間や操作性、接着界面の構造などが議論されることが多い。もちろんこれらは大切なことではあるが、接着性能、すなわち接着強さや封鎖性に信頼性があってからの話題であるべきだ。
メガボンドが接着材の世界標準として認知され、現在では多くの研究において比較対照として用いられている。現状ではメガボンドを超える接着材は存在せず、ワンステップ型の接着材においても同様で、象牙質に対する初期の接着強さは、メガボンドとは歴然とした差がある。製品によっては、メガボンドの半分にも満たない接着強さしか得られないようなものもある。
こうした製品の性能は低いが、臨床の場においてそれほど大きな問題として議論されないのは何故だろうか。
いまだ保持のための形態を窩洞に付与しているとすれば、脱落などのトラブルは生じないであろうし、封鎖性が十分でなくとも、二次齲蝕や歯髄炎が引き起こされるまでには長い期間が必要である。こうしたことから、決して優れた接着材でなくとも臨床では問題が顕在化していないのであろう。
しかし、より信頼性の高い治療を提供するということであれば、最も優れた接着材を使用するのは臨床家としての責務である。
今回開発された、トライエスボンドは、ワンステップ型では世界最高の接着強さを示し、メガボンドの約80~90%程度の接着強さであることが確認されている(図41,2))。
従来の接着試験法によってもオールインワンタイプの各種製品の接着強さが比較されており、トライエスボンドの接着が他の製品との間に歴然とした差があることが示されている3)

  • [グラフ] :他社品A、B:他社品B、C:他社品C、D:トライエスボンド、E:他社品E、F:他社品F、G:メガボンド、のエナメル質および象牙質に対する微小せん断接着強さ(MPa)
    図4 A:他社品A、B:他社品B、C:他社品C、D:トライエスボンド、E:他社品E、F:他社品F、G:メガボンド、のエナメル質および象牙質に対する微小せん断接着強さ(MPa)。A~Dはワンステップ型、E、Fはリン酸エッチングとウエットボンディング法によるもの。

■MDPの優位性

かつて、ある学会で、「どうしてクラレ社の接着材は接着性能が優れているのか」という議論があった。接着性を決めるのはさまざまな因子があり、後に論じるボンディングレジンやプライマーの成分の相分離や溶媒の問題なども、すべて結果として接着性能に影響するものである。現在考えられているほかにも、いまだ研究者の分析能力を超えた未知の因子が存在するかもしれない。
しかしながら、まず理由のひとつとして考えられるのは、クラレ製品に使用されている接着性レジンモノマーであるMDPの性能である。さまざまな接着性レジンモノマーの中でも、特にMDPの優位性が報告されている4)。すなわち、アパタイトとの反応性が高く、短時間で反応し塩を形成すること、またその塩の安定性が高く分解されにくいことが証明されている。このことは接着界面で形成された構造物(樹脂含浸層を含む)の長期安定性に関係する。トライエスボンドは、メガボンドよりもさらにマイルドなエッチング効果(図56)であり、接着耐久性が改善されていることが期待されている。
エナメル質に対する接着性も十分信頼に値するものである。かつてはリン酸エッチングにより得られるようなエッチングパターンが必須と考えられていたが、それは過去の接着材における条件である。メガボンドのセルフエッチングプライマーによる非常にマイルドなエッチング効果の方が、リン酸エッチングを併用する接着材よりも安定した接着が得られることも明らかにされている5)。これもMDPというアパタイトとの反応性に優れたモノマーを使用しているからこそといえるかもしれない(図78)。

  • [写真] 象牙質のトライエスボンドによる処理面のSEM像
    図5 象牙質のトライエスボンドによる処理面のSEM像、エッチング効果は非常に軽微である。象牙細管の開口も、コラーゲン線維の露出も観察されないので、アパタイトとMDPとの安定した接着が期待される。
  • [写真] 象牙質との接着界面のSEM像
    図6 象牙質との接着界面のSEM像、従来の観察法では、樹脂含浸層も観察できないほどであるが、接着界面にはギャップもなくボンドから象牙質に移行的である。
  • [写真] エナメル質のトライエスボンドによる処理面のSEM像
    図7 エナメル質のトライエスボンドによる処理面のSEM像、エナメル質表面に対するエッチング効果も非常にマイルドである。
  • [写真] エナメル質との接着界面のSEM像
    図8 エナメル質との接着界面のSEM像、小柱構造による凹凸形成はほとんどないが高い接着強さが得られる。これはMDPの性能によるのかもしれない。

■相分離

ワンステップ型の接着材の一般的な組成は、接着性レジンモノマー(酸性モノマー)、親水性レジンモノマー(HEMA)、架橋性モノマー(疎水性)、触媒、水、揮発性溶媒(アセトンなど)である。このように親水性の成分と疎水性の成分とを1液のボンディング材とすると、成分が十分に混ざり合わなくなる。
また、pHはエッチング機能をもたせるために1.5~2.5程度に調整されているため、酸性環境下で変性してしまう成分もある。そのため、製品によっては、1液タイプとして供給されず、使用直前に混和するように設計されたものがある。また、1液タイプのものでも、容器内で相分離を起こしているために、使用前にボトルを振って成分を混和する必要のある製品もある。
相分離は、ボンディング材を採取した後、非常に短時間のうちに始まる製品もある(図9)。したがって、採取後すぐに使用しないと、歯面に塗布しても当初の設計どおりの組成のボンディングレジンを使用できないことになる。
特に象牙質においては、ボンディングレジンが象牙質表面を脱灰しながら浸透して、重合することで接着が得られるということを考えると、親水性の成分だけが歯質に浸透しても、十分な強度の樹脂含浸層や接着界面が形成されにくい。
トライエスボンドの成分は表1に示すが、クラレメディカル独自のMolecular Dispersion Technology(以後MDテクノロジー)と呼ばれる、親水性、疎水性成分の相溶性技術が導入され、相分離という問題が解消されている。
これにより、歯質に浸透したボンディング材の成分の組成はより均質で、疎水性成分である架橋性のレジン成分も浸透、硬化し、より高強度で、耐久性に優れた接着界面の形成が期待される。

  • [写真] 採取後1~2分のうちにボンドの成分が分離し、マダラ模様になる製品もある(右)
    図9 採取後1~2分のうちにボンドの成分が分離し、マダラ模様になる製品もある(右)。左はトライエスボンドで、採取後も安定している。
  • 表1
    表1

■溶媒の除去

ワンステップ型の接着材では、10~20秒間のボンディング材によるエッチングのための処理時間を必要とする。このとき、十分な量のボンディングレジンが酸蝕剤として歯の表面に付着していなければならない。その後に行う操作は、ボンディングレジンから、水やアセトン、エタノールなど、本来レジンとしては必要のない成分の除去である。これはエアー乾燥によって行われることになる。
トライエスボンドにおいても、エッチング効果を高めるための水と、粘度を下げて歯質の浸透性を向上させるためにエタノールを含むが、これはワンステップ型の接着材の宿命である。ワンステップの接着材では、いかにしてこれらを重合前に効果的に除去するかが課題である。従来の製品では、比較的弱いエアーで、時間をかけて揮発させて厚めのボンド層を形成するタイプのものと、強圧で乾燥し、薄いボンド層を形成するタイプとに分けられる。
臨床的には、強めの圧のエアーを用いる方が容易であり、安定した結果が得られやすい。揮発性の溶媒としてエタノールまたはアセトンが使用される。アセトンのほうが揮発しやすいので、エアーブローにより除去しやすいが、保管時にもアセトンが揮発しやすいという問題がある。トライエスボンドではエタノールが使用されているので、保管期間中も使用時においても、組成はより安定している。

■臨床上の利点

信頼性の高い接着性に加えて、臨床における操作法が非常に簡便であることは、より安定した結果につながる。メガボンドのような比較的厚いボンド層の接着材による3級修復や、5級修復では、仕上げ直後からマージン部で暗いラインが生じやすいことが指摘されていた。トライエスボンドでは、比較的強めのエアーで十分に乾燥しボンドの薄膜を形成するので、このような点も解消されることになる(症例1:図1014)。
ボンドの塗布時間である20秒間は、エッチング効果を得るために必要な時間である。セルフエッチングプライマーを用いるときと同様に、十分な量のボンドを塗布することが必要である。トライエスボンドでは、ボンドに微粒子フィラーが配合されているので、比較的厚く歯面に塗布することが容易である(図11)。
余剰のボンドは強めの圧のエアーにて除去し、さらに薄層にするために十分なエアーをあてる。このとき、ボンドを飛散させる方向に注意して、歯肉などにボンドが付着しないように注意する。バキュームを活用することも効果的である(図12)。本症例のように、知覚過敏症を併発しているような歯面の修復においては、ワンステップ型のものは特に適している。歯面にボンドを塗布して、20秒後のエアーによる乾燥時には、すでに患部の知覚は抑制されている。その後のステップは光重合だけであり、治療中の患者の不快感や痛みはほとんどない。
症例2(図15)ではボンドが周囲に飛散してしまい、修復を完了したと思っても、思わぬ部位にボンドが付着して硬化している。頬粘膜にもボンドが接触して白化させてしまった(図16)。ただしこうした変化はごく表層にとどまっており、2日後には回復していた(図17)。
症例3(図1821)では、フローアブルレジン(クリアフィルフローFX)を用いて咬合面を修復した。症例のようにフローアブルレジンを用いると、修復操作はきわめて簡便となる。臼歯咬合面でも小型の窩洞であれば、フローアブルレジンでも十分に対応できるようになってきた。

  • [写真] 術前
    図10 症例1 術前。
  • [写真] トライエスボンド塗布、たっぷりと塗布する(20秒処理
    図11 トライエスボンド塗布、たっぷりと塗布する(20秒処理)。微粒子フィラーが配合されているので厚く塗布することが容易である。
  • [写真] エアーにて薄層形成
    図12 エアーにて薄層形成、エアー圧は通常のエアーシリンジの圧を用いて強めの圧にて十分に乾燥。飛散したボンドはできるだけ歯肉に付着させないよう、エアーの方向に注意する。
  • [写真] 光照射
    図13 光照射、10秒間。
  • [写真] コンポジットレジンを填塞
    図14 コンポジットレジンを填塞し、仕上げ研磨を行う。ボンドの層が薄いので、マージン部にボンドのラインがみられることはない。
  • [写真] 右側上顎第二大臼歯咬合面の修復物一部脱離とう蝕に対してトライエスボンドとクリアフィルAP-Xで修復
    図15 症例2 右側上顎第二大臼歯咬合面の修復物一部脱離とう蝕に対してトライエスボンドとクリアフィルAP-Xで修復した。遠心部歯肉にボンドが付着し硬化している。思わぬ部位に付着していることがあるので注意。
  • [写真] 頬粘膜にボンドが付着し、表面が白化
    図16 頬粘膜にボンドが付着し、表面が白化していた。
  • [写真] 白化した頬粘膜の2日後の状態
    図17 白化した頬粘膜の2日後の状態。正常な状態に回復しているので、白化の影響は比較的軽微であると思われる。
  • [写真] 術前右側上顎第二大臼歯咬合面のう蝕
    図18 症例3 術前右側上顎第二大臼歯咬合面のう蝕。
  • [写真] トライエスボンドで接着操作を行う
    図19 窩洞形成後、トライエスボンドで接着操作を行う。
  • [写真] クリアフィルフローFXで修復する
    図20 クリアフィルフローFXで修復する。
  • [写真] 修復処置
    図21 きわめて短時間で、容易に修復処置が完了する。
参考文献
  • 1) 今宮智惠子ほか、新規ワンステップ型ボンディング材のSSB-200のエナメル質の接着について、第121回日本歯科保存学会学術大会、演題#A-2、長崎市、2004.
  • 2) 石川礼乃ほか、新規ワンステップ型ボンディング材のSSB-200の象牙質に対する接着について、第121回日本歯科保存学会学術大会、演題#A-3, 長崎市、2004.
  • 3) 坪田圭史ほか、アドヒーシブへのエアーブローがワンステップシステムの象牙質接着性に及ぼす影響、第121回日本歯科保存学会学術大会、演題#A-9、長崎市、2004.
  • 4) Yoshida Y, Nagakane K, Fukuda R, Nakayama Y, Okazaki M, Shintani H, Inoue S, Tagawa Y, Suzuki K, De Munck J, Van Meerbeek B.Comparative Study on Adhesive Performance of Functional Monomers.J Dent Res 83(6); 454-458, 2004.
  • 5) Shimada Y, Tagami J, Effect of regional enamel and prism orientation on resin bonding. OPERATIVE DENTISTRY 28(1):20-27, 2003.

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