191号 WINTER 目次を見る
キーワード:根面う蝕予防/F-Ca-P(フッ化物高滞留化)技術/DL-ピロリドンカルボン酸ナトリウム(PCA)
目 次
- ≫ はじめに
- ≫ 根面う蝕予防へのF-Ca-P技術とPCAの活用
- ≫ まとめ
はじめに
80歳で20本以上の歯が残っている人の割合(8020達成者)は、1993年では10.9%であったのに対して、2022年には51.6%まで上昇しています1)。その一方で、歯肉が退縮して露出した歯根面に発症する根面う蝕の増加が新たな課題となっています。
また、杉原らは2016年の調査にて、根面う蝕は30代で発症が認められ、有病者率は40代で男性22%・女性30%、50代で男性26%・女性29%、60代で男性45%・女性50%であったと報告しています2)。このことから、歯根面の露出が認められる場合には、高齢者に限らず根面う蝕の予防が非常に重要です。
歯根象牙質は、ミネラルに加えてコラーゲンを主体とする有機質を約30%含み、根面う蝕はミネラルの溶出(脱灰)とコラーゲンの分解によって進行します。したがって、根面う蝕の予防にはエナメル質と同様のフッ化物応用による管理3)に加えて、歯根象牙質コラーゲンを保護することが重要です4)。
これまでに我々は、コラーゲン分解抑制成分としてDL-ピロリドンカルボン酸ナトリウム(以下、PCA)を見出してきました。実口腔を想定した環境下での歯根象牙質コラーゲン分解試験において、PCAを配合したフッ化物イオン濃度1,450ppmの歯磨剤(TP-1450F+PCA)を事前に処理した歯根象牙質では、PCAを配合していないフッ化物イオン濃度1,450ppmおよび3,000ppmの歯磨剤(TP-1450F、TP-3000F)を処理した場合よりも、コラーゲン量の指標として用いられるヒドロキシプロリン量が多く、象牙質中のコラーゲン分解が抑制された(図1)ことを報告しました5)。
さらに我々は、現在歯数の増加や高齢化の進行に伴い根面う蝕の一層の増加が懸念されている状況に対し、より効果の高い根面う蝕予防技術の開発を目指して、F-Ca-P技術に着目しました。
F-Ca-P技術とは、フッ化ナトリウム(F)に水溶性カルシウム塩(Ca)および水溶性リン酸塩(P)を組み合せたフッ化物高滞留化技術です。
これまでに、F-Ca-P技術を配合したフッ化物イオン濃度1,450ppmの歯磨剤(TP-1450FCaP)と、カルシウム塩やリン酸塩を含まないフッ化物イオン濃度1,450ppmの歯磨剤(TP-1450F)のエナメル質う蝕予防に対する有用性をin vitro試験で比較検討してきました。
その結果、F-Ca-P技術はカルシウム塩やリン酸塩を含まない従来技術と比べて3倍多くフッ化物イオンを歯面に滞留させ6)、フッ化物イオンを従来技術より多く唾液中に放出することで(図2)6)、実際の口腔環境においても高い歯面の耐酸性向上効果を発揮する(図3)7)可能性が見出されています。
図1 各試験歯磨剤を処理した歯根象牙質をコラーゲン分解試験に供した後の残存コラーゲン量評価結果-
図2 各試験歯磨剤を処理したエナメル質からの人工唾液へのフッ化物イオン溶出性の評価方法と結果
図3 各試験歯磨剤を処理したエナメル質の脱灰進行度評価方法と結果
根面う蝕予防へのF-Ca-P技術とPCAの活用
本稿では、F-Ca-P技術の根面う蝕予防に対する有用性の検証結果として、F-Ca-P技術の歯根象牙質に対するフッ化物滞留性の検証結果(実験1, 2)と、F-Ca-P技術や同技術とPCAの組み合わせによる歯根象牙質の耐酸性向上効果の検証結果(実験3)を紹介します。
実験1 F-Ca-P技術の歯根象牙質へのフッ化物滞留性
まず、F-Ca-P技術がエナメル質だけでなく、歯根象牙質に対してもフッ化物滞留性を向上させるか検証しました。図4に示すようにウシ歯根象牙質を切り出し、2×2 mmの露出面以外をマニキュア塗布したウシ歯根象牙質ブロック(以下、象牙質ブロック)を調製しました。
3種類の歯磨剤(①カルシウム塩およびリン酸塩を含まないフッ化物イオン濃度1,450ppmの当社従来歯磨剤(以下、TP-1450F)、②カルシウム塩およびリン酸塩を配合したフッ化物イオン濃度1,450ppmの歯磨剤(
以下、TP-1450FCaP)、③ポジティブコントロールとして当社従来歯磨剤(①)のフッ化物イオン濃度を5,000ppmに増量した歯磨剤(以下、TP-5000F))の各4倍希釈液に象牙質ブロックを浸漬し、水洗後、大気乾燥させました。その後、象牙質ブロックの露出面上の滞留物を塩酸で抽出し、抽出液中のフッ化物イオンをイオン電極法により定量しました。結果を図5に示します。②TP-1450FCaPを処理した象牙質ブロックからは、①TP-1450Fを処理した象牙質ブロックよりも有意に多いフッ化物イオンが抽出され、F-Ca-P技術はエナメル質だけでなく歯根象牙質においても、より多くのフッ化物イオンを歯面へ滞留させることが明らかとなりました。
実験2 F-Ca-P水溶液の歯根象牙質表面へのフッ化物の滞留状態およびその分布
実験1で示した各試験歯磨剤のフッ化物滞留性の機序を検証するため、歯磨剤中の清掃剤や粘結剤等を含まない各試験溶液で処理した象牙質ブロック表面を観察しました。象牙質ブロックを、フッ化物イオン濃度1,450ppmの水溶液(以下、F液)と、カルシウム塩およびリン酸塩を添加したフッ化物イオン濃度1,450ppmの水溶液(以下、F-Ca-P液)に浸漬し、水洗後、大気乾燥させました。これらの象牙質ブロックに対し、走査型電子顕微鏡(以下、SEM)による露出表面の観察およびエネルギー分散型分光法(以下、EDS)による同視野のフッ素マッピングを実施しました。
SEMによる観察結果を図6(a)(b)に示します。画像上で白く見える部分が沈着物です。F液処理群では沈着物がほとんど見られないのに対し、F-Ca-P液処理群では象牙質ブロック表面に一様に沈着物が観察されました。EDSによるフッ素マッピングの結果(図6(c))から、沈着物中にフッ素の分布(紫色部分)が確認できたため、F-Ca-P液処理によりフッ化物を含む粒子が歯面に滞留したと考えられました。
実験3 F-Ca-P技術とF-Ca-P技術+PCAによる歯根象牙質の耐酸性向上作用
F-Ca-P技術と、同技術とPCAの組み合わせによる根面う蝕予防に対する有用性を検証するため、従来歯磨剤とF-Ca-P技術やPCAを配合した各試験歯磨剤を処理した際の歯根象牙質の耐酸性を比較しました。
5種の歯磨剤( ①TP-1450F、②TP-1450F+PCA、③TP-1450FCaP、④PCA、カルシウム塩およびリン酸塩を配合したフッ化物イオン濃度1,450ppmの歯磨剤(以下、TP-1450FCaP+PCA)、ポジティブコントロールとして ⑤TP-5000F)の4倍希釈液に象牙質ブロックを浸漬後、水洗し、人工唾液(Ca:1.5mM, PO4:5mM, NaCl:100mM, AcOH:100mM, カゼイン:20ppm, pH6.5)へ浸漬しました。上記のサイクルを1日朝晩2回、計3日間繰り返したのちに水洗後、大気乾燥させました。その後、象牙質ブロックを脱灰液(Ca:2.2mM, P:2.2mM, AcOH:50mM,
pH5.0)に6時間浸漬し、脱灰液中に溶出したカルシウムイオン濃度を原子吸光法により定量しました。
その結果を図7に示します。③TP-1450FCaPを処理した象牙質ブロックは、①TP-1450Fを処理した象牙質ブロックに比べて溶出したカルシウムイオン量が有意に少なく、F-Ca-P技術によって歯根象牙質表面に多く滞留したフッ化物イオンが脱灰抑制に寄与していることが推察されました。また、④TP-1450FCaP+PCAを処理した象牙質ブロックは、②TP-1450F+PCAおよび③TP-1450FCaPをそれぞれ処理した象牙質ブロックよりも溶出したカルシウムイオン量が有意に少なく、F-Ca-P技術とPCAとの併用によって脱灰抑制効果が向上することが明らかとなり、⑤当社従来歯磨剤組成のフッ化物イオン濃度を5,000ppmにした場合と同等の脱灰抑制効果を有することも推察されました。
図4 象牙質ブロックの調製
図5 各試験歯磨剤を処理した象牙質ブロックへのフッ化物滞留性の評価結果
図6 各試験溶液を処理した象牙質表面のSEMによる観察像(a:F液処理、b:F-Ca-P液処理)とF-Ca-P液処理した象牙質表面のEDSによるフッ素マッピング像(c)
図7 各試験歯磨剤を処理した象牙質ブロックからの脱灰液へのカルシウムイオン溶出量の評価結果
まとめ
高齢者に限らず歯肉の退縮などにより歯根部露出が認められる場合、歯根象牙質の特徴にもとづいたミネラルケアとコラーゲンケアの2つのアプローチが重要です。
本稿では、F-Ca-P技術は、エナメル質だけでなく歯根象牙質表面にもフッ化物を高滞留させ歯質強化(耐酸性向上)を実現する可能性を示しました。また、F-Ca-P技術と歯根象牙質コラーゲン分解を抑制するPCAを併せて活用することで、さらに高い耐酸性が獲得できることを明らかにしました。本技術が根面う蝕の発症・進行抑制に貢献できると強く期待しています。
なお、本稿で紹介したF-Ca-P技術の根面う蝕予防への活用については、日本口腔衛生学会2024年度学術大会(第73回)(2024年5月10日~12日)8)および日本歯科保存学会2024年度秋季学術大会(第161回)(2024年11月21日~11月22日)9)で発表しました。
今後も、口腔環境の改善を目指し、さらなる歯科予防技術開発や、本稿で紹介した技術等を活用した歯磨剤などの製品開発を推進して参ります。
- 1) 厚生労働省:令和4年度歯科疾患実態調査
- 2) 小野瀬祐紀,鈴木誠太郎,杉原直樹ほか:日本老年歯科医学会第28回学術大会発表:2017.
- 3) 日本歯科保存学会 編『根面う蝕の診療ガイドラインー非切削でのマネジメントー』2022.
- 4) Nobuhiro Takahashi,Bente Nyvad:Caries Res 2016;50:422–431.
- 5) 石井志織,今崎麻里,石動更ほか:日歯保存誌 62:286-295, 2019.
- 6) 石井志織,今崎麻里,橋本遼太,藤木政志ほか:口腔衛生学会誌 74巻4号, 2024.
- 7) 藤木政志ほか:第156回日本歯科保存学会春季学術大会抄録集:2022.
- 8) 石井康平ほか:第73回日本口腔衛生学会学術大会抄録集:2024.
- 9) 仲田燎平ほか:第161回日本歯科保存学会秋季学術大会抄録集:2024.
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