165号 SUMMER 目次を見る
■目 次
■はじめに
日常臨床において、それなりの頻度で行うのが暫間固定である。
しかしながら意外に外れやすく、何度も修理を繰り返し汚くなるばかりか、手間を取られ面倒だという話をよく耳にする。
暫間固定は主に外傷と歯周治療時において行われるが、固定が外れやすくトラブルが多いのは歯周治療時であると思われる。
今回はスーパーボンドを用いて『失敗しない暫間固定』のためのポイントを簡単にまとめたい。
■暫間固定を行う前に
歯周治療時における暫間固定は、その目的と適応症を明確化することが重要である。
① 目的と適応症の明確化
歯周治療時の暫間固定の目的は、動揺のコントロールである。動揺がコントロールされることで、歯周組織の破壊や疼痛が軽減され、状態改善を図ることのできる歯が適応症となる。例としては、歯周外科後や、外傷性咬合によって動揺が“一時的に”増加した歯などであり、それ以外は適応外となる。
② 歯周治療における固定の考え方
(図1~7)
歯周治療において動揺をきたしている歯は、外傷性咬合を受けている1次性咬合性外傷の状態と、歯周組織の破壊が進んだ結果の2次性咬合性外傷の状態の歯、および歯周外科後の歯である。
咬合干渉が原因である1次性咬合性外傷の場合の第一選択は、咬合調整であり暫間固定ではない。また、咬合干渉がなくパラファンクションの影響が強い咬合性外傷の場合は暫間固定の適応外であり、第一選択はスプリント(ナイトガード)装着である。
つまり歯周組織破壊が進み、通常の咬合力でも動揺をきたしている2次性咬合性外傷の歯が、暫間固定の主たる適応症となり、この適応症をきちんと遵守することが成功の秘訣である。
破壊された歯周組織へ過大な咬合力が加わる複合型咬合性外傷の場合は、強い動揺と顕著な咬合干渉が認められるため、固定を行ったのちに咬合調整を十分に行うか、自然移動による歯周組織の回復を期待し、咬合から完全に開放されるまで大幅に削合(場合によっては便宜抜髄もいとわない)したほうがよいと考える。
いずれにしてもエナメルボンドシステムによる固定は、基本的に“暫間”的な処置であり、動揺が収束しない場合は歯周補綴による永久固定が必要である。
例外として、切削によるデメリットが大きいバージンティースの『前歯部』の場合は、エナメルボンドシステムが永久固定となり得る(図8)。
また保存が不可能となり抜歯を余儀なくされても、歯根のみを切除し歯冠を残し、ポンティックとして使用することも可能である(図9)。
なお『臼歯部』のエナメルボンドシステムによる永久固定は、金属ワイヤーなど補助的な手段を併用しても外れやすく、筆者は適応外と考えている(図10、11)。
図1 2014.8.11 患者は60代男性。歯がグラグラするという主訴で来院。歯周病が進行し、動揺をきたした歯がほとんどであった。-
図2 初診時のデンタルX線写真。著しい水平的骨吸収と垂直的骨吸収像を認め、保存の可否が問われる歯が多く存在した(上)。同、歯周組織検査表。全歯に深いポケットが存在し、ほぼ全ての歯に動揺を認めた(下)。 -
図3 2015.5.19 基本治療終了時の口腔内写真。ここでのポイントは、歯周病治療における咬合のコントロールであり、これは暫間固定では達成できない。早急に歯を削合、連結固定ならびに自然移動を促すべきである。 -
図4 2015.5.19 基本治療終了時のデンタルX線写真。外傷性咬合から解放するため、歯を削合し自然移動と連結を行っている。そのためには抜髄も止むを得ない(上)。同、歯周検査表。炎症と咬合力のコントロールにより、大幅な歯周組織の改善が認められた(下)。
図5 2015.11.5 右上に対して歯周外科を行う(上)。同左(下)。-
図6 2016.12.12 治療終了時の口腔内写真。 -
図7 2016.12.12 治療終了時のデンタルX線写真。骨レベルの平坦化が得られた(上)。同、歯周組織検査表(下)。永久的な連結固定を行ったことで、歯周組織の安定が図られた。暫間固定だけで、このような結果は得られただろうか? -
図8 2017.12.26 歯周病治療終了から2年の症例。下顎前歯は、欠損部のレジン歯を含めた暫間固定のまま最終としている。残存歯の動揺の有無と切削のリスク、および咬合状態を鑑みて、永久固定とする場合もある。
図9 2015.3.31初診時。歯周病が進行した右側上顎中切歯を暫間固定した(左上)。同症例のデンタルX線写真。右上は根尖まで骨吸収が進行し、急発を繰り返したため根のみ抜歯となった(右)。2015.5.20 保存が不可能であったため、根のみを切り取ってポンティックとして使用している(左下)。-
図10 2016.12.22 71歳男性。全顎的に歯周病が重度に進行している。メインテナンスにずっと通っていたとのことだが、固定の脱離と再固定が繰り返されていた。 -
図11 同症例のデンタルX線写真および歯周組織検査表。アンダーカットが彫られており、ワイヤーの補助もあるようだが、このような場合は暫間固定の適応外である。
■接着対象の確認と前処理
① 接着対象の確認
暫間固定時の『接着対象が何か?』をもう一度整理してみたい。
通常、リン酸エッチング処理(表面処理材レッド等)によって接着される対象はエナメル質である。一方で、歯肉退縮し根面露出があり、さらに咬耗が進んだような場合の主な接着対象は根面象牙質となる。また既にコンポジットレジンが充填されている場合、メタルクラウンや前装冠等の補綴修復処置がなされている場合は、歯質以外の歯科材料が接着対象となる。特にスーパーボンドは無処理でも様々な接着対象にそれなりに接着してしまうため軽視されがちだが、いかなる固定材料においてもそれぞれの材質の接着対象に対し、接着前処理を個別に行う必要があることを忘れてはならない。
② 接着阻害因子の除去
接着を阻害する唾液、血液、歯石、プラーク、ペリクル等、接着対象が何であれ、機械的清掃による徹底除去が必須である(図12左上)。
③ 接着面の前処理
a)歯面
暫間固定の主な接着対象である隣接面のエナメル質は、未切削では十分な接着力が得られないこともあるため、僅かに一層削合してでも新鮮面を露出させておきたい(図12右上)。また、接着対象を何に設定するかで歯面処理方法は異なる。
エナメル質のみが接着対象であれば、リン酸エッチングのみでよいが、根面象牙質にリン酸を塗布しないように注意が必要である(図12左下)。リン酸エッチング処理では根面象牙質への接着が期待できないばかりか、リン酸による根面象牙質の過剰な脱灰により、根面カリエスが発生する原因となる。
根面象牙質を接着対象として加える場合は、エナメル質のみにセレクティブエッチングを行ったのちに象牙質用処理材(表面処理材グリーンもしくはティースプライマー)を使用する。
b)金属面
口腔内用アルミナサンドブラスト処理を行ったのちに、貴金属の場合はV-プライマーを塗布。
c)セラミック面
口腔内用アルミナサンドブラスト処理を行ったのちに、スーパーボンドPZプライマーを塗布。 d)コンポジットレジン、硬質レジン面
口腔内用アルミナサンドブラスト処理を行ったのちに、スーパーボンドPZプライマーを塗布。
歯質以外への接着の場合、一部を削合しアンダーカットの付与を行うなどの付加的処理を行うこともある。
図12 接着時の術前処置。機械的歯面清掃(左上)と研磨用ストリップスによる一層の歯質削合(右上)。エッチング処理はエナメル質のみに選択的に行う(左下)。暫間固定後の写真(右下)。シリコンポイントにて未重合層の削除と研磨を行うとよい。
■接着操作
まず歯面処理後の歯が再汚染されないよう防湿を確実に行い、接着面に舌が触れないようにするなどの注意が必要である(図13)。
また確実な固定を得るには、可能な限り接着面積を大きくすることが望ましい。そのためには隣接面だけでなく唇舌両側へ接着面を伸ばし、歯冠を取り囲むようにスーパーボンドを築盛するよう心がける(図14)。審美性の問題もあるため、筆者は金属ワイヤーやグラスファイバー布等を併用しないが、接着操作を的確に行えば、固定が外れることはないと考えている。
図13 タングガード付開口器(YDM社)。舌の排除に有効なアイテムである。
図14 教科書的な上顎中切歯の暫間固定(上)。接着面積が少なく、接着力の得難い隣接面のみの固定であるため、動揺の大きな症例では外れやすい。暫間固定材料は、必要に応じて唇舌面どちらにも延長し、歯を全周覆うようにすると強い接着力が得られる(下)。
図15 暫間固定におけるゴールデンスタンダードであるスーパーボンドも、正しく使ってこそ真価を発揮する。
■硬化待ちと咬合調整
スーパーボンド(図15)は化学重合であるため、時間と共に接着力が増大する。確実な接着を確保するため、筆積法の場合はクイックモノマー液使用時なら5分、通常のモノマー液なら10分は待ちたい。固定された歯は動揺しなくなるため、咬合干渉が顕在化する。築盛した固定材料が咬合干渉する場合も多いため、硬化後は必ず咬合調整を行う。
咬合調整時には指を歯に接触させながらフレミタスを感じなくなるまで確実に削合を行うのがコツである。
また硬化後のスーパーボンド表面に残った未重合層を除去するために、シリコンポイントを用いて研磨をしておくと、術後の着色がかなり防止できる(図12右下)。
■その他のポイント
暫間固定が外れた時のリペアに際しては、どこに破壊が生じているかで筆者は対応を変えている。
固定材料内での破壊が起きている場合は、全て剥がす必要はなく一部削合し新鮮面を形成するだけで良いが、固定材料が歯面から剥がれている状態であれば、旧固定材料を全て剥がし、研磨・接着操作を最初から再度行った方が無難である。
また歯周外科後など、短期間で暫間固定を必ず外すことが前提の場合は、オペーク色(ポリマー粉末ラジオペーク等)を使用すると色が明確で、判別がしやすく便利である。
暫間固定物の除去時には、歯質の削合の危険性が低く、なおかつ切削面が滑沢となるカーバイドバーの使用が推奨される1)。
カーバイドバーはエナメル質が削れにくいだけでなく、エナメル質に触れると振動が変化し弾かれる感覚があるためとても重宝する。
■おわりに
日常臨床で暫間固定を利用する場面は意外に多い。適応症を守り、外れないように暫間固定を使いこなせば、臨床の現場で大いに役立つだけでなく患者の信頼も得られることだろう。
- 1) Qualitative Analysis of the Enamel Surface After Removal of Remnant Composite. Martina Mikši , Mladen Šlaj, Senka Meštrovi ActaStomatol Croat, Vol.37, 2003. p247-250.
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