193号 SUMMER 目次を見る
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内科医として、歌手として、2つのフィールドで生きる選択
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このコーナーでは、歯科医師であり現代美術作家でもある長縄拓哉先生が、各界の第一線で活躍するクリエイターとともに歯科医療の可能性を探ります。今回は内科医でありながら、NHK紅白歌合戦の出場や連続テレビ小説『おかえりモネ』の挿入歌、映画『おおかみこどもの雨と雪』の主題歌など、歌手としても幅広く活躍するアン・サリーさんをお迎えしました。
医療と芸術という2つのフィールドを行き来する二刀流の生き方について、お2人に語っていただきました。
プロの歌手としての始まり
長縄 アン先生は内科医として活躍されるかたわら、2001年にファーストアルバム『Voyage』を発表して以来、精力的に音楽活動も続けていらっしゃいます。2つのフィールドで活動されるようになった経緯を教えてください。
アン 幼いころから音楽が好きで、ピアノを弾いたり、歌ったりしていました。歌うといっても人前では恥ずかしいので、誰もいない部屋で熱唱しては、「将来は歌手になれるかも?」なんて夢見るような子どもでした。高校生になると、よくライブに足を運ぶようになり、特に好きだったのが憂歌団というブルースバンドです。見てはいけない大人の世界を見ているような感覚で聴いていました。一方で、医療の世界にも憧れがあり、大学は医学部に進学しました。でも、音楽への想いは変わらず、学生時代はプロ志向の他大学の学生とバンド活動をしていました。研修医として働き始めてからも彼らとの交流は続き、ときどきライブに参加していたのですが、ある時、プロデューサーの目に留まり、「アルバムを出してみないか?」と声をかけられたことが、プロの歌手としての始まりです。
長縄 音楽に専念するという選択肢は考えられましたか?
アン 私の中では、医療と音楽を切り離そうとか、逆に2つの肩書きを持っていることを全面に出してアピールしようとか、そんなふうに考えたことはないんです。子どものころから音楽が好きで、医療についても同じくらい憧れを抱いていました。ただ、高校生になって進路を決める際に、音楽大学に進んだら医者にはなれないけれど、医大に行けば音楽は続けられると考えました。より幅広い選択ができるほうを選んだ結果が、今のスタイルにつながっていったのだと思います。
長縄 音楽好きはどなたかの影響だったのでしょうか?
アン 自宅にステレオセットとレコードがあり、それをこっそり聴いては歌っていました。特に好きだったのがジャズシンガーのサラ・ヴォーンで、ベストアルバムを何度も聴いては歌い方を真似していました。 最初のレコーディングは記念のような気持ちで臨みました。というのも、研修医として3年が経ったころで、医療の仕事に楽しさを感じていた時期でもあったんです。また、そのころ、ニューオリンズの研究施設に留学することが決まっていて、「いずれはどちらか一つに選ばないといけない」みたいなことをよく言われていました。もちろん、どちらも片手間では周囲に迷惑をかけることは理解していましたが、それでも本当に一つに選ばないといけないのか、自分でも答えを見つけられないまま、留学先へと向かいました。
海外の働き方と留学先での気づき
![[写真] 対談風景](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/06/193-14_photo02.jpg)
長縄 ニューオリンズといえば、ジャズの発祥の地ですね。
アン 医学の研修先としては、あまり馴染みがないと思いますが、ニューオリンズには高血圧の世界的権威の先生がいらっしゃるんです。私はその先生のもとで基礎研究に携わっていたのですが、当然、音楽好きの血は騒ぎました(笑)。本当に音楽が盛んな街で、いたるところで演奏が行われていて、アフターファイブにはよく演奏を聴きに出かけていました。そこで「CDを出しています」なんて言おうものなら、すぐに「じゃあ、歌ってみろ」と言われるんです。そのうち、気晴らしに行っただけなのに、「日本から来たアン・サリーさんです!」と当たり前のようにステージに呼び込まれたりして(笑)。
長縄 それは刺激的ですね。私はデンマークに留学した経験があるのですが、驚いたのは、みんな定時で帰るんです。私自身は限られた留学期間の間に成果を出したいという思いから、遅くまで論文を書くこともありましたが、それでもプライベートの時間が多くありました。そこで始めたのが絵画制作でした。当初は絵を見ることで感覚や痛みにどのような変化が生じるのかを調査する研究の一環でしたが、結果的にそれが現代美術作家として活動するきっかけになりました。アン先生もニューオリンズで生活されてみて、日本との違いを感じられることはありましたか?
アン ニューオリンズも長縄先生のデンマークと同じように、同僚はやるべきことを集中してやり、定時になるとサッと帰る方ばかりでした。それから時間がゆっくり流れている印象もありました。日本ではすぐに夜が来て、朝が来るような感覚ですが、向こうにいると時間の流れがゆっくりなので、少し音楽でも聴いてみようかな、少し歌いに行こうかなという気持ちになりやすく、生活にゆとりがあったように思います。
長縄 医療現場に関して、日本との違いについて印象的なことはありましたか?例えば、デンマークはヘルスリテラシーが特別に高いとは思いませんでしたが、「自分で決める」という意識が自然と身についている国民性を感じました。日本では医師が「適正治療をしましょう」と言えば、その通りになることが多いと思いますが、デンマークでは治療をするかしないかは患者さんの意思が尊重される傾向が強くあります。どう生きるか、何を幸せと考えるかを自分で決めるというスタンスは、空気を読む日本人にはあまりない感覚だと感じました。
アン 自己決定という点では通じる部分があるかもしれませんが、先ほどお話ししたように、私は医療と音楽、どちらか一つを選ぶ必要があるのか、疑問を抱いたまま留学しました。ニューオリンズに来てみると、プロのサックス奏者として活動している医師や昼間は水道管工事をしている世界的に有名なベーシストなど、そうした方々とたくさん出会いました。そのベーシストは指がすごく太いんです。水道管工事をしているゴツゴツした指で弾くから、太い弦をグッと押さえてはじき、いい音が出るんです。だから、両方やることでいい作用が起こることもあるし、「ああ、どちらか一つを選ばなければいけないと決めつけなくていいんだ」と思うようになり、気持ちが楽になったことを覚えています。
![[写真] アン・サリー](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/06/193-14_photo03.jpg)
「どちらか一つを選ばなければいけないと
決めつけなくていいんだ」
と気持ちが楽になりました
PROFILE
アン・サリー
内科医・シンガーソングライター。ジャズの素養をもとに昭和歌謡からロックまで様々なジャンルを手がける活動で知られる。2001年に『Voyage』でアルバム・デビューを果たし、2003年の『Day Dream』『Moon Dance』ともにロングセラーを記録。
医師として勤務する傍らコンスタントに音楽活動を続け、これまで多数アルバム作品のほかCMや「おおかみこどもの雨と雪」をはじめとする映画主題歌を歌唱。デビュー20周年となる2021年にはNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』の挿入歌を歌唱し、2022年2月には20年を超える音楽活動の集大成とも言うべきアルバム「はじまりのとき」をリリース。その唯一無二で印象的な歌声とジャンルレスな音楽性は幅広い層に届けられている。
![[写真] アン・サリー](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/06/193-14_photo03.jpg)
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