185号 SUMMER 目次を見る
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連 載:歯科医療の枠を超え活動を続けるフロントランナーに聞く Part 2 歯科オンライン診療、アートとの融合ー“バイアス”にとらわれない発想で歯科医療に新たな価値をー
目 次
- ≫ デンマークへの留学
- ≫ 診断、治療が難しい慢性の口腔顔面痛
- ≫ 口腔顔面痛の治療
- ≫ 痛みの研究がきっかけに
- ≫ いち早く「歯科オンライン診療」を開始
- ≫ 医療従事者向けの「オンライン相談」
- ≫ 根本的な問題の発見
- ≫ 「BOCプロバイダー」が目指すもの
- ≫ さまざまな視点から口腔を知る勉強会
- ≫ “バイアス”を外すには
- ≫ [Column] ヘルスリテラシー向上を目指したアート展
-
ムツー株式会社 代表取締役
歯科医師
長縄 拓哉
国内でいち早く「歯科オンライン診療」への取り組みを始めた長縄拓哉先生は、医療・介護従事者向けの口腔ケア資格講座「BOC(Basic Oral Care)プロバイダー」の立ち上げ人であり、アートの特性を活かしてヘルスリテラシーの向上を目指す現代美術作家でもあります。さまざまな活動を通じて歯科医療に新たな可能性を与え続ける長縄先生に、枠組みにとらわれない活動の秘訣を伺いました。
デンマークへの留学
昨年末、銀座で開催した個展には多くの方に足を運んでいただきました。「歯科医師がどうして美術を?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。私が絵画の制作に取り組むようになったのは、デンマークへの留学がきっかけでした。
当時、国内の大学病院に勤務していた私は慢性の口腔顔面痛に悩む多くの患者さんに遭遇しました。しかし、困ったことに勤務先にはこの病気を専門とする医師はいなかったのです。そこで口腔顔面領域の難治性疼痛のメカニズムを解明するためにデンマークのオーフス大学で2年間、臨床と研究に携わりました。
診断、治療が難しい慢性の口腔顔面痛
口腔顔面痛とは、う蝕や歯周病などはっきりとした病変が認められないものの、口腔内や舌、顎関節、あるいはその周辺や顔面に痛みが生じる病気です。顎関節症や舌痛症、三叉神経痛などもこの範疇に入りますが、どの部位が痛いのかがはっきりと分からないケースも多く、原因や診断がつきにくい病気です。
診察は症状や病歴、これまでの経過などを伺い、痛みのある部位やその周辺を診ていきます。必要に応じてX線などの画像検査を行うこともあります。痛みは慢性化するほど病態が複雑化し、診断も治療も難しくなるため、治療が長期にわたるケースも珍しくありません。
複雑化する経緯は、もともとあった顎関節の痛みを放置するうちに歯が痛くなり、歯科医院を受診すると、もともとの痛みの治療とは別の治療をすることになり、原因が放置され慢性化していく。あるいは、う蝕などの歯科疾患が適切に治療されずに痛みが残り、慢性化していくなどさまざまです。
デンマークのオーフス大学に留学していた頃。同大学の歯学部にて。-
「歯科オンライン診療」や「BOCプロバイダー」の取り組みに関する講演も積極的に行っている。 -
「BOCプロバイダー」の勉強会には毎回、さまざまな専門職が参加している。
口腔顔面痛の治療
治療は鎮痛薬や神経障害性疼痛治療薬などの投薬が中心になりますが、食いしばりなどの行動を修正することや運動療法が治療につながることがあります。ただ、慢性的な痛みが何か一つの治療で劇的に治る例はほとんどありません。また、メンタルなことが原因となり、痛みが改善されないケースもあり、長い目で経過を見ていくことが大切です。
この病気の難しさは、歯科医師は歯の治療の専門家であり、医科の先生も口腔内まで診る方は多くないという点です。そのため、引き金となっている痛みにまでたどり着けず、放置されているケースが数多くあります。
痛みの研究がきっかけに
さて、絵画制作を始めたきっかけの話に戻りましょう。留学先では視覚や嗅覚、聴覚刺激といった周辺環境によって変化する人の感覚や痛みに関する研究に従事していました。例えば、ヘッドギアで頭部を締め付けて痛みを感じているときに、体の別の箇所を刺激してもそちらの痛みはそれほど感じません。周辺環境によって痛み自体がなくなることはありませんが、何かしらの変化が起きていることは確かなのです。
この研究の一環として始めたのが絵画制作でした。絵を被験者に見せることで感覚や痛みにどんな変化が生じるのかを調べたのです。その結果、「絵画による痛みの軽減効果は、人それぞれで証明できない」という結論に至りました。
この研究自体はここで終わりましたが、幼い頃から絵を描くことが好きだった私は、その後も絵画制作を続けました。そして、冒頭で紹介したような個展を通じて、ヘルスリテラシー向上を呼びかける活動を行うようになりました。
スマートフォンを利用したオンライン診療の様子。-
長縄先生が手掛けた「日本口腔顔面痛学会総会・学術大会(2020年)」のポスター。 -
絵画の下書きはパワーポイントで図形を描くところから始まる。
いち早く「歯科オンライン診療」を開始
帰国後、勤務先の大学病院で痛みの専門外来を立ち上げました。また、「慢性疼痛の診療ガイドライン」の作成に携わるなど、痛みに関するさまざまな取り組みを行う中で、2017年に国内の歯科でいち早く開始したのが「歯科オンライン診療」です。
口腔顔面痛の治療は投薬や運動療法の他、患者さんとの会話も重要な役割を占めます。例えば、日常の変化や痛みが露悪する状況などを会話から引き出し、原因を探ることもあれば、「原因はこれとこれかもしれない」と患者さんに伝えることで痛みのレベルが少しだけ下がることもあります。こうした会話中心の治療は精神科の外来診療と近いイメージがあるかもしれません。
当時、精神科の領域では遠隔診療が広まり始めていた頃でした。私の患者さんの中には痛みを我慢しながら遠方から来院される方もいることから、外来診療と組み合わせれば、「オンライン診療」が可能ではないかと考えたのです。
医療従事者向けの「オンライン相談」
「オンライン診療」は症状が安定した患者さんに対しては問題なく行え、患者さんからも喜ばれました。実際には歯を削ったり詰めたりといった歯科治療も不可欠なために限界はありますが、可能性を感じ“他のシーンにも応用できないだろうか”と考えるようになっていました。
当時、私は外勤で訪問歯科診療も行っていて、高齢者施設における歯科による口腔ケア介入の必要性を痛感している時期でもありました。しかし、歯科が在宅を訪問するのは週に1回程度で、普段の口腔ケアは看護師や介護士などが担っています。しかし、看護師たちは口腔の専門職ではないので、「ケアの方法が分からない」「困ったときに相談できる相手がいない」という悩みをよく耳にしていました。そこで在宅現場と診療室をビデオ通話で結んだ「歯科のオンライン相談」を試みることにしました。
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