185号 SUMMER 目次を見る
Clinical Report
“トゥースブラッシング”から“オーラルヘルスブラッシング”へ「衛生」から「機能」の時代に合わせた“歯磨き概念”の転換
キーワード:口腔機能重視/歯磨き(ブラッシング)概念の転換/オーラルヘルスブラッシング
目 次
Ⅰ まえがき
これまで、歯科医療は歯の形態の修復や補綴など器質的疾患の治療を中心に行われてきました。しかしながら、近年では咀嚼障害や構音不全など機能的疾患の治療も重視されるようになり、歯科医療体制も治療中心型から治療・管理・連携型へと移行しつつあります1)。このような時代にあっては、従来の「歯磨き」もその内容を変えなければならない時期に来ているように思えます。今回は、歯ブラシや歯の磨き方ではなく“歯磨き概念”そのものにスポットを当ててみました。
Ⅱ 歯科疾病構造の変化
1. う蝕や歯周疾患(器質的疾患)の減少 日本では、戦後1950年頃より徐々に砂糖の供給そして消費が回復するとともに、子どものう蝕も増加して1970年代には “う蝕の洪水”が社会問題の1つとなりました。それ以降、当時の文部省による「むし歯予防推進事業」などで、歯の予防に関する意識が向上していき、その結果1990年代より、若年者の一人平均う蝕経験歯数(DMFT指数)は大きく減少2)しています。これには「フッ化物配合歯磨き剤」普及の影響も大きかったかもしれません(表1)。
歯周疾患に関しては、8020運動より高齢者の残存歯が増加していることから、歯周病罹患歯も増加している可能性が示唆されています。しかしながら、若年者における歯肉に炎症所見を有する者の割合の減少が見られる3)ことより、将来的には歯周疾患率は低下していくものと考えられます1)。
2. 機能的疾患重視の歯科医療の流れ
皆さんよくご存じのように、平成30年(2018年)の診療報酬改定の際、「口腔機能発達不全症」と「口腔機能低下症」などの機能的疾患病名が保険収載され、これからの歯科医療の流れは口腔機能重視に向いていることが明らかになりました。また、これら疾患に対して口腔機能管理料も設定されていますが、ここでいう口腔機能管理は口腔健康管理を口腔衛生管理と口腔機能管理に細分化4)することにより作り出されたものです。これまでの日本歯科医師会による口腔機能管理とはやや趣が異なりますが、目的別に二分化されたことにより、管理手法も明確になりました(図1)。
従来からある周術期口腔機能管理は、呼称とは異なり、その内容には治療から口腔清掃まで含まれており、本来であれば周術期口腔健康管理とされるべきものではないかと考えます。このように口腔機能分野は過渡期にあり、現在でも関連専門用語の定義や使用に関しては若干の混乱が見られます。いずれにしても、口腔機能の獲得・維持・向上のための管理はこれからの歯科医療の大きな業務となってきました。ただし、現実的問題として現在1日3回3分間の歯磨き時間は、年間にすると丸々2日以上歯磨きをしていることになり、これ以上口腔健康管理にあてる時間はないと思えます。
3.口腔衛生管理としてのブラッシング
次に、口腔衛生管理としての従来のブラッシングに目を向けてみますと、厚生労働省がデータ5)を取り始めた1969年から2016年まで、1日2回以上歯を磨く習慣を持つ者の割合は15%から75%へと大きく増加しています(表2)。また、ブラッシングの目的は歯垢の除去や歯肉の賦活によるう蝕と歯周疾患の防止であり、これまでのところは想定通りの役割を果たしてきたといえます。しかしながら、歯磨き習慣の増加率は近年やや緩慢になってきています。ここで心配なのが前述のフッ化物配合歯磨き剤の効果によるう蝕の減少です。この事実が世間に周知されることにより、ブラッシング習慣がピークアウトしてしまうことも考えられます。そのような場合、淘汰されつつある習慣を回復させるのは容易なことではありません。
表1 12歳児う蝕経験歯数の年次推移2)-
図1 口腔健康管理の明確な二分化(眞木論文3)より改変) -
表2 歯磨き習慣(毎日2回以上歯を磨く者)の年次推移5)
Ⅲ 歯磨き(ブラッシング)概念の転換
ここまで読み進められると、ほとんどの方は「なんだ、もし歯磨きをしなくなるようなら、その時間を口腔機能のトレーニングにあてればいいじゃないか」と思われるかもしれません。その通りです。問題は、歯磨き時間が減ってから手を打つのではなく、事前に対処しておかないと習慣の回復に多大なエネルギーが必要になると思われることです。そこで重要になるのが、早い段階での歯磨き(ブラッシング)概念の転換です。
これまでも、舌や口腔周囲筋のマッサージやストレッチングなど清掃以外の口腔機能の維持・向上を目的とした技法や器具のアイデア6~8)はあったのですが、ほとんどが歯磨きとは分けて考えられてきました。これらの技法や器具には有用性が認められるものも多くありますが、残念なことに筆者の体験から云いますと、患者さんの症状が改善した段階でそのほとんどが用いられなくなってしまいます。そこで活用できそうなのが、すでに習慣として確立されているものの、将来施行時間の減少が危惧される“歯磨き(ブラッシング)”への機能管理手法の組み入れです。そのためには歯磨き概念の転換が必要です。今回は、歯磨き(ブラッシング)を器質的疾患から機能的疾患への歯科医療の変革というフィルターを通してみることにより、概念転換の必然性が浮かび上がってきたのではないかと考えます。
この“歯磨き(ブラッシング)概念の転換”、これこそが今回の原稿のメインテーマです(図2)。次にご紹介するブラッシング方法は、その新しい概念を具現化するための第一歩としてお考えください。
同様の発想としては、食事の際のスプーン使用を工夫して、単に食物を口に運ぶ用具としてだけではなく、食事を通して口腔機能の賦活に役立てている報告9)も見られます。
図2 歯磨きも機能的疾患重視の流れに合わせた新しいアプローチが必要
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