153号 SUMMER 目次を見る
目 次
まえがき
これで3回目となる「お口の健康づくりシリーズ」ですが、全編を通して必要とする共通の知識に「筋肉の働きと生理」があります。
今回のテーマである機能性ガムとオーラルアプライアンスでも、その活用を考える上で筋肉の知識は大変重要となります。
第Ⅰ部 機能性ガムの歯科活用
(1)ガムを扱う機会が多いスポーツ歯科
筆者らは、年間多数のスポーツ選手のデンタルサポートを行っていますが、その中でマウスガード使用後のう蝕の発生を防止するため、歯磨きの励行を指導しています。
しかし、それができない環境下にある選手に対しては、歯の再石灰化効果のあるガムの喫食を勧めています(図1)。
加えて、スポーツ現場ではプレイ中やその前後にガムを噛む選手も多いため、ガムの正しい喫食指導は必須です。
(2)ガムの効能に気づく
10年ほど前、ガムの喫食指導を行っていた時に大臼歯部のみで咬合した開咬を呈する選手に、できるだけ小臼歯部でガムを噛むように指示したところ、6ヵ月後のマウスガード再製の際、開咬具合に大きな改善が見られました(図2)。
それ以降、ガムの噛み方の指導にも力を入れています。
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図1 モトクロスライダーへのマウスガード使用後のガムの喫食指導(デンタルハイジーンより)
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図2 ガムの噛み方指導により開咬が改善した選手のマウスガードの比較
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図3 ガムの効用のいろいろ
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図4 歯質再石灰化促進機能性ガムのいろいろ
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図5 トクホガムに記載されているガム喫食の目安
(1)ガムの特性
ガムは、噛むに従い軟らかくなるとともに可塑性を持つようになり、その物性は順次変化します。同時にガムに添加された成分も溶出して行きます。
このとき一貫して変わらない特性は凝集性(粉砕されにくさ)です。加えてガムは水溶性ではないため、いくら噛んでも容積(かさ)が減りません。
ここで嚥下運動に話を移すと、そのスタータースイッチは食物の容積の減少によってオンになります。そのため容積変化のないガムは、いつまでも飲み込みが起こらず噛み続けることができます。
(2)ガムの問題点は噛む負担が大きいこと
ガムは、噛んだときの力が咬合平面近辺で最大になります。これはよく言えばガムが「強い咀嚼」を起こしやすい食品であるということですが、逆に言えば歯や顎関節への負担が大きい食品であることを意味しています。
(3)ガムの効用
ガムの効用(効能・効果)については、その発現機序からガムの含有成分によるもの、噛むこと自体によるものに大別されます(図3)。
これらの効用を上手く利用して、近年では子供の咬合育成や口腔習癖の改善、成人のう蝕予防や顔貌非対称性の改善、高齢者の介護予防などガムの広い活用が考えられています。
1997年にキシリトールガムが出てきて、その非う蝕誘発性が謳われて以降、急速にう蝕防止のセルフケア用品としての利用が広まりました。また、その流れの中でいろいろな歯質再石灰化促進物質が開発され、ガムに添加されるようになってきました(図4)。
今回は紙面の都合上、歯質再石灰化促進の機能性(特定の効能を持たせた)ガムの活用方法、そのなかでも噛み方に的を絞って詳しく述べていきます。
まず「噛む時間」ですが、厚生労働省により効能効果の高い特定健康用食品であると認められたガム(トクホガム)では、必ず喫食の目安が書いてあります(図5)。 御覧のように、トータルしてみると結構長い時間になります。
しかしながら、近年では「若者のガム離れ」もいわれていることから、噛む時間は効果発現最短時間の5~15分、頻度は歯磨きができない時などの利用に留めても良いでしょう。
次は、「噛む力の入れ具合」ですが、う蝕予防を目的としたガムは概ねその硬さが軟らかいため、軽い力でゆっくりリズミカルに噛んでもらえばよいです。
三つ目は噛む場所です。通常は、歯の機能特性から考えて軟らかいガムは小臼歯後方、硬いガムは大臼歯を中心に噛むのが合理的です。
ここで、ガムの前歯部噛み(図6)については、最もよくない噛み方なので是正するよう指導します。
- ①長時間噛ませない…顎のオーバーユース(過用)は筋制御システムの不調から筋肉の硬化短縮を引き起こし、筋肉では筋痛(図7)、関節では関節雑音や痛み、運動異常を発生させます(顎関節症)。
- ②口を開けて噛ませない…口を開けてガムを噛む(図8)習慣は、口唇閉鎖力の低下から「前歯前突」「口腔乾燥」「口臭」などいろいろな弊害を引き起します。
- ③不必要に強い力で咬ませない…強く噛むことは筋肉の増強トレーニングともなります。過負荷に対する生体の反応は筋の肥大や骨隆起など望まない結果(図9)をもたらすこともあります。
- ④咀嚼側の変更は難しい…咀嚼側の変更は、決めたその日から簡単にできるものではありません。左手で字を書いたり、箸を持ったりするようなものですから、その習得には時間を要します。まずは、フィードバック制御のゆっくりした動作(噛み方)から入り、徐々にプログラム制御に移行できるよう繰り返し練習し、エングラムの確立(刷り込み)を行っていきます。まずは1回約3分を1日2~3回ぐらいから始めてください。
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図6 ガムの前歯部噛みはよくない噛み方です。
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図7 ガムの噛み過ぎによる側頭筋痛
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図8 ガムの噛み過ぎによる側頭筋痛 弊害を生じます。
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図9 不必要に強い力で噛み続けると顎の肥大や骨隆起など思わぬ副作用もあります。
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図10 オーラルアプライアンスの歯科用途 -
図11 マウスガードとナイトガード
第Ⅱ部 オーラルアプライアンスの歯科活用
歯科衛生士さんの中にはオーラルアプライアンスと聞いてもピンとこない方がおられるかもしれません。日本語で可撤式口腔内装置ではどうでしょう。かえって難しいかもしれませんね。でもマウスガードや3DSトレーというとほとんどの方がお分かりになると思います。ようするに口の中に入れる装置の総称なのです。
近年、このオーラルアプライアンスの用途が拡大して(図10)、歯ブラシと同様に歯科衛生士のツールとしても認識されるようになってきました。また、日常診療でもいろいろなアプライアンスを見る機会が多くなりました。
ここではまず、その簡単な判別の仕方についてお話します。
色がついたものであればマウスガード、クリアであればナイトガードが大半ですが、最近クリアなマウスガードを希望する選手も増えたため判別には少し注意が必要です(図11)。
ほとんどがドラッグデリバリートレイです。これにはいろいろな種類がありますが、用途に応じたレザボア(薬剤溜り)に特色があります(図12)。
咬合挙上副子かナイトガードですがその判別は難しいです。このような厚い装置を、患者さんが通院を止めたまま自己判断で長期間使用していると、咬合が不正になるケースがあります(図13)。診療中気づいた場合には必ず院長に伝えるようにしてください。
主として矯正関係で使われます。昔はリテーナーやポジショナーだけだったのですが、最近は積極的に歯を動かす矯正装置としても使われるようになってきました。ときには、動揺歯の固定にも使われることがあります。形状も設計者によりいろいろ違いがあります(図14)。
硬い素材であればスリープスプリント(いびき防止装置)ですが、軟らかい素材であればスリープスプリントか矯正用のダイナミックポジショナーであるかの判別は難しいです。まれに、ボクシングのマウスガードもありますが、通常は見る機会はないでしょう(図15)。
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図12 いろいろなドラッグデリバリートレーとレザボアの違いそれは薬剤を貯留するスペース(レザボア)にあります。(「サーモフォーミング徹底活用」:砂書房より)
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図13 長期間のバイトガード使用により引き起こされた開咬
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図14 いろいろな形状のマウスピース型矯正装置
図15 上下一体型のオーラルアプライアンス
図16 歯科衛生士さんが図15 上下一体型のオーラルアプライアンス 取り扱いしやすい加圧型熱成形器(左)と吸引型熱成形器(右)
最近は、院内技工士さんがおられない医院も多く、また医療用具でないことから歯科衛生士さんが作られる機会も多くなってきました。通常は、マニュアル通りに作られれば問題はありません。しかし、加圧型熱成形器のなかには、操作がやや煩雑な機種もあります。女性の方には、できれば操作がシンプルな加圧型熱成形器か吸引型で高性能な熱成形器がよいでしょう(図16)。
ここで製作上のトラブル解消法を一つご紹介します。
模型を普通石膏で作った場合、シートの加熱温度が高いと成形後、模型からシートを外す時に歯冠部分が破損してしまうトラブルがよくあります。
このような場合には、あわてず成形後のシートの内面をきれいに清掃し、それからやや硬めの石膏を流し込んでください。後は、水を張ったラバーボールの上にそれをセットして、固まるのを待ちます(図17)。これで模型の再生ができます。
オーラルアプライアンスの管理・指導も歯科衛生士さんの大切な仕事です。
(1)清掃管理まず清掃管理では、丁寧な水洗いが基本ですが、それでも気になる人には専用の洗浄剤(図18)を紹介してあげてください。また、保管ケースが汚れていないか必ずチェックしてください。
もう一つ大切なことは、軟らかい素材でできたものは、熱湯消毒をしたり、熱い場所で保管したりすることは避けるように指示してください。
装着指導時には、もう一度筋肉の基礎知識を思い出してください。特に、顎関節症の治療のコンセプトが咬合治療から“保存的”また“可逆的”な治療を優先する方向へと移ってきているため、咬合挙上副子の目的も以前のように咬合を誘導するものから、上下の咬合関係を一時的に遮断し、安静を図るものに変わってきています。
同様に、マウスガードに関しても筋共縮の観点から「噛みしめると力が出る」という指導は、スポーツパフォーマンスを低下させるおそれがあるため、最近ではほとんどなされなくなりました。
以上、3回にわたったシリーズですが、とにかく筋肉に少しの関心を持っていただくだけで、日常の歯科衛生士業務がレベルアップします。
近年では、看護士さんや理学療法士さんなどメディカルスタッフと一緒に仕事を行う機会も増えてきましたので、口腔の筋肉の知識は大いに役立つことと思います。
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図17 模型破損トラブルの解消方法
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図18 マウスガード専用洗浄スプレーを用いて清掃
- 1)竹内正敏:歯科臨床が変わる 筋機能学こと始め, 砂書房, 東京, 2012.
- 2)竹内正敏、都賀谷紀宏:口腔内装置作製のためのサーモフォーミング徹底活用、砂書房、東京、2006.
- 3)姫野かつよ:~スポーツ歯科へのいざない~レディースモトクロスライダーへのデンタルサポートの実際、デンタルハイジーン、33(10)、2013.,
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