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127号 WINTER 目次を見る

CLINICAL REPORT

我、レーザーと共に戦えり<その9> -Er:YAGレーザー応用による 歯周ポケットバクテリア・フリーをめざして-

宮田 隆

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■目 次

■はじめに

歯周治療の究極的な目的は、歯周病を引き起こしている病巣を完全に取り除くことである。我々が日常的に行っているスケーリング、ルートプレーニング、あるいは切除型歯周外科といった一連の歯周治療はすべてのそのコンセプトに基づいて行われている。
歯周病の原因は(もちろん咬合由来のものもあるが)、ほとんどが歯周病菌による感染症であり、それらは基本的に歯周ポケットの中に生息し、病状を進行させている。だから、我々はまず、歯周病菌が繁殖しているプラークを取り除き、歯周ポケットの内部の根面にこびりついた「病原性の高い根面付着物」を徹底的に除去することに躍起となっているのである。ところが、この実際の臨床ではこの根面付着物を完全に除去し歯周ポケット内を無菌状態にすることは大変難しい。「スケーラー一本晒に巻いて」の職人肌である我々のような専門医でさえ、完璧なルートプレーニングはなかなか難しいのである。

■歯周病菌の特長

歯周病菌はグラム陰性の嫌気性菌であり、非常に毒性が強い。嫌気性というのは通常、酸素がある環境下では生息しにくい一連の細菌群を指すが、歯周病菌の一部には酸素があっても多少は生きることのできるAggregatibacter(Actinobacillus)actinomycetemocomitanceのような通性嫌気性菌もある。
この歯周病菌はグラム陽性菌と比べて構造的に大きな違いがある。グラム陽性菌は細菌の細胞組織を守る強固な細胞膜構造があるのに対して、陰性菌はネトネトとした莢膜や粘液層によって細胞成分が覆われている。この病原性の強い陰性菌の構造は抗原をカモフラージュする効果があると考えられている。また、グラム陰性菌は外膜に多糖体構造をもったエンドトキシン(内毒素)と呼ばれる細胞壁成分が、生体にとって強烈な病原性をもち、敗血症性ショックや炎症反応を惹起させる。
また、破骨細胞を活性化し骨を破壊する作用もあり、これが歯周病によって骨が破壊される原因となる。

  • 歯周病菌の歴史
    図1 歯周病菌の祖先は今から25億年前に最も原始的な生物として誕生した。その頃は酸素が地球上には存在しておらず、酸素がない状態で生きることができたが進化する能力にも乏しかった。25億年前頃から藻類が登場し始め、盛んに酸素を産生するようになった。奇跡が起こったのはその酸素を利用してエネルギーを作り出すことのできるミトコンドリアが他の原始的な生物の細胞に寄生したことである。これにより、それらの細胞は強大なエネルギーを得ることができ、一気に生物の進化が加速した。ほぼ、同じ頃から地上に噴出した酸素は地上はるか上空でオゾン層をつくり、紫外線をシャットアウトすることができるようになった。強い毒性を持つ紫外線が大幅に減少した地上に生物たちは移動をはじめ、正に私たちの祖先たちの原型が形作られてきたのだが、同時に酸素を利用することで大量の酸化ストレスを生物は受けることとなり、それが老化につながり、結果として生物は限られた時間しか生きてゆくことができなくなった。つまり、酸素というエネルギーと交換に生命を差し出したとも言える。歯周病菌はそんな数十億年を生き延びているのである。
  • 細菌などの原核細胞と進化した生物がもつ真核細胞の決定的な違いはミトコンドリアの有無である。
    図2 細菌などの原核細胞と進化した生物がもつ真核細胞の決定的な違いはミトコンドリアの有無である。
  • 細菌は細胞の内容成分を守るための膜を持っている。また、鞭毛や繊毛といった細菌が移動するための推進力を得るための細胞小器官を持っているのが特長である。
    図3 細菌は細胞の内容成分を守るための膜を持っている。また、鞭毛や繊毛といった細菌が移動するための推進力を得るための細胞小器官を持っているのが特長である。
  • 同じ細菌でもグラム陽性菌と陰性菌では細胞を包む機能に大きな違いがある。陽性菌は比較的堅固な細胞膜と細胞壁を持っていて、細胞内容物を守っている。一方、陰性菌は莢膜や粘液層といったネトネトした粘液構造物によって被覆されている。陰性菌に圧倒的に病原性が高いのも、こういった構造で自身の抗原性をカモフラージュするためと思われる。
    図4 同じ細菌でもグラム陽性菌と陰性菌では細胞を包む機能に大きな違いがある。陽性菌は比較的堅固な細胞膜と細胞壁を持っていて、細胞内容物を守っている。一方、陰性菌は莢膜や粘液層といったネトネトした粘液構造物によって被覆されている。陰性菌に圧倒的に病原性が高いのも、こういった構造で自身の抗原性をカモフラージュするためと思われる。
  • グラム陰性菌に見られる莢膜は細菌のおかれた環境によって様々な形態に変化する。複数の微生物が共同体を形成するバイオフィルムでは全体が粘膜層に包まれ、その中で細菌が生存する。
    図5 グラム陰性菌に見られる莢膜は細菌のおかれた環境によって様々な形態に変化する。複数の微生物が共同体を形成するバイオフィルムでは全体が粘膜層に包まれ、その中で細菌が生存する。

■Er:YAGレーザーの特長

Er:YAGレーザーは2.94μmの波長をもつ赤外線領域のレーザーである。Er:YAGレーザーの大きな特長は水に良く反応することであり、医療分野でもそれを応用している。
光エネルギーが水の分子と反応し蒸散する際のエネルギー(microexplosion;微小爆発)が歯や軟組織に対する切削効果となる。このような特長は様々な応用が可能で、筆者はそれを歯周病の治療に応用している。
臨床的に見たEr:YAGレーザーは照射方向が異なる多様なチップが用意されていて、用途に応じた展開が可能である。

■ルートプレーニングの問題点

さて、歯周治療の原点は根面付着物の徹底的な除去であることは触れたが、その基本となる処置がルートプレーニングである。言うまでもなく通常はグレーシータイプのスケーラーを用いて根面を滑沢する治療方法だが、根面付着物を完全に取り除くことができたかは最終的には術者の経験と勘に頼っている。また、根面を直視できるか否かというのも成否に大きく影響する。フラップ手術のように歯肉弁を開いて直視できれば、根面付着物の取り残しが確認できるが、非フラップでは直視での確認ができない。

■シャーピー繊維喪失後に残留した窪み

解剖学的に健康な歯周組織はエナメル―セメント境(CEJ)付近まで骨で覆われており、骨と歯は歯根膜を介して強固なシャーピー繊維によって連結されている。顕微鏡で観察すると歯根側深くシャーピー繊維が嵌入しているのが分かる。
歯周病に罹患し、骨が破壊されると、当然、その経過に従って骨と歯根を結んでいた歯根膜繊維も喪失して、その部分は脆弱な肉芽組織を大量に含む歯肉内縁上皮によって歯根と歯肉は直接接するようになる。それがポケットである。
バイオフィルム状態になったポケットに内在する歯周病菌を含むプラークはやがて歯根表面に付着し、同時に繊維が残留した窪みの中深く侵入するようになる。問題は、ルートプレーニングでそんな歯根深くに潜む細菌の塊を完全に除去できるか、ということである。

  • バイオフィルムの内部には微生物たちが生きてゆく必要な設備が整っている。
    図6 バイオフィルムの内部には微生物たちが生きてゆく必要な設備が整っている。
  • レーザーの波長によって反応する物質が異なる。Er:YAGレーザーは水に強く反応する。
    図7 レーザーの波長によって反応する物質が異なる。Er:YAGレーザーは水に強く反応する。
  • 莢膜や粘液層は常に水分を引きずっている性格がある。Er:YAGレーザーは水に反応するから、歯周病菌のようなグラム陰性菌に対しては水分を蒸散し、連続した微小爆発を与えることによって細菌の内容成分が破壊され、細菌を死滅できる可能性が高い。
    図8 莢膜や粘液層は常に水分を引きずっている性格がある。Er:YAGレーザーは水に反応するから、歯周病菌のようなグラム陰性菌に対しては水分を蒸散し、連続した微小爆発を与えることによって細菌の内容成分が破壊され、細菌を死滅できる可能性が高い。
  • セメント質内にシャーピー繊維が嵌入している状態を示した電顕図。シャーピー繊維はセメント質内に深く嵌入し、その部分が祠状の窪みになっているのが分かる。歯周病の進行によって、歯槽骨が破壊されてゆく過程で、シャーピー繊維も喪失してしまうが、喪失した部分は直接歯肉内縁と接触し、その間に病原性の強い歯周病菌を含むプラークが介在し、結果としてこのような歯根膜が嵌入していた窪みが歯周病菌の格好の住処となる。
    図9 セメント質内にシャーピー繊維が嵌入している状態を示した電顕図。シャーピー繊維はセメント質内に深く嵌入し、その部分が祠状の窪みになっているのが分かる。歯周病の進行によって、歯槽骨が破壊されてゆく過程で、シャーピー繊維も喪失してしまうが、喪失した部分は直接歯肉内縁と接触し、その間に病原性の強い歯周病菌を含むプラークが介在し、結果としてこのような歯根膜が嵌入していた窪みが歯周病菌の格好の住処となる。
  • 歯槽骨の破壊にともなう歯根膜の喪失は、セメント質表面に様々な影響を与える。一般に言う「粗造なセメント質」という表現は言うまでもなくセメント質に嵌入していた繊維痕であり、エナメル質と違って有機成分が多いことから歯周病菌のコロニーが付着しやすい環境である。
    図10 歯槽骨の破壊にともなう歯根膜の喪失は、セメント質表面に様々な影響を与える。一般に言う「粗造なセメント質」という表現は言うまでもなくセメント質に嵌入していた繊維痕であり、エナメル質と違って有機成分が多いことから歯周病菌のコロニーが付着しやすい環境である。
  • 繊維痕の深さは恐らく個人差があるものと思われるが、それらがセメント質を越えて、より有機質成分の多い象牙質付近まで嵌入している可能性は否定できない。従来のルートプレーニングで完全に病巣を除去しきれるのかは甚だ疑問と言わざるを得ない。
    図11 繊維痕の深さは恐らく個人差があるものと思われるが、それらがセメント質を越えて、より有機質成分の多い象牙質付近まで嵌入している可能性は否定できない。従来のルートプレーニングで完全に病巣を除去しきれるのかは甚だ疑問と言わざるを得ない。

■Er:YAGレーザーは歯周病菌にどのように作用するか

前述したとおり、Er:YAGレーザーは水に強く反応する。そして、グラム陰性菌のもつ莢膜や粘膜層は多糖類と糖タンパクなどで構成されているが、これらの粘液(グリコサミノグリカン)は水分を引きよせる作用があり、水分を包むようにして存在している。
したがって、歯周病菌等のグラム陰性菌はねとねとした莢膜や粘液層の外周に水を引きずっているようなイメージを想像すれば良い。
そこにEr:YAGレーザーを照射すると、まず細菌を包む水分成分が蒸散して連続した微小爆発を繰り返すことによって細菌の内容成分が漏出し破壊されると考えられる。根面深く潜んでいる歯周病菌も機械的に取り除かなくても完全に無菌状態にすることが理論上は可能となる。

■Er:YAGレーザーの効果の検証

以上のような理論構築を踏まえて、実際のEr:YAGレーザーの効果について臨床的な検証を試みた。

■被験者
被験者は3~4mm程度のアクティブな歯周ポケット(バナペリオ検査で+1以上)を少なくとも3か所異なった部位(左右・上下)を有する成人男女12名を抽出した。

■判定方法
事前に被験部位にバナペリオ検査を行い、1部位にSRPのみを、1部位にはEr:YAGレーザーのみ、残りの1部位にSRPとEr:YAGレーザー治療を同時に行った。
施行1週間後に処置した部位に対しバナペリオ検査を再度行い、その結果で判定した。

■バナペリオの判定方法は陰性を0点とし、以下肉眼的に弱陽性を1点、陽性を2点、強陽性を3点と判断した。
(-): 0点 (+): 1点 (+2): 2点 (+3): 3点
その結果、SRPのみを行った場合の改善率(最初のパナペリオ陽性率から術後の陽性率を引いたもの)は42%であったのに対し、Er:YAGレーザーのみの場合は87%、両方を施行した場合は95%の改善率を示した。この結果から、Er:YAGレーザーの滅菌効果はかなり有望であり、特にSRPと同時に施行した場合により効果的であることが分かった。

  • そこでEr:YAGレーザーの滅菌効果をバナペリオを使って臨床的な研究を行った。
    図12 そこでEr:YAGレーザーの滅菌効果をバナペリオを使って臨床的な研究を行った。
  • 結果を示す。
    図13 結果を示す。
  • 明らかにSRPとEr:YAGレーザー照射を併用したグループが高いポケット内の滅菌効果が得られた。
    図14 明らかにSRPとEr:YAGレーザー照射を併用したグループが高いポケット内の滅菌効果が得られた。
  • ポケット内がバクテリア・フリーになると、細菌性毒素や抗原に対する免疫応答が排除され、組織は一気に創傷治癒に転ずる。組織再生に強く関与する毛細血管が再構築され、破壊された歯周組織が治癒される。
    図15 ポケット内がバクテリア・フリーになると、細菌性毒素や抗原に対する免疫応答が排除され、組織は一気に創傷治癒に転ずる。組織再生に強く関与する毛細血管が再構築され、破壊された歯周組織が治癒される。

■Er:YAGレーザーの効果の考察

この結果はn数が少なく、この成績だけでEr:YAGレーザーに滅菌効果がある、と判断するのは危険である。それは、SRPと併用した方に、より高い効果があらわれることからも理解できる。
まず、SRPだけではポケット内の滅菌が十分得られなかったのは根面付着物や不良肉芽の残留が最も強く疑われる。1週間程度のインターバルであると、その間にポケット内の条件さえ整えば、歯周病菌の再侵入、再増殖の可能性は高い。
一方、Er:YAGレーザーのみでは、細菌群を一時的に死滅させたとしても、細菌群にとって栄養価の高い不良肉芽が大量に残存し、それらが水分や糖分が得られれば、再度、歯周病菌が繁茂する可能性が否定できない。さらに、不良肉芽が残留することは、歯肉組織と根面が再度付着する環境にネガティブに作用することも一因と考えられる。
SRPとEr:YAGレーザーを併用することは、今述べた不良肉芽を可及的に除去することが可能であることがポケット内の滅菌に効果があったものと考えられる。もう一つが、Er:YAGレーザーによって蒸散された感染セメント質や細菌の死骸、あるいは歯石などの残留物をどう処理するか、という問題も十分検討されなくてはいけない。
Er:YAGレーザーの場合、常に滅菌蒸留水を補給しながら処置をしているので、比較的ポケット内残留物は水流と共にポケット外に排出されやすい環境にある。SRPのみの場合はよほど径の細いシリンジ等でポケット内を洗浄しない限り、そのような汚染物質がポケット内に残留する危険性が高い。SRP後に再度超音波スケーラー等でポケット内を洗浄すると効果的なのと同じである。
したがって、SRPとEr:YAGレーザーを併用する場合、まずEr:YAGレーザーで処置し、次いでSRPで不良肉芽、歯石、根面付着物等を十分に除去したのち、再度Er:YAGレーザーを当て、できれば超音波スケーラーや径の細いシリンジ等での十分なポケット内洗浄が効果的と考える。

  • 根分岐病変に対してもSRPとEr:YAGレーザーの併用は効果的である。下顎第一大臼歯側に根分岐部病変(グリックマン1級)が見られる。
    図16 根分岐病変に対してもSRPとEr:YAGレーザーの併用は効果的である。下顎第一大臼歯側に根分岐部病変(グリックマン1級)が見られる。
  • ポケットは6mm。
    図17 ポケットは6mm。
  • 15番のメスでEr:YAGレーザーを挿入するためのスペースを作る。フラップ手術とは異なるため、切開に隣接部は含まない。
    図18 15番のメスでEr:YAGレーザーを挿入するためのスペースを作る。フラップ手術とは異なるため、切開に隣接部は含まない。
  • ややメスを側に振り、十分なスペースを付与する。
    図19 ややメスを側に振り、十分なスペースを付与する。
  • 剥離子で歯肉を広げているが、この操作は必ずしも必要ではない。
    図20 剥離子で歯肉を広げているが、この操作は必ずしも必要ではない。
  • S600Tを挿入し、近遠心的にゆっくりとレーザーを根面に照射する。一回の操作は30秒から45秒くらいで十分である。10pps、80mJで行う。トータルエネルギーを同じにし、20pps、40mJにすることも可能である。
    図21 S600Tを挿入し、近遠心的にゆっくりとレーザーを根面に照射する。一回の操作は30秒から45秒くらいで十分である。10pps、80mJで行う。トータルエネルギーを同じにし、20pps、40mJにすることも可能である。
  • レーザー照射後。出血もほとんどない。
    図22 レーザー照射後。出血もほとんどない。
  • 次いで、不良肉芽と根面付着物を従来のSRPにて除去する。多くの不良肉芽が出てくる。
    図23 次いで、不良肉芽と根面付着物を従来のSRPにて除去する。多くの不良肉芽が出てくる。
  • SRP終了後、必ず径の細いシリンジでポケット内を十分洗浄して、ポケット内に細菌由来の有機物が残存しないようにするのが重要である。
    図24 SRP終了後、必ず径の細いシリンジでポケット内を十分洗浄して、ポケット内に細菌由来の有機物が残存しないようにするのが重要である。
  • 場合によってパックをする。縫合は必要ない。
    図25 場合によってパックをする。縫合は必要ない。
  • 術後1週間。術野はわずかな血餅を残して治癒している。
    図26 術後1週間。術野はわずかな血餅を残して治癒している。

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