134号 AUTUMN 目次を見る
■目次
■はじめに
上顎臼歯部にインプラント治療を行おうとする時、上顎洞が障害とならず適切な位置に適切なサイズのインプラントを埋入できることはまれである。とくに歯を失った原因が歯周病による骨吸収である場合や長期的に義歯を使用している場合では既存骨の高径は非常に低くなっていることが多い。
上顎洞底を挙上し骨造成することができれば、十分な長さと太さのインプラントを埋入し患者の機能を回復することができるため、インプラント治療を行う臨床医にとって、サイナスリフトは非常に有効な処置と考える。サイナスリフトにはBoyenらにより報告された、側方より開窓を行い骨移植を行う方法、いわゆるラテラルアプローチと、Summersらにより報告された、歯槽頂よりインプラント埋入窩をとおしてサイナスに骨移植を行うクレスタルアプローチとしてのオステオトームテクニックがある。
後者はラテラルアプローチに比較し低侵襲であるとの認識から一般臨床医により広く受け入れられる傾向がある。しかし慣れないとオステオトームを槌打し上顎洞底を拳上するステップで患者に不快感を与えたり、シュナイダー膜の穿孔、拳上状態の把握が困難であることなど術式がテクニックセンシティブであった。
これらの問題を解決すべく、術式の改良、いくつかのデバイスが開発されている。ハッチリーマー®は、Ahnによってサイナスリフト専用に開発されたユニークなロータリーインストゥルメントであり、今回自験例を得たので、筆者の通常行っているラテラルアプローチと比較しながら報告したい。
■ラテラルアプローチの特徴
ラテラルアプローチは以下のような特徴があり、筆者の臨床ではサイナスリフトの第一選択となっている(症例1:図1~4)。
- ・確実なシュナイダー膜の拳上
- ・広範囲に露出された骨面からの骨伝導
- ・膜の裂開に対する対応が容易
- ・拳上量が大きい場合の時間短縮
上記の特徴から、より確実により多くの増大が可能となる。しかし、
- ・厚い側壁、血管の走行状態、隔壁の存在により術式が複雑になる
- ・手術侵襲が比較的大きくなる
この術式でとくに、重要なことは、上顎洞内側壁の粘膜まで拳上することにより、より多くの骨伝導を得ることである。
Tepper Gらはインプラント周囲に十分な骨量が存在しているほうが薄い骨が周囲に存在している場合よりもインプラントと組織の界面へのストレスが軽減されることを示している(図5)1)。
長期的な安定のためには、インプラント周囲に十分な骨組織が獲得されるべきだと考えられる。そのため上顎洞内の骨壁を直接アプローチできる本術式のメリットは大きい。しかし必要な拳上範囲の小さい症例においては上顎洞側壁の従来通りの開窓は侵襲が大きくなるため、最小の開窓を行い、最小のインストゥルメントにて必要な拳上を行うことで対処できる(症例2:図6~9)。
しかし側壁が厚い場合、隔壁が存在する場合、血管が障害となる場合手術侵襲は拡大する傾向がある。
図1 症例1:SimPlant による術前のパノラミック画像。両側のサイナスは大きく臼歯部に残存する骨高径はわずかである。
図2 サイナスリフト術中の側方面観。通法に従って開窓を行い前、後、内、外側壁のシュナイダー膜が剥離された。
図3 術後のパノラマ。臼歯部のインプラントはサイナスリフトによって造成された骨によって支持されている。
図4 術後正面観。患者は義歯から開放され非常に満足されている。
図5 a、b、cの順でインプラント-骨界面の応力が増加する。
図6 症例2:左上6開窓後の側方面観。最も効果的な位置に3mm以内の開窓を行った。
図7 シュナイダー膜拳上中の状態。ユニバーサルキュレットを用いて内側壁までシュナイダー膜の剥離を行った。
図8 術後のCT像。頰舌的に十分に拳上がなされインプラント周囲に十分な骨量が観察される。
図9 術後の側方面観。
■クレスタルアプローチ オステオトームテクニック
歯槽頂からアプローチする方法には、以下のような特徴があるためサイナスリフトの初心者には第一選択とされる傾向がある。
- ・骨壁を開窓しないので手術侵襲が比較的小さい
- ・側壁の厚さ、血管の走行に影響されない
しかし、実際には以下のような問題点もある。
- ・シュナイダー膜は移植材の圧力により受動的に剥離されるので3次元的な、膜の剥離、拳上をコントロールしにくく剥離面積が狭いと効果的な骨伝導が得られにくい
- ・移植材を介してオステオトームを槌打し盲目的に上顎洞底を拳上する術式には習熟が要求され、やり方によっては患者にとって不快感が大きくなる
- ・シュナイダー膜の穿孔が術中に認識しにくく、リカバリーが困難
- ・患者の開口量によってオステオトームの挿入方向が制限され、インプラントの埋入方向に影響する場合がある
- ・増大量が大きい場合、骨移植に時間がかかる
- ・隔壁が存在する部位ではシュナイダー膜穿孔のリスクが高まる
この術式を成功させるためには、オステオトームで槌打する前にできるだけ上顎洞底に近接して埋入窩を形成すること(症例3:図10~13)、十分な移植材を時間をかけて塡入することが重要だと思われる(症例4:図14~15)。
図10 症例3:オステオトームによるソケットリフト術中のデンタル。上顎洞底に可及的に近接しオステオトームの作業長を決定する。
図11 オステオトームテクニック術中の側方面観。骨移植材を緩衝材とし槌打により上顎洞底を拳上する。
図12 術後の側方面観。
図13 術後のデンタル。
図14 症例4:カダバーにおけるオステオトームによるシュナイダー膜の拳上状態。ソケットリフトの初期ではドーム状に拳上される。
図15 骨移植が継続されると、内側、外側壁にも剥離が進み広範囲に拳上されることが確認された。
■ハッチリーマーによるソケットリフト
Ahnにより開発されたハッチリーマーは先端部が点で穿孔していくドリルとは異なり図16~18に示すように一回転ごとに歯槽骨を円形に切削し、徐々に残存骨を菲薄化しやがてあたかも潜水艦のハッチが開くように上顎洞底を円形に拳上するユニークな開削器具である。つまり上顎洞底が点で貫かれるわけではなく、または一定の厚みの残存骨が槌打による瞬間的な力により一気に押し上げられることでもなく、一定の面積の残存骨が徐々に均一に薄くなり基本的には50rpm程度の低速で使用することにより一定の継続的な圧力により押し上げられるのである。
これにより偶発的なシュナイダー膜穿孔のリスクは大幅に軽減されるし、オステオトームを槌打する必要もなくなる。またリーマーの長さは一般的なインプラントシステムのドリルと近似しているため、オステオトームのように開口量に制限をうけることもない。さらに開発者によれば斜面や隔壁が存在する部位にも同様に効果を示すとのことである。
実際に使用した症例5(図20~27)では65歳女性 6 相当部で残存骨高径が9mmの位置に3 iインプラント フルオッセオタイトXP 5/6 ×13mm 直径5mm 長さ13mmのインプラントを埋入した。
本術式に不慣れな術者であったが、50rpmで軽度の圧で2.5mm、3.0mm、3.5mmと直径を上げ、およそ9mm弱まで形成し、最終的に4.0mmのハッチリーマーで手に伝わる抵抗が高まり消失するまで9mm強まで形成した。強い抵抗ではないが確実に認識できるものであった。4.0mmのリーマー挿入からハッチ形成までおよそ20秒であった。
次にデプスゲージ ボーンコンデンサー(図19)にて洞底部を探査すると拳上されたハッチと開窓された上顎洞底が触知された。さらに鼻呼吸とともに形成窩内に貯留した血液の上下動が視認された。
次に形成窩を満たすように骨移植を行いデプスゲージ ボーンコンデンサーを移植材を圧入しつつ5mm挿入し、さらに骨移植材を満たしφ4mmのハッチリーマーを10mm挿入後、移植材を塡入、さらに形成窩を移植材で満たした。デンタルX線で13mm以上拳上されていることを確認し、通法に従ってカウンターシンクを形成しインプラントを15rpmで埋入した。十分な初期固定がえられた。
術後CTにより上顎洞底がドーム状に拳上されていることが確認された。内側、頰側壁のシュナイダー膜を拳上し効果的な骨伝導を得るためには骨移植の量を増やすべきだったかもしれない。
図16 5種類の径が用意されている。
図17 ハッチリーマーと通常のツイストドリルの動作の比較。
図18 ハッチリーマーの切削過程を示す。残存骨を面で均一に菲薄化しハッチが形成拳上されることにより膜穿孔のリスクを軽減する。
図19 デプスゲージ ボーンコンデンサー。
図20 術前のデンタル。 6 部には残存骨高径が不足している。
図21 4mmのハッチリーマーが約9mm挿入され、ハッチが形成されている状態。
図22 デプスゲージ ボーンコンデンサーにて開窓部を診査している状態。
図23 デプスゲージ ボーンコンデンサーで移植材を圧入している状態。
図24 骨移植後のデンタル。歯槽頂より13mm以上に達するまでシュナイダー膜が拳上されている。
図25 インプラント埋入中の状態。
図26 術後デンタル。インプラント周囲ににドーム状に骨移植が確認される。
図27 術後のCT像。3次元的に効果的にシュナイダー膜が拳上されている。理想的には内側壁の拳上がなされるほうがよい。
■おわりに
良好な口腔機能を維持するためには臼歯部での咬合支持は非常に重要である、上顎臼歯部において高い成功率を持ってインプラント治療を可能にするサイナスリフトの技術は価値が大きい。ハッチリーマーは使用経験の浅い術者でも比較的安全に侵襲をおさえ、短時間にソケットリフトが可能であった。適切な症例選択がなされればインプラント治療を行う臨床医にとって非常に有効なシステムと思われる。しかし、どんなに道具が進歩しても術前の診査、診断、治療計画立案は慎重になされる必要があり、とくにサイナス内の病変、形態、特に鼻腔との関係は3次元的に診査されなければならない。また、シュナイダー膜の穿孔、感染など生じうるトラブルに対する対処法も予め整えておく必要がある。
なお症例の動画は5‑D Japan オフィシャルサイトにて視聴可能となる予定である。
- 1) Three‑dimensional finite element analysis of implant stability in the atrophic posterior maxilla: a mathematical study of the sinus floor augmentation.Tepper G, Haas R, Zechner W, Krach W, Watzek G. Clin Oral Implants Res. 2002 Dec;13(6):657‑65.
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