159号 WINTER 目次を見る
■はじめに
拡散促進モノマーとして4-META、重合開始剤としてTBBを採用したMMA系レジンセメント「スーパーボンド」(図1)は、1982年2月に発売開始されて以来、現在でも幅広い用途に使用され続けている。
矯正用ブラケットの装着や歯周病治療時の暫間固定、外傷治療時の破折歯の接着等の用途においてスーパーボンドが日常臨床で活躍する場面は多いが、筆者らは間接修復物の装着材料としても多用している。
スーパーボンドは、
①完全化学重合型であるため、重合反応に光エネルギーを必要としない
②水分や空気と接触する界面から重合が進行する
③しなやかで衝撃を吸収する という特徴があり、それらの特徴は、スーパーボンドを修復物の装着に用いるという用途において利点になると感じている。巷で良く聞く「スーパーボンドは最新のCAD/CAM冠やガラスセラミックスの接着材料としては不向きではないのか?」という意見も含め、本稿においてその有用性を考察していきたい。
■1. 光エネルギーは減弱する
接着性レジンセメントは、その硬化機序から光重合型、デュアルキュア型(光と化学重合型)、化学重合型の3つに大別される。
光重合型のレジンセメントは、重合反応のために光エネルギーが必要である。修復物の厚みが薄い場合には、光エネルギーがセメントまで到達すると考えられるが、修復物が厚みを持つ場合には光エネルギーがセメントまで到達できないリスクがあるため使用は望ましくない。
また、デュアルキュア型のレジンセメントでは、光エネルギーがセメントまで到達しないような場合でも化学重合反応に期待ができるという利点がある。しかし光エネルギーの到達が困難な部分におけるデュアルキュア型の化学重合反応は、セメント自体の重合反応を完了させるのに不十分だとの研究報告もある1、2)。
実際の臨床において、修復物の厚みが厚いと光エネルギーは大きく減弱されてしまう3、4)こと、光照射器から発せられる光エネルギーは距離に反比例して減弱してしまう5)ことを考えると、適応には慎重にならざるを得ない(図2)。
■2. スーパーボンドが化学重合型であることの利点
スーパーボンドはモノマー液(クイックモノマー液)にキャタリストVを混合して活性化液をつくり、その活性化液とポリマー粉末を混ぜ合わせることにより、モノマーの重合反応が加速される。
つまり、スーパーボンドは光エネルギーを必要としない純粋な化学重合タイプであるため、光が届かない場所であっても確実に化学重合反応をしてくれるという特徴がある。
■3. 高湿潤環境におけるレジンセメントの硬化機序
一般的にコンポジット系レジンセメントに使われるレドックス触媒は、水分の影響を受けやすく、高湿潤環境において接着強さが低下してしまう6)という欠点を有している。
口腔内は湿度90%以上の高湿潤環境にあるとされており7)、間接修復物の装着時には確実な防湿が困難なことが多いため、注意が必要である8)。
一方、スーパーボンドのキャタリストVに含まれる重合開始剤TBBは、少量の酸素や水分が存在する方が、重合速度が大きくなるという特徴がある9)。つまりTBBは通常では重合が進みにくい湿った象牙質の接着界面から優先的に重合が進むので、コントラクションギャップが起こりにくいこと、多少の湿潤環境にあっても接着が阻害されにくいことを示唆している(図3、4)。
このことが完全乾燥の困難な臨床の場でスーパーボンドが安定した接着性を示す理由の一つと考えられている10、11)。
■4. 脆性材料の接着にスーパーボンドは適していない?
オールセラミックスなどの硬く弾性率の高い補綴物をスーパーボンドで接着すると割れやすく不向きだという根拠に、脆弱なマテリアルを補強するためには、弾性率が高いセメントが必要であるという説がある。
確かにスーパーボンドのようなフィラーを含まないMMA系レジンセメントは、コンポジット系レジンセメントに比べて弾性率が低い(図5)。
しかし、JIS規格に則った曲げ試験方法というのは三点曲げ試験(図6)であり、支台歯の裏打ちは無く、試験片は装着時のセメント厚さとはかけ離れており、実臨床とはかなり状況が異なっている。
梶原らは、硬質レジンジャケット冠への繰り返し衝撃試験で、レジンセメントの物性は耐破折性に影響を及ぼさなかったことを報告12)しており、迫口らはCAD/CAMレジン冠の繰り返し衝撃試験に対する破折抵抗性が最も高いのはスーパーボンドであることを報告13)した(図7〜9)。
フィラーを含まないからこそ、スーパーボンドは荷重を受けると追従して塑性変形するという柔軟性があり、そこに高い接着強さが組み合わさることにより、補綴物と支台歯を一体化し、補綴物に加わる衝撃に対して高い抵抗性を示すと考えられる。
図1 1982年に発売されたスーパーボンド。様々な改良がされ、使いやすくなっている。
図2 光照射器から発せられる光エネルギーは、距離に反比例して減弱してしまう。
図3 スーパーボンドは窩壁から重合が進み、コントラクションギャップが生じにくい。
図4 一般的な化学重合型レジンや光重合型レジンでは、コントラクションギャップが生じやすい。
小田豊 新編歯科理工学 第4 版2007;24-27より抜粋改変
図5 一般的な三点曲げの試験では、スーパーボンドの弾性率は低い。
図6 三点曲げ試験の模式図。実臨床とはかけ離れた状況で測定されている。
図7 迫口らは規格化された金属支台に、規格化されたCAD/CAMレジン冠を各社レジンセメントで装着し、より臨床に近い状態を再現した13)。
図8 繰り返し衝撃試験機にて、装着したCAD/CAMレジン冠が破折するまで衝撃を加え続ける13)。
図9 CAD/CAMレジン冠の装着では、衝撃吸収性と高い接着力も相まってスーパーボンドの耐破折性が有意に高い13)。
■5. スーパーボンドは扱いにくい?
「スーパーボンドは早く硬化してしまうので多数歯の装着には用いられない」、「スーパーボンドはすぐに糸を引くから使いづらい」という声を聞くことがある。
これはスーパーボンドの主成分であるMMAに対するPMMAの溶解度が26℃を超えると急激に高まり、これにより重合速度が速まる傾向があることが原因として挙げられる。操作可能時間を確保するためには、
①混和法を採用する
②混和法用ポリマー粉末(図10)を使用し、25℃以下の室温下で操作する
③スーパーボンドマイクロシリンジ(図11)を使用する
などの工夫を行うとよい。
以上のことを踏まえ、臨床例を供覧する。(図12〜16)また、余剰セメントの除去においても筆者が臨床で行っている幾つかのポイントを解説したい。
①装着直後に固く絞ったアルコール綿球で大まかに余剰セメントを除去すると後の操作がスムーズにいきやすい。
②装着後の柔らかい間にフロスでコンタクトと歯間乳頭部の余剰セメントを絡めて取っておくとよい。
③ウォッシャブルセップ(図17)を予め修復物のマージン部や隣接面に塗布しておくと、余剰セメントの除去はさらに容易である(図18〜24)。
図10 室温(25℃以下)であれば冷却せずに混和法で操作ができる混和法用のポリマー粉末。
図11 スーパーボンドマイクロシリンジの使用によって、混和泥の移送が容易になる。
図12 2へジルコニアクラウンを装着する。表面処理材グリーンで支台歯に歯面処理を行う。
図13 試適後、補綴物内面を清掃し、内面にスーパーボンドPZプライマーを塗布。
図14 混和泥を補綴物内面に盛り圧接。混和泥がサラサラの状態(糸引き前)までの間に手早く圧接する。
図15 フロス、スケーラーや探針にて余剰セメントを除去。余剰セメントが硬化するまでに除去を完了する。
図16 2ジルコニアクラウン装着完了後の正面観。
図17 口腔内で使用でき、乾燥すると青い被膜になるウォッシャブルセップ。水洗で除去できて、接着阻害をしない。
図18 下顎臼歯に連結冠を装着する。
図19 試適後、補綴物内面を清掃し、ウォッシャブルセップを補綴物マージン部付近と隣接面部に塗布。
図20 補綴物内面に混和泥を満たす。
図21 支台歯にも混和泥を塗布する。
図22 補綴物を素早く支台歯に圧接し、スケーラーや探針などで余剰セメントを除去していく。
図23 コンタクトと歯間乳頭部は余剰セメントをフロスに巻き付け除去する。
図24 装着完了。
■まとめ
スーパーボンドは修復物の装着において、非常に有用なレジンセメントである。
多くの長期症例と研究データがそれを証明しており、本稿がそのクォリティを見直すきっかけになれば幸甚である。
- 1)Shadman N, Atai M, Ghavam M, KermanshahH, Ebrahimi SF. Parameters affectingdegree of conversion of dual-cureresin cements in the root canal: FTIR analysis.J Can Dent Assoc 2012;78:c53.
- 2)Luhrs AK, Pongprueksa P, De Munck J,Geurtsen W, Van Meerbeek B. Curingmode affects bond strength of adhesivelyluted composite CAD/CAM restorations todentin. Dent Mater 2014;30(3):281-91.
- 3)Tashiro H, Inai N, Nikaido T, Tagami J.Effects of light intensity through resin inlayson the bond strength of dual-curedresin cement. J Adhes Dent 2004;6(3):233-8.
- 4)渡部平, 風間龍, 浅井哲, 石崎裕, 福島正,興地隆. 各種デュアルキュア型レジンセメントの長石系マシーナブルセラミック介在下における硬化度の検討. 日本歯科保存学雑誌2013;56(3):223-30.
- 5)Ogisu. Effect of convergent light- irradiationon microtensile bond strength ofresin composite to dentin. Int Chin J Dent2009(9):45-53.
- 6)Aktemur Turker S, Uzunoglu E, Yilmaz Z.Effects of dentin moisture on the push-outbond strength of a fiber post luted with differentself-adhesive resin cements. RestorDent Endod 2013;38(4):234-40.
- 7)Kameyama A, Asami M, Noro A, Abo H,Hirai Y, Tsunoda M. The effects of threedry-field techniques on intraoral temperatureand relative humidity. J Am DentAssoc 2011;142(3):274-80.
- 8)Rikuta A, Yoshida T, Tsubota K, TsuchiyaH, Tsujimoto A, Ota M, et al. Influence ofenvironmental conditions on orthodonticbracket bonding of self-etching systems.Dent Mater J 2008;27(5):654-9.
- 9)Nakabayashi N, Masuhara E. Developmentof adhesive pit and fissure sealantsusing a MMA resin initiated by a tri-n-butylborane derivative. J Biomed Mater Res1978;12(2):149-65.
- 10)Y.Okamoto. Chemistry Letters 1998:1247-48.
- 11)Imai Y, Kadoma Y, Kojima K, AkimotoT, Ikakura K, Ohta T. Importance of polymerizationinitiator systems and interfacialinitiation of polymerization in adhesivebonding of resin to dentin. J Dent Res1991;70(7):1088-91.
- 12)梶原雄, 峰元里, 迫口賢, 村原貞, 田中卓, 南弘, コンポジットジャケットクラウンの繰り返し衝撃に対する破折抵抗性に関する研究. 日本接着歯学会雑誌2015;33(1):24-31.
- 13)迫口賢,村口浩, 村原貞, 嶺崎良, 鈴木司,南弘,CAD/CAM冠の繰り返し衝撃に対する破折抵抗性. 日本接着歯学会学術大会2015;P10
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