155号 WINTER 目次を見る
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8020運動をはじめとした歯科口腔保健に関する様々な取り組みが奏功し、近年、高齢者の歯の残存率は改善傾向にあるといわれている。しかし一方で、加齢に伴う歯肉退縮によって歯根が露出し根面う蝕に罹患するケースが多くみられるようになってきた。
そこで今回のDental Talkでは、根面う蝕の予防法とフッ化物製剤の効果的な活用法について、荒川浩久先生と大久保恵子先生にお話をうかがった。
歯科疾患と患者の構造変化
神奈川歯科大学大学院歯学研究科教授
荒川浩久 荒川大久保先生は2001年にご開業と伺っていますが、開業当時と比べて現在の患者さんの年齢層や主訴に変化はありますか?
大久保最も変化を感じるのは歯周病に対する患者さんの意識でしょうか。当時は歯周病を治したいとか治せると考える方がまだ少なかったように思います。初期の歯周病は自覚症状がありませんから、詰め物が外れたとか歯の痛みなどが原因で来院されるのですが、検査してみると実は歯周病だったというケースがよくありました。
その後だんだん患者さんの意識も変わってきて、最近では、「歯周病が心配だ」とか「歯ぐきが下がってきたので診てほしい」といった主訴で来院する方が増えているように感じます。
荒川以前は歯周病といえば“不治の病”で、自然にまかせて歯が抜けたら最後、というイメージがありました。しかし今では、CMなどの影響もあって、“歯周病は治せるし予防できる”という意識に変わってきていますね。
大久保以前は60代、70代の人が来院されると義歯の治療が中心でしたが、最近では歯がたくさん残っている方が多くなってきて、義歯関連の治療自体がかなり少なくなっています。
地域性に関係があるかもしれませんが、当院の場合、義歯を装着している患者さんも少なくなってきていて、新しい義歯製作も年間で10ケースあるかないかといった状況です。
荒川平成11年〜23年に実施された年齢別にみた患者さんの割合変化という統計を見てみると、1〜9歳の子どもには大きな変化はみられませんが、その次のいわゆるティーンエイジャーと呼ばれる世代は以前に比べるとかなり減っています。それに対して65歳以上の方が右肩上がりに増えていて、若い世代の患者さんが減って高齢の患者さんが増えている傾向が如実に現れています(図1)。
このことは少子高齢化の流れもあってある程度予想できることですが、さらに別の統計をみると、高齢者の人口の伸び率以上に歯が残るようになって、以前と比較すると3.33倍も歯が残っていることが分かってきました。
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図1 年齢別の歯科受療率<出典:患者調査(平成11年〜23年)>
高齢化に伴い増加する根面う蝕
京都市おおくぼ歯科クリニック院長
大久保恵子 荒川歯がたくさん残ると歯周病も増えてきますし、歯肉が退縮して歯根が露出することで根面う蝕(図2)や知覚過敏が増加する可能性が考えられますが、日々の臨床で大久保先生の実感はいかがでしょうか?
大久保特に浮腫性の歯周病の場合だと、歯周病が治まってくると歯肉がひきしまって根面が一気に露出するケースが少なくありません。そうなると歯みがきの範囲が広がるだけでなく、磨く部分の形も複雑になって、今までのセルフケアではプラークを落としきれない場合も出てきます。また、口腔内の細菌叢の変化も相まって、根面う蝕の発生は今後さらに増えてくるだろうというのが私の実感です。
荒川なるほど。ところで、通常のエナメル質う蝕と根面部に発生する象牙質う蝕では性質がかなり異なりますが、先生の診療所では予防や処置の方法を変えるなどの対応はされていますか?
大久保根面う蝕で経過観察が必要な部分などは、メンテナンスの際にサブカルテに記載してスタッフ間で情報を共有するようにしています。ただ、根面う蝕と他のう蝕を差別化して管理することまではできていません。
荒川エナメル質う蝕の場合は最初に白斑ができ、小う窩に進むというようにかなり限定したところから始まりますが、根面う蝕では露出している部分全体の表面が少しずつ軟化して消失していきますから発見がとても難しいですね。さらに患者さんが痛みを訴えることも少ないので、かなり意識して検査しないと対応が遅れてしまう可能性があります。したがって、歯冠部と根面部を分けて検査する検診票をつくっておいた方がよいと私は考えています。そうしないと初期の段階では歯科医院側もおそらく見落としてしまうでしょう。
大久保最近の例として、開業時からの患者さんで歯周補綴を行って15年近くメンテナンスに通ってくださる方なのですが、手を骨折されたとかでブラッシングだけでなく来院もできない状況が続いて、同時に重篤な根面う蝕が一気に発症してしまったケースを経験しました。コンタクト直下で、かつ補綴物のマージン直下でしたので、処置や管理も難しく結果的には抜歯になってしまいました(図3、4)。
荒川根面う蝕の場合、痛みをあまり感じませんから、気づかない間に進行してしまって、ある日突然破折してしまったというケースも耳にします。また、高齢になると様々な理由で薬を服用されている方が多く、その副作用で唾液の分泌が抑制されて、一気にう蝕が広がるということもありますね。今後、ますます高齢化が進み、そうしたケースが増加することも大いに考えられますから、さらに注意が必要です。
大久保そうですね。お口の中がカラカラに乾くということで来院された80代の患者さんですが、根面う蝕もあちこちに見受けられる状況でした(図5)。そこで服用されている薬を調べると8割くらいに唾液を抑制する副作用があることがわかって、本当に驚いた経験があります。口腔内の乾燥とう蝕の進行との関係までは医科ではあまり気にされていないようなので…。
荒川唾液の効果は水分を頻繁に摂取するくらいではとてもカバーすることはできませんからね。
治療が困難な根面う蝕何よりも予防が重要
荒川根面う蝕は健康な象牙質との識別が難しく、さらに歯肉縁下に進行していることも多いですから、切削、防湿、充填といった治療処置が難しい面があります。そうした見地から、できるだけ予防を優先すべきと考えられています。海外の研究をみると1500ppm以上の高濃度のフッ化物配合歯磨剤が予防に有効という報告があります。しかし、ご存知のように国内のフッ化物配合濃度は1000ppm以下に限定されているのが現状です。
大久保根面う蝕が発見しづらいという点では、例えばエナメル質とセメント質の境目のエナメル質直下で、しかも歯肉で覆われているようなところでも、検査すると「こんなところにう蝕が!?」というケースが時々ありますね。特にスポーツドリンクを常飲するアスリートの方はリスクが高くて、思いがけない部分に根面う蝕を見つけて驚くことがあります。
荒川象牙質の場合、酸蝕と菌が産生する酸による脱灰が複合し、さらに薬の副作用によって唾液が抑制されると進行は早いですからね。そのあたりは歯科医院でチェックしていただくことが必要ですが、実際に先生の診療所では根面う蝕の検査や治療はどのようにされていますか?
大久保初診時の唾液検査ではミュータンス菌とラクトバチラス菌を検出して、それをもとに治療計画を立てるようにしています。う蝕があまり進行していなくてブラッシングできるところはフッ化物配合の歯磨剤などを使ってもらって経過観察していくこともありますが、患者さんがブラッシングするうえで技術を要するケースや歯磨剤を塗布するなどのコントロールが難しい部分の場合には積極的に治療介入していかないと、本当に進行が早くて、次のメンテナンスまで経過を見ようと思っていると抜髄になってしまうこともあります。
荒川エナメル質う蝕のようにう窩のようなものがあれば、その部分を削って充填することもできますが、周囲がグルっと根面う蝕になった場合にはそこを削って治療するということも難しいですから…、やはりそうなる前に予防していくことが重要ですね。
根面う蝕を効果的に予防するピロリドンカルボン酸
荒川フッ化物配合濃度1000ppm以下という条件の中で、フッ化物をできるだけ口に中に残すためには使い方の工夫や新たな成分に関する研究も必要です。その結果、ピロリドンカルボン酸(PCA)という成分が、根面う蝕を効果的に予防できることがわかってきました。大久保先生はピロリドンカルボン酸をご存知ですか?
大久保いえ、初めて伺いました。どのような効果があるのでしょうか?
荒川まず、根面う蝕の発症部位である象牙質にはコラーゲンを主体とした有機質が約20%含まれていてエナメル質に比べて物理的、化学的に脆い構造になっています。この象牙質はプラーク細菌が出す酸によって表面から脱灰が起こりますが、同時にミネラルの溶出に伴って、コラーゲンが露出します。このコラーゲンが、唾液中に存在するタンパク質分解酵素(コラゲナーゼ)によって分解し、う窩を形成します。ピロリドンカルボン酸は露出した象牙質表面のコラーゲンをコーティングし、フッ化物を長く留めると考えられ、象牙質コラーゲンの分解抑制効果と象牙質の脱灰抑制効果を併せ持つことが明らかになってきたのです(図6)。この研究成果については2013年の日本歯科保存学会で発表されていて、今年の11月には日本ではじめてピロリドンカルボン酸を配合したフッ化物配合歯磨剤が発売されました。
大久保なるほど、根面う蝕の予防に特に有効なフッ化物配合歯磨剤というわけですね。
荒川エナメル質へのフッ化物滞留性を高めるカチオン化セルロースも配合されていますので、象牙質だけでなくエナメル質に対する予防効果も従来どおり維持されています。
大久保歯根面が露出し、根面う蝕のリスクが高い中高年層の患者さんのケアにぜひ取り入れてみたいですね。
荒川今後ますます高齢の患者さんが増える一方で、しかも歯がたくさん残っていきますから、歯周病とそれに伴う根面う蝕への対策は歯科における大きな課題になってくるのは明らかです。その中でこうした新しいフッ化物配合歯磨剤の登場はとても喜ばしいことだと思います。
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図2 重篤な根面う蝕
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図3 カリエスになる前の写真ー歯周病治療により露出した根面は3ヵ月に1度のメンテナンスで管理されていた。
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図4 患者が効き腕を痛めて入院したことにより、セルフケアもプロケアも困難となった。約1年で重症の根面カリエスを発症した。
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図5 義歯を外すとプラークコントロールが困難な隣接面に実質欠損を伴う根面カリエスが存在。
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図6 ピロリドンカルボン酸の役割
歯科疾患予防に有効なフッ化物応用
荒川近年、歯が全身の健康に密接に関わっていることがいろいろな研究や調査で明らかになってきています。それを受けて平成23年に歯科口腔保健に関する法律が誕生しました。その中でも触れられていますが、歯科疾患の予防法として科学的に証明されている手段は、フッ化物とシーラントの2つです。大久保先生は小児のリコールの際にはフッ化物の応用はアピールされていますか? また成人の方にはいかがですか?
大久保当院では歯磨剤にはフッ化物を配合したCheck Upシリーズをお薦めしていますし、フッ化ナトリウム配合の洗口液も活用しています。フッ化物塗布の高濃度の場合は3ヵ月もしくは半年に1回院内で行っています。成人の患者さんで高リスクの方には洗口液をお薦めしています。それ以外の方にもフッ化物配合の歯磨剤を使っていただくように指導しています。
荒川ほとんどの歯科医院では小児に限ったフッ化物応用が中心で、成人には薦めていないことが多いようですが、先生の診療所では家族ぐるみで指導しておられるということですね。それは素晴らしいことだと思います。私も機会があるごとに「成人の方にもぜひフッ化物を薦めてください」と話しています。ところで、フッ化物配合歯磨剤というと医薬部外品の扱いで、使い方も明記されていませんし、国も使用基準は出していませんが、大久保先生は何か特別な指導はされていますか?
大久保小児の患者さんには、う蝕抑制効果が高い使い方として歯みがき後の洗口量を少なくすることをお伝えしたり、それが難しいようであれば洗口液を試していただいたりしています。ただ、成人の方には使い方に関するアドバイスは正直あまりできていないのが現状です。
荒川今後は、成人や高齢の方にもフッ化物配合歯磨剤が有効であることと、使用の際には、有効性を最大限に発揮できる使い方を専門家である歯科医師側から積極的に伝えていくべきだと思っています。実際に調査してみると、フッ化物配合歯磨剤を使用した後、必要以上にうがいをする方が特に女性に多くみられる傾向があります。そうするとせっかくのフッ化物の多くが口の外に出てしまい効果が薄れてしまいます。最近の指導では、ブラッシング中の吐き出しは極力控えること、ブラッシング終了後に1度吐き出して、その後のうがいは15mlの水で5秒くらいを1回行う、とされています。
大久保私もフッ化物配合歯磨剤を使用していますが、歯磨剤の種類によっては1回のうがいでは耐えられないということもあります。その点Check-Upフォームは使用感が軽いですし、うがいもそんなに必要としません。患者さんにもお薦めしやすいですし、私自身も気に入って使っています。
荒川ピロリドンカルボン酸を配合したフッ化物配合歯磨剤も低発泡性、低香味、研磨剤無配合なので同じように使っていただけると思います。また、うがいが1回ではどうしても嫌だという方には、空磨きで汚れを落とした後、フッ化物配合の歯磨剤やジェルを適量付けて歯全体に広げるダブルブラッシング法といった方法も普及しつつありますので、こうした新しい情報を患者さんに提供していただくことで、フッ化物の普及が今後さらに進むと考えています。本日はありがとうございました。
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