174号 AUTUMN 目次を見る
キーワード:stability dip/表面のヌレ性向上/即時荷重のリスク抑制
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はじめに
スイスにあるThommen Medical社の「SPI イニセルインプラント」の特徴を踏まえて骨の吸収が著明な上下無歯顎症例に応用した治療を報告したい。紙面の都合上、参考文献は割愛させていただく。
症例
初診時52歳の女性で、特筆すべき基礎疾患もなく健康である。図1、2に示したとおり、口腔内の崩壊が進行し保存可能な歯は少なかった。患者はインプラント治療を希望したが、いくつかの医療機関でインプラント治療を断られていた。
上顎:上顎前歯部は抜歯後3ヵ月間の吸収により骨造成必要性が検討されることになった。上顎臼歯部はほとんど骨量がなかったので、臼歯部にはサイナスグラフトを両側に行うことにした。上顎のすべての天然歯を抜歯後に即時義歯を装着する。サイナスグラフト後、インプラント植立手術まで6ヵ月間の治癒期間を利用してリップサポートや審美的なファクターを義歯調整で検証することにした。
下顎:抜歯即時インプラント植立即時荷重を予定した。骨の厚みは下顎も薄く植立部位の骨幅がインプラント頸部から先端まですべて5mm程度であった。上下顎ともに困難な症例だが、慎重に植立することにより、この治療計画で対処可能であるとの診断がなされた。
即時荷重が選択される場合、ある程度の初期固定が必要であるが、手術直後の機械的な固定からosseointegrationとしての生物学的固定までの時間が大きなリスクとなることがstability dipとして知られている(図3)。このクリティカルラインから下方に落ちるdipは、osseointegration獲得のスピードアップで極小化できると推察される。
SPIイニセルインプラントでは、初期固定が十分に得られると約3週間で骨結合が得られるので、即時荷重におけるリスクを非常に小さくできると想定される。ゆえに、本症例では即時荷重にSPIイニセルインプラントを使用することにした。
図1 初診時の口腔内写真。すぐに右上の臼歯が自然脱落した。-
図2 初診時のX線写真。パノラマの故障による画像の乱れをお詫びする。 -
図3 機械的固定>生物学的固定へと経時的に移行するグラフとStability dip(鈴木ら:2013年より改変)。
治療
治療期間の患者の仕事や生活への影響を考慮し、可及的に治療途中でのQOLを落とさないように留意した。まずは上顎の歯の抜歯と抜歯即時義歯を装着して軟組織の治癒を2ヵ月間待機し、前歯部の骨の高さは4mm~6mmとなっていたが、6.5mmのSPIインプラントを慎重に埋入することで同部位への骨造成は回避可能と診断された。
一方で、臼歯部は骨量が不足し、上顎両側にサイナスグラフトとその後すぐに下顎の抜歯即時植立即時荷重を行った(図4)。イニセルインプラントに特徴的なヌレ性の良さと手順を図5、6に示す。サイナスグラフトではBio-Oss単独で両側にインレーグラフトとした。その後治癒期間に注意したのは上顎のリップサポート喪失量で、適切な義歯のフランジの厚みなどにより、情報を探ることが重要である。
下顎は植立手術3週間後に印象採得してその1ヵ月後に上部構造を装着した。治療期間中、患者はプロビジョナルを常に装着していたので、最終的な上部構造が装着するまでの期間も咀嚼に不自由することはなかった。SPIイニセルインプラントの特徴は非常に有用と感じる。
下顎の上部構造が装着された時点で上顎に7本のインプラントが植立された(図7)。特に上顎の前歯部は慎重に探索ドリリングがなされた後、インプラントが3本植立され、ある程度の初期固定も得ることができた。両側臼歯部にはそれぞれ2本ずつのインプラントが植立された(図8、9)。
その後2ヵ月ほど治癒期間を経て二次手術と即時補綴がなされ(図10)、2ヵ月半ほど発音、リップサポート、審美性が調整された後、最終印象がなされ、1ヵ月ほどで上部構造が装着された(図11、12)。
上部構造はそれぞれすべてのインプラント周辺に歯間ブラシなどで患者自身により十分なプラークコントロールを行うことが可能であると確認され、サポーティブセラピーのプログラムへと治療は移行した。
現在、初診より3年6ヵ月、治療終了から1年が経過したが、プラークコントロールも良好で、定期的なSPTへのコンプライアンスも問題がない。インプラント周囲の支持骨量は最小限ではあるが、現時点では安定した予後が期待できると考えている。
図4 上顎を抜歯し即時義歯を装着。2ヵ月間ほどの治癒を待ちサイナスグラフトを行い、下顎に抜歯即時インプラント植立即時荷重を行ってプロビジョナルを装着した口腔内写真とパノラマX線。-
図5 SPIイニセルインプラントは、手術中に埋入する直前にアンプル内のリキッドでインプラントを洗うように混ぜてシェイクすることでカーボンコンタミネーションを除去する。 -
図6 インプラント表面のヌレ性が向上し、埋入するときに血液が表面をヌレ性により登っていくことを見ることができる。 -
図7 サイナスグラフトから半年後に上顎には植立手術が行われ、サイナス部に左右2本ずつ、前歯部には骨を探りながら3本のインプラントが埋入された。下顎にはファイナルの上部構造が装着されている。 -
図8 手術直後のCT画像を示す。上顎前歯部のインプラント横の顎堤により骨量の少なさがわかる。6.5mmのショートインプラントでスレッドが一部口蓋側へ露出した。軟組織ではカバーされている。 -
図9 前歯部の植立舌部分を示す。骨量が最小限であったことが示唆される画像である。 -
図10 2ヵ月後に上顎に二次手術が行われ、即日補綴のプロビジョナルが装着された。 -
図11 上顎のプロビジョナルで発音や審美性、清掃性などを確認後、最終印象を採得し、上部構造が装着された。各インプラント周辺には患者自身で歯間ブラシを入れて清掃できるように確認がなされた。炎症のない周囲組織に注目。 -
図12 治療終了後の患者の口元写真。
考察
今回、SPI イニセルインプラントで、プラットホーム4.5mmのElementを使用した。既述したようにosseointegration獲得のスピードが速いことにより、図3で言及したstability dipと表現される機械的固定から生物学的固定への移行で生じるリスクを極小化できるイニセルインプラントは、即時荷重のリスクも抑制できる。この利点は臨床医として強調してしすぎることはないと考える。
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