175号 WINTER 目次を見る
■目 次
■はじめに
21世紀に入り歯周病の病態、歯周組織が破壊されるメカニズムが明らかになってきました。それにより、「プラークコントロール」に加え「ホストケア」という歯周病の予防と治療(以下、歯周病ケア)の新たな目標が登場しています。本稿では、それを踏まえた今日の歯周病の考え方を4つの観点から解説します。
■1. 歯周病の病態を理解しよう
①歯周病はいくつもの定義を持つ疾患
歯周病はいくつかの表現で定義することのできる疾患です。感染症、炎症性疾患、慢性疾患、進行性疾患、といった表現は、すべて歯周病の病態とその特徴を表しています。他の感染症、例えばインフルエンザなどに罹った場合には生体の免疫力により回復し、体は元に戻りますが、歯周病は免疫力のみでは治癒しません。必ず介入(治療)が必要な疾患なのです。ただし、介入しても失われた歯周組織は元には戻りません。私たちは歯周病の進行を止めることしかできないのですが、放置すると歯周病は永続的に進行してしまいます。
周知の如く歯周病は炎症が歯肉に限局する歯肉炎と、他の歯周組織へも波及する歯周炎に大別されます。前者は可逆的、後者は不可逆的です。これは歯周組織が歯を支える「上皮付着」と「線維性付着」のことを考えていただければ分かります。歯周炎で失われた組織は骨、付着ともに元に戻りません。
■2. 歯周組織の破壊のメカニズム
①歯周病の原因は「バイオフィルム(プラーク)」
すべての感染症の発症のメカニズムは、図1にある生体の抵抗力と原因菌のバランスで表すことができます。歯周病においてのバランスの崩れとはバイオフィルム内の歯周病菌の量の増加と質の変化であり、今日では、「シンバイオーシス(symbiosis)」と「ディスバイオーシス(dysbiosis)」という概念、すなわち病原性の低い状態から高い状態に変化することで表現されます。
バイオフィルム内では、異なるタイプの菌がお互いにスクラムを組んで生きています。では、どの菌が主たる病原菌となって歯周病を起こすのでしょうか。図2に「Socranskyのピラミッド」を示します。Socranskyは歯肉縁下のバイオフィルムをいくつかのコンプレックスに分類しました。このピラミッドの頂上に乗るのがレッドコンプレックスです。そして、レッドコンプレックスの菌が見つかる=バイオフィルムの病原性が高いとみなされます。歯周病は、一つの菌では生じません。ただし、Hajishengallis G.らが提唱する Keystone pathogenという概念では、健康な菌層にごく少量でも P.g菌のような菌が入ると全体が悪くなるという位置づけで説明されることもあります。
②発症すると慢性炎症が時間をかけて骨を溶かす
なぜ歯周病で骨が溶けるのでしょう。そのメカニズムは、歯周病の特徴のひとつである「慢性炎症」にあります。急性炎症の疾患とは異なり、発赤や腫脹した歯肉の中では低レベルの炎症が年単位で継続し、炎症性サイトカインの産生が継続し、結果、骨を溶かす細胞が活性化され続け、何年も時間をかけて骨を溶かしていきます(図3)。図4に歯周組織破壊のメカニズムをまとめます。
図1 すべての感染症の発症のメカニズムは、生体の抵抗力と原因菌のバランスで表すことができる。-
図2 Socranskyの歯周病細菌のピラミッド。 -
図3 慢性炎症と急性炎症。 -
図4 歯周組織破壊のメカニズム。
■3. 歯周病とリスクファクター
①リスクファクターの重積の結果が歯周病の発症・進行を左右する
厚労省発表の平成23年の調査では、50代以降に歯周病患者が増え、急速に歯の喪失が進むことが報告されています。すべての原因を歯周病で説明することは不可能ですが、プラーク以外の何かが病気を加速させると考えない限り、この変化を説明することは困難でしょう。例えば、人は50代以降、仕事のストレスや責任、他人との付き合いも増え、不摂生になり、運動する暇もない。いわゆる生活習慣病のリスク因子が重なってきます。歯周病が感染症でありながら、健康日本21では生活習慣病のように位置づけられているのは、歯周病には他の生活習慣疾患と同様の様相があるからでしょう。すなわち「リスクファクター」が絡むからに他なりません。
バイオフィルム(プラーク)が原因であることは間違いありませんが、歯周病の発症、進行がそれだけで決まるわけではありません。「リスクファクター」すなわち、患者さんの生活習慣や体質など患者個々人のリスクファクターの重積の結果で決定されます。プラークコントロールの程度が同じでも進行が異なる人がいる所以です。これを学んでいないと、むやみやたらとプラークコントロールにのみ走ってしまうことになります。
②リスクファクターは排除・減弱できる
図5は、歯周病の発症・進行に影響を及ぼす因子です。「原因」を除去すれば疾病は発症しません。「リスクファクター」を除去すれば発症・進行のリスクは下がります。リスクファクターには、局所的リスクファクターと全身的リスクファクターがあります。前者は口の中限定ですが、後者は免疫機能や糖尿病などの全身に関わるリスクファクターです。さらに変えられないリスクファクターと変えられるリスクファクターがあります。前者は、遺伝的な要因や年齢などです。後者は、生活習慣、例えば喫煙です。歯周病には様々なリスクファクターが関係するため、同じように磨いている人でも歯周病の進行は変わってきます。歯周病の原因を取り除くことはできません。だからこそリスクファクターに着眼し、少しでも歯周病の発症や進行を食い止めていく必要があるのです。
③歯周病はう蝕よりも格段に生体の影響を受けやすい
Leukocyte Adhesion Deficiency、LADと略される遺伝的に免疫の働きが全くない患者さんもいます。このような患者さんの歯周組織には免疫が働きません。ある例では14歳で歯肉に多大な炎症が起き、18歳でかなりの歯槽骨の吸収が起きていました。その後、すべての歯が抜歯され、抜歯後にはきれいな顎堤に戻りました。抜いたら治る、つまり歯が存在すること自体が感染源でした。しかしながら、この患者にランパントカリエスは認められません。歯周病は、う蝕と比し格段に体の影響を受ける疾患です。
④リスクファクターとしての糖尿病と喫煙
歯周病のリスクファクターとして多くのエビデンスが存在するのは糖尿病と喫煙です。
a. 糖尿病はなぜ、リスクファクターか
糖尿病が歯周病のリスクになる背景の一つとして、好中球の機能が低下し、感染しやすい、組織修復能力の低い体になっていることが挙げられます。加えて AGE(終末糖化産物、Advanced Glycation End Products)という物質により歯周組織にも炎症が起こることが知られています。糖尿病はその他、創傷治癒の遅延、口が渇きやすい、味覚の異常も起こします。興味深いことに歯周治療により高血糖の状態が改善されるとの報告がなされています。
b. 喫煙のリスク
歯周病患者が喫煙をすると歯周病のリスクは上がります。また、喫煙者に歯周治療や歯周組織再生療法を行った場合、非喫煙者に比べて、その効果は芳しくないといわれています。
⑤遺伝のリスク
遺伝的に歯周病に対する感受性の高い人と低い人がいます。筆者の知り合いで102歳の女性は、特別なプラークコントロールを行っていたわけでも、定期的なメインテナンスを受けていたわけでもないのに、歯周病はありませんでした。おそらくこの方は、歯周病予防の観点で良い遺伝子を持っていたと思われます。その一方で、30歳前半でも歯肉の炎症がほとんどないにもかかわらず、骨吸収が進んでいるような高感受 性の人もいます。
このように歯周病になりやすい体質の患者さんがいます。特に侵襲性歯周炎は遺伝的な影響が強いといえます。
図5 歯周病の発症・進行に影響を及ぼす因子。
■4. プラークコントロールとホストケア
「プラークコントロール」とは、プラークの付着の除去、予防です。一方、リスクファクターをコントロールするには図6に示す「歯周組織の抵抗力が弱まった時に何ができるか」を考えること、つまりホストケアを考えることが大切です。すなわち、「プラークコントロールにのみ注視するのではなく、目前にいる患者さんが抱えているリスクファクターに対して思いを巡らせ、それを排除したり修正したり、軽減するために必要な介入や努力をすること」です。筆者はこれを「ホストケア」と定義したいと思います。「ホストケア」の視点を持つことで、私たちは患者さんの心の悩みや体の悩みにまで思いをはせることができるようになります。それが「ここまで私のことを考えてくれている」という患者さんとのラポールの形成へもつながっていくと思います。
図6 リスクファクターのコントロールが意味するもの。
■おわりに
歯周病があると、全身の健康リスクは、1.12倍上がると言われます。リスクファクターの怖いところは、リスクファクターが重なるとその倍率が増幅していくことです。たとえ単独のリスクファクターの重みは低くてもリスクファクターがいくつも重積すると、大きなリスクになります。また、歯周病が体の健康のリスクの一つであるならば、口の健康は全身の健康につながっていると解釈できます。歯科医療者が責任を持って歯周病のリスクを減じる努力が人の健康に貢献しているのです。人生 100年の時代、「口から全身の健康を目指す」そのような歯周病ケアが求められています。
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