168号 SPRING 目次を見る
クラレノリタケデンタル株式会社 企画開発部
キーワード:独自シランカップリング剤をセメント内に配合
目 次
はじめに
歯科臨床においては、補綴装置として金属、CAD/CAMレジン冠、ジルコニア、ガラスセラミック、ファイバーポストなど多種多様な材料が実用化されている(図1)。補綴装置の接着前処理として、金属に対してはサンドブラスト処理後に金属用プライマー、ガラス系セラミックスにはフッ酸処理またはサンドブラスト処理後にセラミック用プライマー(シラン処理)といったように、異なる前処理方法が必要となっている。
そこで近年、術者の負担軽減のため、「クリアフィル®セラミックプライマープラス」に代表される1液性ユニバーサル型補綴プライマー(混和不要・各種補綴装置に対応)が開発されたが、依然としてエタノール等の溶剤を含むため、塗布後の乾燥を確実に行う等、術者のテクニックに依存する部分が残されている。
一方で、接着性レジンセメントにおいては、歯質を含む様々な被着面に対し前処理を必要としないセルフアドヒーシブ(自己接着)型レジンセメントが登場し、広く浸透している1、2)。しかし、一部の被着体、例えばCAD/CAMレジン冠、ガラスセラミックス、ファイバーポスト等には、シランカップリング剤の塗布が別途必要であった。
加えて、CAD/CAMレジン冠に関しては、平成26年に保険導入されてから数年が経過しているが、脱離の原因の一つとして接着前処理が大きく影響を与え、特にサンドブラスト処理とプライマー処理の有無が統計的に有意に脱離と関連していることが末瀬らにより報告されている3、4)。さ
らに、2018年の調査でも歯科医師の4割が「予後悪い」と感じ、その理由の7割は「脱離」が原因であるとの報告がなされ5)、接着の信頼性向上は急務であると考えられる。そこで当社は、術者のテクニックやヒューマンエラーの影響を極力排除することを目的とし、補綴装置に対してプライマー・ボンド処理不要の新規セルフアドヒーシブセメント「SA ルーティング® Multi」(図2、3)を開発した。
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図1 様々な材質・材形の補綴装置
最適な粗造化方法/前処理材(プライマーまたはボンド等)は補綴装置によって異なる。 -
図2 「SA ルーティング® Multi」。ハンドミックスとオートミックスの2種類を用意。 -
図3 シェードは3色。オートミックス用には通常チップ(合着用)の他に、ポスト植立時等のエンド用極細チップも準備。 -
図4 セルフアドヒーシブセメントの開発
セルフアドヒーシブセメントとは?
接着性モノマーを含む有機成分(モノマー)とガラスフィラーを主成分とする合着用セメントで、2種類のペーストを練和して使用する。歯質や金属酸化物系セラミックス(例えばジルコニア)、金属合金に対しプライマーやボンディング材による前処理を必要とせず、ペースト自体が接着性を有するため、一般的にセルフアドヒーシブセメントと呼ばれている。診療時間の短縮が可能で、手技の影響が少ないといった特長を有する。
当社では、リン酸エステル系の接着性モノマー「MDP®」を導入したセルフアドヒーシブセメント「クリアフィル® SA ルーティング®」、「クリアフィル® SAセメントオートミックス®」を2008年、2011年にそれぞれ発売した。*
さらに、接着性向上、室温保管への対応、操作性の改善を行った「SAルーティング® プラス」、「SAセメントプラス オートミックス®」を2014年に発売している。いずれの製品においても、当社の純度の高い「MDP®」6)を中心とした接着技術が組み込まれ、様々な被着体に高い接着性を示す。
加えて、補綴装置の装着時の、セメント半硬化の時間を調整すること7)で、優れた余剰セメントの除去性に拘った設計としている(図4)。
「SA ルーティング® Multi」の特長
「SA ルーティング® Multi」の最大の特長は、「独自シランカップリング剤のペースト内への安定配合技術」により、各種材料に対して補綴装置へのプライマー塗布を省略できることである(図5~7)。
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図5 補綴装置の接着方法 -
図6 CAD/CAMレジン冠(カタナ® アベンシア® P ブロック)に対するせん断接着強さ:「SA ルーティング® Multi」はプライマー不要で従来品と同等の高い接着力が得られる。 -
図7 各種補綴装置へのせん断接着強さ: 「SA ルーティング® Multi」はプライマー不要で様々な被着体に直接接着する。
<新たにプ ライマーを不要化できる材料の例*>
●CAD/CAMレジン冠
●ファイバーポスト
●高強度硬質レジンブリッジ/硬質レジン
●ガラスセラミックス(陶材・二ケイ酸リチウム)
●レジンコア
●ハイブリッドセラミックス(エステニア® C&B等)
*補綴装置の指示に従った前処理(アルミナ・サンドブラスト処理、フッ酸処理)は実施ください。
合着時の補綴装置へのシラン処理を含むプライマー処理が不要になることで、臨床上では様々な利点が期待できる。
<プライマー不要化のメリット>
・プライマー塗布に起因するヒューマンエラーの防止
例:塗布忘れ
誤った材料(液材)の塗布
塗布後の溶剤乾燥不足
・治療時間の短縮
アシスタント業務の簡略化
・付属品(塗布ブラシ等)・シラン処理材自体のコスト削減効果
従来品の特長はそのまま継承し、違和感なく置き換えできるように設計している。
<従来品から継承した特長>
・優れた余剰セメントの除去性**(図8)
・歯質、金属、金属酸化物(ジルコニア等)へプライマー不要で直接接着可能(図7、9)
・保管条件:室温(2~25℃)
・フッ素徐放性
・「クリアフィル® ユニバーサルボンドQuick ER(UBQ-ER)」との併用***、保険・自費の様々な症例に対応可能(図10)
**UBQ-ER併用時は光照射時間が短くなることにご注意ください。
***適合が良くない、または十分な支台歯高径が確保できない場合。
***CAD/CAMレジン冠接着時には、歯質へUBQ-ERの併用を推奨します。
なお、フィラーの分散性を向上させることにより、オートミックスの吐出感は、従来品と比較して約3割軽くすることに成功している。
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図8 余剰セメントの除去:光または化学硬化が選択可能。一塊で除去しやすい。 -
図9 歯質に対するせん断接着試験結果と象牙質接着界面のTEM像:「SAルーティング® Multi」は、単独使用で歯質に対して強固に接着できる。 -
図10 歯質へのせん断接着試験結果:「クリアフィル® ユニバーサルボンドQuick ER(UBQ –ER)」併用することで、歯質に対する接着力を増強できる。ボンドに対し接着前の光照射は必要ない。
独自シランカップリング剤のペーストへの安定配合技術
●ガラス表面へのシラン処理とは?
一般的に、ガラスやCAD/CAMレジン冠への接着は、サンドブラスト等による粗造化面にレジンセメント自身が入り込んで硬化することによる機械的嵌合力と、シラン処理により得られる化学的な結合により、長期的な耐久性が達成できる。このシラン処理とは、シランカップリング剤を用いたガラス等の表面改質を指す。ガラス自体は親水性である一方、レジン成分は疎水性であることが多く、そのままでは馴染まず接着できない。そこで、シランカップリング剤をガラス表面に化学的に反応させ、その表面を疎水化する。そこに疎水性のレジンセメントを物理的に馴染ませ、さらにレジン成分とシランカップリング剤の重合基が架橋反応することで化学的に一体化し、安定した接着が得られる(図11)。
●独自長鎖シランカップリング剤と安定配合技術
当社セルフアドヒーシブセメントにはすでに接着性モノマー「MDP®」が配合され、歯質・金属等に直接接着する機能が付与されている。
一方で、シランカップリング剤をセメント成分に配合する際には、①接着力を確保するためにシランカップリング剤を大量に配合するとセメント自体が強度低下する、②ペースト内でシランカップリング剤が自己縮合または他成分と反応し、ペースト性状が変化する(硬くなる)、という技術課題があった。
当社は、(1)独自長鎖シランカップリング剤「LCSi」の導入と、(2)ペースト成分の配合を工夫する、ことで解決した。
(1)独自の長鎖シランカップリング剤「LCSi」
当社独自の長鎖シランカップリング剤(Long Carbon-chain Silane couplingagent: LCSi)は、接着性モノマー「MDP®」に近似した構造を有し、スペーサーが一般的なシランカップリング剤であるγ-MPSより長い(図12)。
そのため、分子がγ-MPSよりも高い疎水性を示す。一般的に、耐久性の低下は、ガラスとシランカップリング剤との化学結合の加水分解反応(水による結合の解離)が原因となるが、その高い疎水性により本反応が抑制され、配合量を低く抑えても長期的に安定的な接着が期待される。
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図11 シランカップリング剤とガラス成分の反応 -
図12 独自の長鎖シランカップリング剤(LCSi):MDP®と構造が近似している。
(2)ペーストの配合組成を工夫
当社のセルフアドヒーシブセメントは、酸性モノマー、親水性モノマー(HEMA等)、疎水性モノマー、触媒等を含むが、一方に親水性のHEMAや酸性の「MDP®」、もう一方には疎水性のモノマーというように、親水性・疎水性・酸性成分の配合を工夫し、シランカップリング剤「LCSi」はより疎水性のペースト側への配合とし、ペースト内で安定的に存在できるように組成を設定している(図13)。
まとめ
「SA ルーティング® Multi」は、従来品の優れた特性(余剰セメント除去性・室温保管・高接着)を維持しつつ、新たな技術の導入により、補綴装置へも「自己接着」が可能となった。これにより補綴装置の前処理がシンプルになり、合着操作をより短時間で行うことができると考えている(図14)。接着阻害因子の多い口腔内で、操作に迷わず、より確実な接着を目指した製品として、臨床のお役立ていただければ幸甚である。
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図13 シランカップリング剤の安定化のため、ペースト中の組成バランスを調整。 -
図14 「SA ルーティング® Multi」は様々な補綴装置に“プライマー不要”で直接接着。
- 1)大河ら、口腔内での接着操作における金銀パラジウム合金に対するセルフアドヒーシブセメントの接着性能評価, 53-60, 接着歯学, 28 (2), 2012
- 2)歯科機器・用品年間2018年版 アールアンドディー社
- 3)末瀬ら:保険診療に導入された「CAD/CAM冠」の初期経過に関する調査研究 日本デジタル歯科学会誌, 5 (1): 85-93, 2015
- 4)末瀬ら:日本歯科評論 Vol 78, No.9, 95-102, 2018
- 5)高田ら, 歯科用CAD/CAMシステムに対する歯科医院への意識調査,日本歯科技工学会第40回学術大会2018, P-8
- 6)Yoshihara K., et al. Functional Monomer Impurity Affects Adhesive Performance, Dent. Mater., 31(12):1463-1501, 2015
- 7)篠田洋紀「クリアフィルSAルーティングの開発」日本接着歯学設立35周年記念誌13-14
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