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医療過疎地域における歯科医療をチームで支える巡回歯科診療

岩手県下閉伊郡岩泉町 岩泉町国民健康保険岩泉歯科診療所 所長 岩田 信浩/歯科衛生士 扇田 里美/運転手兼事務職員 佐藤 伸哉

目 次

岩手県下閉伊郡岩泉町
岩泉町国民健康保険岩泉歯科診療所

  • [写真] 所長 岩田 信浩
    所長
    岩田 信浩
  • [写真] 歯科衛生士 扇田 里美
    歯科衛生士
    扇田 里美
  • [写真] 運転手兼事務職員 佐藤 伸哉
    運転手兼事務職員
    佐藤 伸哉

岩手県下閉伊郡岩泉町は東京23区よりも広い面積を持つ町でありながら、かつて歯科医院が一軒もない時代がありました。歯科医療から隔絶された町に、巡回歯科診療車が導入されたのは1993年のこと。以来、山間部の集落をはじめとした各地域で、口腔の健康を守り続けています。そんな「岩泉町国民健康保険岩泉歯科診療所」の岩田信浩所長と扇田里美歯科衛生士、そして運転手兼事務職員の佐藤伸哉氏に、日々の巡回診療について伺いました。

歯科医院が極めて少ない町の巡回歯科診療車

岩手県の中央部から東部にかけて位置する岩泉町は、東西に51km、南北に41kmと広大な面積を有し、東は太平洋に接しながらも、町域の多くが山間部を占めています。現在は数軒の歯科医院が開業していますが、かつては町内に歯科医院が一軒もない時代がありました。
そこで約40年前に開設されたのが、町が直営する国民健康保険診療施設、いわゆる「国保の歯科診療所」です。しかし、前述のように岩泉町は広大です。山間部に点在する集落から町の中心部にある診療所へ通うには車で1時間以上を要し、車を持たない高齢者などはバスで往復するだけで一日がかりです。そうした状況下で、歯科医療を求める住民の声を受け止めた町役場や町議会議員の中から、バスを利用した巡回診療のアイデアが浮上しました。そして1993年、巡回歯科診療車の運用がスタートしました。

歯科診療所の移り変わり

私がそれまで勤務していた岩手医科大学の歯科口腔外科から故郷である岩泉町に戻ったのは、診療車の運用が始まったタイミングでした。岩泉町の奨学金制度を利用して歯科医師になった私にとって、いずれ町に恩返しをしたいという強い想いがありました。
現在、岩泉町国民健康保険岩泉歯科診療所は町役場内に事務所を構え、私の立場は公務員歯科医師です。岩泉町のように人口が少ない地域では、民間だけで医療体制を維持することは困難です。そこで医療格差を解消するために自治体が医療機関を直営するケースがあり、医師や歯科医師が公務員として携わっています。
ここで勤務を始めた当初、歯科医師は私を含め3名がいて、町には子どもも多く、1日に200人を診ることも珍しくありませんでした。しかし、現在では少子高齢化が進み、小中学校の閉校も相次ぎ、人口減少が進んでいます。かつては子どもも成人もひどい口腔状態でしたが、町内の開業医の先生や保健師さんなど、皆さんの尽力のおかげで、今ではう蝕も減り、小児は予防が中心に、成人は義歯の治療が多くなっています。当診療所は開設当初、外来診療も行っていましたが、2名の先生が退職され、2002年からは私と歯科衛生士、運転手兼事務職員の3人体制となり、巡回診療と訪問診療のみを行うようになりました。

  • [写真] 朝、岩泉町役場に停車する診療車
    朝、岩泉町役場に停車する診療車。カルテなどの必要書類を積んでから巡回先へと向かう。
  • [写真] 安家地区の岩泉町役場支所の駐車場にて
    安家地区の岩泉町役場支所の駐車場にて。2016年の台風10号では甚大な被害を受け、同支所もその後に建て替えられた。
  • [写真] 震災後に建てられた「小本津波防災センター」
    震災後に建てられた「小本津波防災センター」。三陸鉄道リアス線「岩泉小本駅」と避難所を併設。小本地区の巡回先となっている。

歯科医院をそのまま再現した診療車

巡回診療は、火曜日から金曜日にかけて、町内7つの地区を回り、町役場の支所や医科の出張診療所、福祉施設の駐車場を借りて行います。診療車には待合室がないため、各施設の休憩室などを待合スペースとして利用しています。そこで困るのがトイレの問題です。巡回先によっては使用できないこともあり、特に雪深くなる冬場にはトイレがある場所まで行くだけでも苦労します。しかし、診療自体は歯科医院をそのまま車内に再現しているため、不自由はありません。車内にはチェアユニット2台とX線室を完備し、一般的な歯科治療は基本的にすべて行えます。「どこであっても通常の歯科診療が提供できる」、それがこの巡回歯科診療車の最大の強みです。水は毎朝、診療車のタンクに100リットルを給水し、診療時の電源は巡回先の分電盤などから供給しますが、電源のない場所では、車両に積んだ2台の発電機でまかなえる設計になっています。

保険制度における巡回診療

月曜日は訪問診療、特養・グループホーム等の職員、入所者を対象とした口腔ケア、乳幼児健診等を行っています。乗用車にポータブルユニットを積み、特別養護老人ホームやグループホーム、居宅などを訪問します。また、月曜日以外にも、巡回先に診療車と乗用車の両方で向かい、空いている時間を利用して、そこから乗用車で訪問診療へと出向くこともあります。
ときどき誤解されるのですが、巡回診療は訪問診療ではありません。保険制度上、一般診療の扱いとなり、保険点数も歯科医院で行う歯科診療と同様です。ただし、通常の歯科医院ではクリニックが診療場所となりますが、巡回診療では巡回先が診療場所として扱われます。そのため岩泉町の場合は、巡回先の施設と日程を毎月、保健所に申告し、認可を受ける必要があります。

2代目の診療車はトラックベースに

1993年に導入した1台目の診療車は、およそ14年間使用しました。買い替えのきっかけは、チェアユニットの耐用年数でした。車両自体に大きな不具合はなかったものの、初代の診療車は入口が狭く、チェアユニットを搬出できなかったため、診療車ごと買い替えることになったのです。
初代と2代目の大きな違いは、車体のベースで、前者はバスベース、後者はトラックベースになります。初代は路線バスと同様の骨格やエンジンを用いた車体に診療設備を組み込んだもので、走行時の振動が少ないという、乗客の快適性を優先するバスならではの利点がありました。しかし、タイヤ部分の張り出しにより、車内の一部が狭く、動線が制限されるという難点がありました。チェアユニットの搬入出ができなかったのも、出入り口が路線バスと同じ規格で狭かったためです。
トラックベースは車体をイチから架装できるため、設計の自由度が高く、構造的な制約もほとんどありません。そこで床面をフラットにし、後部には車椅子の昇降リフトを設置しました。振動に関しては、バスベースよりも確かに揺れはありますが、器材に支障が出るほどではありません。

  • [写真] 車内の様子
    車内の様子。2台の「スペースライン イムシア」が設置され、少し手狭なことを除けば、ほぼクリニックと変わらない設備が完備されている。
  • [写真] 車内に完備したX線室
    車内に完備したX線室。デンタルX線撮影装置1台が設置されている。
  • [写真] シンクまわりも充実している
    シンクまわりも充実している。器材の洗浄、消毒、滅菌も車内で行うことができる。
  • [写真] 車内での処置の様子
    車内での処置の様子。電圧や給排水などのインフラ設備も充実しており、クリニックさながらの診療を行うことができる。
  • [写真] 補綴物が脱離した患者さんの処置を進める岩田先生
    補綴物が脱離した患者さんの処置を進める岩田先生。
  • [写真] 運転席の後部スペース
    運転席の後部スペースにはプリンターなどがあり、そこで運転手兼事務職員の佐藤さんが会計業務などを行う。

被災地で喜ばれた診療車

[写真] 岩田先生 診療車が思いがけず力を発揮したのは、2011年に発生した東日本大震災のときでした。地震発生時、車内で診療中だった私たちは、これまでに経験したことのない激しい揺れに襲われました。近くの保育園からは、お昼寝中だった子どもたちがパジャマ姿のままで外に逃げ出してくるのが見えました。雪が降る寒い日で、あたりは停電していたため、私たちは園児を招き入れ、車内で着替えさせてあげました。発電機のおかげで診療車は暖房が効いていたのです。その後保護者が迎えに来るまで、子どもたちは車内で過ごしました。
この震災で特に被害が大きかったのは海沿いの地域です。海沿いにあった岩手県内の多くの病院や診療所が津波の被害を受け、休診に追い込まれました。一方で、岩泉町役場は海から離れ、標高も比較的高い場所にあるため、津波の影響を受けず、早い段階で診療を再開することができました。
私たちは通常の巡回診療の合間に避難所を訪れ、時には要請を受けて、隣接する市にも出向きました。燃料と道路さえ確保できれば、どんな場所でも診療が行える診療車は、多くの被災地で喜ばれました。

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