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194号 AUTUMN 目次を見る

Clinical Report

周術期ガムトレーニングは食道がん術後の舌圧低下を予防する~おいしく、楽しく、食道がん手術後の誤嚥・発熱を予防!~

岡山大学学術研究院 医療開発領域 歯科・予防歯科部門 講師 山中 玲子

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キーワード:食道がん/周術期口腔機能管理/ガムトレーニング

目 次

はじめに

2012年診療報酬改定において周術期口腔機能管理料などが新設されてから13年が経過した。その必要性や重要性は、ますます高まっており、2024年度診療報酬改定においては、集中治療室(ICU)入室中の患者が対象になるなど、対象疾患や範囲は拡大している。
周術期口腔機能管理の必要性が高い疾患の一つに食道がんがある。食道がん手術は術野が頸部、胸部、腹部を含んで広範囲であり、消化管外科の中で最も侵襲が大きい手術の一つである。術後は、誤嚥や肺炎などの合併症の発症リスクが高く、骨格筋減少や舌圧減少が起こり、急速にサルコペニアが進行する2, 3)
舌圧減少は嚥下機能の低下を反映し、誤嚥や誤嚥性肺炎のリスクとなる4)。 我々は、過去の研究において、食道がん術後2週間目の舌圧は術前よりも有意に減少し、周術期の舌圧減少は術後肺炎の発症やICU在室日数と関連することを報告した3)
食道がん患者において、術後の舌圧減少の予防は重要な課題であり、安全かつ有効な予防方法が求められている。大学生を対象とした先行研究では、2週間のガムトレーニングが舌圧を有意に向上させるとの報告がある5)
そこで、我々は、「食道がん患者において、周術期のガムトレーニングは、術後の舌圧減少を予防する」という仮説を設定した。
本研究の目的は「胸部食道がん患者において、周術期ガムトレーニングが舌圧減少を予防するか」を検討することとし、歯科医療従事者が行う周術期口腔機能管理に加えて、患者自身が行うことができる「周術期ガムトレーニング」が有用であるかを検討した。

ガムの選択について

本研究開始前に、医師、歯科医師、歯科衛生士、看護師、管理栄養士、理学療法士などの周術期管理チームを構成する多職種が集まり、どのガムを使用して研究を行うかを検討した。実際に噛み比べをした結果、美味しさや味持ち、噛み心地の観点から全員が歯科で流通している、いわゆるデンタルガムを選択した。
しかし、デンタルガムは高齢者の口腔機能訓練に有用であるかどうかは先行研究がなく確認できなかったため、デンタルガムを採用することには躊躇した。
そこで、メーカーにデンタルガムが口腔機能訓練に有用であるかどうかを問い合わせたところ、高齢者に応用した例はなかったが、子どもを対象にした症例の記事を紹介してもらった6)。口腔機能に問題のある子どもたちがデンタルガムを用いたガムトレーニングを習慣化することで、歯列不正などが改善するという内容であった。ガムトレーニングで歯列不正が改善するという報告に驚くとともに、デンタルガムを用いたトレーニングは高齢者においても口腔機能訓練として有用であると考え、ある程度の確信をもってデンタルガムを採用することにした。
また、紹介された症例報告では、ガムを噛むだけではなく、ガムを使った舌のストレッチも記載されていたため、舌のストレッチも加えることとした。
対象患者には、周術期のつらい時期にガムトレーニングを行っていただくため、少しでも美味しく、楽しくトレーニングをしてもらいたいと考えていた。美味しく、噛み心地がよく、味持ちの良いガムは、我々の目指す方向性と一致したと考えている。

対象と方法

岡山大学病院において、一期的根治手術を受ける胸部食道がん患者40名(2021年3月~2022年5月)を対象に、過去の研究の対象者(2016年1月~2017年12月、44名)を対照群とする歴史的対照研究を行った。
ガム群の患者は、手術前から1日3回、約5分間のガムトレーニングを行い(図1)、ガムカレンダーに実施の有無を記載した。ガムトレーニングは、術前外来受診日、あるいは、入院中の術前化学療法後に開始した。その後、手術日に中断し、術後2日目以降、かつ、担当外科医と麻酔科医の許可を得た後に再開し、術後2週間目まで行った。
舌圧の測定は、手術前日と術後2週間目に行った。舌圧に関連する「年齢」「性別」「BMI」「反復唾液嚥下検査(RSST)」で傾向スコアマッチングを行って、各群25名ずつで各評価項目を比較した(表1)。統計解析は、SPSS Statistics ver.26.0を用いMann–Whitney U検定、フィッシャーの正確確率検定、およびカイ二乗検定を行い、有意水準は0.05とした。なお、本研究は岡山大学臨床研究審査専門委員会の承認(臨2009-007:2020年9月)を得て行った。

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  • [図] ガムの噛み方
    図1 ガムの噛み方 <出典: はち・まる・にい・まる (23) 103-106 2024年3月より改変>
  • [表] 傾向スコアマッチング後における各群の特徴
    表1 傾向スコアマッチング後における各群の特徴
  • [表] 食道切除術後の臨床所見
    表2 食道切除術後の臨床所見

結果

40名中32名の患者がガムトレーニングを完了した(図2)。術前のガムトレーニング期間は中央値16.0(25%値:9.5、75%値:22.0)日間、術後のガムトレーニング期間は12日間であり、実施率は術前100(93.8、100.0)%、術後89.0(62.2、100.0)%であった。
ガムトレーニングによる問題はなく、術後の誤嚥や肺炎、縫合不全などの術後合併症は、2群間で有意な差はなかった(表2)。
ガム群において術後2週間目の舌圧が術前の舌圧より減少した患者の割合は44.0%であり、対照群の76.0%より有意に低くなった(p=0.02)(図3)。
ガム群において術後2週間目の舌圧から術前の舌圧を引いた差の中央値は0.4(-1.5、1.8)kPaであり、対照群-2.7(-5.8、-0.1)kPaよりも有意に大きく(p=0.03)(図4)、術後2週間目のRSSTスコアもガム群が有意に大きくなった(p=0.01)(図5)。
さらに、術後発熱日数は、ガム群1(0、2)日であり、対照群2(1、4)日より、有意に短くなった(図6)。
一方で、ガム群は対照群よりも、Ⅲ,Ⅳ期の進行がん(p=0.03)(表1)や3領域のリンパ節郭清を行った患者が有意に多く(p=0.04)、手術時間が有意に長かった(p=0.01)(表2)。
また、ガム群は対照群よりも、術後の絶食期間(p=0.04)や、在院日数(p=0.01)が長かった(表2)。

  • [写真] 研究フローチャート
    図2 研究フローチャート <出典: はち・まる・にい・まる (23) 103-106 2024年3月より>
  • [グラフ] 術後2週間目に舌圧が減少した患者の割合
    図3 術後2週間目に舌圧が減少した患者の割合(X 2検定)
  • [グラフ] 手術前と術後2週間目の舌圧の差
    図4 手術前と術後2週間目の舌圧の差(術後2週間目-手術前日)(Mann-Whitney U検定)
  • [グラフ] 術後2週間目のRSST
    図5 術後2週間目のRSST(Mann-Whitney U検定)
  • [グラフ] 術後38℃以上の発熱日数
    図6 術後38℃以上の発熱日数(Mann-Whitney U検定)

図36 出典:岡山大学プレスリリース資料>

考察

周術期ガムトレーニングによって、術後2週間目の舌圧が術前の舌圧より減少した患者の割合が、対照群より有意に低くなり、術後発熱日数も有意に短くなった。また、ガムトレーニングによって術後合併症が増えるなどの問題はなかった。本研究では、胸部食道がん患者における周術期のガムトレーニングの術後の舌圧減少や発熱の予防に対する安全性と有効性を示すことができた。
周術期ガムトレーニングは、医療スタッフの負担を増やすことなく、食道がん術後の予後を改善する可能性がある。ガム群では対照群よりも脱落率が低い傾向にあった。言語聴覚士によるリハビリテーションが原因で脱落した患者は、ガム群(2人/40人中 [ 5.0%])の方が対照群(11人/66人中 [16.7%])よりも少なかった(図2)。
言語聴覚士による嚥下訓練を必要とした患者の割合は、周術期ガムトレーニングにより嚥下機能が維持されたため、ガム群の方が対照群よりも低かった可能性がある。
周術期ガムトレーニングには専門家は必要ない。したがって、周術期ガムトレーニングは、食道がん患者のさらなる予後改善の点で非常に費用対効果が高い可能性がある。
一方、ガム群の術後絶食期間や術後在院日数は、対照群よりも有意に長くなった。この要因として、ガム群の対象者募集期間(2021-22年)が影響したと考えられる。2021-22年は、世界的にCOVID-19パンデミックの時期であり、感染拡大予防のために病院受診が自粛され、病気の発見が遅くなったと考えられる。
実際、この時期の日本において、有意差はなかったものの、臨床病期0~Ⅱの患者数は減少し、臨床病期Ⅲ, Ⅳの患者数は増加した、との報告がある7)。したがって、ガム群では、対照群と比較して、進行がんが多く、手術侵襲もより大きかったため、術後絶食期間や在院日数が長かったと考えられる。このように、ガム群は不利な条件下にあったにも関わらず、ガムトレーニングの舌圧減少予防効果や安全性が確認できたことは、非常に意義が大きいと考えられる。
これらの結果から、胸部食道がん患者における周術期のガムトレーニングは、安全に術後の舌圧減少や合併症を予防し、術後のサルコペニア進行の予防に有効である可能性が示唆された。

おわりに

今回、特に誤嚥リスクの高い食道がん患者において、周術期ガムトレーニングの有用性や安全性が確認されたことから、ガムトレーニングは嚥下機能の低下に悩む数多くの高齢者に応用可能であると考えられる。
本研究では、通常の保険診療で行われる周術期口腔機能管理は行ったうえでガムトレーニングを行った。また、ガムを咀嚼するだけでなく、ガムを舌で口蓋に押し当てるなどの舌のストレッチも行った。口腔衛生管理を行ったうえで、ガムを咀嚼するだけでなく、ガムを使った舌のストレッチも行うことで、より高い効果が得られる可能性がある。
また、他のガムでも同じような効果や安全性があるかどうかは確認されていないが、通常の周術期口腔機能管理は行ったうえで、ガムを噛むだけでなくガムを使った舌のストレッチも行えば、安全性も有効性も得られるのではないかと考える。

参考文献
  • 1) Yamanaka-Kohno R, Shirakawa Y, Yokoi A, Maeda N, Tanabe S, Noma K, Shimizu K, Mituhashi T, Nakamura Y, Nanba S, Uchida Y, Maruyama T, Morita M, Ekuni D. Perioperative gum-chewing training prevents a decrease in tongue pressure after esophagectomy in thoracic esophageal cancer patients: a nonrandomized trial. Scientific Reports. 2024; 14: 23886.
  • 2) Maeda N, Shirakawa Y, Tanabe S, et al. Skeletal muscle loss in the postoperative acute phase after esophageal cancer surgery as a new prognostic factor. World J Surg Oncol. 2020;18(1):143.
  • 3) Yokoi A, Ekuni D, Yamanaka R, et al. Change in tongue pressure and the related factors after esophagectomy: a shortterm, longitudinal study. Esophagus. 2019;16(3):300-308.
  • 4) Yoshida M, Kikutani T, Tsuga K, et al. Decreased tongue pressure reflects symptom of dysphagia. Dysphagia. 2006; 21(1):61-5.
  • 5) Takahashi M, Satoh Y. Effects of gum chewing training on oral function in normal adults: Part 1 investigation of perioral muscle pressure. J Dent Sci. 2019;14(1):38-46.
  • 6) 土岐志麻、楽しくかむ,ガムトレーニングの実践,~どうやってかむ?,かむことの重要性は?,指導方法は?~,歯界展望135(2),2020-2.
  • 7) Kuzuu K, Misawa N, Ashikari K, Kessoku T, et al. Gastrointestinal Cancer Stage at Diagnosis Before and During the COVID-19 Pandemic in Japan. JAMA Netw Open. 2021;4(9):e2126334.

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