120号 SPRING 目次を見る
■目 次
- ≫ 1. 修復処置の現在
- ≫ 2. 視力の生理学的背景-裸眼の限界
- ≫ 3. ルーペを用いた拡大視野の効用
- ≫ 4. キーラー・ルーペの特長と選択
- ≫ 5. 適切な倍率とは-レジン充填の場合
- ≫ 6. まとめ
■1. 修復処置の現在
その昔、テレビのコマーシャルで「大きいことはいいことだ」というフレーズが流行していたことを記憶している。その当時の社会的背景あるいは国民のニーズは、決して豪華なあるいは華美なものを求めるのではなく、大きさという尺度に共感を見出したのであろう。
モノのサイズは、その表象として感覚的な尺度から、物差しを用いて測定する実質的な尺度まで様々である。たとえば、現在の歯科医療の方向性を示す概念の一つであるMinimal Interventionは、窩洞形成の指標という点からはサイズに関する情報を提示するものかもしれない。しかし、この言葉は、あくまでう蝕治療の方向性を示すものであり、実質的に窩洞の大きさを明示するものとは異なる。すなわち、Minimal Interventionとは疾病に罹患することを未然に防ぐとともに、罹患した後にこれを進行、増悪させないために行うべき治療指針を示すものである。したがって、う蝕処置に当たっては、その病巣が再生可能かどうかを見極め、再生不能の病巣のみを削除することが求められ、その結果が窩洞の大きさを決定するのである。このように、現在のう蝕処置で最も重要視されるべき治療技術は、削除の対象となる歯質を厳密に鑑別し、その判断に沿って病巣のみを除去することである(図1~11)。
削除すべき歯質と残すべきそれとを区別することが困難であった時代では、安全率を見積もった予防拡大“Extension for Prevention”が欠かせなかった。しかし、確実な歯質接着とともに、人間の識別能力を補うルーペの助けによって拡大視野を得ることができる現在では、必要最小限の切削が可能となった。この点からは、現在の修復処置は“Magnification for Prevention”ともいえる(図12)。
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図1 上顎側切歯の近心に、う蝕が認められる。 -
図2 キーラー・ルーペを用いて、病巣部を拡大視野で捉える。 -
図3 拡大視野で病巣を観察すると、比較的浅在性のう窩であることが判る。 -
図4 病巣の大きさを考慮して、MI-4あるいは5(マニー)などのヘッドが小さなバーを選択する。 -
図5 必要最小限の歯質切削にとどめるように心がける。 -
図6 歯面処理に際しては、隣在歯を保護するためにマトリクスを挿入する(セクショナルトランスペアレントマトリクス:カーハーベ)。 -
図7 クリアフィルマジェスティ。 -
図8 窩洞の大きさに合わせ、ペーストを填塞する(クリアフィルマジェスティ:クラレメディカル)。 -
図9 窩壁との移行性および隅角部の位置を確認しながら形態付与する。 -
図10 形態修正は、カーバイドバーあるいはコンポジットレジンダイヤバー研磨セット(マニー)を用いて行う。 -
図11 う窩の大きさが窩洞外形を決定する。このように、比較的小さな窩洞を持つ症例では、拡大視野の恩恵は大きい。 -
図12 予防拡大の必要性の有無で、隣接面窩洞の形態も大きく異なる。
■2. 視力の生理学的背景-裸眼の限界
歯科治療においては、歯質切削を含めてその精度を決定する因子として、術者の視力は重要である。視力とは『空間における2点の方向差を見分ける能力』であるが、これには個人差とともに生理学的な限界がある。すなわち、視覚を司る感覚器である眼球の底部には網膜が存在しており、毛様体によってその厚さを変化させた水晶体を通過してここに結像するが、その理論的な視力の限界は2.0とされている(図13)。例えば、ヒトの視力が1.5と仮定すれば、0.1mmの大きさの物体を25.4cmの明視距離で判別できる。すなわち、通常の視力を持つ術者が裸眼で歯冠修復物のマージンを精査した場合、その識別能力は100μm程度でしかないのである。修復物のセメントラインの理想の厚さを30μmと仮定すると、マージンのチェックは視診のみでは不可能であり、探針などの併用が必要になる1)。
人間は、裸眼時に対象物を拡大して観察するために、観察対象にできるだけ近づこうとする。これは、人間の目がオートフォーカス機能を持っており、水晶体の厚みを変化させることによって焦点を合わせ、網膜上に結像させているところから、対象物に近いほど拡大することが可能となるからである。しかし、水晶体の厚さをコントロールする毛様体の機能は年齢とともに減退するために、近付いて視ることにも限界がある。さらに、歯科治療時に対象である口腔緒器官に近接することは、いきおい窮屈な診療姿勢をとることになり、水平位診療時のホームポジションからも好ましいことではない(図14)。
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図13 ヒトの眼球の断面図。水晶体の厚みをコントロールすることで、網膜上に結像させるというオートフォーカス機能を有している。 -
図14 対象物を近くで見ようとすると、診療姿勢が著しく窮屈なものとなる。
■3. ルーペを用いた拡大視野の効用(表1)
診査と診断は、患者の異常状態を把握するとともに、適切な処置を行うための重要なプロセスである。拡大ルーペを用いることは、病巣の解像度を飛躍的に向上させるところから1)、う蝕の診断精度も高くなり、介入の必要性の有無を正しく判断することができる2)。切削という歯質に対する積極的介入は、その歯の寿命に及ぼす影響は大きいことからも、拡大視野の臨床応用は欠かせないものといえる3)。
拡大視野による診療に関しては、とくに診療姿勢が改善されるという人間工学的側面にも注目すべきである。歯科治療に際して、裸眼で対象を拡大して観察するために患歯に近づくということは、体を前傾させることを余儀なくされ、診療姿勢が著しく窮屈なものとなる。これが習慣となって長期間前傾姿勢をとり続けると、いずれは筋骨格の疲労を生じ、ひいては慢性疼痛を惹き起してしまう4)。したがって、人間工学的な観点からも歯科診療時の明視距離である25~35cmを保持し、かつ明瞭な視野を確保することが重要であり、ここでも拡大ルーペの使用が推奨される(図15)。
さらに、術野から一定距離をおいて診療を行うことができることは、唾液あるいは血液が術者に飛散することを回避することを可能とするため、感染予防の観点からも望ましいと言える。
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表1 ルーペの使用が歯科臨床にもたらす恩恵 -
図15 キーラー・ルーペを使用することによって、安定した診療姿勢を保つことが可能である。
■4. キーラー・ルーペの特長と選択(表2)
現在使用されているルーペの種類は、それぞれが使用しているレンズで分類することができる(図16)。いわゆる虫眼鏡と同じように、1枚のレンズをジョイントで連結したもの(Dioptre Type)は、比較的簡便であるところから古くから使用されているが、焦点深度が限定されるとともに鮮明度に欠けるという欠点があった。そこで、対物と対眼の2枚のレンズを用いて適切な作業距離と焦点深度を得るタイプ(Galilean Type)のルーペが開発された。このタイプのルーペは、最高倍率は3.5倍程度に留まるため、5~6倍の拡大像を得るもの(Keplerian Type)も開発された。
キーラー・ルーペは、2~3倍はGalilean Type(図17)、2.5~5.5倍はKeplerian Type(図18)という豊富な種類を有している。そのいずれもが明るく広い視野を実現するとともに、なんと言っても装着感の快適さは、他社製品の追随を許さない。もちろんこれは、フレームの形状をアジア人種のそれに適合させたという企業努力とともに、フレームと前頭部の間に介在するパッドのおかげで、とかく鼻根部に荷重がかかりやすい他のルーペと異なり、仔細にわたる人間工学的な設計の賜物である(図19、20)。
キーラー・ルーペを使用して、筆者自身の一番のお気に入りは、パーツを固定するマグネットである(図21)。フリップアップ可能なルーペではあるが、必要に応じて取り外すことが可能であり、しかもワンタッチ操作で行える。また、LED光源も同様にマグネット式であり、ルーペ装着の有無に関わらずフレームに装着できる(図22)。
眼鏡を使用している術者では、フレームタイプの代わりにヘッドギアタイプの製品を装着する製品が多い。しかし、キーラー・ルーペでは、プロテクターを取り外してマグネット式のノーズパッドを交換するだけで、眼鏡装着の有無に拘らず使用できる。
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表2 キーラー・メディビューフレーム・ルーペの特長 -
図16 拡大ルーペ開発の模式図。一枚のレンズで拡大していた時代から、拡大倍率と収差を考慮して複数枚のレンズを組合わせたルーペに発展してきた。視野が広く、像が明るい製品を選択すべきである。 -
図17 キーラーメディビューフレームのGalileanTypeの製品。フレームのカラーバリエーションも豊富で、機能面でも視野が広く明るい像が得られる。 -
図18 キーラーメディビューフレームのKeplerianTypeの製品(販売名:パノラミックXLルーペ)。LED光源を装着しても、重さを感じることなく、装着感は快適である。 -
図19 フレームは、アジア人種の頭蓋骨の平均的な形状に適合させている。欧米人向けに作られたフレームを使用したルーペでは得られない、高いフィット感がある。 -
図20 フレームの内面には、前頭部にクッションとしてヘッドパッドが付いている。鼻根部に荷重がかかりやすいルーペとは異なり、荷重が分散することも快適な装着感に繋がっている。 -
図21 ルーペやフレームなど、全てがワンタッチ着脱式で、非常に簡便である。 -
図22 ルーペは、強力マグネットでフレームに装着できる。さらに、LED光源も同様にマグネット着脱式である。
■5. 適切な倍率とは-レジン充填の場合
レジンペーストは色彩学的な特長として半透明という性質を有し、これによって歯質との色調適合性をはかっている。この性質は、審美性の獲得という点では重要であるが、逆に窩縁部マージンにおける余剰充填あるいは研磨の不足などを見過ごす要因ともなる。したがって、一連の修復操作は、拡大視野下で行うべきである。それでは、レジン修復で求められる拡大倍地は、どの程度であろうか。
一般的な診療における理想的な姿勢は、背筋が伸びて、頭部の傾斜度が25°以内を保つことができるように、レンズの角度と35cm程度の作業距離を確保することである。作業距離と対象物の大きさとは密接な関係にあり、これが遠くなるほど高倍率の拡大が必要となる。さらに高い倍率を用いれば、対象の仔細を知ることはできるが、ルーペ装着の経験無しに、いきなり4倍以上の大きなものを使用するのは無理である。倍率が高くなると、焦点深度は浅くなり、視野も狭くなるので、拡大視野と周辺視野との見分けには、それなりの習熟を必要とするからである。したがって、通常の歯科診療では、2.5~3.5倍が適切と考えられる。
■6. まとめ
拡大ルーペには、視力の低下を補うという役割もあるが、肉眼では捉えることのできなかった情報を与えてくれる機能を有している5)。キーラー・ルーペを使用することによって拡大視野を持つことは、歯科医師あるいは歯科衛生士にとって診療精度の向上という最高のパートナーとなるはずである。
- 1) 高橋剛太, 細矢哲康, 飯野史明, 庫山寛也, 田畑幸樹, 新井 高: 歯科臨 床における拡大鏡の有用性; 日歯保存誌44: 44-47, 2001.
- 2) Whitehead SA, Wilson NH: Restorative decision-making behavior with magnification; Quintessence Int 23: 667-71, 1992.
- 3) Donaldson ME, Knight GW, Guenzel PJ: The effect of magnification on student performance in pediatric operative dentistry; J Dent Educ 62:905-910, 1998.
- 4) Burke FJ, Wilson NH, Christensen GJ, Cheung SW, Brunton PA:Contemporary dental practice in the UK: demographic data and practising arrangements; Br Dent J 198: 39-43, 2005.
- 5) Millar BJ: Focus on loupes; Br Dent J 185: 504-508, 1998.
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