161号 SUMMER 目次を見る
Clinical Report
Erbium Laser Erwin Adverl Evoを応用したインプラント周囲における炎症起因物質の除去ならびに歯周再生治療の有用性−Debridement(感染物質除去)を再考する−
目 次
- ≫ はじめに
- ≫ 高出力か?低出力か?
- ≫ 理想的なDebridement(感染物質除去)を再考する:インプラント周囲組織への応用
- ≫ なぜErbium laserが細部まで除染できるのか?
- ≫ Erbium Laserを用いたインプラント周囲における炎症起因物質除去のプロトコール
- ≫ おわりに
はじめに
Erbium Laser Erwinが発売されて20年が経ちカリエスを除去できることから始まった臨床応用は、今や歯周再生治療やインプラント周囲炎への応用が報告され世界中で注目を集めている。Erbium laserは水成分にレーザーの電磁波エネルギーが特異的に吸収されることにより(図1)瞬時に爆発的に起こる水分子の物理的膨張現象(Water Micro Explosion)によって熱的な影響を極限に抑制しながら硬組織の蒸散や歯石並びに軟組織の蒸散をできることは今や周知の事柄である。
今回はそのようなBasicな使い方ではなく、2回に分けてErbium laserのAdvance的な使用法としてのインプラント周囲の炎症組織の除去と歯周再生療法への応用における必要基本概念とその臨床について説明することとする。
高出力か?低出力か?
Erbium laserによる蒸散において出力設定には大きくわけて高出力低パルスによる高速蒸散と低出力高パルスによる微細蒸散がある。両者には一長一短があるが、まず高出力低パルス蒸散のメリットは高エネルギーによる蒸散スピードであり、デメリットは高エネルギーが故、熱的影響が出難いErbiumlaserといえどもある程度発生する熱的変化の存在と一度の蒸散量が大きいことによる蒸散深さのコントロールの難しさである。
低出力高パルス微細蒸散のメリットは浅い細かい蒸散をすることができる点と熱的影響が限りなく少なくできることであり、歯周再生治療やインプラント周囲組織に対する応用においては低出力高パルス蒸散を用いるのが基本である(図2)。
図1 他の波長のレーザーに比べてCO2の10倍、Ndや半導体の数千〜数万倍水にエネルギーが吸収する。
図2 パルスをあげると50mjくらいが最も温度的な影響が出ず効率がよいのがわかる。
理想的なDebridement(感染物質除去)を再考する:インプラント周囲組織への応用
インプラント周囲組織の治療における重要なポイントは、汚染(感染)したインプラント表面を完全に除染することと炎症によって肉芽化した組織を徹底的に除去することであると筆者らは考えている。
それでは完全なる除染を行うためにはどのような認識が必要なのかを説明する。
Micro Thinking
近年の多くのインプラント表面はメーカー特有の微細構造を有したインプラントがほとんどである。その微細な表面構造が汚染(感染)するということは表面の微細な凹部の中まで汚染物質や細菌が入り込んでいるということであると理解する必要がある。すなわちそのような微細構造の奥深くまで入り込んだ汚染物質を完全に除去して初めて完全な除染がなされたと言えるのではないかと考えている。
従来法による除染との比較
汚染されたインプラント表面を除染する方法は数多くの研究者や臨床家が多くの報告をしているが、はたしてそれらの方法で微細なインプラント表面構造の隅々まで除染されているのかを我々は検証実験を行った。
除染検証1:綿球による除染
図3は、綿球による除染を行った場合の電子顕微鏡写真である。そもそも綿球は綿繊維の集合体であるので電顕像からわかるように綿繊維の大きさとインプラント表面の微細構造には大きな差があり、肉眼レベルでは一見綺麗になったように見えていても実際には細部まで除染できているとは考え難いのがわかる。さらに綿繊維がインプラント表面に残渣する場合もあり最も除染が不確実な方法であると考えられる。
除染検証2:チタンブラシによる除染
図4、5は、チタンブラシによる除染を行う場合の電顕写真である。チタンブラシの素材は毛先がチタンでできているためインプラント表面の微細構造に傷つけ難いというメリットと比較的安価ということが挙げられるが、チタンブラシの毛先の大きさはインプラント表面の微細構造の大きさに対して大きくこれも綿球同様に細部まで除染することは難しいのがわかる。しかしチタンブラシは綿球などに比べて残渣物を残すようなことは起こらない。
除染検証3:エアーアブレーションによる除染
図6は、エアーアブレーションによる除染の電顕写真である。一般的に使用されているエアーアブレーションパウダーの最も小さな顆粒の大きさの平均値は25μmである。写真はその最小顆粒を噴霧後のインプラント表面に残渣した顆粒であるが、インプラント表面の微細構造の平均の大きさは数μmなので、エアーアブレーションの最小顆粒をもってしてでも微細構造の細部まで除染することはできないと想像できる。
除染検証4:Erbium laserによる除染
図7は、Erbium laserによる除染の電顕写真である。従来からの他の方法に比べて微細構造の細部まで綺麗になっているのがわかる。
なぜErbium laserが細部まで除染できるのか?
水の分子の大きさは2~3Å(オングストローム)(1Åは1/10000μm)であるため、その限りなく微細(従来法に用いる除染器具や材料に対して)な水分子がErbium laserの電磁波エネルギーを吸収する際に起こるWater Micro Explosion(水性爆発)によって360度方向かつ超音速のスピードで飛び散る物理的なエネルギーを利用してインプラント表面の微細な構造の深部まで到達することができるからである(図8)。
図3 綿球による除染は細部まで綿の繊維が入り込めないのみならず繊維がインプラント表面に残渣するという問題点がある。-
図4 チタンブラシの先端部分を電子顕微鏡で50倍に拡大した像。
図5 チタンブラシの毛先をインプラント表面にタッチさせその部分を50倍、1000倍に拡大した図である。微細構造の中まで毛先が入れ込めていないのが確認される。-
図6 エアーアブレーションの微細顆粒でもインプラント表面の微細構造より、はるかに大きいのがわかる。
図7 Erbium laserの水分子のWater Micro Explosionによる除染後の電顕像であるがインプラント表面の微細構造の中まで除染されており、かつ微細構造のエッジなども破壊されていないのがわかる。-
図8 水の分子の大きさは2~3オングストローム(1オングストローム:1/10000μm)なので平均1μmのインプラント表面の微細構造には容易に入っていける。
Erbium Laserを用いたインプラント周囲における炎症起因物質除去のプロトコール
我々は大学ならびに開業医において約10年前より研究を始め多くのインプラント周囲炎の治療を行ってきた経験からErbium laserを用いたインプラント周囲の炎症組織除去の9つのステップをふむプロトコールを構築したので紙面をもって提唱する(図9)。
<症例1>患者は65歳女性 他医院にて76部にインプラント治療を受け数年間は異常なく経過するも、上部セット6年後同部からの排膿腫脹を主訴として来院。諸検査の結果、発症の原因として咬合、清掃性、角化歯肉の無さなどの問題点が考えられた。歯周ポケット7mm、BOP(+)、インプラント周囲の骨吸収最大5mmでありCISTの分類protocol Dに相当し、インフォームドコンセントの後、Erbium laser を用いたインプラント周囲の炎症組織の除去を行うとことした(図10)。我々が提唱するインプラント周囲病変の治療のプロトコールは次の9つのステップを踏む。
ステップ1:上部構造体を外しディスインテグレーションの有無の確認
図11で示すようにまず上部構造体を外し、インプラント体に動揺(ディスインテグレーション)が無いか確認する。2ピースタイプのインプラントならアバットメントを外し、カバースクリューに置き換える。
ステップ2:初期の消炎処置
図11で示すように実際のインプラント周囲のフラップオペを行う前にインプラント周囲の排膿や腫脹などを消失させるために初期の消炎処置を行う(必然的にこの処置と実際のオペとの間には1週間ほどの間隔が空く)。
ステップ3:切開、剥離、炎症性肉芽の除去
図12で示すように通法により切開剥離を行う。その後インプラント表面のデブライドメントを行う前にPS600TS(もしくはPSM600T)で炎症性肉芽の除去を行う。除去のコツは肉芽本体を蒸散するのではなく肉芽と健全な骨面の境目を狙って蒸散して行くと、肉芽を一塊で除去することができる。
ステップ4:汚染したインプラント表面のデブライドメント
図13で示すようにインプラント周囲の炎症組織の除去で最も大切なステップは汚染したインプラント表面の除染である。使用するチップは、同じくPS600TS もしくはPSM600T を用いパネル出力は30~50mj、25PPS、水ありである。除染のコツはチップをコツコツあてるのではなく、Water MicroExplosionによって非接触斜め照射を行うとこである(文章で書けば、わずか数行なのであるが、これをうまく行えるようになるためにはカリエス治療における軟化象牙質の除去から練習を積み蒸散技術のlearning stageを基礎から学び上がることが必須である!)。
Erbium laserによる照射面における効果についての論文は数多くあり、Nevinsら1)、Folwaczyら2)、Matsuyamaら3)は照射面の滅菌の可能性やエンドトキシン(LPS)の不活化の可能性について報告している。そのようなことからErbium Laserによって除染されたインプラント表面は下記のようなことが示唆されると我々は考えている。
1.滅菌できている可能性がある。2.LPSの除去ならびに不活性化がなされている可能性がある。3.表面微細構造をほとんど崩さない。4.表面に異種物質を残さない。5.オッセオインテグレーションに影響を与えるような温度上昇を伴わない、など、従来法ではなしえないが、蒸散と同時にそれらがなされると示唆される点が特記すべきことである。
ステップ5:デコルチケーションならびに骨補填材充填
図14は、インプラント表面の除染が終わると周囲の欠損部位に対して骨充填材などのグラフトを行う。骨充填材はあくまでも欠損部のボリュームを維持する足場の役目を果たすために必要なもので、実際に足場の隙間を埋めるものは骨細胞である。Erbium laserによって骨小孔に入り込んだ肉芽などの軟組織を蒸散除去することによって結果的に血液供給の増大を促すことになり、骨再生の補助的効果も考えられる。
ステップ6:減張切開並びに傷面閉鎖
骨充填を行いその上に吸収性メンブレンをおいた部分の治療成績を向上させる重要なコツとしては、骨充填材で満たした部分を歯肉弁の骨膜に減張切開を行いテンションフリーな状態で傷面をカバーすることである。その際骨膜を確実に切開しかつその下にある血管網を傷つけることなく減張切開を行うにはDr.猪子が考案したシザーズテクニックを用いるのが最適である(図14)。
ステップ7:2次手術ならびに確定的外科および遊離歯肉弁移植
骨再生の時期を待って(一般的には3~4ヵ月)、再び歯肉弁を開け再生した骨の状態を確認し、必要ならば骨整形ならびにマイナーボーングラフトを行う(図15)。さらに上部構造体の頸部周辺に角化歯肉の幅が少ない場合、その後炎症を起こしやすくなる可能性が考えられるので、必要な場合は口蓋から遊離歯肉弁を採取し移植を行い角化歯肉の幅を増大する必要がある。そのような改善策を行うことによって図16のような良い歯周(インプラント周囲)環境を整え再発予防に役立つ。
ステップ8:清掃性と咬合の与え方を改善した上部構造体への変更
図17は、今回の症例のような場合上記の目的を達成するために適切なアバットメントと上部構造体を新しく作成し交換する。
ステップ9:メインテナンス
上記の8つのステップを完了した後、通常のメインテナンスに移行して再発を予防していく。図18、19は、術前と術後3年の口腔内写真とX線炎症変化や吸収像が見られず安定しているのがわかる。
図9 我々が提唱するErbium laserを用いたインプラント周囲の炎症組織の除去治療のプロトコール。-
図10 上部セット6年後の症例。上部構造体は咬合の付与並びに清掃性に問題があり、かつ角化歯肉の幅もない状態で吸収像も典型的なお椀状吸収である。
図11:Step1、Step2を示す。初期の消炎処置は通法の投薬に加えてErbium laserによるインプラント周囲のポケット内照射も併用することによって消炎にかかる期間が短縮される。-
図12 切開線の設定は治療する部位の数倍の範囲に設定し治療後歯肉弁に血液供給不足が起こらないようにする。
図13 照射のコツはNCOIT(Near contact Oblique Irradiation Technique :チップ先端を表面にあてずに斜めに照射する方法)で照射することである。-
図14 Erbium laser デコルチケーションのコツはチップ先端を軽くタッチさせるように照射することである(海綿骨に対しては)。
図15 確定的外科を行うことによって骨レベルのさらなる平坦化をはかることができる。-
図16 遊離歯肉弁移植によって術前とは比べものにならない粘膜の環境が獲得できた。 -
図17 スクリューリテイン、セメントリテインの利点欠点はあるが、セメントリテインを選択する場合には、合着時に圧排コードを入れ余剰セメントの取り残しをしないようにしなければいけない。
図18 インプラント周囲炎治療を行う際に最も大切なのは単純に炎症を改善するのではなく原因除去を含む再発予防を行うのが大切である。-
図19 原因除去を含む治療により再発の傾向はまったく見られず良好な状態を維持している。
おわりに
今号は、Erbium laserを用いたAdvance応用の基本とプロトコール、ならびに典型的な臨床例について記載した。
次号はそれを応用したさらなる重篤な症例の治療とErbium laserのもう一つのAdvance応用としての歯周再生治療への応用の基本概念と臨床例について紹介していく。
- 1) Myron Nevins, DDS, Marc L. Nevins, DMD, MMSc, Atsuhiko Yamamoto, DDS, PhD, Toshiaki Yoshino, DDS, PhD, Yoshihiro Ono, DDS, Chin-Wei(Jeff)Wang, DDS, David M. Kim, DDS, DMSc. Use of Er:YAG Laser to Decontaminate Infected Dental Implant Surface in Preparation for Reestablishment of Bone-to-Implant Contact.
- 2) Folwaczny M, Aggstaller H, Mehl A, Hickel R. Removal of bacterial endotoxin from root surface with Er:YAG laser. Am J Dent 2003;16:3-5.
- 3) Matsuyama T, Aoki A, Oda S, Yoneyama T, Ishikawa I. Effects of the Er:YAG laser irradiation on titanium implant materials and contaminated implant abutment surfaces. J Clin Laser Med Surg 2003;21:7-17.
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