177号 SUMMER 目次を見る
■目 次
これまでスポーツ歯科は、“歯科がスポーツにどのように役立つことができるのか”という考えのもとに行われてきましたが、実際にスポーツ現場で活動してみると、そこには歯科で役立ちそうな知識が山のようにありました。第2回目は、義歯臨床に役立ちそうな知識の紹介です。
■1. 義歯と身体パフォーマンス
近年、両者の相関についてはスポーツ歯科医学の発展ととともにその作用機序も徐々に解明されるようになってきました。
顎関節の特徴は、なんといっても上下顎骨体に歯という咀嚼のための道具を備えていることです。これは筋肉の運動(収縮)が停止線(咬合平面)を持つという点で、他の骨格関節と大きく異なっています。筋活動様式の面からいえば、等尺性収縮を発現させやすい関節だといえます。そのため、無歯顎になると等尺性筋力がうまく発揮できなくなります。
等尺性筋力は静的筋力ともいわれ、身体を固定する時やゆっくりした動作を行う時に必要な筋力で、高齢者では手で体を支える時や椅子から立ち上がる時に必要な筋力です。それ以外にも、身体が保定しやすくなることから転倒などの防止能力が向上します。
また、静的筋力の代表的なものとして握力がありますが、厚生労働省科学研究費課題の平成27年度報告書により、80歳以上の高齢者において咬合支持が握力などの静的筋力の発揮に役立つことが明らかにされました。その具体的な例を図1に示します。
図1 高齢者の咬合機能改善は握力と相関して身体能力を向上させる。
■2. 姿勢と顎位の相関(運動連鎖)
スポーツでは姿勢と顎位の相関の機序は運動連鎖として重視されています。運動連鎖は分かりやすく言えば、身体運動においては隣り合う関節はお互いにリンクするというもので、多くの場合固定源となる体幹から遠心性に伝播していきます。これは、体幹から四肢への運動連鎖により姿勢が決まり、姿勢が決まれば頭位が決まり、頭位が決まれば顎位が決まるというものです。さらに言えば、顎位と舌位も連鎖しているのは皆さんご存じのとおりです。スポーツでは、顎関節症により顎を傷めているとスポーツに適した顎位が取れないことから、運動連鎖が阻害されてパフォーマンスが落ちる可能性も示唆されています。
運動連鎖が総義歯にどう関係するかといえば、やはり一番大きいのは咬合採得の時だと思われます(図2)。
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図2 デンタルチェアにおける座位姿勢と顎位の変化。
■3. 義歯は「人工臓器?」 or「道具?」
これまで歯科では義歯を人工臓器として考えることが一般的ですが、私のようなスポーツ歯科に携わる者の目から見れば、義歯の持つ道具としての特性に目が強くひきつけられます。例えば、義歯はテニスでいえばラケット、ゴルフでいえばクラブですが、ここではプレーするにあたって競技成績を左右するものは道具よりもプレーヤーの腕前が大きな割合を占めます。しかるに、咀嚼では使用者よりも道具である義歯の方に比重が大きく傾いているように思えてなりません(図3)。
もし、義歯を道具と捉えて、患者さんに使うための知識や技術を身につけさせれば、もっと義歯を快適に長く使えるようになるのではないかと思います。そのために役立つ知識は、初動負荷理論や顎運動制御機序、“オノマトペ”の活用などスポーツ現場には数えきれないほどたくさんあります。
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図3 義歯で重要なのは、形態の多様性と患者さんのトレーニングではないか?
■4. 筋の硬縮が義歯作製に及ぼす影響
筋肉の硬縮とは、文字通り過労状態になった筋肉が硬く、そして短くなることです(図4)【デンタルマガジン175号(2020年12/1号)Clinical Hint「運動指導と手技療法に必要な身体運動知識そして触診の実際」参照】。
このような筋肉の硬縮が義歯作製にどのような影響を与えるかといいますと
①左右の非対称性‥義歯作製後に正中がずれる
② 前後のズレ‥義歯の咬頭嵌合位がずれる
③ 上下のズレ‥咬合違和感が生じる
どうでしょう、皆さん一つや二つは思い当たることがあるのではないかと思います。これは、旧義歯において生じていた筋肉の硬縮が何らかのきっかけで解放されたことから起こるものなのです。これを避けるためには、新義歯作製前に運動療法により咀嚼筋のコンディションを整えるか、パイロットデンチャーを使用するなどの手段が必要となります。
このように、筋肉のコンディションを整えることの重要性を理解された方は、ひたすら左右対称を求められるのではないかと思うのですが、ここでもスポーツ歯科的な目からは異なる考えが出てきます。それは、右利きや左利きがあるようにどんな人でも利き側というものがあるからです。口腔でいえば咀嚼側です。これにより、筋肉を完全に緩めて左右対称で作製された技工物は、使うにつれて若干の正中のずれが生じます。
要するに、完璧な左右対称は多くの場合終着点ではないのです。そこから個人の利き側に合わせてわずかにずれるのです。このことを事前に患者さんに説明しておくことも、歯科臨床では必要なことではないかと思います。
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図4 咀嚼筋の硬縮は義歯作製前に治しておくことが重要。
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