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124号 SPRING 目次を見る

CLINICAL REPORT

MIステンレスバーを用いた硬質レジンジャケット冠

猪越 重久

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■目 次

■1. MIステンレスバーとは

今般、モリタから発売されたMIステンレスバー(以下、ステンレスバーと略す)は、ステンレスの特性を利用し、軟化象牙質とくに感染軟化象牙質の削除を目的としたラウンドバーである(図1)。
では、なぜステンレスバーが必要なのだろうか。歯の切削に用いるバーは、外科用器具であり、唾液だけでなく、歯肉や歯髄からの血液が付着することもある。したがって、外科用器具と同等の滅菌が必要であり、超音波洗浄後、オートクレーブにかけることが望ましい。
私は、平成9年に東京医科歯科大学を退職したが、その当時の歯学部附属病院保存科では、バーの種類を極力減らして中央で管理し、使用時に術者が必要なものを取りに行き、使用後は回収してオートクレーブで滅菌していた。
個人で独立した後も、バーのオートクレーブ滅菌を採用しているが、一番の問題点はスチールバーが錆びてしまい、すぐに使えなくなることである(図2)。
そこで、錆びにくいカーバイトバーを導入して使用しているが、切削能力が高いのは良いが、健全象牙質も容易に削れてしまい、手指の感覚を頼りに軟化象牙質を削ることが難しい。
感染対策のテキストでは、「スチールバーの単回使用」を勧めているものもあるが、コストを考えると実現は難しい。そこで、軟化象牙質除去用にオートクレーブにかけても錆びない低速用ラウンドバーがどうしても必要であった。
今までスチールバーが果たしてきた役割は、切れ味が要求される場合はカーバイトバーが、そして軟化象牙質の除去のためにはステンレスバーが担うことになる。

  • [写真]MIステンレスバー
    図1 MIステンレスバー。
    ノーマルシャンクは#2、4、6が、ロングシャンクは#2、6が用意されている。
  • [写真]各種マイクロモーター用ラウンドバー
    図2 各種マイクロモーター用ラウンドバー。
    上から、ステンレスバー、スチールバー、そしてカーバイトバー。サイズはすべて#6。オートクレーブで数回滅菌後(右)、スチールバーは錆が出ている。カーバイトバーは表面が少し曇っているが、ステンレスバーに錆は見られない。

■2. ステンレスバーの切削能力

ステンレスバーの切削能力を、スチールバーやカーバイトバーと比較した。被切削対象には中性モデリングコンパウンド(GC社製)を用い、これを計量器の計量台上に両面テープで固定した。マイクロモーターのコントラアングルにそれぞれのバー(球形バー:#6、φ=1.8mm)を装着し、回転数約1,000 r.p.m.、荷重約50gで、45゜の角度でバーをあてがい、5秒間切削して生じた凹みの深さを計測した(図3)。
その結果、切削による凹みは、ステンレスバーが最も浅く、これにスチールバーが続き、カーバイトバーが最も深かった。それぞれの切削深さは危険率5%で統計学的に有意差があった(一元配置分散分析、Tukey HSD)(図4)。
モデリングコンパウンドを被切削対象としたのは、軟化象牙質のように容易に削除でき、しかも均質な材料が、これ以外見つからなかったためである。
実際に切削してみて、切削時のバーの食いつきや切れ味の違いによる振動の差のため、負荷する荷重の制御が容易ではなかったが、おおむね臨床実感に近い結果が得られたと感じている。
ステンレスバーはやはり切れ味が悪い。これで健全象牙質を削除しようと思うと、スチールバー以上に大きな負荷をかけないと削れないし、これが健全象牙質や透明象牙質の過剰切削を防ぐことにつながると思う。

  • [写真]切削能力の測定に用いた器具
    図3 切削能力の測定に用いた器具。
    計量器に中性モデリングコンパウンドを固定し(左)、45゜の角度でバーをあて、1,000rpm、荷重50gで5秒間切削した(右)。
  • [写真]切削深さの比較
    図4 切削深さの比較。
    カーバイトバーが最も深く削れ、ステンレスバーが最も削れなかった。

■3. う蝕象牙質の構造とう蝕検知液

象牙質う蝕は、小窩裂溝う蝕でも平滑面う蝕でも類似の構造をしている(図5)。佐野が明らかにした象牙質う蝕の硬さ分布図に見られるように、う蝕病巣は象牙細管の走向に影響され、側壁では軟化した部分と健全部の境界が比較的明瞭であるのに対し、窩底部では歯髄方法に向かって硬さが徐々に増加し、軟化部の境界が不明瞭である(図6)。したがって、境界明瞭な側壁部では、う蝕検知液による染め分けも明瞭で、赤染される軟化部を削除して不染状態にすることは容易である。削除完了後の側壁は、象牙細管の走向と平行で健全象牙質が露出する(図7)。
これに対して窩底部では、硬さが徐々に増加し、しかもう蝕象牙質の染色状態が、赤、ピンク、淡いピンクと段階的に、しかもリング状や島状の不規則な形態をとって変化し、これに飴色の透明層の色が重なるため、どこで削除を終了するかは、非常に難しい(図89)。
オリジナルのう蝕検知液(カリエスディテクター:クラレメディカル)では、溶媒の浸透性が高いために染色性が強く、不染状態まで削除すると透明層内に達してしまうことが知られている(図7)。そのため溶媒の分子量を高めて浸透性を抑えたう蝕検知液(カリエスチェック:日本歯科薬品)が開発されており、臨床上の削除終了の判断は以前よりずっと容易になった。しかしながら、連続的に変化するう蝕象牙質を色素液で染別する方法には限界があり、カリエスチェックを持ってしても、染・不染の境界は明瞭ではなく、最終的な判断には曖昧さがのこる(図89)。
窩底部では、生体防御層である透明象牙質を最大限に残すことを第一に考え、う蝕検知液に全く染まらなくなるまで削除することにとらわれすぎて、過剰切削にならないように注意するべきである。
う蝕検知液の色をわずかにとってピンク色になっていたとしても、不染である周囲の側壁部(健全象牙質)と同等の硬さなら、そこで削除を終了しても良いと考えている。肉眼レベルでは、窩底部の削除完了部位に関して「ここ」という明瞭な一線はなく、ある妥当な範囲の幅があると思う。それは透明象牙質が残っていて、しかも接着に有利な硬さの象牙質が露出していることである(図910)。

  • [写真]象牙質う蝕の縦断面
    図5 象牙質う蝕の縦断面。
    象牙質う蝕は、う窩側壁では軟化部と健全部の境界が明瞭であり、窩底部では、赤染部(感染軟化象牙質)、不染部(非感染軟化象牙質)、透明象牙質、そして健全象牙質と連続的に変化する。窩洞形成では、健全象牙質に切り込むことなく、窩底部の透明象牙質を最大限残したい(青点線)。
  • [写真]象牙質う蝕の硬さ分布
    図6 象牙質う蝕の硬さ分布(佐野、1987)。
    図の線は同一の硬度を表す等硬線である。う窩側壁では等硬線が密に接し、硬度が急激に増加する。窩底部では等硬線の間隔が広く、徐々に硬度が増す(北海道大学佐野英彦教授のご厚意による)。
  • [写真]う蝕検知液(カリエスディテクター)で不染になるまで削除した後、接着性レジンで修復した抜去歯の研磨標本(透過光線下で撮影)
    図7 う蝕検知液(カリエスディテクター)で不染になるまで削除した後、接着性レジンで修復した抜去歯の研磨標本(透過光線下で撮影)(福島、1981)。
    う窩側壁は象牙細管に平行で健全象牙質に達し(青矢印)、窩底部は透明層内に切り込んでいる(赤矢印)(新潟大学福島正義教授のご厚意による)。
  • [写真]う窩染色例
    図8 う窩染色例。
    左端は、染色・削除を6回繰り返した後の状態、中央はカリエスチェック(CC)で染色後,右端はカリエスディテクター(CD)で染色後の状態を示す。中央のCC例は肉眼ではほぼ不染状態であったが、写真上で拡大すると、窩底部がリング状に淡いピンクに染色されている。CDはCCより染色性が強い。
  • [写真]う窩染色例(着色象牙質保存)
    図9 う窩染色例(着色象牙質保存)。
    う蝕象牙質の自然着色と透明象牙質の区別は臨床では不可能に近い。削除時にう窩側壁の健全象牙質と同程度の硬さになった着色象牙質を保存した。
  • [写真]図9のA-Bでの縦断面
    図10 図9のA-Bでの縦断面。
    う窩側壁は細管と平行で健全象牙質に達している。窩底部の着色象牙質は透明象牙質であった。これをすべて削除すると露髄してしまう。

■4. う蝕象牙質の削除法

まず、遊離エナメル質を削除してう窩を開拡し、エナメル象牙境から側壁にかけて手指の感覚を頼りにあらかた軟化部を削除する。それから、う蝕検知液を滴下して染色し、赤染部が無くなるまで削除・染色を繰り返す。側壁は容易に不染状態となる(図11)。
それから窩底部の赤染部を削除していく(図12)。染色・削除を数回繰り返しながら、窩底部が不染状態になるよう努力する。しかしながら、窩底部が側壁部とほぼ同等の硬さが感じられるにもかかわらず、う蝕検知液にわずかに染色されたり、飴色の変色象牙質が残っている場合は、そこで削除を終了する(図8~10)。

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  • ステンレスバーの使い方
    図11 ステンレスバーの使い方。
    う窩開拡後、エナメル象牙境から側壁にかけて、手指の感覚を頼りに大まかに軟化象牙質を削除し、それからう蝕検知液で染色する。う窩側壁部をまずはじめに不染状態にする。
  • ステンレスバーの使い方
    図12 ステンレスバーの使い方。
    う窩側壁が不染状態になったら、窩底部の削除に移る。染色・削除を繰り返す。不染になればそれで良いが、検知液に淡く染色されていても、側壁部と硬さが変わらなければ、そこで削除を終了する。図右端では、歯髄に近く露髄している。

■5. 臨床例

症例1:30歳女性 下顎左側第一大臼歯咬合面中心小窩の象牙質う蝕。

主訴は左上5の歯質欠損。左下6に視診では、中心小窩とそれに連接する裂溝部に着色が見られ、本人に虫歯という自覚はない。バイトウイングX線写真で咬合面小窩エナメル質直下象牙質内に透過像(矢印)が見られたため、充填処置を行った。遠心隣接面う蝕は経過観察とした。MI-61F、ステンレスバー# 2、4使用、メガボンドFA、マジェスティLV(A2)、マジェスティ(A2)使用。

症例2:12歳男性 上顎左側第一大臼歯咬合面遠心小窩の象牙質う蝕。

学校健診で虫歯は指摘されなかったが、冷水痛があるため精査を希望して来院。視診では変化は見られない。バイトウイングX線写真で咬合面遠心小窩直下象牙質内に大きな透過像(矢印)が見られたため、充填処置を行った。Hidden Caries(不顕性う蝕)である。左下6の中心小窩部の象牙質にも透過像が見られる。MI-61F、MI-62F、ステンレスバー# 2、4、6使用、メガボンドFA、マジェスティLV(A2)、マジェスティ(A2)使用。

症例3:34歳男性 上顎左側第二小臼歯部遠心隣接面象牙質う蝕。

健診を希望して来院。自覚症状は皆無。バイトウイングX線写真で象牙質内1/3に達する透過像(矢印)が見られたため、充填処置を行った。MI-61F、ステンレスバー# 2、4使用、メガボンドFA、マジェスティLV(A2)、マジェスティ(A2)使用。

症例4:39歳女性 上顎右側第一大臼歯遠心隣接面象牙質う蝕。

右上4、5の知覚過敏を主訴として来院されたが、その原因はこの象牙質う蝕と判明。視診ではう窩は確認できない。MI-61F、MI-62F、ステンレスバー# 2、4、6使用、メガボンドFA、マジェスティLV(A2)、AP-X(XL)使用。

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  • 症例1
  • 症例2
  • 症例3
  • 症例4

■6. おわりに

かつては、軟象を除去するときに「黄白色の象牙質が露出するまで」削除するよう教えられた。これでは透明層も削除してしまうことになる。ここまで削除すればよいと言う判断はう窩側壁で明瞭であり、ここを硬さの基点として「硬さとう蝕検知液による染色状態」をみながら、窩底部の削除を進めればよい。ステンレスバーでは健全象牙質や透明象牙質を削除しようと思えば、切れ味が悪い分非常な労力が必要となる。MIステンレスバーは、歯質を過剰に切削しない安全装置として機能することになる。

参考文献
  • 1) ICHG研究会編:歯科医療における院内感染予防対策マニュアル&研修テキスト. 医歯薬出版. 東京. 2007
  • 2) 佐野英彦:齲蝕検知液による齲蝕象牙質の染色性と構造について-齲蝕除去法の再検討を目指して-,口病誌54:241-270.1987.
  • 3) 福島正義:接着性レジンのウ蝕象牙質内侵入度に関する研究.口病誌48:362-385.1981.
  • 4) 伊藤和雄:EDTA, GMによるデンティンボンディング理論の確立と新しい齲蝕検知液「カリエスチェック」.歯界展望104: 910-923, 2004.
  • 5) 猪越重久:染まりすぎない新しい齲蝕検知液. 歯界展望106:303-308, 2005.

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