141号 SUMMER 目次を見る
目 次
はじめに
欠損歯槽堤を有する患者への治療として、従来から部分床義歯が多く用いられてきた。しかし最近では、高齢者患者においても欠損修復に可撤式よりも固定式を要求される場面に臨床でもよく出くわす。
特に、下顎遊離端症例においての部分床義歯に対する不満への対応としてインプラント治療を行うことが多い。早いインテグレーション期間を有するSPIインプラントシステムを治療に用いることは、高齢者治療において咀嚼機能を早期に回復しなければならない場合、大変有効であると考える。
本稿では、SPIインプラントシステムを用いて治療を行った症例を紹介させていただく。
症例供覧
- 患者
- 79歳、女性
- 初診
- 2010年3月26日
- 主訴
- 義歯不適合による咀嚼障害
- 既往歴
- 糖尿病(HbA1cはコントロールされている)過去に心筋梗塞(血栓予防薬服用中)高脂血症高血圧不眠症甲状腺機能低下症(上記も内科にてコントロールされている)右膝に人工関節
- 来院動機
- 以前受診していた歯科医院が閉院された。
口腔内所見 鉤歯である 5 、 7 は動揺度が大きく咬合痛を有しており、咀嚼障害の原因となっている(図1)。
下顎残存歯には咬耗・楔状欠損が認められるが、支持組織は安定していることが観察され、比較的咬合力が強いが歯周病のリスクは低い患者であることが予測できる(図2)。
装着されている上顎義歯の正中も顔貌と不調和であり、人工歯の摩耗も見られる(図3、4)。下顎部分床義歯は装着感が悪く普段は使用されていない。
図1 初診時の正面観(半開口時)下顎中切歯間が顔面の正中に一致している。切縁に咬耗、歯頸部に楔状欠損が認められる。
図2 臼歯部欠損歯槽堤はやや狭小である。右側第二大臼歯は近心傾斜した状態でFCKが装着されているものの動揺度は2を超えている。残存歯列に大きな歯牙移動はみられない。
図3 装着されていた上顎部分床義歯。
図4 義歯を外した上顎咬合面観(義歯の沈下による粘膜の圧痕が見られる)。残存歯は動揺度3で保存不可能と判断した。
診断 多数歯欠損における咬合支持喪失による咀嚼障害患者がどうなりたいのか?歯科医にどうしてほしいのか?ということを問診にて聴くことから治療は始まる。患者の置かれている生活背景(価値観・好み等)を充分考慮し、治療ゴール(最終修復物の設計)を決定した。
患者の主訴を鑑みて、治療の目的は咬合機能回復が最重要課題とされるため、欠損部分のみ再度修復治療を行うだけでは問題は解決しないことを説明し、全顎的に治療を行うこととなることを理解していただいた。
患者の年齢や健康状態・通院回数・治療費を考慮して治療計画の立案を行った。最も重きを置いたのは、治療途中において初診時以上に咀嚼機能を低下させないということである。高齢有病者に歯科治療を行うに当たり、治療期間中に食事に対する不自由を与えないようにすることが、体調管理や精神面のサポート・信頼関係においても重要なことと考える。
保存不可能歯は抜歯・上顎は総義歯にて対応・下顎欠損部分にはインプラント・保存できる歯に対しては残存歯質の保全を最優先とし、MIのコンセプトに乗っ取りコンポジットレジンによるダイレクトボンディングとすることになった。
咬合高径および平面の是正・安定した下顎位を求めることもさることながら、早期に臼歯部咬合支持を獲得することを必要とするため、下顎残存歯から得られた情報を元にインプラントポジションを求めるべくワックスアップを行う(図5)。
5 は抜歯し、上顎義歯の増歯修理を行い粘膜の治癒を待つ。下顎右側第二小臼歯部にインプラントを埋入。
極力外科的侵襲を与えないよう1回法にてSPIインプラント・エレメント3.5φ9.5mmを使用し、ジンジバルフォーマーを装着し治癒を待つ(インプラント埋入部位の粘膜の厚さや埋入深度のコントロールのし易さを考慮し、本症例では2回法インプラントを1回法として用いた。切開線は舌側よりに設定し、角化粘膜は同時に根尖側に移動する手技をとっている(図6))。
最終的には4本のインプラントを埋入するわけではあるが、患者の恐怖心を払拭し安心してもらう目的で行った。
次に左側第一小臼歯部にSPIエレメント4.0φ9.5mm、第一大臼歯部にSPIエレメント3.5φ9.5mmを右側と同様の術式で2本同時に埋入(図7)。
6週間のインテグレーション期間を利用してプロビジョナルレストレーションの製作を行う。
全顎的修復治療におけるすべての基準は、上顎中切歯の位置に他ならないために顔貌より精査する(図8)。臼歯部の咬合支持が確保できる状態を確保できるようになれば、安定した下顎位も採得できるようになると考える。
プロビジョナルレストレーション完成時に、それまで咬合確保のために残存させていた下顎右側第二大臼歯を抜歯し、同第一大臼歯部にSPIインプラント・エレメント4.0φ9.5mmを埋入。
同日に全顎にプロビジョナルレストレーション(上顎は総義歯)を装着(図9)。下顎残存歯部においては過度の咬耗が見られ(図10)、歯冠形態の回復の必要性があるため、診断用ワックスアップを基に直接法コンポジットレジン充填をクリアフィル メガボンド<クラレノリタケデンタル(株)>とクリアフィル マジェスティ・クリアフィル マジェスティLV<クラレノリタケデンタル(株)>にてシリコーンインデックスを用いて行った(図11)。
歯質削除は全く行わず、ハンディジェット<(株)モリタ>による歯面清掃とリン酸エッチングのみによる術式を試みた(図12~14)。機能的側面だけではなく、審美的評価を顔貌から行うことが大切であると考える。
プロビジョナルレストレーションを 6 部のインテグレーション期間中使用いただいている間を利用して再評価を行う(発音・咀嚼・審美面(図15、16))。
再評価を行い問題点が改善されていることが確認できれば最終修復物の製作に取り掛かる(本症例においては、患者は明度が低く彩度の高い年齢相応の歯冠色を希望されたので、最終修復物に反映させるものとした)。
下顎は、印象用コーピングを装着し最終印象(図17)。
アバットメントの選択を行う(本症例ではニューイージーアバットメントを選択した(図18))。下顎に咬合床をアバットメント上に装着し上顎総義歯の咬座印象と咬合採得を行った(図19、20)。
図5 下顎欠損歯槽堤にインプラント埋入部位を決定するための指標となるワックスアップ。
図6 下顎右側第二小臼歯部にインプラント埋入。
図7 下顎左側第一小臼歯部と第一大臼歯部にインプラント埋入。
図8 顔貌から求めた上顎中切歯の位置を基準に作製されたプロビジョナルレストレーションにより、咬合平面と咬合高径を確認する。
図9 プロビジョナルレストレーション装着時の正面観。
図10 処置前の下顎前歯部(切縁の咬耗と空隙が確認できる)。
図11 アンテリアガイダンス基準となる上顎前歯部舌側との空隙量を確認する。
図12 歯面清掃された下顎前歯部に診断用ワックスアップから得られた形態をシリコーン・インデックスを用いて回復を行う。
図13 空隙や切縁形態が回復された下顎前歯部。
図14 直接法コンポジットレジン充填にて修復された下顎前歯部とのカップリングの状態。
図15 顔貌・口唇と同調したプロビジョナルレストレーション。
図16 患者に使用してもらいながら、発音・咀嚼(機能面)・歯列と顔貌との調和(審美面)を再評価を行い、最終修復物の製作に移行する。
図17 インプラント部に印象用コーピングを装着しシリコーン印象材にて印象する。
図18 ラボにて選択され少し加工されたニューイージーアバットメント。
図19 咬合器上でアバットメントと共に製作されたレジン咬合堤付きのメタルコーピングを下顎に装着する。
図20 プロビジョナルデンチャーから得られた情報を元に配列された蠟義歯を用いて咬座印象と咬合採得を行う。
最終修復物の装着(2010年12月17日) 患者の咬合力と下顎臼歯部がインプラントによる咬合支持であることを考慮し、金属床の総義歯とした(図21)。インプラント上部構造は、PFMクラウンにて製作(図22)。
本症例においては、治療期間や費用・解剖学的制約・外科的侵襲などを考慮し、下顎にのみインプラントを用いたわけだが、修復治療の成功を導く条件とされる機能・審美・構造力学的要素・生物学的要素という4つの項目から考察すると、機能的にはAnti‑aging(咀嚼・発音機能の回復)、審美的にはWell‑aging(顔貌と歯列・色調の調和)、構造力学的・生物学的には、残存歯はすべて生活歯で修復治療を行った部位においては修理も含めメンテナンスも容易な状況を作り出すことができた。診断と適応症とを誤らなければ、インプラントを治療の1オプションとして用いることは、患者のQ.O.L.に大きく貢献できるものと考える(図23、24)。
図21 上顎咬合面観。
図22 下顎咬合面観。
図23 最終修復物の正面観。
図24
術前のパノラマ画像とデンタル画像。
術後のパノラマ画像とデンタル画像。
終わりに
昨今、一部報道機関でインプラント治療へのネガティブキャンペーンともとれる番組の影響により、患者サイドにインプラント治療に対する不安をよく耳にするようになった。
この背景には歯科医療に携わる側の者として受け止めなければならない事実があることは当然であるが、欠損歯槽堤に対する有効的な治療法であることには変わりない。
患者の不安を払拭するためにも正しい診査・診断のもと治療計画を立案し、最終修復物の設定を行い、それを具現化するための手技を正確に行うことが、よりよい結果を生み患者への信頼を獲得できる歯科医療の在り方であると考える。
歯科医師のためのインプラントではなく、患者のためのインプラント治療であるということを常に考え臨床に取り組んで行きたいと思う。Optimal treatment for patientsの精神を決して忘れること無きように…。
本稿の執筆にあたり多大な協力を頂いた歯科技工士の若井友喜氏(カリス・京都市開業)に、この場をお借りして深謝申し上げます。
- 1) 高木幸人、菅井正則:SPI system インプラント臨床テクニック. 東京臨床出版.
- 2) 山﨑長郎:審美修復治療 複雑な補綴のマネージメント. クインテッセンス出版.
- 3) 土屋賢司:包括的治療戦略 修復治療成功の為に. 医歯薬出版.
- 4) 林揚春、武田孝之、桜井保幸、森田耕造:多数歯欠損・無歯顎症例のインプラント治療. ゼニス出版.
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