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連載:超高齢社会における歯科医療が果たす役割 Part 14 社会的意義に加え、収益性にも着目訪問歯科診療のあるべき姿とは
目 次
- ≫ 訪問歯科診療に取り組むことで得た新たな“気づき”
- ≫ 40点を60点にするだけで十分100点満点は目指さない
- ≫ スタッフには「手段」ではなく「目的」を伝えることが大事
- ≫ 新たなツールを用いて、今まで触れられなかった嚥下リハに挑戦
- ≫ 「笑顔溢れる世界」を作るために
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神戸市東灘区
医療法人社団 咲生会 岡本歯科ロコクリニック
院長 池澤 慎哉
要介護者に対する歯科医療や口腔健康管理へのニーズは高まる一方、実際に歯科医療に繋がっている割合は非常に少ないとされる調査結果もあり、今後歯科訪問診療へのさらなる参画が求められています。そこで、開業当初から訪問歯科診療を中心に活動を続ける池澤慎哉先生に、訪問歯科診療の意義や魅力について伺いました。
訪問歯科診療に取り組むことで得た新たな“気づき”
大学卒業後、研修医として勤務した歯科医院で訪問歯科診療(以下:訪問診療)の現場に触れてみると、口腔に問題を抱えているのに歯科治療を受診できない方が多いことにまず驚きました。それなのに訪問診療に取り組む先生はごく少数です。超高齢社会が加速する中で「この人たちはこのまま放置されたままでいいのか」「なぜ訪問診療に取り組まないのだろう」と大きなショックを受けました(図1、2)。
その後神戸市北区の歯科医院に勤務、そこで新たに訪問診療を立ち上げることになり、本格的に訪問診療に向き合うことになりました。実際にスタートしてみると訪問先も順調に増え、スタート前と比較すると収益も約1.5倍に拡大していました。医療を継続していくためには当然利潤も追求しなければ成り立ちません。実はそこが訪問診療に取り組むうえで最も大きなネックだと考えていました。なぜならこれだけ歯科医院がたくさんあるのに訪問診療に取り組まないのは「やっても利益が出せない」ことが大きな理由と思っていたからです。しかしこの経験を通して、そうした懸念はまったくの杞憂だったことに気づいたのです。
その後、約9年の勤務経験を経て「岡本歯科ロコクリニック」を開設。開業にあたって訪問診療を中心に据えるため、外来診療を10時~15時に制限して、依頼があればすぐに駆けつけられる体制をつくりました。実際、歯科医院に行けずに「食べられていない」・「(歯が)磨けていない」・「(家族が)あきらめている」ケースをよく耳にしました。中には苦労して歯科医院に行っても「診療台に横になってもらえないと治療できない」と断られたという話も聞きました。
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図1 年齢階級別1人当たり歯科受診回数。
NDPオープンデータ(厚生労働省)より改変。 -
図2 要介護者の口腔状態と歯科治療の必要性。
令和元年度日本歯科医学会 プロジェクト研究『フレイルおよび認知症と口腔健康の関係に焦点化した人生100年時代を見据えた歯科治療指針作成に関する研究」中間報告書より引用。
40点を60点にするだけで十分100点満点は目指さない
私は訪問診療が歯科でできる“最後の砦”と感じています。「訪問診療では100点の治療ができない」とおっしゃる先生もおられますが、そもそも訪問診療を受診する方は全身が100点満点ではないので、例えば40点の現状を60点にするだけでとても喜ばれるのです。これは勤務医時代に経験したエピソードですが、ようやく新しい義歯ができ、最初のフードテストでキュウリを噛んでパキッという音を聞いた瞬間、その方が「キュウリが噛めた」と涙を流して喜んでいただいたことがありました。プロである私からすれば噛めて当然なのですが、その方はそれだけでとても嬉しいのです。さらにそれを見たスタッフも一緒になって泣いていました。目の前の人が涙を流して喜んでくださる姿は外来も訪問診療も同じです。ただ、訪問診療では患者さんだけでなくご家族も一緒に喜んでくださる、まさに関わった全員で喜びを共有できる点で外来とは違うやりがいを感じています。
訪問診療を始めて気づいたことですが、特にご自宅で介護されている場合、歯科に訪問診療があることをご存じないご家族が多く、最初から経口摂取をあきらめてしまっていることがあります。胃瘻や点滴で栄養を摂ったり、飲み物だけを経口でという方も多く、たとえそれがペースト状で本来の食べ物のかたちじゃなくたっていいと思います。噛めなくても口から食べられる喜び、“味を感じる”それだけでとても喜ばれます。
今回訪問診療に伺った患者さん(図4~6)も経口摂取を止められていましたが、唾液の飲み込みは決してスムーズではなくてもむせずにできているので「一度トライしてみましょう」ということで、奥様に作っていただいたペースト状の食事を少しずつ食べてもらっています。現在は私が訪問する週一度だけ食べられるので、それが大きな楽しみになっているようです。
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図3 必要な器材をトランクに載せ訪問診療に向かう池澤院長と歯科衛生士の松本さん。 -
図4 今回の訪問先はパーキンソン病を患い嚥下障害がある73歳の方。食事の前に干渉電流リハビリ装置「ジェントルスティム」を咽頭部分にセットする。 -
図5 訪問看護師の立ち会いのもと、奥様お手製のかぼちゃのペースト食をスプーンを使って一口ずつ食べてもらう。「今日は美味しかったのかいつもより食が進んだようです」と奥様もとても喜んでおられた。 -
図6 食事の後に口腔ケアを行う松本さん。「訪問診療に伺うたびに『ありがとう。また来てね』と声をかけてくださるので、やりがいを感じています」と話してくださった。
スタッフには「手段」ではなく「目的」を伝えることが大事
スタッフはほぼ全員訪問診療は未経験でしたが、みんなやりがいをもって取り組んでくれています。どこに楽しみを見出すかは人それぞれですが、お話好きな人は本当に話題作りが上手ですし、患者さんやご家族の方にもすぐに慣れて今では親しい友人とお話しているようです。でも考えてみると職場の人以外で毎週一度必ず会う人ってなかなかいないですよね。友人よりも会う頻度が高いとなると自ずと親密な関係性ができてきます。これが楽しくなってくると「○○さん元気?お正月は何してたの?」といった他愛のない話題で盛り上がります。外来とは違ってリハビリや口腔ケアがメインですから患者さんも身構えていません。そういう患者さんやご家族とのコミュニケーションに楽しみを見出してくれるスタッフもいます。あるいは歯石除去や口腔ケアを行うことで、歯肉炎などの症状が改善していく様子を見て「最近歯ぐきからの出血がなくなった」と喜ぶスタッフもいます。また、私も同類なのですが、同じ場所で同じことを続けることに飽きてしまう、そういう性格だと毎日違う場所に行って違う人に会う訪問診療が向いているのかもしれません。実際には、施設とのやりとりやご家族、ケアマネさんをはじめ外部の方とのやりとりが多く大変ですが、その分充実感や達成感も味わうことができるのが訪問診療だと感じています。
スタッフにモチベーションを保ち続けてもらうためには、なるべく「手段」ではなく「目的」を伝えてあげることが大事だと思っています。例えば「CAD/CAMの時はこのセメントを使うから」と言うのではなく「なぜこのセメントを使うのか」という目的を伝えてあげる。口腔ケアも同じで私は常に「こういう目的でやってほしい」と伝えるようにしています。そうするとスタッフには必ず気づけることがあります。口腔ケアが目的だとケアだけをやって終わりです。ただ、先輩スタッフが口腔ケアをすると、なぜか患者さんが「すっきりしたわ」と喜んでくださる。その違いは、先輩は歯間や舌の汚れもできるだけキレイに取ってあげて、その方の口の中をキレイにすることで「爽快で気持ち良くなってくれること」を目的にしていることに気づきます。その結果、「気持ち良かったわ」「またお願いね」と言われたら「やって良かった」と思えるし、その経験をたくさん積んでいくことでスタッフのモチベーションやスキルアップにも繋がると感じています。
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