195号 WINTER 目次を見る
Close Up
従来法全部床義歯製作のポイントと デジタル義歯治療への期待
目 次
- ≫ 院長である父と親子喧嘩していた28歳の頃
- ≫ 大嫌いでも義歯治療をせざるを得ない状況になった31歳の私
- ≫ 渡辺宣孝先生から学んだ概形印象「アルギン酸2回法印象」
- ≫ 実際の臨床:全部床義歯製作のための印象の9割は“概形印象”で決まる?!
- ≫ 解剖学的ランドマーク採得から導き出される印象の形態
- ≫ 「アルギン酸2回法印象」とは
- ≫ 義歯長期使用で安定する人工歯「デュラクロス フィジオ」
- ≫ 「ティッシュコンディショナー フレクトン」を用いた咬座印象(機能印象)
- ≫ 義歯治療のデジタル化
- ≫ 義歯治療のゴールである「義歯の維持安定」を目指して
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神奈川県三浦郡
ナカエ歯科クリニック
院長 前畑 香
かつて、義歯治療が大の苦手だった「ナカエ歯科クリニック」院長の前畑香先生。そのような前畑先生は、現在、部分床義歯だけではなく全部床義歯、最近ではデジタル義歯に関する著書を何冊も執筆され、全国でセミナー講師を務められるなど、自他共に認める“義歯大好き歯科医師”へと変貌を遂げられました。果たしてその理由とは?従来法全部床義歯製作で押さえておきたいポイントと、今後のデジタル義歯について核心に迫りました。義歯治療が苦手な先生必読です。
院長である父と親子喧嘩していた28歳の頃
歯科大学卒業後、横浜市内の歯科診療所に勤務していた28歳の私は、父の後を継ぐ準備のため、父が開業する神奈川県葉山町の歯科診療所で働くことを決めました。父の歯科診療所で、名ばかりの副院長として働いていた私に待っていた現実は、厳しいものでした。それは、仕事上で親子の確執が生じたことです(仕事以外の私生活では、親子の確執はなく、仲のよい親子でした)。それは、親子の世代間ギャップによる、仕事上の考え方の食い違いが原因でした。院内では、父と私の喧嘩が毎日絶えません。院長である父に譲歩することを知らなかった私は、父を“院長”ではなく“父”として見てしまい、ナカエ歯科クリニックを“父の病院”ではなく“私の病院”と勘違いしていました。院長である父も、私を“歯科医師”ではなく“娘”として見ていたため、得意にしている義歯治療を、未熟でしかも娘である私に、一切させることはなく、義歯の研磨ですらさせたことはありませんでした。卒業後に勤務した歯科診療所の院長も義歯治療が得意だったため、歯科大学卒業後に義歯治療を行う機会が一度もなかった私は、父が義歯治療をさせてくれないこともあり、ますます義歯治療が大嫌いになってしまいました。親子・兄弟で開業されている先生方も少なくはないと思いますが、親族だからこそ、他人以上に、相手を敬う心を持たなくてはならないのではないかと思います。しかし、当時の私には全くできないことでした。今となっては後悔としか言えない苦い思い出となりました。
大嫌いでも義歯治療をせざるを得ない状況になった31歳の私
親はいつまでも一緒にいられるわけではありません。今となっては、院長である父に反抗していたことも、ただの甘えだったのかもしれません。しかしながら、父は、私の31歳の誕生日の前日に病に倒れ、59歳の若さで急にこの世からいなくなってしまいました。私は“義歯治療が大嫌い”なことを言い訳に、これまで全く義歯治療を行った経験がありませんでしたが、父の他界を機に、院長として責任ある立場にある以上、義歯治療に前向きにならざるを得なくなりました。そして患者さんの前では「義歯治療は経験がないので、治療できません。義歯治療は大嫌いなのです」という弱音は絶対に吐いてはならない、と他界した父に誓いました。それも、父の診ていたナカエ歯科クリニックの患者さんを守るため、父が治療した口腔内を維持するためと、強く思っていたからです。それから、院長となった私の“義歯治療との闘い”がはじまったのです。私にとって、父が治療した患者さんはまさに“生きる教科書”でした。私は、父の製作した義歯や口腔内の記録を見ながら勉強するようになりました。
渡辺宣孝先生から学んだ概形印象「アルギン酸2回法印象」
私が“義歯治療との闘い”に挑むにあたって、自信を持っていたことがありました。それは、確実な“概形印象採得”ができたことです。父が亡くなる1か月前、父との診療にストレスを感じていた私は、歯科心身症を学ぶため所属していた神奈川歯科大学かみあわせリエゾン診療科(当時)玉置勝司先生に相談し、父との診療の息抜きも兼ね、義歯の勉強をさせていただくために、渡辺宣孝先生をご紹介いただきました。私が渡辺先生から教えていただいたことは、まさに「アルギン酸2回法印象」による義歯の概形印象採得でした。この印象採得法により、全部床義歯製作に必要な解剖学的ランドマークを含む確実な印象を得ることができると実感しました。アルギン酸2回法印象の術式を理解していなければ、私は自信を持って義歯治療に臨むことはできなかったと思います。そして、私は、落第点をとらない義歯治療を目指し、1つひとつのステップを踏みながら、義歯を完成していくことが必要だと考えました。
実際の臨床:全部床義歯製作のための印象の9割は“概形印象”で決まる?!
可動粘膜と不動粘膜が混在するだけではなく、口腔粘膜の性状や被圧縮性も部位により大きく異なる口腔粘膜の印象採得は、非常に難しいものです。成書によると、全部床義歯製作の印象は、概形印象と精密印象(最終印象)の2段階に分けて行われ、概形印象の解剖学的印象と精密印象の機能印象を合わせて“全部床義歯の印象”が完成すると示されています。精密印象は、採得した概形印象を反映して製作された個人トレーや咬合床を用いて、概形印象で採得が困難な粘膜の機能印象を行います。そのため、概形印象の“概”は「概ね・ほぼ・大体」の意味がありますが、印象体が概ね採れていれば良いわけではありません。概形印象と精密印象を合わせた全部床義歯の印象完成度を100%とすると、私は概形印象により95%の顎堤の印象完成度を目指し、精密印象により残り5%の義歯床形態の印象完成度を目指すように心がけています。全部床義歯を製作する上で、義歯治療の入口である概形印象を軽んじてはいけません。
ところで、全部床義歯製作法には様々な方法があり、それに合わせて概形印象採得法も様々です。概形印象を採得する上で最も重要なポイントは、『術者が意図する個人トレーや基礎床を製作するために必要な「解剖学的ランドマーク」を含む印象でなければならない』ということです(図1)。私が渡辺先生より教えていただいた「アルギン酸2回法印象」に限らず、解剖学的ランドマークを採得できる概形印象採得法を習得することができれば、研究用模型から個人トレーや咬合床を確実に製作することができるでしょう。
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図1 概形印象および全部床義歯製作に必要な解剖学的ランドマークを含むチェックポイント(神奈川歯科大学 松尾雅斗先生ご厚意による)(前畑香編著:『総義歯治療を成功させる匠の概形印象』、デンタルダイヤモンド社)
解剖学的ランドマーク採得から導き出される印象の形態
図2をご覧いただくと、印象採得した患者さんも術者も、印象採得に使用したトレーも異なるのに、類似した印象形態に見えませんか?この理由は、この概形印象体に解剖学的ランドマークが確実に採得されているからです。解剖学的ランドマークが概形印象体に網羅されていれば、概形印象の形態は、自ずと大体類似した形態になります。全部床義歯製作のために、確実な概形印象採得を行うためには、無歯顎に存在する解剖学的ランドマークを口腔解剖学的に理解することが必要です。口腔外科学やインプラント学だけではなく、部分床義歯学や全部床義歯学においても、大学で学んだ口腔解剖学を臨床でリンクさせ、治療に活かすことが求められます。特に、全部床義歯の印象(概形印象・精密印象)採得は、口腔周囲筋やそれに連動する粘膜の位置や動きを理解してこそ、確実に行うことができます。
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