156号 SPRING 目次を見る
目 次
- ≫ はじめに
- ≫ パナビアシリーズの歴史
- ≫ パナビアシリーズ以外のラインナップと歴史
- ≫ 従来の接着性レジンセメントが抱える問題点
- ≫ パナビアV5は何が革新的なのか
- ≫ パナビアV5は本当にパナビアの系譜なのか?
- ≫ その他の特徴
- ≫ 臨床例
- ≫ おわりに
はじめに
近年における接着歯学の進歩は目覚ましい。補綴に使用されるマテリアルの多様化やミニマムインターベンションの実践など、接着技術がなければ対応不可能なものも多々あり、現在の歯科臨床において接着は切っても切り離すことができないと言える。
そこに欠かせないものの一つに接着性レジンセメントが挙げられる。本稿では、2015年5月にクラレノリタケデンタル株式会社(以下KND)から発売された、高い接着性能と操作性、そして審美性を併せ持つパナビアV5(図1)を紹介させていただく。
パナビアシリーズの歴史
「パナビア」という名前は国内外を問わず知れ渡っており、接着性レジンセメントを代表する製品の一つであると言っても過言ではない。
初代「パナビア」は1983年に発売された。この製品は粉液練和型であり、またリン酸によるトータルエッチングを採用していたため現行のものとは大分趣が異なる。
特徴としてレジンペーストにリン酸エステル系の接着性モノマーであるMDPを導入している点が挙げられる。
そもそも接着性モノマーとは被着体と反応性を有する官能基を導入したモノマーであり、これを用いることにより保持形態なしで材料を接着させることが可能となる。その一つであるMDPは、それまで使用されていたPhenyl-Pを徹底的に解析し、さらなる接着性向上を目指しクラレメディカル株式会社(現KND)によって合成されたものである。またMDPは象牙質のみならず非貴金属やジルコニア等にも優れた接着性を示す。
この当時の補綴物はメタル全盛であり、また金属プライマーである「アロイプライマー」も存在しなかったことより、ペースト中のMDPを直接補綴物(=金属)や象牙質に作用させ接着させる形式を採用していた。
1993年には、MDP含有のセルフエッチングプライマーと2ペーストタイプのセメントで構成される「パナビア21」が登場し、システムの簡素化と術後刺激の低減が図られた。さらに1998年には表面処理フッ化ナトリウムによるフッ素徐放性と光重合開始剤の導入によるデュアルキュア化を果たした「パナビアフルオロセメント」が、また2003年にはLED照射器に対応した「パナビアF2.0」が発売された。
パナビアシリーズ以外のラインナップと歴史
パナビアシリーズ(特にパナビア21以降)の特徴は、高い接着性を確保するためにレジンペーストとプライマーの両方にMDPが配合されているという点である。しかし審美性などの面では接着性モノマーの配合されていないレジンの方が有利である。時代の流れと共に審美的な要求が重要視されるようになり、1990年にはレジンペーストからMDPを除いて審美性に特化した「クラパール」が発売された。これはMDP含有のデュアルキュア型ボンディング材である「クリアフィルフォトボンドボンディングエイジェント」と併用するようになっている。
さらに2007年には同様のコンセプトで「クリアフィルエステティックセメント」が発売された。こちらは「パナビアフルオロセメント」や「パナビアF2.0」と同様、MDP含有のセルフエッチングプライマー「EDプライマーⅡ」を併用するようになっている。また同製品はパナビア系列と比べ審美性はもちろんのこと、強度やペースト性状の面で有利な性能を得ている。
2008年にはセルフアドヒーシブタイプの接着性レジンセメントとして「クリアフィルSAルーティング」が発売された。これはレジンペーストに対し高濃度にMDPを配合することにより、プライマーによる象牙質前処理を不要とし、簡便性を高めた製品である。またMDP配合により非貴金属やジルコニアに対しても接着前処理が不要である(ただし長石系セラミックスやハイブリッドレジンに対しては別途シランカップリング処理が必要)。なお高濃度MDP配合による硬化性の低下は、化学重合触媒の配合技術により補っている。
2011年にはこれをオートミックス化した「クリアフィルSAセメントオートミックス」が、また2014年にはそれぞれの改良版である「SAルーティングプラス」「SAセメントプラスオートミックス」が発売された。
以上まとめると、KNDにおける接着性レジンセメントには、接着性重視のパナビアシリーズ、審美性重視のクラパール/エステティックセメント、そして簡便性重視のSAシリーズという三系統が存在する。しかし、接着性と審美性を高レベルで両立したパナビアV5の登場により、この分類は大きく変わることになる。
従来の接着性レジンセメントが抱える問題点
レジン系接着材料の基本的な構成はアクリル系モノマーと重合開始剤である。さらに接着性能を獲得するためにMDP等の接着性モノマーを配合する。これらが十分に機能を発現するためには、アクリル系モノマーに加え被着体に化学結合した接着性モノマーも重合硬化する必要があり、重合度を高める様々な工夫が求められる。
重合方法としては光重合と化学重合(もしくはそれらを組み合わせたデュアルキュア)が一般的だが、象牙質に対しては直接修復のようにボンディングを光硬化させて樹脂含浸象牙質を作る方が確実な結果を得ることができる。しかし接着性レジンセメントの場合、不用意にボンディングを行うと窩洞形態が変わってしまい修復物との適合に対する影響が懸念される。そのため現状では化学重合による前処理を行わざるを得ない。
化学重合におけるスタンダードな重合開始剤として過酸化ベンゾイル(以下BPO)−アミンシステムが挙げられる。これは、過酸化物であるBPOと還元剤であるアミンを混合することにより起こる酸化還元反応(レドックス反応)を利用する。具体的には、まずBPOがアミンにより分解されることでフリーラジカルが生成され、これがアクリル系モノマーを活性化し、次々に周囲の新しいモノマーを付加して網目状に連結(高分子化)することにより重合が進行していく。しかしこのシステムは、酸性条件でモノマーを重合させることができないという大きな欠点を抱えている。これは、必須成分である接着性モノマーが酸性であるため、塩基性であるアミンと塩を形成してしまいBPOを分解するという役割を果たすことができなくなってしまうためである。
この対策として重合促進剤を加えると、アミンと接着性モノマーによる塩の形成をブロックするので重合が進行するようになる。KNDではこの重合促進剤として芳香族スルフィン酸塩を配合した三元系重合開始剤(通称クラレ三元系)を見いだしたが(図2)、接着性モノマーとアミンの相性が悪いという根本的な点は変わっていない。ひいてはこれが現在でも化学重合の信頼性を下げる原因になっている。
パナビアV5は何が革新的なのか
筆者はパナビアV5の登場をもって、コンポジット系接着性レジンセメントはようやく満足できるレベルに到達できたと考えている。
それは前記の問題点を克服することができたからであるが、理由はクラレ三元系(BPO−アミン−芳香族スルフィン酸塩)に代わる新しい重合開始剤の開発に成功したことにある。
パナビアV5では、Aペーストに新規高安定過酸化物、Bペーストに新規非アミン還元剤と新規高活性促進剤、また、専用プライマーであるトゥースプライマーにもBペーストと同じ促進剤を配合している。そして、これら全てが接触することで「過酸化物+還元剤+促進剤」となり、確実な化学重合を達成できるように設計されている。AペーストとBペーストを混ぜるだけでも重合は開始されるが、高活性促進剤を多く含むプライマーと接触した方がより重合は促進される。実際にはペーストとプライマーが接触すると重合が開始するイメージであり、これをタッチキュアと呼んでいる。
特筆すべき点として、新規還元剤はアミンフリーであるため、接着性モノマーとの相性の悪さが解消されたことが挙げられる。これは、長い間化学重合が抱えてきた問題点を解消する革新的なことである。またこれは優れた色調安定性の発揮にも寄与する(図3)。
パナビアV5は本当にパナビアの系譜なのか?
パナビアV5には、従来のEDプライマーⅡに代わり専用プライマーであるトゥースプライマーが付属している。配合されている新規促進剤には強力な還元力が付与されており、高い接着力(化学重合ながらメガボンドと同等)(図4)や歯面清掃剤の影響を受けづらい性能を獲得している。さらにこの促進剤は酸性条件でも安定なためMDPと共存可能であり、セルフエッチングプライマーの1液化を達成している(図5)。
なおプライマーにMDPを配合する代わりに、レジンペーストにはMDPが配合されていない。ペーストに接着性モノマーが入っていない方が強度や操作性、そして審美性の面では有利となる。つまり、パナビアV5は高い接着強さを誇るパナビアシリーズの後継であり、また高い審美性を誇るクラパール/エステティックセメントの後継であるともいえる。
筆者はレジンペーストにMDPが入っていてこそパナビアと考えていたので、はじめは若干の違和感があった。しかし現在、高い接着強さと審美性を両立した本製品にはやはり「パナビア」の称号が相応しいと思っている。
その他の特徴
接着性レジンセメントを使いこなすためには様々な補綴マテリアルへの対応も欠かせない。以前はマテリアルの数だけプライマーを準備する必要があり、操作面やコスト面で非常に不利であった。また、これが接着そのものを難しく感じさせる一因であったと考えている。
しかし、シランカップリング剤とMDPをワンボトル化することに成功したクリアフィルセラミックプライマープラスの登場により、補綴物に対する接着前処理も非常に簡便になった。これ1本でほとんどのマテリアルに対応できる(図5、6)。ただし例外として、プレシャスメタルに対してはアロイプライマーを使った方が、より高い接着強さを期待できる。
その他の特徴については図7〜9を参照されたい。
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図1 2015年5月に発売されたパナビアV5。写真はコンプリートキット。
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図2 従来の化学重合開始剤のスタンダードであるクラレ三元系。アミンと接着性モノマーの相性が悪いという大きな欠点をかかえている。
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図3 水中浸漬後の色調安定性。従来製品に比べ大きく改善されている。
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図4 象牙質とエナメル質に対する接着強さ。とくに象牙質に対しては従来品に比べ3倍の接着強さを誇る。
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図5 トゥースプライマーとセラミックプライマープラス。両方とも一液性になりシステム構成も非常にシンプルになった。
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図6 各種マテリアルに対する接着強さ。従来品以上の接着強さが得られている。
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図7 歯質と同程度の蛍光性が付与されており、高度な審美修復にも対応できる。
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図8 シェードは5種類あり、様々なシチュエーションに対し柔軟に対応できる。
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図9 トライインペーストも用意されている。
臨床例
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図10 30代女性。54に対するカリエス処置を行った。インレー形成後の状態。
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図11 接着前に歯面から確実にプラークを取り除く必要がある。筆者は簡便さと確実さを重視し、プラーク染め出し液を使用している。
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図12 マテリアルは二ケイ酸リチウムを選択した。セラミックプライマープラスにて接着前処理を行った。
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図13 防湿と歯肉圧排を目的にラバーダムを装着した。その後トゥースプライマーを用いて支台歯にも接着前処理を行った。
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図14 たっぷりのペーストを用いて接着した。
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図15 セメントアップ直後の状態。操作性は良好である。
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図16 20代女性。11 に対して審美的な改善を目的に補綴処置を行った。支台歯形成終了後の状態。
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図17 本ケースでもプラーク染め出し液を使用して、プラークを徹底的に除去した。セット時には圧排糸による歯肉圧排が必須だと考えている。
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図18 補綴物はジルコボンドを選択した。セラミックプライマープラスにて接着前処理を行った。
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図19 トゥースプライマーを用いて支台歯にも接着前処理を行った。
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図20 たっぷりのペーストを用いて接着した。余剰セメントに対しては仮照射を行い、一塊で除去した。
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図21 セメントアップ直後の状態。術者、患者共に満足する結果が得られた。
おわりに
接着性レジンセメントが日常臨床で使用されるようになり30年以上が経過したが、やっと従来の問題点を解消した革新的なコンポジット系接着性レジンセメントであるパナビアV5が登場した。製品評価は長期的な予後観察の結果も踏まえてなされるべきであるが、少なくとも現時点では非常に良い感触を得ている。今後も本製品を様々なシチュエーションで積極的に活用していきたい。
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