178号 AUTUMN 目次を見る
■目 次
■はじめに
歯冠長延長術は、補綴装置を維持、機能させるうえで必要な支台歯の高径確保、あるいは生物学的幅径の獲得や審美的改善を目的として行われる外科処置の一つである。術式は術前の条件により以下の4つのアプローチに分けられる。
① 歯肉切除
② 歯肉切除+骨切除
③ 歯肉弁根尖側移動術( Apically Positioned Flap: APF)
④ APF+骨切除
術式選択時に必要な診査項目は、角化歯肉幅と歯肉縁から骨頂までの距離である。
角化歯肉幅は術後に2mm以上存在することが望ましい。目標とする歯肉縁の位置より根尖側に2mm以上の角化歯肉が存在する場合は歯肉切除が可能である。2mm未満の場合は、角化歯肉を可及的に温存してAPFを行う。
歯肉縁から骨頂までの距離は、遊離歯肉、上皮性付着、結合組織性付着を合計して約3mm必要とされている。この距離は健康な歯周組織の恒常性を維持するために必要であり、生物学的幅径と呼ばれている。ただし、この値はあくまでも平均値であるため、健全な反対側同名歯や隣在歯の生物学的幅径を生体固有の値として参考にする場合もある。
一般的に、目標とする歯肉縁の位置から骨頂までの距離が3mm未満である場合は、生物学的幅径を侵害することになるため骨切除が必要となる。3mm以上であれば骨切除は不要である1、2)。
次に、それらの診査方法について述べたい。
角化歯肉幅の測定方法は可動粘膜部にプローブの側面を押し当て、歯冠側方向にたぐり寄せ歯肉頰移行部を特定する方法や、ヨードにより非角化粘膜部を染め出す方法などがある。
歯肉縁から骨頂までの距離は、浸潤麻酔下で歯周プローブを歯肉溝から骨頂まで挿入し、距離を測定するボーンサウンディングと呼ばれる方法が一般的である。しかし、診査の段階で局所麻酔を必要とするうえ、骨が薄い場合、プローブの先端で骨頂を盲目的に触知することが難しい。
そこで筆者は、より正確な診査方法として「3DX multi image micro CT」(以下3DX)を用いた3次元画像診断を行っている。
麻酔を必要とせず骨頂の位置を正確に把握でき、3D画像から骨のスキャロップを評価できるため歯冠長延長術の術前診査に適している。
当院では被曝量を低減するために低照射線量の180度撮影モードを選択している。以下、CBCTを用いた診査が歯冠長延長術の術式選択に有益であった症例を供覧したい。
■症例
32歳女性、上顎左側中切歯の審美障害を主訴に来院。反対側同名歯と比較して歯冠長が短く、唇側には不良修復物を認めた(図1~3)。患歯は失活歯であり、残存歯質量から歯冠補綴が必要と考えた。
咬合面観では、上顎左側中切歯は口蓋側に傾斜していることが確認できた(図4)。この口蓋側傾斜により唇側歯肉の厚みが増し、歯肉縁が隣在歯と比べて歯冠側に位置していると考えられた。
図1 32歳女性、上顎左側中切歯の審美障害を主訴に来院。歯冠長が短く、形態、色調ともに周囲との不調和を生じていた。-
図2 スマイル時の正面観。同部の歯肉がスマイル時に露呈している。 -
図3 初診時のX線写真。患歯は失活歯で、近遠心隣接面にはコンポジットレジン充填が行われている。 -
図4 咬合面観から、上顎左側中切歯が口蓋側に位置していることが分かる。
■治療法の考察
歯肉縁の位置や形態のわずかな不調和は、補綴装置の歯肉縁下形態(カントゥア)を工夫することで改善できる場合がある。しかし、本症例の歯冠長の差は2mm近くあり、カントゥア調整のみでは困難であった。また、原因と思われる口蓋側傾斜を是正するには矯正治療が必要であるが、矯正治療のみでは歯肉縁形態の対称性が得られない可能性、矯正後の後戻りにより歯肉縁形態が変化する可能性があるため、今回は行わなかった。
以上の理由から歯冠長延長術により審美的改善を図ることとした。本症例は、角化歯肉幅が2mm以上存在し、歯肉切除が可能であった。目標とする歯肉縁の位置から骨頂までの距離はCBCTで評価した。
術前の左側中切歯の歯肉縁から骨頂までの距離は4.8mmで、右側中切歯は2.8mmであった。右側の生物学的幅径を参考にすると、左側中切歯は2mmの歯肉切除を行っても生物学的幅径を侵害しないことがわかる。また、3D画像から上顎左右中切歯の骨のスキャロップは左右対象であった。したがって骨切除は不要と判断し歯肉切除のみによる歯冠長延長術を計画した(図5、6)。
図5 CBCTを撮影し、左右中切歯の骨頂の位置を確認した。骨頂の位置に左右差が無く、骨外科は不要と判断した。-
図6 CBCTの3D像では、骨のスキャロップ形態を確認する。ここで形態の不調和があれば、骨外科処置が必要となる。
■治療経過
歯冠長延長術に先立ち、根管治療を行い、プロビジョナルレストレーションを装着した。手術直前、麻酔下でボーンサウンディングを行うとCBCTで得られた情報とほぼ同じ位置に骨頂を確認できた(図7)。右側中切歯を参考に切開を加えた(図8)。切開した歯肉はキュレットを用いて除去する(図9)。その後、歯肉縁まで支台歯形成を行い、プロビジョナルレストレーションを調整した(図10)。歯肉の治癒を約3ヵ月待ち、プロビジョナルレストレーションの調整を行い最終補綴装置へと移行した(図11、12)。
歯、歯肉、骨を複合体として取り扱い、正確な診断のもとに適切な処置が求められる歯科治療において、CBCTは非常に有効なツールと考えられる。
図7 術直前には、ボーンサウンディングにより再度骨頂の位置を確認した。CBCTによる診断と一致していた。-
図8 十分な角化歯肉が存在し、骨頂まで距離があるため、歯肉切除による歯冠長延長術を行うこととした。 -
図9 切除した歯肉をキュレットを用いて除去している。 -
図10 術直後、支台歯のリマージングを行い、プロビジョナルレストレーションを調整した。
図11 術後3ヵ月、最終補綴装置装着時の状態。歯冠長が延長され、左右対称なスキャロップ形態が得られた。-
図12 スマイル時にも歯、歯肉、口唇の調和の取れた審美的な結果が得られた。
- 1) Zuhr O, Hürzeler M. Plastic-esthetic periodontal and implant surgery:a microsurgical approach. Surrey:Quintessence Publishing, 2012.
- 2) Kois JC. Altering gingival levels: The restorative connection, part I: Biological variables. J Esthet Restor Dent 1994:6(1): 3-7.
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