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195号 WINTER 目次を見る

Clinical Report

成人期における口腔機能管理-自覚のない「かくれ顎関節症」と成人期口腔機能障害-

日本大学歯学部付属歯科病院 臨床教授/医療法人社団グリーンデンタルクリニック 理事長 島田 淳

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キーワード:口腔機能変調症/ガムトレーニング/鼻うがい

目 次

歯科における口腔機能障害

近年、健康寿命に歯科がいかに関わるかという中で、口腔機能への対処が重要となってきている。口腔機能は、顎(顎関節+咀嚼筋)、舌、口腔周囲筋などの運動器の働きにより、咀嚼、嚥下、発音だけでなく、呼吸、感覚、表現、筋力制御、消化などに関わり、人が社会のなかで健康な生活を営むための必要な基本的機能といえる1)(図1)。
現在、歯科における口腔機能障害は、口腔機能発達不全症が18歳未満、口腔機能低下症は50歳以上とされており、成人期に対する口腔機能障害病名はない(図2)。
顎関節症は、基本的に顎関節、咀嚼筋など運動器の機能障害であり、主な症状として咀嚼筋、顎関節の痛み、顎関節(雑)音、開口障害があり、20歳代~50歳代までの女性に多く、成人の顎機能障害といえる2)(図3)。そこで筆者は、成人期(19歳~50歳代)の顎関節症患者の口唇閉鎖力、舌圧について、初診時と顎関節症初期治療により症状が改善した時の値を測定して比較した。初診時においてほとんどの顎関節症患者で、口唇閉鎖力、舌圧とも標準値よりも低い値を示し、治療後は多くの患者で口唇閉鎖力、舌圧の値は改善したのであるが、標準値に達しない者も多く認められた(図4)。また開口量と舌圧の関係を調べたところ、開口量が低い者は舌圧も低く、開口量の増加した者は舌圧も高くなる傾向にあった3)(図5)。これらのことを考えると成人期顎関節症を口腔機能障害として捉え、口腔機能も含め対応する必要があると考えられた。

  • [図] 口腔機能
    図1 口腔機能:人が社会のなかで健康な生活を営むための必要な基本的機能である。
  • [図] 口腔機能発達不全症と口腔機能低下症
    図2 口腔機能発達不全症と口腔機能低下症
  • [図] 顎関節症の年齢分布
    図3 顎関節症の年齢分布
  • [図] 顎関節症治療前後の口唇閉鎖力と舌圧の変化
    図4 顎関節症治療前後の口唇閉鎖力と舌圧の変化
  • [図] 成人の顎関節症患者における舌圧と開口量の関係
    図5 成人の顎関節症患者における舌圧と開口量の関係

顎関節症とストレス

顎関節症の発症や、維持、永続化に、ストレスなどの心理社会的要因などのリスク因子が関係している。ストレスは交感神経の緊張などを引き起こし、顎関節、咀嚼筋だけでなく全身的な症状を生じさせることがある。
Somatic Symptom Scale-8(SSS-8:身体症状スケール)は身体症状に対する負担感を評価する自記式質問票である。スコアリングは単純合算であり、スコア16点以上(very high)は身体にストレス反応が現れている可能性が高い、12-15点(high)は要注意ゾーンとされている4)。またこの検査の特色として「疲労感」「睡眠障害」が測定できることであり、これらが高い症例はうつ傾向にあるといわれている4)
顎関節症患者のSSS-8を測定したところ、high以上の点数を示した者が24%みられた5)(図6)。それぞれの症状を持つ割合を調べたところ、胃の不調、背中、腰の痛み、頭痛を持つ者の割合が多かったのであるが、特に疲労感、睡眠障害を持つ者の割合が高く、SSS-8の点数が高くなるほど舌圧は低くなる傾向であった5)

  • [図] 顎関節症患者107名の身体症状に関する評価
    図6 顎関節症患者107名の身体症状に関する評価

かくれ顎関節症

口腔機能発達不全症、口腔機能低下症の患者は自覚症状がないため、口腔機能管理のためのアドヒアランスが築きにくいとされている。顎関節に何らかの症状がみられる患者数を推定すると約1,900万人となるが、顎関節症として治療を受けているものは推定、年間約50万件程度となり、未受診の者が多いと想像されている2)
通常開口量の目安は40mmとされているが、開口量35mm程度でも日常生活に不自由しないため、自ら運動を制限することで運動器の不活性を招き、顎口腔機能の問題を潜在的に抱えている者は実際かなり多いことが予測される。たとえば歯科医院にメインテナンスで来院する患者の中には、口が大きく開かない、長く開けていられないという患者が少なくなく、歯科衛生士はスケーリング時などに苦労していると思うが、これらが「かくれ顎関節症」である。
筆者は高校の校医をしているが、学校歯科健診において、最大開口と舌を前に出すことを指示すると、下顎頭の滑走運動がスムーズではなく、舌が前へ出ない、震えるといった所見を示す生徒が多いことに驚かされるが、これらも「かくれ顎関節症」である2)(図7)。
「かくれ顎関節症」は、ストレスなどをきっかけに顎関節症症状を発症するだけでなく、早期の口腔機能低下症を発症する可能性も高いと思われる。つまり成人期のかくれ顎関節症を成人期の口腔機能障害である「口腔機能変調症」として捉え、早期に対処することが今後の歯科においての喫緊の課題であると思われる2)(図8)。

  • [図] かくれ顎関節症を疑う症状
    図7 かくれ顎関節症を疑う症状
    日常臨床において、このような症状を示す患者さんは、かくれ顎関節症の可能性が高い。
  • [図] 人生を通した口腔機能管理
    図8 人生を通した口腔機能管理

成人の口腔機能障害への対応

顎関節症発症のメカニズムは、生活習慣、悪習癖、ストレスなど心理社会的要因など、様々なリスク因子が積み重なり、これが咀嚼筋、顎関節に負荷をかけ、個人の許容範囲を超えると機能障害として顎関節症を発症するため、症状改善のためには、リスク因子を減らすための生活指導と、機能改善のための運動療法が必要となる。
ここでは顎関節症と関係することが多いリスク因子である、舌位、姿勢、呼吸、咀嚼のしかたと運動療法としてあいうべ体操、ガムトレーニングについて解説する。

舌位、姿勢、呼吸、咀嚼

現在、小児において安静時の口唇、舌の位置が歯列・顎骨の形態に大きく影響するとされ、舌や口唇をはじめとする口腔周囲筋の機能は身体全体の姿勢と関連することからも、正しい舌の位置は正しい姿勢で口を閉じ、舌は上顎に付け鼻で呼吸することが基本となっている。
口腔機能の問題を生じさせる姿勢の代表が、頭部前方位姿勢であり、顎関節症とも大きく関わり、そこに口呼吸が加わると、舌は下方偏位し異常な嚥下パターンも生じるとされている2)(図9)。つまり、姿勢の改善と共に鼻呼吸を行う工夫も必要である。臨床においては鼻で呼吸するよう指示しても「鼻がつまっている」と回答されることもあるが、顎関節症だけでなく、健康のために鼻呼吸を行って貰う一つの手段として、鼻うがいキットを用いて鼻うがいを行うことも有用である(図10)。
痛みのある顎関節症患者の67.8%に偏咀嚼がみられたとの報告がある2)。また最近では、顎関節症症状や歯の破折に対して、咀嚼運動の早さや力の入れ具合に問題があるといわれている。ゆっくりとした動きは、動作を修正しながら運動を行う「フィードバック制御」が行われているが、これに対して速い動きは、スピードはあるが正確性は低下する(プログラム制御)1)。つまり、プログラム制御で強く噛んでいることが、歯の破折や顎関節症に関係することが考えられ、成人にこそ咀嚼トレーニングが必要ではないかと思われる。

  • [図] 頭部前方位姿勢
    図9 頭部前方位姿勢
    舌骨筋群の過度の緊張により、低位舌、口呼吸、歯列不正、顎関節症を発症する可能性がある。(参考文献2 p.43 図5より引用)
  • [図] 鼻うがい
    図10 鼻うがい
    人体に近い成分(等張電解質液)を使用していることから、刺激が少なく、鼻の奥まで洗浄液が届く。(参考文献2 p.45 図8より引用)

あいうべ体操とガムトレーニング

顎関節症の運動療法は病態に合わせた様々な方法があるが、ここでは、あいうべ体操とガムトレーニングについて解説する。
あいうべ体操(図11)は、咀嚼筋、顎関節、口腔機能に対して効果的に運動療法を行える方法である。「あ」で大きく開口、「い」で口角を広げることで開口筋と閉口筋のストレッチ、「う」は口輪筋を緊張させることから口輪筋と頰筋のストレッチ、そして「べ」で舌を大きく出して大きく開口することが舌と舌骨筋群のストレッチとなる。さらに「あ、い、う」では顎関節の主に回転ストレッチ、「べ」では回転+滑走による顎関節のストレッチとなることから、近年顎関節症患者のセルフケアに用いられている2)

  • 下のエリアは横スクロールできます
    [写真] あいうべ体操
    図11 あいうべ体操
    あいうべ体操は、顎関節、咀嚼筋、口腔周囲筋に対して効果的に運動療法が行える。(参考文献2 p.58 図16より引用)

マインドフルネス・ガムトレーニング

現在、口腔機能発達不全症、口腔機能低下症においてガムトレーニングが用いられている。顎関節症ではガム咀嚼は禁忌とされている場合もあるが、成人の顎関節症患者の多くが咀嚼の問題や口腔機能障害を示すことを考えると、成人期においても、鼻呼吸の練習や口輪筋と咬筋の協調練習など適切な口腔機能管理において、ガムトレーニングを用いることは有用であると思われる2)
マインドフルネスとは認知行動療法の一つで、身体の互換に意識を集中させ「今この瞬間」の現実をあるがままに受け入れることで、ストレスや不安の軽減、心の平穏を保つ効果を期待するものである。ガムを用いて、ガムの感触や咀嚼に集中することで、ストレスコントロールに加えて咀嚼力のコントロール、咀嚼バランスの獲得、舌圧、口唇閉鎖力、さらに舌の巧緻性を得ようというトレーニングである。使用するガムは、中等度の硬さのタブレット型ガム2粒を用いる。
筆者はデンタルガム(図12)を2粒用いている。デスクワーク中に、ガムを舌の上で転がすことは、TCHの予防や顎の緊張を取るのに役立つ。ただし、ガムトレーニングは適切な方法で行わないと、かえって顎関節症症状が悪化するので注意することが必要である(図13)。
実際のガムトレーニングを図14に示す。

  • [写真] デンタルガム
    図12 デンタルガム
    中等度の硬さのタブレット型ガムを2粒用いるのがちょうど良い。
  • [図] ガムトレーニングを行う際の注意点
    図13 ガムトレーニングを行う際の注意点(参考文献2 p.67 図29より引用)
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    [写真] マインドフルネス・ガムトレーニングの実際
    図14 マインドフルネス・ガムトレーニングの実際(土岐志麻先生の方法を参考)(参考文献2 p.66 図28より引用)

まとめ

成人期の口腔機能障害である「口腔機能変調症」を早期に発見し、適切な口腔機能管理を行うことが歯科においての喫緊の課題であり、歯科における生涯を通した口腔機能管理が可能となる。そしてその発見、指導においては歯科衛生士の役割が今後さらに重要となってくる。

参考文献
  • 1) 竹内正敏,姫野かつよ.口腔理学療法こと始め:口腔機能改善の新しいツール 最新の理論から実践の極意まで. 京都:永末書店, 2023.
  • 2) 島田淳編著, 遠藤優, 古泉貴. 歯科医師と理学療法士による歯科における顎関節症の運動療法. 東京, 医歯薬出版, 2025.
  • 3) 島田淳. 顎関節症患者の治療前後における舌圧と口唇閉鎖力に関する検討. 日顎誌, 2023;35 suppl. 131.
  • 4) 松平浩, 藤井朋子. 診療ガイドライン, エビデンスを踏まえた慢性疼痛に対する患者主導型治療へ向けて─ Stratified approach(層化アプローチ)の重要性. PAIN RESEARCH. 2017;32(4):252-9.
  • 5) 島田淳. Somatic Symptom Scale-8(SSS-8)を用いた顎関節症患者の評価.日運動器疼痛研会誌, 2023;15(4):89.

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