195号 WINTER 目次を見る
目 次
- ≫ 医療MaaS車両開発の背景
- ≫ 被災地における医療MaaS車両の活用
- ≫ 医療MaaSを地域に根付かせるには
- ≫ 医療をデリバリーする時代に
- ≫ [Event Report] 「どこでもヘルスケアパーク2030」を支える未来技術展で移動型医療車両を展示
![[写真]](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/12/195-16_main01.jpg)
医療MaaS車両が実現する「医療のデリバリー」
被災地と過疎地、そして都市での新たな医療の形
近年の自然災害の増加や人口減少にともなう過疎化を背景に、災害時や地方における医療支援の重要性が高まっています。
こうした中、モビリティサービスとICT(情報通信技術)を組み合わせた医療MaaS(Mobility as a Service)車両を独自に開発する医師の木下水信先生が、歯科医師の長縄拓哉先生とともに「移動型歯科クリニック」の展示会に出展。
そんなお二人に医療MaaS車両の可能性について伺いました。
医療MaaS車両開発の背景
長縄 訪問診療を続ける中で、長年課題に感じていることが移動時間の多さです。1人の患者さんを診るのに往復1時間以上をかけ、それだけで午前中を費やしてしまうこともあります。地域には訪問診療を必要とする患者さんが多くおられますが、開業医にとっては移動の負担が大きな障壁となっています。昔から公民館のような施設で診療ができないかという話もありますが、保険制度上、医療施設である必要があります。そこで車両を使って移動式の歯科医院が実現できないかと模索していたところ、木下先生の取り組みを知り、具体的な可能性を感じました。
木下 私が医療MaaS車両を最初に開発したのは3年前です。当初から歯科を含め、さまざまな医療現場における使用を想定していました。名古屋市内での実証実験を進める中で、「歯科健診もできないか」というリクエストを受け、実際に2年前から歯科健診にも取り組むようになりました。そうした折に医療MaaS車両による広いアプローチを考えている長縄先生と出会い、私もさまざまな刺激を受けました。
長縄 そもそも木下先生が医療MaaS事業に取り組もうと思われたのは、どんなきっかけだったのでしょうか。
木下 2025年の今年、国民の約3人に1人が65歳以上になる見通しで、人口減少も進んでいます。特に過疎化が進む地域では医療資源不足が深刻化し、医療費の増加も国を挙げて課題になっています。こうした諸問題の解決を目指し、医療DXとモビリティを融合させたビジネスモデルを構築する目的で会社を設立しました。現在、私たちの車両は20自治体ほどで導入されています。
長縄 どのような自治体が導入されているのでしょうか。
木下 過疎化が進む自治体です。どの自治体も病院の統廃合が進み、さらに公共交通機関の縮小や運転免許の返納、開業医の高齢化による閉院も重なり、医療アクセスの低下が深刻な課題となっています。
![[写真] 医療MaaS車両で診察する長縄先生](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/12/195-16_photo01.jpg)
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![[写真]](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/12/195-16_photo02.jpg)
3Dプリンターによるデジタルデンチャー。
迅速な義歯製作を可能にし、災害時や過疎地でも短期間で適切な義歯の提供が可能になる。
被災地における医療MaaS車両の活用
長縄 今年になって木下先生とは神戸・ハーバーランドと東京・丸の内で移動型歯科クリニックの展示会を実施しました。特に神戸では阪神・淡路大震災から30年という節目だったこともあり、災害時の医療支援に興味を持つ方が多くおられたように感じます。
木下 実際に災害時の活用を想定して関心を寄せる自治体は多くあります。特に過疎地ほど災害が起きると医療が崩壊します。その時に医療MaaS車両があれば、被災直後の医療空白を埋め、迅速に医療を届けることが可能になります。
長縄 東日本大震災では義歯利用者の5人に1人が義歯を喪失したと言われています。展示会では口腔内スキャナー(IOS)を用いた健診のデモンストレーションを行いましたが、IOSと義歯の設計に必要な設備、さらに3Dプリンターがあれば、被災地でのデジタルデンチャー製作が可能になります。具体的には、被災地から離れた場所にある歯科技工所で義歯や補綴装置などの技工物を製作し、そのデータを医療MaaS車両に設置された3Dプリンターに送信することで、デジタルデンチャーを出力できるというものです。義歯製作とデリバリーにかかるリードタイムの短縮につながり、今後実用的な活用を期待できるのではないかと考えています。また、私はIOSが口腔内を三次元的に再現できる点に可能性を感じており、訪問した先々でIOSによるスキャニングを実施することで、将来的に何らかの形で役に立つのではないかと考えています。例えば、高齢の入院患者さんに口腔ケアを行う際、あわせてスキャニングも実施できれば、状態の変化を視覚的に確認でき、口腔ケアのモチベーション向上につながるかもしれません。経時的にスキャンデータを蓄積することで、小さな変化に気づきやすくなり、口腔機能低下症や誤嚥性肺炎の予防に資する可能性もあります。
医療MaaSを地域に根付かせるには
![[写真]](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/12/195-16_photo03.jpg)
対談は木下先生が理事長を務めておられる「名古屋ステーションクリニック」にて行われた。
木下 医療MaaS車両にはさまざまな可能性がある一方で、課題点もあります。そのひとつが継続の難しさです。実際、私たちの車両を導入されたものの、すでに撤退した自治体もあります。
長縄 持続可能な形で運用するためには、何が必要なのでしょうか。
木下 3年間取り組んできて感じるのは、医療MaaSをビジネスとして捉えなければ継続は難しいということです。結局、採算が取れない事業は持続しません。一方で、災害対策など公共的な投資として位置づけるならば、単純に採算性だけで評価はできません。そのうえで大事なことは、サービスモデルの構築です。属人性に左右されない、標準化された仕組みやサポート体制を自治体や医師に提供すること。さらには、どんな患者さんであってもスムーズに利用できるよう、各種の設計がなされていること。そうしたサービスモデルをどこまで整備できるかが、医療MaaSを地域に根付かせる鍵になると考えています。
長縄 地域に根付かせるうえで、どんな広がり方をイメージされていますか。
木下 医療MaaS車両というと、過疎地の利用を思い浮かべがちですが、世の中のさまざまなサービスを見渡しても、過疎地域からサービスインして都心部に広がっていくビジネスは、あまり見当たりません。むしろ、まずは都市部で導入され、そこから地方に広がるのが一般的です。地方であっても、中核都市でモデル体系を先に作ったほうが、へき地医療での活用にもつながりやすいのではないでしょうか。都市部には医療MaaS車両の需要がかなりありますし、興味を持ってくださる医療従事者も多い。活用例が増え、医療として必要なインフラであると認識されるようになれば、導入コストも下がり、マネタイズのチャンスも広がるように思います。
長縄 都市部の需要というのは、どんなものがあるのでしょうか。
木下 例えば、企業の各種健診、イベントの救護拠点。コロナ禍ではPCR検査の検体採取の拠点としても使われました。こうした活用例は、私たちの医療MaaS車両が幅広い医療リソースとして機能することを示しているといえます。
![[写真] 木下水信 医療MaaSは「医療のデリバリー」に役立つのではないかと考えています](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/12/195-16_photo04.jpg)
PROFILE
木下水信
1994年近畿大学医学部卒業後、国立がんセンター中央病院などで外科医として経験を積み、特に胃がんと大腸がんの内視鏡手術を専門に研究。2007年に健診専門施設「名古屋ステーションクリニック」を開設し、2010年から理事長を務める。年間約7万人の健康診断を提供する一方、2015年に株式会社M-aidを設立。クラウド型健康管理システムの導入など、ICTを活用した予防医療と健康経営の推進に取り組んでいる。
![[写真] 長縄拓哉 デジタルデンチャーにはさまざまな課題を解決する可能性があると思っています](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2025/12/195-16_photo05.jpg)
PROFILE
長縄拓哉
1982年愛知県生まれの歯科医師(医学博士)であり現代美術作家。2007年東京歯科大学卒業後、東京女子医科大学病院、デンマーク・オーフス大学での口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)研究を経て、口腔顔面領域の感覚検査器を開発。
IADR(ボストン、2015)ニューロサイエンスアワードを受賞。デジタルハリウッド大学大学院在学中。
現代美術の特性を応用し、医療や健康に無関心な人々や小児のヘルスリテラシーを向上させ疾病予防をめざす。
医療をデリバリーする時代に
長縄 自宅や職場の近くに歯科医院や病院が来てくれることで、普段、医療との接点がない方でも「受診してみようかな」と思ってくれるかもしれません。そうした効果は都心部でも期待できるように思います。
木下 私は「医療をデリバリーする時代」が来ると思っています。従来の医療は患者さんが出向く必要がありました。でも、世の中はインターネットで注文すれば、商品や食事がすぐに届く時代です。翻って医療の世界では、予約しても待合室で長時間待ち、薬をもらうためにまた何十分と待つ。病院に行くだけで半日がかりです。加えて、都市部であっても運転手不足による公共交通の減便のほか、運転免許を返納する高齢者も増えています。これらの解決に医療MaaS車両は役立つのではないかと考えています。
長縄 実は私もデジタルデンチャー製作に特化した会社を設立し、事業の一環として車両を購入しました。歯科は火と水をよく使うので、ガスと水道の設備を備えた牽引式のキャンピングトレーラーを採用しました。今後はこの車両を使って被災地や過疎地への対応、健診、さらには歯科技工物の出力センターとしての機能を持たせるなど、幅広く活用したいと考えています。木下先生は医療MaaSの今後について、どのような展望をお持ちでしょうか。
木下 自治体からの相談で多いのがドローンによる医薬品配送です。ただ、日本では規制が厳しく、特に着陸場所の確保に課題があります。そこで新たに開発した医療MaaS車両には、ドローンが離発着できる機能を備えました。社会実装には法制度との兼ね合いなどハードルはありますが、医療MaaS車両の用途が増えれば、地方でもビジネスモデルとして成立する可能性は高まると考えています。
長縄 医療MaaSのような新しいアプローチが、医療アクセスに課題を抱える方々の問題解決につながることを今日のお話からあらためて感じました。本日はありがとうございました。
本誌では採録できなかった「医療DXの可能性」や「AIの医療への応用」などは「Dental Life Design」にて掲載しています。
ぜひご一読ください。
Event Report
「どこでもヘルスケアパーク2030」を支える未来技術展で移動型医療車両を展示
医療MaaS車両にはドローンが離発着できる機能を備えた。
2025年2月26日から3日間、東京・丸ビル1Fにて開催された「どこでもヘルスケアパーク2030」を支える未来技術展にて、「移動型歯科クリニック」の展示・体験会が行われました。
口腔内スキャナーを使った歯科健診のデモンストレーションを行った長縄先生は「口腔内スキャナーは予防歯科の精度向上や義歯製作の効率化に寄与するツールだと考えています」と話します。
展示ではドローンが離発着できる機能を搭載した車両も紹介され、医療MaaSによって将来的にオフィス街や地域社会に医療が届けられるイメージを来場者に伝える場となりました。
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