179号 WINTER 目次を見る
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大規模追跡調査から知る歯の健康と認知症との関係性
■目 次
- ≫ 日常的に接している認知症患者
- ≫ 転倒防止にも関係する奥歯の重要性
- ≫ “抜歯か保存か”の判断基準
- ≫ 高齢者を孤立させないためには
- ≫ 地域社会の一員としての歯科医院
- ≫ エビデンスに基づいた歯の喪失防止法は?
- ≫ かかりつけ歯科医を当たり前に
-
神奈川歯科大学 歯学部 教学部長
健康科学講座 社会歯科学分野 教授
山本 龍生
65歳以上の認知症患者は約600万人といわれています(2020年現在/厚労省)。年々、その数が増加する中で、認知症の予防や早期発見が国を挙げた課題となっています。そこで、歯の健康と認知症との関わりについて、その研究や啓発活動に長年取り組まれてきた神奈川歯科大学の山本龍生教授にお話をうかがいました。
■日常的に接している認知症患者
今年我々は、診療報酬明細書のビッグデータを分析し、歯科医院に通院する85歳以上の患者さんのうち、アルツハイマー型認知症の割合は、歯周病治療を行っている方で16%、義歯治療を行っている方で13%であることを報告しました。歯科は日常的に認知症患者と接している、そんな時代が始まっています。
健康な口腔の維持は健康寿命の延伸だけでなく、認知症のリスク低減にも関係していることが大規模な追跡調査を行う中でわかってきました。日本老年学的評価研究が65歳以上の健常者4,425名を対象に4年間の追跡調査を行ったデータがあります。それを用いて我々が分析したところ、20歯以上の方を基準として、歯がほとんどなく義歯未使用の方は1.85倍、なんでも噛める方を基準として、あまり噛めない方は1.25倍、認知症の発症リスクが高いことがわかりました。
ただし、歯がほとんどなくても義歯を使ってしっかりと噛める方は、認知症の発症リスクが20歯以上の方とほとんど変わらないという結果も出ています(図1)。歯がなくなってしまったら、そこで終わりではなく、いかに歯科が専門的にフォローしていくかが認知症を防ぐ上では大切になります。
図1 歯科保健と認知症発症との関連。
(Yamamoto et al., Phychosom Med, 2012)
■転倒防止にも関係する奥歯の重要性
歯の喪失が認知症発症につながる理由は、いずれも奥歯と深い関わりがあります。例えば、認知症予防のために栄養素を偏りなく摂るには、硬い食べ物を噛み砕く奥歯の機能が重要です。脳への刺激についても、奥歯を使うことで咀嚼筋が刺激され、脳細胞の活性化が促されます。認知症に関わるとされる歯周病についても、一番手入れがしづらい奥歯から発症することが多くあります。
さらに奥歯と深い関わりがあるのが転倒です(図2)。例えば、総義歯の患者さんの体の重心動揺を測定すると、総義歯を装着している場合は安定していても、外すと体が揺れやすくなります。奥歯を噛みしめることで、頭部を支える下顎が安定し、体の重心も安定します。加えて、奥歯を噛みしめられると目線が定まります。その結果、転倒しにくくなるのです。
高齢者は転倒した弾みに大腿骨頸部を骨折し、寝たきりになったり、あるいは一度、転倒すると転倒に対する恐怖を覚え、引きこもりになったりするケースがあります。寝たきりや引きこもりも認知症のリスク因子として知られています。認知症や転倒を防ぐためには奥歯の健康が欠かせないのです。
図2 歯の不健康から要介護状態までの予想経路(要介護となる主な原因に占める割合)。
(山本龍生、歯界展望、2016)
■“抜歯か保存か”の判断基準
高齢者の診療を行っていると、「抜歯か保存か」で迷うことがあります。私の判断基準の1つは患者さんの意思です。患者さんが保存を望めば、その意思を全力でサポートします。そうして保存した歯は抜けるべきときがくれば、自然脱落します。
新米の歯科医師であった頃、歯ブラシで患者さんの歯を磨いていた際に、動揺歯が抜けてしまったことがありました。患者さんからはひどく怒られたのですが、当時の私にはブラッシングで抜けるような歯を残したい理由が理解できませんでした。
しかしその後、抜歯をきっかけにうつ状態になってしまう方を何人も見てきました。歯を失うと老け込んだ気分になり、落胆する方が多いのです。だから、たとえ動揺歯であっても、「抜歯をするかどうかは歯科医師が決めてはいけない」と考えるようになりました。
■高齢者を孤立させないためには
近年、私が注目しているのが、高齢者の孤独や孤立の問題です。歯がほとんどない方、あるいは半年前に比べて硬いものが噛めなくなった方は、その後、うつ状態になりやすい傾向があります。また、歯が少ない方ほど引きこもりになりやすく、歯が多い方ほど社会参加に積極的な傾向があります(図3)。高齢者は人と会う機会が減ると、認知機能が衰えるともいわれています。前述した抜歯をきっかけにうつ状態になるケースも、その先には認知症の問題が内包していることを見逃してはいけません。
では、孤立を防ぐにはどうすればよいでしょうか。人や地域社会とのつながりを資源として捉える「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」が豊かな地域ほど、歯を失うリスクが少なく、元気な高齢者が多い特徴があります(図4)。そこで、高齢者や地域の人々が気軽に集まれる通いの場を作り、地域ぐるみで高齢者の介護予防を行う施策が全国的に広がっています。こうした環境作りや地域社会との関わりが認知症予防を実践する上では鍵となります。
図3 歯数と社会参加。性別、年齢、健康状態、生活習慣、社会経済状態などに関わらず、社会参加していない人に比べて社会参加している人は歯の本数が1.3倍多い。
(Takeuchi et al., PLoS One, 2013)-
図4 地域のつながり(社会参加)の豊かさと3年間の歯の喪失リスク。人間関係が豊かな地域に住む高齢者は歯を失うリスクが7%少ない。
(Koyama et al., BMJ Open, 2015)
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目 次
モリタ友の会会員限定記事
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