171号 WINTER 目次を見る
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連 載 : 超高齢社会における歯科医療が果たす役割 Part 8 訪問先で手早く実施できる概形印象採得と噛める入れ歯を実現する解剖学的ランドマーク
目 次
- ≫ 診療が難しい患者さん
- ≫ シリコン印象材による概形印象採得
- ≫ 解剖学的ランドマークの重要性
- ≫ 食形態を上げることのメリット
- ≫ 「噛める義歯」で変わる患者さん
- ≫ 誰でもすぐに実践できる河原メソッド
- ≫ 自立支援歯科の実践
- ≫ [ルポ] 訪問診療の現場に密着
- ≫ 噛みつく患者さんであっても
- ≫ 咬合床を自分で製作する
- ≫ 目指すのは「量販店の義歯」
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愛知県名古屋市
医療法人晃明会 藤井歯科医院 畑江分院
院長 藤井 元宏
訪問先で新義歯製作の依頼を受けたものの、「拒否が強い」「意思の疎通が難しい」などの理由から断念してしまったことはないでしょうか。今回は藤井歯科医院 畑江分院の藤井元宏院長に、総義歯製作のために必要なランドマークと、訪問先で行うランドマークの印象方法について解説いただきました。
診療が難しい患者さん
訪問診療を行うなかで患者さんから義歯に関しての相談をいただくことがよくあります。
「痛い」「食べられない」「すぐに外してしまう」「壊れてしまった」などであれば、今ある義歯の調整でも対応できますが、「無くしてしまった」、などという場合は新義歯を製作しなくてはいけません。
私の担当している訪問患者さんの中には認知症の方も少なくありません。そういった方の中には拒絶が強かったり、意思の疎通が困難であったりと、口の中を診ることさえ難しい場合があります。そうした患者さんの場合、新義歯の製作に苦慮される先生は多いのではないでしょうか?
私自身も訪問先の限られた材料、場所で難しい方たちを相手になるべく簡便にミスの少ない治療方法はないかと常に考えてきました。そして、試行錯誤の結果、概形印象にアルジネートではなくシリコン印象材を選択するようになっていったのです。
シリコン印象材による概形印象採得
なぜシリコン印象材を使うのか。それはアルジネートよりも操作時間が長く、操作が簡便だからです。アルジネートは気温によっても操作時間が異なり、訪問先では練和などの操作も煩雑です。しかし、コストの問題はありますがシリコン印象材であれば治療時間の短縮や術者側のミスを減らすことが可能です。
私の場合、アルジネートを使った上下の概形印象に今まで15~20分程度かかっていたのが、シリコンを使うことで5~10分程度にまで短縮できるようになりました。
先生方は、印象採得を行う際に既製トレーが口腔内と全く合わず困った経験はありませんか?
訪問先で暗く視野も悪い中、拒否のある患者さんのトレーの試適をしたものの…。私も何度かそうした経験を経て、パラフィンワックスを即席の個人トレーにする方法にたどり着きました。上顎にはパラフィンワックスを2枚程度、下顎には4枚程度の厚みを持たせて軟化し口腔内で軽く圧接して、形態を整えます。そうして作った即席の個人トレーにシリコン印象材を絡ませて概形印象採得を行っています。
現在のところ接着材の塗布がなくても、剥離もなく心配していた大きな変形なども現れず、概形印象を採得する目的であれば充分に問題なく行え、治療時間の短縮にも繋がっています。
ただ、パラフィンワックスよりもコンパウンドシートの方が良いのでは、との意見をいただくことがあります。
たしかにコンパウンドシートはパラフィンワックスよりも物性は良いのですが、熱湯が必要であったり、軟化時間であったりなど、訪問先で扱うには操作性に難点が残るため、私はパラフィンワックスを使っています。ただし、コンパウンドシートに慣れた先生であれば無理にパラフィンワックスを使う必要はないかとも感じています。
解剖学的ランドマークの重要性
訪問診療に必要な道具類。まずはリマウントできる道具さえあれば始められる。
次に、義歯製作の成功の鍵となるのが「解剖学的なランドマークが印象面に含まれているか」になります。
まず必要となる上顎のランドマークは、上唇小体と正中口蓋縫合(仮想咬合平面の前方基準)、切歯乳頭(中切歯の人工歯排列基準)、口蓋小窩(正中と義歯床後縁決定の基準)、翼突下顎ヒダ(仮想咬合平面決定のための後方基準)などがあります。
下顎は下唇小体(前歯排列の基準)、舌小体(床形態の基準)、顎舌骨筋線(床外形の基準)、レトロモラーパッド(人工歯排列の左右水平面と、咬合の高さ、義歯床後縁の基準)などが必要になります。
概形印象採得時にこれらのランドマークが印記されているかがトラブルの少ない義歯製作に繋がります。
個人トレー用の印象だからとランドマークを無視してしまうと、精密印象時に不鮮明な印象となってしまい、結果として治療回数が伸びる原因になったり義歯のトラブルへ発展しやすくなってしまいます。
食形態を上げることのメリット
皆さんは介護施設にいらっしゃる方たちの食事内容をご存知ですか?
普通食、初期食、中期食、後期食、マッシュ食など、数種類に分類された食事を摂っておられます。さらに、口から食べることができず経管栄養の方もいらっしゃいます。
口から食べられない原因にはさまざまな要因があるかと思います。しかし、私が訪問診療で関わっていくなかで、義歯を直す、または新製しただけで食形態が向上した人たちは少なくありません。
では、食形態を上げることのメリットは何でしょうか?
まず、咀嚼することで脳血流量や口腔周囲筋の血流量の増加が期待できます。また、食塊と唾液がしっかりと混ざり胃腸での消化吸収を助けることで、便秘や下痢の防止に繋がるとも言われています。
つまり食形態を落としてしまうと逆のサイクルが起こってしまい、体に循環する栄養素を減らす要因となり、結果筋力の低下などを引き起こすと考えられます。
概形印象採得のステップ
-
ワックスの変形を考えて概形印象だけに使う。上顎はパラフィンワックスを2枚以上を口腔内で圧接して概形を整える。 -
一次印象はモノフェイズくらいの硬さでボーダーの印象を採得する。 -
足らない場合は口腔内にシリンジを入れて調整する。 -
解剖学的ランドマークが採得できているか確認する。 -
柔らかくてチクソトロピー性が良いシリコンを初期硬化が始まる直前に挿入する。 -
上顎の概形印象完成。 -
下顎にはパラフィンワックス4枚以上が必要である。 -
下顎のボーダーを印象して解剖学的ランドマークを確認する。 -
下顎の概形印象完成。 -
咬合床を歯科医師が製作することで解剖学の理解が深まる。歯科技工士との対話が可能になり、レべルの高い補綴物の基礎となる。 -
概形印象の目的は解剖学的ランドマークの分析と咬合床の製作である。 -
意思疎通が難しい患者さんは柔らかめのシリコンを使うだけで最終印象採得ができる。誤嚥しないようにシリコン量は最小限に抑える。
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