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Field Report

口唇閉鎖不全が顎口腔領域などに与えるさまざまな影響と早期治療の必要性

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 咬合機能矯正学分野 教授 小野 卓史

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  • [写真] フリーランス・歯科衛生士 萬田 久美子
    東京医科歯科大学
    大学院医歯学総合研究科
    咬合機能矯正学分野
    教授 小野 卓史

口唇閉鎖不全について、北海道から沖縄まで全国の3歳から12歳の子ども3,399人を対象に行われた疫学調査があります。2021年に発表されたその報告によれば、有病率は30.7%でした。口唇閉鎖不全は日常的に口が開いている状態を指しますが、それがただちに口呼吸を意味するわけではありません。しかし、口呼吸にはなりやすく、一方で口呼吸をしていれば、必ず口唇閉鎖不全があります(図1)。
呼吸は本来、鼻を介して行われます。鼻には空気の浄化や温度・湿度の調節、嗅覚、異物からの防御などの機能があり、口で呼吸をしているとこれらの機能が失われてしまいます。また、口唇閉鎖不全を放置していると顔貌の変化、歯並びの悪化など、さまざまな顎口腔領域に影響を与えることが知られています(図2)。
ところで、口やその周辺には多くの筋肉が存在します。中でも口唇閉鎖不全と深く関わっているのが、口を閉じたり、ものを噛んだりする時に大きな役割を果たす咬筋です。
以前、咬筋が口呼吸の際にどんな動きをするのかを調べたことがありました。鼻の気流の状態に対して咬筋と横隔膜の活動状態を調べた動物実験で、動物の鼻に栓をして気流がゼロになると咬筋の活動は弱まりました。しばらくして栓を外すと再び鼻呼吸と咬筋の活動が見られました。つまり、鼻が詰まれば必然的に咬筋の力が弱まるという結果でした。
では、咬筋の力が弱まるとどんなことが生じるのでしょうか。筋肉は通常、2つの骨の間にあり、それぞれの骨に付着しています。咬筋の場合、片方の端である起始は頰骨弓に、もう片方の端である停止は下顎骨にあります。そして、咬筋は下顎骨を挙上する運動を担っています(図3)。
骨の正常な成長発育には適切な機械的刺激を加えることが大切です。口唇閉鎖不全が成長期に生じ、それが慢性的に続くと下顎骨への機械的刺激が減少し、下顎骨は貧弱になります。すると顔の成長方向が下へ下へと伸び、面長な顔貌に変わる可能性があります。また、歯並びも変化するため、噛み合わせが悪くなり、結果的に噛む力も弱まります。
口唇閉鎖不全が習慣化してしまうと咬筋だけでなく、例えば、口輪筋の力も弱くなります。前歯の位置は舌の圧力と唇の圧力のバランスで決まるといわれています。口輪筋の働きが弱まれば、唇から前歯にかかる圧力が減少するため、舌の圧力がそれを上回り、前歯の傾斜が強くなります。それが進行すると上顎前突、いわゆる出っ歯になります。前突感が強くなれば口は閉じにくくなり、そこに口呼吸の習慣が加わると、さらに傾斜が進むことになります(図4)。
標準的なオーバージェットは2~3mmです。それを超えると前歯をぶつけるリスクが2倍になるという報告があり、ぶつけやすくなれば、当然、欠けたり、折れたりといった外傷のリスクも高くなります。
口で呼吸をしていると学習・記憶能力にも影響が出てくることがあります(図5)。私たちが行った動物実験では、正常な鼻呼吸と比較して、鼻詰まりの動物は記憶力が落ちるという結果でした。また、学習に問題がある子どもは鼻詰まりの率が高いとする海外の報告もあります。

  • [図] 口唇閉鎖不全の一部に口呼吸がある
    図1 口唇閉鎖不全があっても口呼吸をしていないケースもある。口唇閉鎖不全の一部に口呼吸がある。
  • [図] 口を開けていると何が起こるのか
    図2 日常的に口が開いていると顎口腔領域や全身機能にも影響を与える。
  • [図] 咬筋の起始
    図3 咬筋の起始は頰骨弓に、停止は下顎骨にあり、咬筋は下顎骨を挙上する(口を閉じる)運動を担っている。
  • [図] 前歯の位置は舌の圧力と口唇の圧力のバランスで決まる
    図4 前歯の位置は舌の圧力と口唇の圧力のバランスで決まるといわれている。口呼吸をしていると口唇閉鎖不全が生じ、口唇からの圧力が弱まり、舌からの圧力がそれを上回ることで前歯の傾斜が強くなる。
  • [図] 咀嚼回数の低下と咀嚼筋の低下は相関関係
    図5 咀嚼回数の低下と咀嚼筋の低下は相関関係にあり、顎骨や脳の発達に悪影響を与える。(マウスモデルで咀嚼刺激の低下が記憶・学習機能を障害するメカニズムを解明 ―よく噛むことが成長期の高次脳機能の発達に重要である可能性―、東京医科歯科大学、科学技術振興機構、日本医療研究開発機構、平成29年6月13日付プレス通知資料より改変)

そのメカニズムははっきりと解明されてはいないものの、鼻腔内の上部に位置する嗅上皮には気流を検知するセンサーがあり、そのセンサーから得られた情報が海馬や内側前頭前野に到達して記憶が促進されるという説があります。
口唇閉鎖不全を適切に治療するには、まずは原因を見極めることが大切です。例えば、アデノイド肥大のように器質的に鼻閉がある場合は耳鼻科での治療が必要になります。
器質的に問題がないのに口が開いてしまっている場合は、口のまわりの筋肉を鍛えることでリカバリーできることがあります。その方法として、正しい舌や唇の位置、動きができない患者さんに対して口腔筋機能療法(MFT)を行うことがあります。
また、ガムトレーニングにも一定の効果があると考えています。下顎を他動的に押し下げると舌の後退が生じる下顎舌反射は口唇閉鎖機能にとって重要な反射になります。ガムトレーニングは咀嚼筋の筋力を鍛えるとともに、こうした反射を鍛える意味でも有効だと考えています。
私が大学生の頃、教授からよく言われたのは、「患者さんが診療室に入ってきたところから観察するように」ということでした。患者さんは椅子に座ると、よく振る舞おうとしたり、身構えたりします。そのため、ドアから入ってきて椅子に座るまでの間に、口を開けているのか、猫背で歩いているのか、そういった状況を観察することで、有益な情報を得られることがあります。
本来ならば、待合室の様子を観察できると、より正確な情報が得られるかもしれませんが、実際には時間に追われながら診療されている先生がほとんどだと思います。しかし、口唇閉鎖不全の診断には、まずは患者さんの普段の状態を知ることが大切です。原始的で基本的な話ではありますが、なるべく自然体の様子を観察することをお勧めします。
口唇閉鎖不全や口呼吸が口や顎の機能に与えるメカニズムはまだまだ解明されていないことがたくさんあります。しかし、近年ではアトピー性皮膚炎との関連を示すデータも報告されるようになるなど、全身の機能にも影響を与えることが少しずつ分かってきました。口唇閉鎖不全は自然治癒が難しく、成長期に定着してしまうと、さまざまな領域に影響を与えます。そのため、早期治療の必要性をあらためて一考するべきではないかと思っています。

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