190号 AUTUMN 目次を見る
Close Up
多職種とのパートナーシップを築く生活を見据えた在宅訪問歯科診療
目 次
- ≫ 生活を見なければ問題は解決しない
- ≫ ケアプランを読むことの大切さ
- ≫ 噛んで食べられる義歯の修理・作製
- ≫ 在宅訪問歯科に対するニーズの増大と対応
- ≫ 連携とはお互いを補完しあうこと
- ≫ 訪問歯科レポート ~訪問歯科の現場に同行しました~
- ≫ 角田先生とともに、訪問歯科診療に携わるスタッフの皆さんにお聞きしました
-
東京都江東区
角田愛美歯科医院
院長 角田 愛美
在宅訪問歯科診療を中心に行う歯科医院として2020年に開業した角田愛美歯科医院には、現在、各所から診療依頼が殺到しています。即日で食べられる口を再現する角田愛美先生に、患者さんの生活まで見据えた在宅訪問歯科診療と多職種連携の取り組みについて伺いました。
生活を見なければ問題は解決しない
開業当時、患者さんの汚れた口腔内を見て、訪問に帯同した看護師の鈴木淳子さん(現・合同会社ラソンブレ代表)に「ご本人のケアが不十分だからヘルパーさんにも口腔ケアを頼もう」と伝えたところ、返ってきた言葉は「で、どうするの?」でした。歯科医師として当然の指示と信じて疑っていなかった私には、予想外の返事に衝撃を受けました。
鈴木さんは開業から1年近く、一緒に訪問先をまわった当院のスタッフです。彼女は長く医療・福祉業界に携わり、ケアマネジャーとしての経験も豊富でした。ケアマネジャーは患者さんの生活を守るために、さまざまな医療・福祉サービスを緻密に計算しながらケアプランを立てます。ホームヘルパーの力を借りるなら、ケアプランに口腔ケアが入っているかを確認することが重要です。一方的な指示ではなく、口腔内の現状とケアの方法をお伝えする必要は言うまでもありません。そもそも、患者さんの自立支援に寄与することが最重要事項ですので、洗面所までの移動は大変でも、ベッド周囲に歯ブラシのご用意をしていただくだけで、ご自身による衛生管理が可能になるかもしれません。患者さんの生活の質の向上、自立への支援について、歯科医療者として多職種の方々とともに考えていくことの重要性をこの時、初めて気づかされました。
ケアプランを読むことの大切さ
看護師である鈴木さんからは生活を見ることの大切さを徹底的に教わりました。もう一つ彼女から教わったことにケアプランがあります。
胃ろうのある患者さん(93歳)のケースです。彼女は胃ろうの状態で退院され、嚥下評価にてゼリーは大丈夫であることは確認していました。しかし、ケアプランには「お寿司が食べたい」としっかり記載されていました。それを見た鈴木さんから、「在宅のチーム全体で、あらためて“この目標へ向かう”という意識の統一が必要なのでは」との指摘を受けました。この時、実は患者さんは「今後もゼリーしか食べられないのだ」と絶望し、体調回復が鈍化していました。私はこの時点まで、在宅生活における目標設定の重要性に気づけていなかったのです。すぐに、医科の先生はじめ多職種の方々に相談し、「『お寿司を食べる』を目標に一緒に頑張っていきましょう」と患者さんに伝え、再度嚥下評価をチームで行いました。すると腰が痛くて椅子に座るのもやっとの方でしたが、「痛くてもちゃんと座って食べる評価を受ける」と言うのです。最終的に、お寿司だけでなく、胃ろうを外そうかという提案が医師から出るまでに回復されています。患者さんの想いと生活を支えるケアプランを共有し、多職種で支えあうことができれば、予想以上の機能の向上を見ることがある、とあらためて気づかされた出来事でした。ケアプランを知らずに、歯科治療プランは立てられないことを深く心に刻みました。
角田愛美歯科医院の外観。東京都の江東区を中心に、隣接する墨田区、江戸川区などで在宅訪問歯科を行っている。
訪問診療には自動車が必須。使い勝手を工夫した手作りの棚にはさまざまな器材が整然と並ぶ。
噛んで食べられる義歯の修理・作製
訪問先では噛んで食べることをあきらめている高齢者とたくさん出会います。たいていの場合、以前は何の支障もなく義歯を使用していた方々です。では、どうしてこのような問題が起きるのでしょうか。
原因の1つ目は、老化またはその方の疾患における体の変化に対して適切な治療と義歯の修理、調整が行われておらず、放置されたままの現状があるからです。炎症を持った残根の上に義歯を形成していたり、何度も修理を重ね咬合が狂ってしまっていたり、義歯床が破折していたり、人工歯が脱離していたり、鉤歯の歯が抜けていたりする補綴物によく遭遇します。2つ目が、極度に吸収した顎堤などの体の変化に対応した義歯の作製が不十分である場合があります。
現在訪問先では100歳を超す患者さんを見ることは珍しくありません。さらに、皆何らかの疾患があり要介護の状態ですから、生活の状態を鑑みて抜歯も含む適切な義歯の改良を短時間、短期間で行うと、大変喜ばれることが多いです。
在宅訪問歯科に対するニーズの増大と対応
2024年度の介護報酬改定では、口腔連携強化加算が新設されました。この改定により、これまで以上に口腔の問題に対し、共通の目的をもって協働する在宅訪問歯科が求められると予想されます。
近年では、築40年以上のマンション群や団地群の高齢化が進むと同時に、高齢の親御さんを地方から呼び寄せて同居する世帯が増えており、都市部においてはこのような形の人口の増加と高齢化が進んでいます。
訪問診療は外来設備を必ずしも準備する必要がないため、開業を希望する先生にとってスタートを切りやすいとも考えられます。しかし、在宅訪問歯科においては外来診療では経験しない以下の2点、①暮らし重視の治療方針(例えば慢性炎症のある歯に対しては、保存治療より抜歯を選択するなど)、②多職種連携、が必要です。口腔清掃にとどまらない、在宅での「歯科治療を行う」現場を知っていた方が有利です。ご興味のある先生方はぜひ当院にお声がけいただければと思います。ともに今後数10年先まで続く日本の抱える社会問題に対応していきましょう。
連携とはお互いを補完しあうこと
連携を行っていくには、全身疾患や介護について学ぶ必要がありますが、必要以上に身構えることはありません。以前、医科の先生から「飲み込みができないので入院を考えている。喉頭がんも疑っているため耳鼻科医のいる病院を探しているが、まずは在宅で先に嚥下評価をしてほしい」と依頼がありました。内視鏡も持ち、万全の体制で訪問したものの、口の中を見た瞬間におおよその原因が分かりました。壊れ果てた義歯が口腔内に入ったままで、食物残渣を含めた様々な汚れが口腔内をびっしりと覆っていたのです。すぐに衛生的な処置を行い口腔内の状態、嚥下の状態などの写真や動画を含めて担当医と共有し、その後すぐ栄養改善などのため、入院の手はずを整えていただきました。口腔は医療、生活面の両方にわたり重要な器官であり、どの分野の方々ともパートナーシップを築くことができます。私たち歯科医療者は、このような利点に富む「口腔」を専門とするため、むしろ多職種と関係性を築きやすいとも考えられます。そのため信頼されるようになると、驚くほど多くの依頼をいただきます。言い換えれば、他職種とパートナーシップを築ける歯科こそが現場から求められているとも言えます。口腔衛生にとどまらず、生活を見据えた共通の目的を持ち、口腔の形態回復と機能の向上の実践、さらにそれらを共有することは、多職種連携に他ならないと思います。
訪問先で担当医科クリニックの相談員に連絡する角田先生。一日中、訪問先をまわっているため、携帯電話やタブレット端末が手放せない。
スタッフの教育用に小型アクションカメラで治療の様子を動画で撮影している。
「顎堤吸収などにより変化する口腔に合わせて、義歯も常に調整する必要がある」と角田先生。
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