190号 AUTUMN 目次を見る
目 次
- ≫ 睡眠の質改善のための睡眠衛生指導
- ≫ 時間栄養学とは?
- ≫ 地球の自転と同調する身体機能
- ≫ 咀嚼も体内時計にとって大切な運動
- ≫ 日中の眠気は朝食に注意
- ≫ 脂質不足に要注意
- ≫ 患者さんの人生は治療の先に
- ≫ [Column] パートナーシップの関係性が求められる時代のコミュニケーション
東京都渋谷区
DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA
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歯科医師
宮地 舞 -
ブランドディレクター
宮地 理津子
2017年に体内時計に関する研究が ノーベル生理学・医学賞を受賞したこ とをはじめ、近年、生体が持つ時計機 構についての研究が進んでいます。 そうした中、睡眠障害や生活習慣病の 予防・改善につながるとして注目され ているのが「時間栄養学」です。ライフ ワークとして睡眠歯科※に積極的に取 り組む「DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA」の宮地舞先生に、時間栄養学を取り入れた睡眠衛 生指導について伺いました。
※睡眠歯科:閉塞性睡眠時無呼吸などに対して、歯科的アプローチから症状改善を目指す治療分野。
睡眠の質改善のための睡眠衛生指導
閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)をきっかけに、歯科でも睡眠に着目される先生が増えています。OSAは睡眠時の呼吸障害が特徴で、主な症状としてはいびきや日中の過度の眠気などが挙げられます。歯科においては、口腔内装置をはじめとした治療を行いますが、睡眠時の呼吸障害が改善されても、日中の眠気が残ってしまうケースや、睡眠歯科治療に加えて減量が必要な症例が少なからずあります。
こうした患者さんに対して、私たちはどんな指導を行えるでしょうか。睡眠歯科治療では、睡眠や生活習慣の改善のための睡眠衛生指導を行うことがあります。睡眠の量と質を向上させるためには、栄養・運動・睡眠を日々の生活にバランスよく組み込む必要があり、その方法のひとつとして私が注目しているのが「時間栄養学」です。
「DENTISTRY TOKYO SINCE 1925MIYACHI SHIKA」では、睡眠歯科のほか、審美歯科、マウスピース矯正、インプラント外科の治療も行っている。
睡眠歯科治療では、「眠りの状態はどうですか?」「何時に寝て何時に起きますか?」など「はい/いいえ」で回答する質問ではなく、オープン・クエスチョンを用いて問診を行う。
口腔顔面周囲の筋肉の痛みの有無などを触診によって確認する。初診の場合、問診も含めた資料採取に1時間以上かけることもある。
時間栄養学とは?
質のよい睡眠と栄養の関係は以前より知られていました。例えば、眠りを誘うホルモンであるメラトニンは、必須アミノ酸のトリプトファンが基質になります。トリプトファンはタンパク質に多く含まれ、肉類や魚類、大豆類、乳製品などを摂ることで質のよい睡眠を促すことができます。
しかし、トリプトファンからメラトニンが生成されるには14~16時間を要します。そのため、前述のような食品を夕食時に摂取しても、あまり高い効果は期待できません。また、メラトニンは朝、目覚めてから14時間後に分泌が始まるため、朝食に糖質とタンパク質を組み合わせて摂ることが大切になります。このように生体のリズム=体内時計と食事の相互作用を考慮し、効率的に健康維持を目指すのが「時間栄養学」です。
地球の自転と同調する身体機能
ところで、体内時計と聞くと、お昼の決まった時間にお腹が鳴る「腹時計」を思い浮かべる人も多いと思います。ヒトの身体は地球の自転による昼夜の変化と同調していて、睡眠、体温、ホルモン分泌、食欲や食べ物の消化といった生理現象は、約24時間周期のリズムを示します。これを概日リズム(サーカディアンリズム)と呼び、お昼時の腹時計も概日リズムによるものです。
なぜ「約24時間」なのかといえば、ヒトの場合、1日のサイクルが24時間ぴったりではなく、15~20分ほど長いためです。リズムが整った1日を過ごすには、地球の24時間周期のリズムと概日リズムとのズレを同調させる必要があり、この調整がうまくいかない状態が続くと、質のよい睡眠が得られず、体調不良にもつながります。
では、適切にズレをリセットするにはどうすればいいのでしょうか。そのメカニズムを理解するためには2つの体内時計の違いを知る必要があります。
ひとつは脳の視交叉上核に存在する「中枢時計」で、全身の体内時計をコントロールしています。もうひとつは心臓、胃、肝臓、筋肉など全身の末梢組織に存在する「末梢時計」で、各器官と連携しながら、それぞれがリズムを刻んでいます。前者は目から入る光によって、後者は中枢時計との同調に加え、食事や運動によって時刻を調整します。この2種類の体内時計が「朝になった」と認識することで、ズレがリセットされるのです。
咀嚼も体内時計にとって大切な運動
体内時計のメカニズムを知ると、睡眠障害の患者さんに対するアプローチが変わってきます。例えば、質のよい睡眠には適度な運動が大切です。しかし、夜に行えば、眠る準備をはじめた身体が興奮状態となり、かえって眠りの妨げになります。
運動について私がお勧めしているのが、ウォーキングやラジオ体操を朝に行うことです。朝、しっかりと光を浴び身体を動かすことで、リズムが整った1日のスタートを切ることができます。また、朝食を摂ることで胃腸や肝臓といった各臓器の末梢時計をリセットすることも大切です。
その際に、意外と見落としてしまうのが咀嚼です。忙しい朝は、スムージーなどのドリンクだけで短時間に栄養を摂ろうとしてしまいがちですが、実は咀嚼も末梢時計をリセットさせる大切な運動です。朝食は卵、魚といったタンパク質をよく噛んで摂ることを心がけるとよいでしょう。
日中の眠気は朝食に注意
日中の眠気が強い方に私がよくたずねるのは、「朝食に何を食べていますか?」という質問です。朝は時間がなく、パンとコーヒーを流し込むように食べていたり、そもそも朝食を摂らない方もいます。
朝食を摂らない場合は、朝食を摂った場合に比べて、同じ昼食と夕食を食べても食後の血糖値が高くなりやすいことが分かっています。インスリンが過剰に分泌され、今度は血糖値が急低下し、脳に供給されるブドウ糖が不足します。その結果、強い眠気に襲われます。この血糖値の急激な上昇と下降が昼間の眠気に大きく影響します。
日中の眠気を改善するためには炭水化物(糖質)、タンパク質、脂質などバランスの良い食事を摂ることが必要になります。
夜は消化のよい食材を就寝の2~3時間前に食べ終えていることが理想的です。しかし、飲み会などでなかなか思い通りにいかないことも多いと思います。それでも1週間、1か月というスパンでバランス良く食事を摂り、良いリズムで生活を送ることができれば、時々イレギュラーがあっても問題はありません。あまりストイックにならず、緩やかに長く続けることが肝心です。
咬耗の程度や、う蝕の有無などを確認するため、口腔内を丁寧に診察する。
閉塞性睡眠時無呼吸の治療で使われる下顎前方牽引装置。患者さんの口腔内の状態に合わせて作製するため、少しずつ形状が違っている。
閉塞性睡眠時無呼吸のスクリーニングには、パルスオキシメータを使用することがある。指の関節付近に装着するタイプなので、装着感が少なく就寝中も外れにくい。
脂質不足に要注意
バランスの良い食事で忘れがちなのが脂質の摂取です。「太る」というイメージがあり、減量中に脂質を制限してしまう人もいますが、脂質は重要な栄養素の一つです。例えば、中鎖脂肪酸は脂肪になりにくい脂質として注目されています。ココナッツなどの植物油に含まれており、直接肝臓に運ばれて、すぐにケトン体として変換されてエネルギーとして利用されます。朝のコーヒーなどにスプーン一杯のココナッツオイルを入れることもお勧めです。
朝、昼、晩、野菜や肉類をしっかり噛んで食べることで、咀嚼機能を鍛え、前頭葉への血流も増え、眠気改善や夜の間食を抑えることにも繋がります。
患者さんの人生は治療の先に
当院では単に健康を目指すのではなく、心身、そして社会的にも満たされた状態である「ウェルビーイング/Well-being」をコンセプトに診療を行っています。それは言い換えれば、患者さんが幸せになる準備をお手伝いすることであり、その実現のためには患者さん一人ひとりに合わせてパーソナライズ化した診療が大切だと考えています。
例えば、主訴を聞いて悪い歯を治すだけではなく、治したい理由まで把握することで治療の選択が変わる場合があります。睡眠歯科においても患者さんの生活をより細かく知ることで、主訴の改善につながる場合があります。
時間栄養学を診療に取り入れるようになり、これまで歯科が関わりづらかった患者さんの日常にもアプローチができるようになりました。さらに栄養や食事といった、よりパーソナルな部分に対応することで、治療の改善効果が向上しました。その結果、治療の先にある患者さんの人生そのものを豊かにすることに寄与できるようになったと感じています。
実は、私自身も時間栄養学を取り入れた生活を送るようになりました。以前に比べると、とても快調な1日を過ごしています。朝、目覚めて、体内時計のズレをしっかりとリセットする。そんな1日のスタートを皆さんもまず試してみてはいかがでしょうか。
「DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA」では、食物アレルギー検査も実施している。
「実際にキッチンに立って食事指導を行う時もあります」と理津子先生。取材の際もココナッツオイル入りのコーヒーを振る舞ってくださった。
脂質の摂り方で悩んでいる患者さんには、ココナッツオイルを入れたコーヒーを勧めている。ブレンダーで撹拌するとまるでカプチーノのよう。
Columnパートナーシップの関係性が求められる時代のコミュニケーション
![[写真] ブランドディレクター 宮地 理津子](/academic/dentalmagazine/wp-content/uploads/sites/2/2024/09/190-10_staff04.jpg)
ブランドディレクター
宮地 理津子
ご自身の思いを100%言語化できる患者さんはいらっしゃいません。だからこそ、コミュニケーションは大切であり、特に初診時のカウンセリングや問診の際にどれだけ本当の気持ちや希望を引き出せられるのかが、その後の治療に大きな影響を与えます。
そこで当院では、「はい/いいえ」で回答していただく質問だけではなく、「なぜ、この治療を受けようと思ったのですか?」というふうに、答える範囲を制限しないオープン・クエスチョンを用いるようにしています。
「なぜ」の問いかけに対して患者さんは、わざわざ費用と時間をかけて治療をしたい理由をあらためて考えるようになります。その時、すぐに答えが出なくても構いません。大事なことは患者さん自身が考えることであり、そのプロセスが治療に積極的に参加する意識づけにつながります。また、そうやって本当の気持ちや希望を言語化していただくことで、より適したゴール設定を行える可能性が高まります。
口は健康の入り口です。そうした領域に携われる歯科は素晴らしい分野であり、そこに睡眠歯科や時間栄養学が加わることで、朝起きた時から夜眠るまで、さらには眠っている間を含め、私たちは患者さんの生活により深く携われるようになります。それは患者さんのウェルビーイングにより寄与できることだと考えています。
患者さんからはよく「歯医者さんでここまで診てもらえるとは思わなかった」という感想をいただきます。「歯の痛みが取れた」「ぐっすり眠れるようになった」という主訴の解決だけではなく、「仕事のパフォーマンスが上がった」「趣味のゴルフのスコアが伸びた」というふうに、人生そのものが豊かになったとおっしゃる患者さんが多くいらっしゃいます。これは歯科がそれだけさまざまな悩みや問題を解決できる領域であることの表れだと思っています。
こうした診療を実現するためにもコミュニケーションが大切になるわけですが、現在は患者さんと医療従事者との関係性に変化が生まれているように感じています。古くはパターナリズム的に医療従事者が主役の時代がありました。次に医療がサービスのようになり、患者さんが主役の時代がありました。今はどちらか一方が主役なのではなく、お互いが協力者として二人三脚のように診療を行うことが求められているように思います。
そうしたパートナーシップの関係性を築くためにも、「なぜ」の問いかけを活用してみてください。忙しい診療の合間であっても、その問いかけがひとつあるだけで、関係性が良好になることがあります。そして、パートナーシップの関係性においては、患者さんの日常に寄り添った診療が大切であり、睡眠歯科や時間栄養学はまさにそこに寄与できるものです。多くの先生方が睡眠歯科や時間栄養学に着目してくださると嬉しく思います。
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