190号 AUTUMN 目次を見る
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普段からできること、災害時に必要なこと。被災地で命を守る歯科の役割
目 次
- ≫ 眼前に広がる野戦病院さながらの光景
- ≫ 発災直後から数日までの変化
- ≫ 避難所で衰えていく高齢者たち
- ≫ 急増した肺炎で亡くなる高齢者
- ≫ 新潟で成果をあげた口腔ケア
- ≫ 災害時に生きてくる普段からの連携
- ≫ 伝わっていない口腔ケアの大切さ
- ≫ 自院が被災した時には
- ≫ 災害規模を縮小できる歯科の役割
- ≫ 足立先生のもとで、研修医として勤務する檜山弥侑先生に、能登半島地震の災害支援活動に参加された感想を伺いました。
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兵庫県三木市
医療法人社団関田会 ときわ病院
歯科・口腔外科 部長
足立 了平
2024年元日に発生した能登半島地震では多くの医療従事者が被災地に駆けつけ、その中には日本災害歯科支援チーム(JDAT)の姿もありました。阪神・淡路大震災以来、災害支援活動を続ける、ときわ病院 歯科・歯科口腔外科部長の足立了平先生に、災害時における歯科の役割について伺いました。
眼前に広がる野戦病院さながらの光景
1995年1月17日早朝に兵庫県南部を襲った阪神・淡路大震災は、私にとってすべてを一変させる出来事でした。当時、私が勤務していた神戸市立西市民病院では5階病棟が崩壊し、救急外来には次々と死傷者が戸板で運ばれているような状況でした(図1, 2)。
この日、70人弱いた来院時心肺停止患者は1人も救命することができませんでした。遺体を床に置いたままにしておくわけにはいかず、ソファーやベンチに寝かせても数が足りません。最後に利用したのは歯科診療用のチェア・ユニットでした。
外傷患者は初日だけで推定600人以上、当直の医師が処置に当たり、かき集めた麻酔が尽きると無麻酔で縫合するような野戦病院さながらの光景です。災害が起これば、圧倒的に医療従事者が足りなくなることを目の当たりにし、「人間はこんなにも簡単に死ぬものなのだ」と、ただただショックでした。
発災直後から数日までの変化
歯科に関係する顎顔面外傷患者が来院するだろうと考え、近隣の病院歯科にスタンバイを依頼しました。ところが、一向に受診者は現れません。阪神・淡路大震災では、震災が直接の原因で亡くなった直接死は5,000人以上にのぼります。死因の7割超が「窒息・圧死」で「焼死・熱傷」「頭・頸部損傷」と続きます(図3)。顎骨周辺に外傷を受けた人はたくさんいたにも関わらず、神戸市内の病院で顎骨骨折を扱ったのは1症例のみでした。おそらくは、顎骨を外傷された人のほとんどが病院で診る間もなく、亡くなったのだと考えられます。
翌日は崩れた建物から歯科診療機器を持ち出し、歯科診療が行える体制を整えました。震災2日目に歯科を受診する患者さんで多かったのは口内炎です。その後は歯性感染症の方が増えました。ストレスや体力の低下、そして避難所で歯磨きができなかったことが原因だったと思います。ただ、当時は「口腔ケア」という言葉がなかった時代です。口腔衛生に意識がある医療従事者もいなければ、私自身も何となく「歯周病の増悪予防に歯磨きが必要だな」と思っている程度でした。
救急外来を受診する外傷患者は、翌日には前日の半分に、その翌日にはさらに減り、4~5日するとほとんど訪れなくなりました。外傷患者が押し寄せて来るものとばかり思い込んでいたので、どこか拍子抜けでした。しかし、考えてみると本震は収まっています。初日をピークに、そこから増えるわけではなかったのです。
図1 阪神・淡路大震災の際、足立先生が勤務していた神戸市立西市民病院は西病棟の5階が崩壊し、48名が生き埋めになった。
図2 崩壊した5階から入院患者を救出するレスキュー隊
図3 阪神・淡路大震災の死亡者のうち、ほとんどが圧死などによる直接死だった。直接死以外の災害関連死は900人以上にのぼる。
避難所で衰えていく高齢者たち
医科の救護所は早くに整備されました。そのうち歯痛を訴える避難者が現れ、神戸市内に7台の歯科診療車が手配されました。しかし、30万人以上が避難し、中には歩けない人もいます。診療車や救護所での歯科診療だけでなく、私たちは避難所をまわることにしました。この定点診療と巡回診療の組み合わせは、災害時の口腔健康支援に有効で、その後の各地の災害でもこのスタイルが採用されているものと思います。
避難所をまわって気づいたことは、早朝に起きた地震だったため、義歯を持って逃げられなかった高齢者が多くいたことです。避難所で当初配布されたのは、冷えてかたいおにぎりでした。義歯をなくした高齢者にとって、かたいおにぎりや揚げ物などは食べることができません。
日増しに衰える高齢者を何人も見かけ、義歯の製作をしなければいけないと思っていた矢先、即日で義歯を製作する先生方のグループが支援に来られました。長期化する避難所生活で、誰がその後の義歯を調整するのかといった課題もありましたが、低栄養だった高齢者が元気になる姿を見て、義歯、そして食べられる口をつくることの必要性を強く感じました。
急増した肺炎で亡くなる高齢者
発災から数日が過ぎた頃、多くの避難者の口の中が汚れていることが気になり、う蝕や歯周病予防のために歯ブラシを配りました。喜ぶ人も中にはいましたが、「こんな非常時になんで歯なんか磨かなあかんねん」と言われ、すごすごと引き上げることもありました。
この頃から急増し始めたのが肺炎です。高齢者がバタバタと亡くなる状況に、この病気の怖さを思い知るのと同時に、医療が整っていても、これだけ多くの肺炎が発症することに疑問を抱きました。
それから4年後、日本の口腔ケアの第一人者として知られる米山武義先生が、肺炎予防に口腔ケアが有効であるとする論文を発表しました。これが「あの時の肺炎は誤嚥性肺炎だったのではないか」と考えるきっかけになりました。さらに5年後の2004年5月、それまで概要が掴めていなかった災害関連死に関する衝撃的な記事が神戸新聞に掲載されました(図4)。肺炎によって亡くなった方は災害関連死の約24%にあたり、もっとも多かったのです。
私は愕然としました。あの時、もっと強く口腔ケアの必要性を訴え、組織立った支援活動ができていれば、救えた命がたくさんあったのではないか。そう思うと悔しくて仕方がありませんでした。
新潟で成果をあげた口腔ケア
先の記事が掲載された2004年10月、新潟県中越地震が起きました。すぐに新潟の先生方にファックスを送り、神戸では誤嚥性肺炎で多くの高齢者が亡くなった可能性があること。避難所をまわって、まずは口腔ケアをして欲しいことを伝えました。
その後、新潟からメールが届きました。「巡回診療で口腔ケアを広めている」という連絡でした。新潟では歯科保健医療関係者が連携し、中長期的な歯科保健活動が展開されました。その甲斐もあり、肺炎による災害関連死は約15%に抑えることができました(図5)。口腔ケアはやはり効果があったのです。
図4 阪神・淡路大震災の災害関連死921人を調査すると「肺炎が多い」「高齢者が多い」「発災後2か月で80%が死亡」という3つの特徴がみられた。
図5 主要な震災の災害関連における肺炎死の割合
図6 近年に起きた主な大規模災害の例。阪神・淡路大震災以降、大きな災害が定期的に起こっている。
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